雨。

しとしとと降り続けるそれは、俺に否応無しにあの出来事を思い出させる。

彩花……

俺は教室の窓から見える景色を眺めていた。
空は厚い雲に覆われていて、晴れ晴れとした青空を見ることはできない。
校庭は全て水たまりで埋め尽くされ、誰一人校庭に出ている者は居ない。

窓を濡らす雨は、小さな粒がだんだんと集まっていき、そして大きな流れを作っていった。
それは、まるで勢いよく流れる滝のように見えた。

この流れの先には彼女がいるのだろうか?

ふと、何とはなしに考える。

そんなことを考えたって、どうしようもないことはわかっている……わかっているんだ。
そんなことを考えても、彼女は戻ってこない。

目を瞑る。

瞼の裏に蘇る光景。

持ち主のいない白い傘……それが道にぽつんと落ちている光景が………

「お〜い、智也。お前、昼飯どうするんだぁ?」

俺が目を閉じてもの思いにふけっていると、信が声をかけてきた。
相変わらず人の都合を考えない奴の調子に、思わず苦笑してしまう。

「昼飯って……もうそんな時間なのか?」

信に言われて初めて気がつく。
周りを見てみると授業は既に終わっていて、みんなが昼食を取り始めている。どうやら長い時間、考え込んでいたらしい。

「おいおい。おめでたい奴だな、お前は」

信は俺の様子に肩をすくめ、呆れた声で言った。
だが、さほど気にしてないらしく、再び同じことを聞いてくる。

「智也。お前、昼飯はどうするんだ?
 今から購買に行っても、ろくでもないものしか残ってないはずだぞ」
「……ん、そうだな………」

信が言っている『ろくでもないもの』というのは、突飛な材料で作られた調理パンのことだ。
前に話のタネに食べたことがあるが、あれは食べ物以前のものだと思った。

「……学食にでも行きますか?」

言いながら、俺は席を立った。
本当は、そんなにお腹が空いているというわけではない。むしろ、食欲がないと言っていい。
雨の日の俺はいつもこうだ。
だが、せっかく信が誘ってくれたのだ。それを無下に断るのも気が引ける。

「おっしゃっ、そうこなくっちゃ!」

信は最初から学食と決めていたようだ。
顔いっぱいに笑みを浮かべながら、何食べるかを思案している。

麺ぐらいなら、何とか食べれるかな………?

そんなことを考えながら信と教室を出ていこうとすると、背後から、

「と、智ちゃ〜ん! ちょっと待ってぇ〜!!」

という声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには幼なじみの唯笑が立っていた。

「どうした、唯笑? なんか用か?」

俺が声をかけると、唯笑は急に顔を赤らめ、もじもじとし始めた。

………? 変な奴……

「唯笑、変な奴じゃないもんっ!!」

俺の心の声が聞こえるか、こいつは!? 超能力者かっ!?

などと、くだらないことを考えていると、隣にいた信が唯笑に話しかけた。

「どうしたの、唯笑ちゃん。こいつに用事でもあるの?」
「……え、ええっと………そうなんだけど……ね……………」

唯笑は顔を真っ赤に染め、俺の顔をちろちろと見ながら、言葉をしどろもどろに紡いだ。
どうやら信が横に居ると話しづらいことらしい。
そのことが信にもわかったらしく、

「じゃあ、俺、学食に行って来るわ」

信は、身を翻しながら言った。

「悪いな、信。あとから行くから」

と言ったのだが、信はまるで「来なくいいぞ」と言わんばかりに手を振ってみせた。

「………なんか、悪いことしちゃったかな……信ちゃんに」

唯笑が申し訳なさそうに呟いた。

「大丈夫だよ。あいつは全然気にしちゃいないよ。ところで唯笑、俺に用事ってなんだ?」

俺は話を元の戻す。
普段、唯笑はクラスメイトの女子と昼休みを共にすることが多い。
なのに今日に限って、俺に声をかけてきた。理由を少し考えてみるが、やはりわからない。

「えっとね……あのね………」

だが、唯笑は先程と同じように顔を赤らめ、手をもじもじとさせている。
いつもは、づけづけと言ってくる彼女にしては珍しい反応だ。
しかし今日の俺は、そんな彼女にいつまでもつき合っていられるほど、機嫌は良くなかった。むしろ最悪と言ってよかった。

「……なあ、唯笑。
 用事ないんだったら俺、信が待ってるから学食に行きたいんだけど!?」

俺は言葉の端をちょっとだけ強めた。その部分を唯笑は敏感に察知したようだ。
彼女の身体が一瞬硬直したように見えた。
だが俺はそんな唯笑を無視して、身を翻して学食に向かおうとしたそのとき、

「と、とと、智ちゃん!! い、一緒に、お、お昼食べようっ!?」

唯笑は教室全体に響き渡るほどの声を上げた。
その瞬間、俺と唯笑はクラス全員の視線を一気に集めることになった。
そして彼らは、ひそひそと何やら口々に語り始める。

「あの二人……やっぱりねぇ………」

というような声があちらこちらから聞こえてきた。
見ると唯笑は恥ずかしいのか、顔を真っ赤にさせながら俯いている。

は、恥ずかしいのはこっちだ………

俺は心の中で、そう唸らずにはいられなかった。

唯笑の机の上にハンカチに包まれた箱みたいなものが置かれた。
あのあと、彼女の席で一緒にお昼と取るという段取りになったのだ。

「はい、智ちゃん。どうぞ」

言いながら唯笑は、にこっと笑った。
しかし、俺はその机の上に置かれたものをまじまじと見つめた。

「どうしたの、智ちゃん?」

唯笑は俺の様子に、首を傾げ不思議そうにしている。

「なあ、唯笑」
「なあに、智ちゃん?」
「……………なんだ、これは?」

俺は自分の思ったことを正直に言った。すると唯笑は、頬を膨らませながら眉を顰めた。

「もう! 『なんだ、これは?』じゃないよ!! お弁当だよ、智ちゃん!!」

唯笑は口を尖らせながら、俺のことを睨みつけた。

「おべんとう〜?」

俺はオウムのようにその言葉を返した。
俺のその反応に、唯笑はますます頬を膨らませる。

「そうだよ!」

唯笑の言葉に、俺はもう一度それを見つめた。

「誰のだ?」
「智ちゃんのだよ!」

俺の弁当!?

唯笑の言葉に俺は驚きを隠せない。
はっきり言って、今の俺の顔は相当間抜け顔だろう。
鏡を見なくてもわかる。口をだらしなく開け、目を点にしている違いない。

ふと思い出す。
以前に、唯笑が弁当を作ってきてあげようか? と提案してきたときがあった。だが、そのときの俺は唯笑の申し出を断ったはずだ。

俺は一つため息をつきながら、

「なあ……唯笑………前に俺は言ったはずだよな? 弁当はいらないって?」
「う、うん……」
「だったら、なんで………?」

俺は怒り半分、呆れ半分で唯笑に問いかける。唯笑の行動がさっぱりわからないからだ。
クラスのみんなが居る前で一緒に食べようと誘ってくる。
いらないと言った弁当を作ってくる。

確かに唯笑は、いつも俺に世話を焼いてくる。お節介のレベルに近いと言ってもいい。
だが、今日みたいなことは絶対にしてくることはなかった。
それが唯笑との間にある暗黙の了解みたいなものだったからだ。

単なる幼なじみ。

唯笑と俺との関係は、ただそれだけなのだ。だから俺は、彼女の申し出を受けた。
彼女が弁当を食べ終えるまで、側に居るだけ。
しかし、目の前に置いてある弁当はそう語ってはいない。

『ねえ、智也。一緒にお昼食べましょ? 智也のお弁当も一緒に作ってきたの』

甦る過去の記憶。

「すまん、唯笑。やっぱり俺、学食に行くわ」

言いながら俺は席を立った。
少なくとも今日は、もう唯笑の顔は見たくなかった。
と言うより、俺は一人になりたかっただけかもしれない。教室の出口へ足を向けようとした。

「あ! 待って、智ちゃん!」

唯笑が制服の袖を握って、俺を引き留めた。
その瞬間、俺の中で何かが切れた。

「唯笑っ! お前いい加減に…………」

俺が大声を上げそうになったとき、袖を掴んでいた唯笑の指が視界に飛びこんできた。

包帯……?

そう。唯笑の指の至る所に包帯が巻かれていた。

「……唯笑……お前、その指……………」
「あ、これ? あはは、ちょっとね………」

唯笑は苦笑しながら、その指を自分の膝の上に持っていった。そして、そのまま項垂れると、

「智ちゃん……最近、元気なかったから………お弁当いらないってことは知ってたけど……
 で、でも! 唯笑、智ちゃんに元気になってほしかったから………だから……その…………」
「唯笑………」
「やっぱり、お節介だったよね。
 ご、ごめんね、智ちゃん。唯笑のお弁当、もらっても嬉しくなんかないよねっ」

唯笑はぱっと顔を上げると、笑顔で一気に言葉をまくし立てた。
だが、俺は見過ごさなかった。彼女の目尻に光る粒のことを。

「あ、ほら! 信ちゃん、智ちゃんのことを待っているはずだよ?
 早く学食に行ってあげなよ?」

唯笑は手を忙しく振っている。
そんな彼女の様子に、俺は再びため息をついた。

「大丈夫だよ。信の奴は、俺のことなんか待ってくれてはいないよ」

唯笑の頭を軽く手を乗せながら、俺は席についた。

「えっ?」
「それに今から学食に行っても、メニューが残っているかどうか疑問だしな」
「えっ、えっ!?」
「だから、この弁当……食べてもいいか………? 唯笑?」

唯笑は驚きのあまりからか、俺が言った言葉を理解できなかったようだ。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに彼女は笑顔になった。

「うん! 智ちゃんのために作ったお弁当なんだから!」
「じゃあ、頂くぞ。あとで返してと言っても、ダメだからな?」
「うん、じゃあ一緒に食べよう。智ちゃん!」

唯笑は本当に嬉しそうに、そして元気よく答えた。

それから二人で談笑しながら弁当を食べていった。
唯笑が作ってくれた弁当は見た目こそ悪かったが、美味かった。
たぶん、何度も失敗したんだろう。彼女の指がそれを物語っている。

一生懸命に作った。

そんな彼女の想いが入っているのか、学食のメニューよりも。いや、家の母親の料理よりも美味かった。

「ふぅ、ごちそうさま。美味しかったぜ、唯笑」

俺は空になった弁当箱を唯笑に差し出す。唯笑はそれを満足そうに受け取った。

「ありがとう、智ちゃん」

唯笑は眩しいくらいの笑顔を俺に向けた。その彼女の表情に、俺は照れ臭くなって窓の方に視線を向ける。

「あっ………」
「どうしたの? 智ちゃん?」

俺の様子がおかしかったからか、唯笑が不思議そうに問いかけてくる。
だが、俺は彼女の問いかけに答えず、じっと窓の景色を見つめていた。

「………智ちゃん?」

唯笑がもう一度声をかけてくる。窓の景色に視線を向けたまま、

「なあ、唯笑。放課後、どっか寄っていこうか?」
「えっ?」
「弁当のお礼ってわけじゃないけどさ。帰りに美味しいケーキでも食べに行くか?」
「え、本当!?」
「ああ!」

唯笑の方に振り向き、笑顔で答え返す。
唯笑は満面に笑顔を浮かべ、そして嬉しそうに飛び跳ねた。

そんな唯笑を見ながら、再び窓へと視線を向ける。
長々と降り続けていた雨は、いつの間にか止んでいた。雲の隙間からは、太陽の光がこぼれ始めている。

窓に一瞬、彩花の顔が浮かんだ。

彩花……俺は………いや、俺たちは元気にやっているぞ。

消え行く彩花の顔が柔らかく微笑んだかのように見えた。

彼女の笑みに対し、俺も微笑み返すと、すぐ側で笑っている唯笑の顔を見つめてこう言った。

「明日は、晴れるかな?」

Fin

後書き

メモリーズオフのSSを書かせてもらいました。ちょっとラストが弱いというか、締ってませんが、その辺は勘弁してやってください。(苦笑)
あと文章全体も変かもしれませんが、それも勘弁してやってください。

ドラマCDを買いました。それを聞いて、メモオフ魂が再燃したというか。
書きかけのSSを書いてやろうって気になって、とりあえず完成させてみました。

DC版、このままだと買いそうな雰囲気です(ぉ


作品情報

作者名 KNP
タイトルMemories Off
サブタイトル雨のち…
タグMemories Off, 今坂唯笑, 三上智也, 稲穂信
感想投稿数51
感想投稿最終日時2019年04月13日 22時19分37秒

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コメント一覧(クリックで開閉します)

  • [★★★★☆☆] 唯笑ちゃん、ええ娘やねぇ〜
  • [★★★☆☆☆] ちょっとキャラクターがかわっていたきがする。失礼なこといってすみません。
  • [★★★★★★] 何かすごく「メモリーズオフ」っていう雰囲気というか、何というか・・・とにかくそういう感じで良かったです。あと、唯笑ちゃんがメインだったのも(笑)
  • [★★★★★★] 自分も燃えました
  • [★★★★☆☆] おもしろかったです。もうちょっと智也がひねくれてるとよかったかも(笑)
  • [★★★★☆☆] Good
  • [★★★★☆☆] いいですね。唯笑と信と智也のかけあいが、なんか呼んでていい感じでした。
  • [★★★★★★] 温かいお話、有難うございます。これからも頑張って下さい。
  • [★★★☆☆☆] 個人的には詩音の話が読みたいです(ファンなので)
  • [★★★★★★] メモオフ最高&2ndOK!!
  • [★★★★☆☆] なかなか
  • [★★★★★☆] 彩花を登場させてるのがGOOD
  • [★★★★☆☆] それじゃ
  • [★★★★★★] 彩花だけのSSが見てみたい!!
  • [★★★★★☆] 信ちゃんという表現はちょっと・・・(^_^;)
  • [★★★☆☆☆] 少し・・唯笑の「信ちゃん」はおかしいかな、と。「信君」でしょう?
  • [★★★★☆☆] 唯笑と智也のお話大好きなので書いてください。
  • [★★★★★☆] 唯笑の健気さが上手く表現されていてよかった。自分がもし智也と同じ立場でも同じことをしていたでしょうねきっと。
  • [★★★★★☆] 久々におもしろいSSが見れた
  • [★★★★★☆] 彩花だしてー
  • [★★★★★☆] 自分的には、もう少しシリアスが混じっていればいいと思う