「なぁに? あなた正気なの?!」
僕は、そう言われて、思わず固まってしまった。
何かとんでもない事をやらかしている気分になる程の声だったからだ。
「え?」
ソースの瓶を持ったまま固まるというのも、不様な物だ。などとぼんやり考えている自分が、今の状況を冷静に見つめていた。
今は朝だ。
テーブルについているのは、僕と同居人の小野寺さん。彼女と同居するハメになってから、落ち着いて食卓についたのは、これで二度目。
目の前には、今日の家事当番である、僕の作った朝食が並んでいる。
湯気立つ味噌汁。艶のあるご飯。腹をくすぐる香ばしい匂いをさせているのが、ハムエッグだ。腹がせがむのを抑えて、さあこれから食うぞという時に、小野寺さんの一言で、僕は固まっていた。
「目玉焼きにソースをかけるなんて、あなたどうかしてるんじゃないの?」
まるで、風習の違う国の人間を見る目で、僕を見てきた。冗談でもふざけているのでもなく、小野寺さんの目は真剣だった。
「へ?」
「目玉焼きにかけるのは、醤油って決まってるのよ。あなたそんな事も知らないの?」
「醤油だって?」
僕は、信じられない言葉を聞いたような気がした。
「塩コショウならわかるけど、醤油? 本当に?」
うちの家では、家族そろって小さい頃からソースだったし、親戚筋もソースだった。特に人に聞く事でもないし、みんなソースか、なんとなく見知った塩コショウが普通だと思っていただけに、小野寺さんの言葉には、少なからず驚かされた。
「小野寺さんとこって、そうなの?」
「私の所っていうより、世間一般の常識じゃない」
むしろ、プンスカと怒られた方が、やりやすかったかもしれない。小野寺さんは本気で怪訝そうな顔で僕を見ていた。うそ、信じられない。やだこの人なんなの。と、暗に言われているような気がしてならなかった。
「一般常識って事はないと思うけど」
いくらなんでもあんまりだ。と思わずには居られなくて、僕は強めに反論した。
確かに僕も偏っていたと思うけど、言い方があんまりだ。
「人それぞれ、好みってのがあるんだから、いいんじゃないかな。僕だって、醤油で食べるなんて、聞いた事なかったけど、可能性としては、あってもいいんじゃないかなって思ってたよ。だいたい、好みの問題じゃないか、それを・・・」
「なあに。なんか文句あるっていうの?」
小野寺さんは、箸を持っていない方の手で、テーブルを強く叩いた。朝に似合わない音がダイニングキッチンに響く。
「文句じゃないけど、自分が中心だと思うのはどうかと思うって言ってるんだよ」
「文句じゃない!」と小野寺さん。
「文句じゃない!」と僕。
同じ言葉でも、意味がこう違うものか。
僕達は、散歩先で出くわした仲の悪い犬同士のように、睨み合った。

「あ、ちょっとソース取ってくれない?」
小野寺さんが、僕に向けてそう言ってきた。
時は朝。食卓には、ご飯に味噌汁。それにハムエッグと少々のサラダ。
「はい」と、僕は手元にあったソースの瓶を小野寺さんに渡した。
すると、小野寺さんは、クスっと笑った。
「ん? どうしたの?」
「あ、うん。ちょっとね。思い出したのよ」
「何を?」
「同居し始めた頃の事よ。朝食で大喧嘩やらかしたじゃない」
「ああ、あの時ね」
今思えば、朝食一つでよくあそこまで喧嘩出来た物だと思う。しかし、一年近くも経てば、良い思いでの一つにはなる物だ。
「同居早々で、二日は口聞かなかったなんて、ホントに馬鹿馬鹿しいわ」
小野寺さんは苦笑していた。頭の中の過去を懐かしむように。
「ソースも結構イケるのよね」
「醤油もいいね。結構合うよ」
知らなかった事を持っていた彼女と、彼女の知らない事を持っていた僕。今までも、こんな事はいくらでもあった。しかし、思えばあれが最初だったな。
どうなる事かと思った同居生活も、振り返ってみれば、色々と新しい発見が多い事だったかもしれない。
現在、僕の中には、新しい発見が心の中で膨れ上がっていた。
「なあに? どうしたの? え、やだ、なんか付いちゃってる?」
僕が見ていたのに気づいて、小野寺さんは慌てて口元に手をやった。
「あ、いや。別に・・・」
見ていただけだよ。なんて言えずに、苦笑して頬を小さく掻いた。
新しい発見。それは自分の気持だった。
小野寺桜子という女の子が好きな自分の気持。
この気持を伝えたら、もしかしたら、笑い合うことも喧嘩する事も出来ない仲になるかもしれない。弾かれた気持の行き先の想像すら出来ないのが怖い。
そんな事をぼんやり考えながら、僕は目玉焼きに醤油をかけた。
「そう言えば、あの時、どうやって仲直りしたか、覚えてる?」
小野寺さんが、口元に薄い笑みを浮かべながら言ってきた。なかなかクイズの答えを教えてくれない出題者みたいな笑みだ。
「・・・忘れた」
「うそ。信じられない」
一緒に暮らし始めてから、何度繰り返したであろう喧嘩の最新版の幕は切って落とされた。

Fin

作品情報

作者名 じんざ
タイトルMeal with ...
サブタイトル朝食
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/Meal with ..., 小野寺桜子, 並木智香, 石塚美樹
感想投稿数21
感想投稿最終日時2019年04月10日 04時55分30秒

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  • [★★★★☆☆] なんとなくテーブルの風景が浮かぶいい感じだと思います。
  • [★★★★★★] 僕はしょうゆ&胡椒は
  • [★★★★★☆] 目玉焼きは醤油だと思う。
  • [★★☆☆☆☆] がんばれー
  • [★★☆☆☆☆] こんなことで揉めるとは、誰も想像がつきません。