部室にパソコンのキーボードを叩く音が響く。少女は画面と原稿を交互に見ながら、黙々とパソコンに記事を入力していた。そんな彼女の雰囲気は、どこかやり手のキャリア・ウーマンといった印象を受けさせる。また、ショートボブという髪型から、彼女が快活な雰囲気を持っていることを感じさせた。
 その少女とは対象的に、彼女から少し離れたところで少年が眠たそうに腰かけていた。
少年はあくびを噛みしめながら、手に持っている原稿に目を通していた。だが、キーボードの音に耳を傾けていると、だんだんとまぶたが重くなっていく。少年にはその音が、まるで子守歌のように聞こえていた。
 今にも寝てしまいそうな、そんな時。少年にいつも温かい紅茶を差し出してくれる少女が居た。
『はい、進君。眠気覚ましにどうですか?』
 そう言いながら、その少女は少年に笑みを湛えてくれる。しかし、今日に限って少年に声を掛けてくる気配がない。少年は原稿に目を通すの止め、眠いのを我慢しながら顔を上げた。
そして、ぐるっと部室の中を見渡す。
 部室の見渡してみたところ、自分と、そしてパソコンの前に座っている少女の二人しか居なかった。少年はもう一人の部員がいないことに、この時、初めて気がついた。
もう一人の部員、少年にいつも紅茶を差し出してくれる少女のことだ。
 今日、彼女が部活を休むということを少年は聞いてはいなかった。いや、単に自分がその事を聞いていないだけかもしれない。そう思った少年は、記事をパソコンに入力し続けている少女に声を掛けた。
「ねぇ、天羽さん。邪魔しちゃって悪いんだけど、ゆ…り……ご、ごほんっ。
 ほ、星原さんは、きょ、今日は休みなのかな?」
 少年は星原のことを、危うく名前で言ってしまいそうになるのを慌てて言い直した。
少年の妙に上擦った声に、少女は今まで動かしていた手を止めると、ゆっくりと少年の方へと向き直す。
「なぁに、上岡君? まだ百合のこと、名前で呼ぶのを恥ずかしがっているの?」
 天羽と呼ばれた少女は口元に手を当てながら、くすくすと笑い始める。
笑っている彼女の姿は、先程パソコンに前に向かっていた彼女とはまるで別人のように感じられる。今の彼女の姿は、年相応な可愛らしい印象を受けた。
 上岡は天羽に笑われたことに眉を顰めるが、それ以上に恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
 普段、上岡は星原のことを名字ではなく、名前で呼んでいる。しかし、それは『二人きり』の時だけであって、人前では極力名前で呼ばないように努力していた。
だが、寝惚けていたせいなんだろうか。上岡は星原のことをつい名前で呼んでしまいそうになった。
 いくら眠くて、気を抜いていたとはいえ、よりにもよって天羽に聞かれてしまったことに上岡は耳まで赤くなっていった。
「ふふっ。別に恥ずかしい事じゃないと思うけどね。二人がつき合い始めて一年経っているのに、この分じゃまだ手も繋いだこともないんじゃない?」
 そこまで言うと、天羽は声を上げて笑い出した。
「あ、天羽さんっ!!」
 上岡は顔を真っ赤にさせながら、口を尖らせた。上岡はこの手のからかいがどうも苦手だった。確かに自分は星原とつき合っているし、そして周りもその事を知っている。
ならば、それだけでいいじゃないかと言いたいのだが、天羽始め、周りの人間は口を揃えて、じれったいと言う。上岡にしてみれば、それはおせっかい以外の何者でもなかった。
 さすがに上岡が顔を膨らませこちらを睨みつけているので、天羽は笑うの止める。
彼女が笑いを止めたので、上岡は気を取り直して星原の行方を彼女に聞いてみた。
「百合は、今日はちょっと図書室で調べ物があるからって言ってたから、そっちに居るはずよ。
 それが終わったら、部活に出ると言ってたわ」
 天羽は、部室に向かう途中の廊下で星原と会ったとき、彼女が言っていた事をそのまま上岡へと伝えた。
「図書室? ゆ……星原さん、と、図書室に行くって言ってたの?」
「いいわよ、上岡君。百合って呼び捨てにしても。なんだか、いまさらって感じがして、気持ち悪いのよね」
 そう言っている天羽の表情は、なんとなく怒っているように見えた。
「うっ……ごめん」
 上岡はしゅんと小さくなって、天羽に対して謝った。そんな上岡の態度に、天羽は苦笑しながら答え返した。
「違うわよ、上岡君、怒っているわけじゃないの。
 ただね、あまり百合を悲しませちゃ駄目だってこと。いい、わかった?」
 天羽は人差指で上岡のことを指しながら、悪戯っぽく笑みを浮かべる。彼女の態度に上岡は、頬が熱くなるのを感じた。上岡と天羽は同い年ではあるが、彼女ほうが年上に見えてしまう。
「わ、わかってるよ」
 上岡は天羽から目を逸しながら、呟いた。天羽の顔を見ていると、なんとなく恥ずかしくなってしまう。上岡は頬をぽりぽりと掻きながら、俯いた。
「上岡君、聞きたい事はそれだけかな? それだけなら私、作業に戻りたいんだけど?」
「えっ? あ、ああ、ごめん。うん、ありがとう、天羽さん。作業の邪魔しちゃって悪いね」
「いいえ、どういたしまして」
 天羽は笑顔で上岡に答え返すと、再び画面へと向かい、記事を入力し始めた。上岡も先程目にしていた原稿へと視線を戻す。再び、キーボードの音が部室の中を響き渡る。
 上岡はしばらくの間、原稿に書かれている記事を読んでいた。誤字、脱字。あるいは、読んでいておかしい部分が無いかどうかのチェックを行なっていた。いわゆる校正という作業を彼はしていた。
 上岡は、ふと腕時計に目をやる。見ると、天羽と会話を終えてからまだ5分と経っていなかった。今度は、部室の扉に目を向ける。扉は誰かが入って来るような気配は感じられなかった。
 上岡は星原のことが気になっていた。いつも自分の側に居てくれた彼女。その彼女が側に居ないという、まるで自分の半身を失ってしまったような感覚が上岡を落ち着かせない。
原稿、時計、そして扉と順番に眺めていき、そしてまた原稿と、動作を繰り返す。
 天羽は調べ物が終われば、星原が戻って来るとは言っていたが、上岡には彼女を待っている時間が途方もないものに感じられた。その時間の中で、上岡は不意に不安に襲われた。
星原が来ないではないかと。
 そんなことはあり得ないと思う。あの事件は、もう終わった事なのだから。
だが自分に襲いかかる、この不安はなんなのか。星原が”この世界”から居なくなってしまったのではないか。彼女を待っている間、上岡の中で膨れ上がっていった不安がそれだった。
上岡は居てもたっても居られず、図書室へ向かう事を決意した。
「天羽さん。僕、ちょっと席外すよ」
 上岡は、パソコンに一心不乱な天羽に向かって声を掛けた。すると天羽は上岡には視線を向けず、画面に向かったままで彼に答え返す。
「図書室ね、わかったわ」
 天羽の言葉に上岡は驚きの余り声も出ず、体が固まってしまう。そんな彼の様子に気づいたのか、天羽は上岡のほうへと体を向けると、呆れた表情で答え返した。
「わかりやさすぎなのよね、上岡君って。百合のこと、気になってるんでしょ?」
 さも当り前のように言う天羽。確かに彼女の言う通り、上岡は図書室へ向かおうとした。
天羽がするどいのか、はたまた上岡が単純明解なんだろうか。
「うっ………まぁ、そういうことなんで……僕、ちょっと様子を見てくるね……」
 上岡は顔を赤くさせ、頬をぽりぽりと掻きながら席を立った。そして部室の扉を開け、上岡が廊下に出ようとしたとき、突然、悲鳴がした。その悲鳴がした方向、つまり目の前に、上岡が視線を向けてみると、そこには星原が立っていた。
「誰かが出てくるとは思わなかったから、私、びっくりしてしまいました」
 星原は胸に手を置いて、ふうっと大きく一つ息を吐いた。
「でも、進君とぶつからずに済んで、よかったです」
 そして彼女は、上岡に向かってにっこりと微笑んだ。だが、上岡はただぼおっと突っ立っているだけだ。そんな彼の様子に、星原の表情は明るいものから暗いものへと変わっていく。
「どうしたんですか……進君? どこか具合でも悪いんでしょうか………?」
 星原の声に、上岡ははっと我に返る。そして、彼女が言った言葉をかき消すかのように両手を振りだす。
「あ、いや、そういうものじゃないよっ。ただ、百合が急に現れたものだから、びっくりしちゃって……」
 と、ここまで言った時、星原のことを百合と呼んでしまっていることに気がつく。上岡はゆっくりと後ろに振り返ると、そこには天羽が笑いを堪えている姿あった。
 どうにも今日は、天羽には格好悪いところを見られてしまう。それに上岡は、星原が居なくなってしまうのではないかと思い、彼女の様子を見に行こうとした。だが、その本人が目の前に現れたのだから、何とも拍子抜けだ。あれほど星原のことを心配していた自分が何とも滑稽なものだと思ってしまう。だがその反面、上岡の心は晴れていた。
先程まで心を覆い隠していた不安は、星原の顔を見たらどこかへと消し飛んでしまった。
どうして、彼女が自分の側から居なくなると思ってしまったのだろう。そう思ってしまった自分に、思わず苦笑してしまう。
「僕は大丈夫だよ」
 上岡は星原を安心させるかのように笑いかけた。上岡の言葉と表情に安心したのか、星原の表情に先程の笑顔が戻ってきた。
「そうですか…よかった………あ、でも、具合が悪くなった時は、すぐに私に言って下さいね……?」
 表情は笑顔だが、星原の目には心配の色が映っている。上岡はそんな彼女の不安を取り除くかのように、再び笑いかけた。
「うん、わかったよ」
「はい」
 上岡の言葉に、星原は元気よく答え返す。二人はしばらくの間、笑い合っていた。
だが、そんな彼らの微笑ましい雰囲気を打ち破るものが居た。天羽である。
「はいはい、二人とも。そういうことは私が居ない時にしてね。
 それに、ここが廊下だってことも忘れないでよね、まったく」
 いつの間にか、天羽は上岡のすぐ後ろまで来ていた。上岡と星原はお互いの顔を見つめ合うと、照れた表情を見せる。天羽はそんな二人を、苦笑しながら見つめていた。
「ところで、進君。進君、用事があったんじゃないんですか?」
 星原は上岡に視線を向けて、問いかける。自分と危うくぶつかってしまうところだったのだ。
彼がどこかに出かけることくらい容易にわかる。
 上岡は星原の問いかけにどう答えて良いのか考えあぐねていた。確かに用事があった。
だが、その用事が今目の前にいるのだ。
 百合のことが心配だったから。言葉にしてしまえばそれだけなのだが、実際それを口にすることは出来ない相談だった。上岡にとってそれは、恥ずかしいことこの上ない。
しかも側に天羽が居るのだ。
 上岡がどう答えようかと困惑しているのをよそに、側に居た天羽が星原に向かって口を開いた。
「上岡君、百合のことが心配になったから図書室に行こうとしてたのよね?」
「なっ!?」
 天羽の言葉に上岡の顔は一瞬にして真っ赤に染まる。本当に顔から火を吹きそうなぐらいに。
また、星原の表情も驚きに満ちていた。目を丸くして、天羽の顔を見つめている。
そして、その視線を今度は上岡のほうへと移した。
「碧ちゃんの言ったことは、本当ですか?」
 星原は真っ直ぐに上岡の顔を見つめる。その瞳の色は真剣そのものだった。
そんな星原の瞳から目を逸さずに、上岡は一つ頷く。その時の彼の顔が耳まで赤いのは御愛敬だろう。
「ありがとうございます、進君」
 星原は穏やかな笑顔を上岡に向ける。その笑顔は、暖かい春の日差しのような、とても柔らかな表情だった。
「はいはい、だからこういうことは廊下じゃ、やめましょうねぇ〜」
 言いながら天羽は上岡と星原の後ろに回り、そして彼らの部室の中へと押しやろうとする。
そんな天羽の行動に、上岡と星原は再び照れた表情を見せるのだった。
「ところで、百合? 図書室での用事はもう済んだの?」
 再びパソコンの前に腰掛けながら天羽。
「ええ、済みました。校内新聞の記事で、ちょっと迷っていたところあったんです」
 星原は上岡の隣に腰掛けて、天羽に答え返す。その星原の言葉を聞いて、上岡は心配そうに話しかける。
「迷っていることって何?
 これでも一応部長だし、僕にできることが何でもいってね。できうる限り、力になるから」
 上岡は胸の前で両拳を握りながら、星原に力説する。そんな上岡に気持ちに、星原は胸が熱くなっていく。
「ありがとう、進君。でも、これは自分の力だけでやってみたいんです。だから、ごめんなさい」
 星原は笑顔で答えると、上岡に頭を下げた。この行動に上岡は慌てた。
「あ、ち、違うんだよ、ゆ、百合っ。ええっと、なんていうか、その…………」
「はい、わかってます。進君の気持ちは、わかっていますから安心してください」
 星原は慌てる上岡に落ち着かせるように、穏やかな口調で言葉を紡いでいく。そして、先程の笑みを浮かべる。星原の笑顔に、上岡の顔が再赤くなっていく。
「あーあ。なんか、つき合ってられないわ」
 その二人の光景を傍らで見ていた天羽が、呆れた声を上げた。しかし、声こそは呆れているものの、天羽の顔は笑っていた。
「ほん……っとに、百合と上岡君の二人を見ていると、こっちが恥ずかしくなってくるわ」
 天羽はころころと笑いながら、星原と上岡の両名を見つめた。
「そうなんですか? 私は、ただ普通に、進君とお話をしているだけなんですが………」
 星原は右手を頬に当てながら、小首を傾げ不思議そうにしている。そんな星原の姿を見て天羽は、百合らしいわねと思わずにはいられなかった。一方、上岡は星原の言葉に頬を掻きながら、ただ、ただ苦笑していた。
「……まったく。百合のそういうところって、ある意味、感心しちゃうわ」
 言いながら天羽は、肩を竦める。そして天羽は、次に上岡に視線を移した。
「さっきは、上岡君が百合を困らせているんじゃないかって思ってたけど、この様子だと百合が上岡君を困らせているって感じね?」
 そこまで言うと、天羽は笑みをこぼす。
「………碧ちゃん……それ、どういう意味ですか……………?」
 天羽の言葉に星原は顔を膨らませ、眉を顰めながら彼女のことを睨んだ。そんな星原の態度に上岡と天羽は顔を見合わせると、大きく吹き出してしまった。
「もう! どうして、そこで笑うんですかっ!? それに、進君まで笑うなんて!!」
 星原は綺麗な眉をつり上げ、声を荒げる。だが上岡と天羽の二人にしてみれば、そんな彼女の振舞いも、可笑しくて堪らない。
「ひどい、二人とも! もう、知りませんっ!!」
 いつまでも笑い続ける上岡と天羽の二人に、星原は口を尖らせて、二人から顔を背ける。
先程まで天羽と二人で声を上げて笑っていた上岡であったが、星原が本気で腹を立てていることに気がつくと、慌てて彼女に謝り始めた。
「ご、ごめんっ、百合! べ、別に、わ、わわ、笑うつもりじゃなかったんだよ!」
「笑うつもりじゃなかったら、いったいどういうつもりだったんですかっ!?」
 上岡は星原に対して、必死になって頭を下げ、謝っている。だが星原のほうは、上岡の言葉には耳を傾けず、そっぽを向いている。まるで夫婦喧嘩のような、そんな二人の姿に、天羽は再び笑い出した。
「碧ちゃん!!」
「天羽さん!!」
 今度は星原だけではなく、上岡まで加わってしまったので、天羽は笑うを止める。
「あ、あはっ。ごめんね、ゆりぃ〜。百合のことが可愛く見えちゃったから、つい、ね?」
 天羽は悪びれた様子を見せずに、星原に謝る。
「えっ……? か、可愛いから…ですか……?」
 天羽から予想もしない言葉が返ってきたので、星原は戸惑いを隠せない。彼女の顔に表れているのは戸惑いだけではなかった。ほんの少しだけ、頬が赤く染まっていた。
「そう、百合が可愛いからよ。
 それにしても………上岡君。百合に尻に敷かれているなんて、思ってもみなかったわ」
 そこまで言うと、天羽は含み笑いをする。天羽の言葉に上岡の顔は、一瞬にして真っ赤に染まった。
「あ、天羽さん!!」
 上岡は赤い顔をさらに赤くさせながら、声を荒げる。上岡は、今日は厄日ではないだろうか?と一瞬、本気で考えてしまう。先程から天羽に振り回されっぱなしのような気がするからだ。
「碧ちゃん! 私、進君を尻になんか敷いてません!!」
 上岡の次に星原までもが声を張り上げた。天羽は、上岡と星原の二人に再び睨まれることとなった。さすがに、状況が危うくなったと思ったのか、天羽は視線を泳がせ始めた。
「え、えっと………あ、そうだ。わ、私、椎ちゃんに用事があったんだわ!
 ちょ、ちょっと、と、図書室に、い、行ってくるわね」
 天羽はしどろもどろに言葉を紡ぎながら、席を立った。そして愛想笑いを浮かべながら、部室の扉の側に歩み寄った。
「そ、それじゃあ、二人とも。ま、また後でね」
 言いながら天羽は、そのまま扉の向こうへと消えてしまった。天羽が部室から居なくなったことで、先程まで騒々しかった雰囲気は一気に静まり返る。上岡が大きく肩でため息をつこうとした時、再び部室の扉が開いた。
「あ、そうそう、上岡君。百合にちゃんと謝りなさいよ?」
「天羽さんっ!!」
「じゃあね」
 天羽は手を振りながら、今度こそ部室から出ていった。彼女の足音が徐々に小さくなっていく。
「はあ、はあ……ま、まったく……天羽さんは………」
 上岡は思いっきり虚脱感を感じていた。先程から怒鳴りっぱなしだったのだ。無理もない。
上岡が俯いて呼吸を整えていると、彼の前に一杯の紅茶が差し出された。
「はい。進君、どうぞ。これでも飲んで、落ち着いてください」
 上岡が顔を上げると、そこには柔らかな笑みを浮かべた星原の顔があった。
「あっ………」
 上岡は、星原の顔に思わず見とれてしまう。慈愛に満ちた表情と言うのだろうか。上岡は、その彼女の表情に頬が熱くなっていくのを感じた。
「どうしたんですか、進君? 紅茶、冷めてしまいますよ?」
 星原は瞳に優しい色を湛えながら、にっこりと微笑んだ。上岡は星原の言葉に、はっと我に返った。
「えっ!? あ、ああ………そ、それじゃあ、頂くよ………」
 言いながら、上岡は星原が入れてくれた紅茶を手に取る。彼女は先程まで怒っていたのではなかったのか? だが、星原は先程と変わらない笑みを湛えている。もう一度、彼女の表情を伺う。すると、星原は上岡向かって柔らかな笑みを浮かべた。またしても上岡は、星原の顔に見とれ、頬を赤くさせた。さらに胸の鼓動も早くなっていく。
 上岡は早くなっていく胸の鼓動を落ち着かせようとして、手にした紅茶を慌てて飲んだ。
「うわっちゃっ、あ、あちっ!!」
 紅茶は火傷をするような熱さではなかったのだが、慌てて飲んだせいか、上岡は悲痛の声を上げる。
「だ、大丈夫ですか、進君!?」
「えっ!? あ、ああ。だ、大丈夫だよ、百合。
 あ、慌てて飲んじゃったから、びっくりしただけだから………」
 上岡の言葉に星原は、ゆっくりと胸を撫で下ろした。
「もう……おどかさないでください」
 そう言って星原は、笑みを浮かべる。そして上岡の手にある紅茶を、そっと自分の手に取る。
「私が冷ましてあげますね? ふー、ふー」
 星原は手に取った紅茶に息を吹きかけ、それを冷ます。上岡は、紅茶を冷ます星原の姿を見ながら、謝るのは今だと思った。
「ゆ、百合……えっと、さっきは笑ったりして……その、ごめん。
 悪気はなかったんだ……本当にごめん!」
 上岡は星原に向かって大きく頭を下げた。彼女が怒っている、怒っていないにしても、ちゃんと謝りたかったからだ。しばらくの間、上岡はそのままの姿勢でいた。
すると、頭上から星原の声がかかる。
「私、美味しいアップルパイが食べたいです」
「へっ?」
 予想もしていない星原の言葉に、上岡は頭を上げる。
「あと、それに美味しいアップルティーもつけてくださいね?」
 星原は舌をペロっと出して、悪戯っぽい笑みを浮かべる。一方、上岡は星原の言葉の意味が理解できなかったのか、呆けた顔でいる。時間にして数秒、上岡は星原の言葉の意味をようやく理解すると、満面に笑顔を浮かべながら大きく頷いた。
「それじゃあ、今度の休みにアップルパイを食べに行こうよっ!」
「はい!」
 二人は顔を見合わせながら、どちらからともなく笑い出す。上岡は頬を掻きながら、星原に再び謝る。
「えっと、百合。さっきはごめんな」
「いいえ。最初から怒ってませんから、安心してください」
 上岡の言葉に、にっこりと微笑む星原。
「あ、そうだ。……はい、進君、紅茶です」
 星原はそこまで言うと、紅茶を一口飲んだ。そして、その紅茶を上岡へと差し出す。
そのときの彼女の頬はうっすらと赤く染まっていた。
「今度は熱くないですから」
 上岡は差し出された紅茶を無言で受け取ると、それを口にする。その様子を、星原は嬉しそうに、それでいて恥ずかしそうな表情で見つめていた。
「美味しいよ、百合」
 言いながら上岡は、星原に向かって笑みを浮かべる。彼の顔もまた赤く染まっていた。
星原はそんな上岡に、ありがとうと微笑み返した。

 上岡は紅茶を再び口にしながら、今日も一日、なんだか騒々しかったなと思う。
しかし、部活はまだまだこれからなのだ。まだ一日も終わっていないのに、そんなことを考えた自分に思わず苦笑する。
「どうしたんですか?」
 と、側に居る星原が訪ねてくる。
「いや、なんでもないよ」
 そう言って上岡は星原に答え返しながら、原稿を手に取った。
「さぁて、これの続きでもやりますか!」
「はい、そうですね」
 二人は各々の作業の準備をする。出ていった天羽も、そろそろ戻ってくることだろう。
彼らの部活の時間は、まだまだこれからだった。

Fin

後書き

JINZAさんの、Lの季節SSを読み、私の中のL季魂(笑)が再燃し筆を取ってみたのですが……
ああ! JINZAさんのSSに遠く及ばない!! (T_T)
しかも自分が何を書きたかったのか、さっぱりぃ〜!!(ぉぃ

あうあう。勢いで書いちゃったんで、なんか文章変です(汗)。さらに、三人称で書くのは久しぶりなので、やっぱり文章変です(滝汗)。

うぐぅ。許してやってくださいましぃ〜。(^^;;;


作品情報

作者名 KNP
タイトルLの季節
サブタイトル穏やかなる日々
タグLの季節, 星原百合, 天野碧, 上原進
感想投稿数51
感想投稿最終日時2019年04月14日 17時34分09秒

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  • [★★★★★☆] 百合ちゃん好きなわたしにはとってもええ感じのSSでした!う〜〜ん、いいなぁ・・こういうほのぼのしたカップル好きなんです。だからわたしは桐生より上岡派!(笑)ほんとに心温まると言いますか、良い物読ませていただきました♪
  • [★★★★★☆] かわいいっすね星原さん・・・
  • [★★★★★☆] くぅーっ!上岡がうらやましい・・・初々しくていいですね・・・続編は、折角なんで、ひと事件欲しいですね(笑)頑張ってください。
  • [★★★★★★] こっちまで笑いました(爆)
  • [★★★★☆☆] 読んでいて恥ずかしくなる程のラブラブぶりだが、それが快感だった。
  • [★★★★☆☆] エンデイングから進んでないですね 少しも
  • [★★★★★★] 次は弓倉亜希子さんの作品をぜひ書いてください。
  • [★★★★☆☆] なにか、タイトルどうりまったりとしてますね。
  • [★★★★★★] また続編をみたい!井之上や川鍋も出して下さい!
  • [★★★★★☆] 楽しいです!!この雰囲気好きなんです!あとは、話の中にちょっとした山が欲しいかも。
  • [★★★★☆☆] 久しぶりにLがやりたくなりました。
  • [★★★★★☆] 天羽さんいいですね。
  • [★★★★☆☆] 次は、エリザか優希も希望します。
  • [★★★★★★] 二人がラブラブで良いです☆
  • [★★★★★★] 私は、こんな感じの話が大好きです!次回作にも楽しみにしています。
  • [★★★★☆☆]