吐く息も白い。
心底から温度を奪っていく冷たい空気を肺に一杯に吸い込む。
でも、身体の中が綺麗になっていくような気がする。

幻獣が現れてからというもの、皮肉にも、世界の空気は、文明の絞りカスである排気ガスや汚水からは開放されつつあった。
このままの状態が続けば地球は太古の状態へと戻っていくに違いない。
幻獣が人を滅ぼすのは、人の奢りを粛正する為だという人が居た。
そうだとは思えないけど、そうかもしれないと思う事は、ごくたまにある。
今がそんな時だった。


僕は空を見上げた。
プレハブ校舎の屋上は、空を見る為の、僕だけの特等席だった。
こうしていると、戦争をしているのなんて、まるで夢のようだ。
空気が綺麗なせいか。町の明かりが随分と減っているせいか、星が沢山見えた。
星座の形がわからないくらいに多くの星。本当に多い。

幾千幾億の星の中。
遠く銀河の中の星屑の中の、ほんのチリにすぎない世界で、僕達は戦争をしている。

なんてちっぽけなんだろう。
僕の命なんて、このでっかい世界の中で、一瞬の煌きにもならないくらい、散ってしまう。
僕の体の中の白血球も、病原体と戦って居る時は、こんな気持ちになるんだろうか。
僕という名の小さな宇宙の中で。


ほうっと息を吐いた。
「何をしている」
後ろから、いきなりそう声がかかった。
「いやさ……星が綺麗だから」
僕は振り向かずに星を見ていた。
『こら、振り向く必要があるのか。星を見ていればいい』なんて言われるのが目に見えている。

「こら、なぜこっちを見ない」
う、違う。
「あ、なんだ。舞か」
判りきった事を言って誤魔化した。

「なんだとはなんだ。随分とご挨拶だな」
振り向くと、舞は微笑んでいた。
わかったのは月の光のせいだった。黒い月さえ無ければ、どんなにかいいだろう。
舞は、近くにやってきて、僕の横にちょこんと座った。
手をほんの少し動かせば、触れられる。触れたら、舞はなんて言うだろうか。
「星が綺麗だな」
「そうだね」
「寒くないのか?」
「こんな日は、ちょっとくらい寒いほうがいいんだよ。気分が出る。
 それに、舞だって寒そうじゃないか」
それでも僕は、それなりに防寒の準備はしてる。でも、舞はいつもの制服のままだ。それじゃどうしたって寒いだろう。
「そんな事は……」とそこまで言ってから、小さく肩をすくめる。
「やっぱり寒い」
舞は笑っていた。
寒い所にわざわざ出てきて、それが思いの他に楽しかったのだろうか。わざわざ雪の日に遊ぶ子供の心境と似てるのかもしれないな。そんな子供っぽい所があるもんな。
「もっと暖かい格好してくればいいのに」
「そなたがどこかに居るかと聞いて回ったら、屋上に居るんじゃないかと聞いたから、やってきただけだ。
 最初からここでこんな風にしていると判ったら、私とてこのような格好で望む事はない。
 不用意な行動は、痛い目を見る元でもある。日常でも戦場でも、それは同じ事だ」
「結局は、そんな不用意な格好で来てくれて、光栄だよ」
からかい半分で笑ってみせた。
「皮肉か」
舞は、ぷんすかと怒ったように、頬を膨らませる。僕はこれが見たかった。
「はは、ごめんごめん」
「意地悪だな。そなたのような者と組んでいるのが、不思議なくらいだ」
「そうかい。僕達は結構いいコンビじゃないか」
真顔ではとても言えなくて、僕は夜空に目を向けて言った。
「いいコンビか?」
「まあね。少なくとも僕はそう思ってるよ。
 舞が居てくれなかったら、僕は今ここにこうして居なかったかもしれない」

戦場で、心臓を死神に鷲づかみにされるような時は何度もある。
もう自分はこれまでだ。助からない。
コックピットの中で、いやだいやだと叫んだ事もある。

そんな時、インカムから聞こえてくる声が、何度僕を救ったか。
諦めるな。諦めるな。生き残ろう。二人で生き残ろう。だから諦めるな。
多分、僕と……それに、自分に対して言っていたんだろう。

その時の声は、震えていた。
そんな声が、片膝を付きそうになった僕の魂に、堪える力をくれた。
ここで負けられない。そんな声なんか聞きたくない。僕が生き残れば、舞も一緒だ。
見えない敵の姿に怯えている時も、全身の力が滝のように流れ出るような勝利の後も、いつも舞が側に居た。
感謝してもしきれない。舞が側に居る事は、僕が生きている証みたいな物だ。
「………それは……」
舞がそう言って、口篭もった。


それから、しばらくの間、僕達は無言だった。
舞がぶるっと震えた。
「寒い?」
「少し」
かなり寒いらしい。
舞の少しは、当てにならない。舞なら、敵弾を食らって致命傷を負っても、インカムに大丈夫だと言う声を届けてくるだろう。
手早く上着を脱いで、舞が「あっ」という前に、僕は舞の肩に上着をかけた。僕にはこれくらいしか出来ない。幻獣よりも強い、冷たい空気から守ってやるには。
「な、なにを……」
「返却不可!」
僕はきっぱりと言った。そうでも言わなければ、返されてしまう。
「よ、余計な事をしなくてもいい。こんな格好で居る私の責任だ」
「だったら、僕だって、そんな格好で居させてる責任がある。責任は果たさなきゃ」
「……」
舞は、ぎゅっと僕の上着を握り締めている。
返そうとしてるのか、それとも……

「そなたが居なければ、私もここには居ない。覚えておいて欲しい。それを」

小さな小さな声だった。
でも、夜の魔法がそれを僕に伝えてくれた。
僕と舞しかいない夜の世界。

嬉しかった。命を預けあった事よりも、その一言が、僕にはたまらなく嬉しかった。
このまま、ずっと朝にならずに、こうしていられればいいと思った。
「へっくしょん!」
あ、ちくしょう。身体は正直だ。
「寒いか」
「寒くない」
僕が強がってそう返した時、肩に、腕に圧力を感じた。
「二人でなら、寒くもないであろう?」
触れた部分から、僕の鼓動が伝わってしまうんじゃないか。
それほど、僕の鼓動はバクバクしていた。敵を迎え撃つ時と、同じくらいに。
「……」
それから、もう僕達に言葉は無かった。触れ合ってる部分だけで、十分だった。


明日には、僕はこの世界には居ないかもしれない。
でも、例え僕が居なくても、舞だけは居て欲しいと思う。
僕が居なくても、舞は居る事が出来るのだから。
でも、僕は……
それから、考える事をやめた。考えたってしょうがない。考えたくもない。
僕は、触れ合ってる部分の感触だけを感じながら、月を見ていた。

黒い月。
消えてしまえ。
無くなってしまえ。

そう思いながら。

Fin

後書き

ガンパレをやったのは、ゲーム的にも現実的にも五日程です。
その中で、私が得たイメージを元に書いてみました。
これが、今の段階での、私なりの「ガンパレードマーチ」です。
明日には死ぬかもしれない。なんていう悲壮感を少し抜いて、
今を感じ合える瞬間を書いてみました。
若者達は、そんな時間を過ごすのでしょう。
命を預けあった仲間や、大切な人達と共に。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルGunparade March
サブタイトルBlack Moon
タグガンパレードマーチ, 芝村舞, 速水厚志
感想投稿数26
感想投稿最終日時2019年04月13日 15時24分26秒

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コメント一覧(クリックで開閉します)

  • [★☆☆☆☆☆] 主人公達の思いだけで、動きとその周りのイメージが読んでて湧いてこない
  • [★★★★★★] これ読んでガンパレがやりたくなりました。
  • [★★★★★★] ひさしぶりにやさしいSSを読ませてくれてありがとお
  • [★★★★★☆] 面白かったです、次は田辺と遠坂の話を読んでみたいです。ジャンルは、できればギャグでお願いします。
  • [★★★★★★] 速水v舞の雰囲気がすごく好きです!
  • [★★★★★★] 今度はできれば来須萌で……。
  • [★★★★★☆] そなたは……やはり意地悪だ。父と同じ事を聞く……
  • [★★★★★☆] こ〜ゆうシリアスなのもいいかも。次は登場人物をもっと増やしほのぼのとした感じのするSSを希望します。
  • [★★★★☆☆] もっと書いてくれたらいいなぁ。(すみません)
  • [★★☆☆☆☆] もっと勇敢な速水が見たかった
  • [★★★★☆☆] 王道カップルはやっぱりいいです。
  • [★★★★★☆] けっこうおもしろかった。よければ続きを書いてください。期待していますのでよろしくおねがいします