遠くに聞こえる潮騒の音。
窓から見える林は、汐風にあおられ、ときおり無気味な音を立てる。
先程まで窓ガラスを激しく叩いていた雨も、今は落ち着いてきていた。
雨雲を押しのけるように現れた三日月は、ただただ、その赤い光を眼下に降り注いでいる。

不気味なまでに見事な赤い三日月。


「イヤな月……」

閉じた窓越しに空を見あげている少女がいた。その口調には脅えの色が混じっている。
いつもは勝ち気な雰囲気を持っているその顔だが、今は不安がときおり見え隠れしていた。
不吉な予感を漂わせる月を見つづける事に堪えられなくなったのか、ふと視線をそらし、部屋の片隅———壁にしつらえた暖炉に薪をくべる少年のほうを見やる。
その少年は小さく悪態をつきながらも必死に暖炉と格闘していた。暖炉はもちろん、薪すら扱ったことはなかったのだろう、その手つきは見ていて危なっかしいものだった。

パチパチと薪が爆ぜる音が部屋に響きはじめる。
煉瓦造りのしっかりした暖炉。
それは薄闇に包まれた、この部屋の唯一の灯だった。

「林檎ちゃん、寒くない?」
「うん……ちょっと、寒いかも」

少女の傍らにいた、もう一人の女の子が尋ねる。
年の頃は、少女と同じだろうか。少々おっとりとした顔つきと長い髪を束ねる大きな赤いリボン……これだけを見れば少女よりも幼く見えそうだが、少女とは反対にこんな状況でも平然とした表情を浮かべていた。
よく見れば、ふたりの少女も少年も、上からシャツを着ているとはいえ、水着姿のようだ。しかも、そのシャツも雨に濡れ、生乾き状態である。
そんな格好で寒くないわけがない。

「美樹ちゃん、林檎ちゃん。
暖炉、ようやくついたよ。こっちにおいでよ」

少年がほっとした表情を浮かべた。なんとか火が安定したのだろう。すぐさま立ち上がって少女たちをよぶ。
少女たちも火を囲み、ようやく安堵の溜め息をついた。

「高瀬先輩、おそいよぉ。私、もう寒くって寒くって……」
「勘弁してくれよ、こういうのは初めてだったんだから」

林檎と呼ばれた少女の咎めるような口調に、苦笑いを返すしかない少年。
何しろ濡れネズミのまま乾かすこともできず数十分待たされたのだ。彼女の言い分も解る。
が、それは少年にとっても同じという事にまでは気が回ってないらしい。

「もう、林檎ちゃん、さっきから文句ばっかり」
「だってぇ〜、せっかくバカンスに来たと思ってたら……」

美樹という名の女の子の言葉に、ますます口をとがらせる少女。

「三条先輩のセッティングでしょ。クルージングでしょ。小島の別荘で3泊4日。
コレで楽しくならないなんて……ホント、ヤになっちゃう」

……かなり今回のことに不満があるらしい。

「クルーザーに乗った途端、天候が急変して中止。
慌てて別荘に来て見たら、オーナーは留守。
しかも、電気まで止めてあるじゃない!!」
「ど、どうどう……」
「私は馬じゃな〜い!」

ショートカットの髪を振り乱し、叫ぶ少女。そう取られてもしかたがないような鼻息の荒さだ。
美樹という女の子の引きつった顔を見ても、結構な逆ギレっぷりらしい。


カチリ


突然、部屋の中に金属音が響く。
思わず息を呑む三人。
それは小さい音だったが、不安を抱えた彼らを驚かせるには十分なものだった。
数瞬遅れて、部屋の中が何度かまたたき……そして、部屋の蛍光燈が硬直した三人を照らし出した。

「……三人とも。何をやっているんだい?」

すらっとした背の高いパーカー姿の青年がドアの前に立っていた。
手には懐中電灯と小さめの手さげ袋がいくつか握られている。
部屋の明かりをつけたのはどうやら彼の仕業らしい。

「あれ?……電気が……ついてる?」
「つくが、それがどうかしたのかな?」

最初、惚けたような感じだった少女の表情が、憤怒の表情になるまで時間はかからなかった。

「! 先輩!! これどーいう事ですかっ!!! つくじゃないですか、電気!」
「さっき、試したけどつかなかったんだよ!」

そのまま、暖炉の火をおこした少年に食ってかかる。
少年も負けじと言い返す。
その少年の言葉に、青年はいぶかしげに尋ねる。

「本島から目と鼻の先とはいえ、この小島には電気が送られてこない。
だから、この島にいくつかある別荘は、各々で自家発電装置を備えており、電気を使うにはそれを動かす必要がある……と言っておいただろう?」
「そんな事聞いてませんよ……」
「それはおかしい……俺は先程、大森君……だったかね、彼に伝えておいたはずだが?」
「……大森君ですか……」

はぁー

その場に居た三人が同時に溜め息をつく。
更に不審に思い尋ねようとした青年は、本来いるべきその大森という名の少年が居ない事に気づいた。

「で、その大森君はどこかね? 美樹君」
「えっとですね……三条先輩がクルーザーに戻られた直後に……」
「大森先輩ってば、『ゴメン、トイレ〜』とか言って……」
「いきなり走り出して、それっきりまだ帰ってきてませんよ」

青年の問いに、女の子、少女、少年が口々に答える。
暖炉の薪が爆ぜる音だけが響く部屋の中、脱力した空気が白々しく、重かった……

to be continued...

後書き

とりあえずのアップって感じですけど、美樹誕生日記念SS「クレセント・ノイズ」の第1話……
つーか前編です(笑)

美樹・林檎、三条先輩と大森君、そして主人公(高瀬隆也)の5人が登場人物です。
ジャンル的に初めてなんで、ちと書くのが遅れてしまいました(^^;
ホントは美樹の誕生日記念としてに全部書き上げてアップするつもりだったんだが……気づけば、6月もすぐそこだったり(笑)


作品情報

作者名 け〜くん
タイトルクレセント・ノイズ
サブタイトル第1話
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/クレセントノイズ, 石塚美樹, 青葉林檎, 三条真, 高瀬隆也
感想投稿数17
感想投稿最終日時2019年04月10日 08時37分08秒

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