「祝! ご入学と!」
「美樹の誕生日を祝って!」
『カンパ〜イ!!!』

カシャン

グラスがぶつかる音。
テーブルの上には、スナック菓子やお店に注文した軽食。
それに、林檎ちゃんが事情を話して特別に許可してもらった結構大きなホワイトケーキ。

「ほら美樹ぃ、何ぼーっとしてんの!
 主賓なんだから、何か挨拶挨拶!!」
「え?え? ええっ?!」

いきなり私の肩を揺すってそう言ってたのは、高校に入ってすぐに出来たクラスメート。
今日は私と林檎ちゃん、それに新しい友達の彼女たち‥‥まりなちゃんと真奈美ちゃんの4人でカラオケボックスに集まっていました。

「い、いきなりそんな事言われても‥‥」
「何言ってんのよ美樹! ほら、胸張って!!」
「り、林檎ちゃん!」
「そうそう、はやくそので〜〜〜っかいその胸を張って!!」
「!!!!!」
「もう、まりなちゃ〜ん。オヤジ入ってるよぉ」
「何言ってるのよ真奈美! 真奈美こそもっと盛り上がんなきゃ!」
「ぶぅ‥‥
 そりゃ真奈美、高校生になってもまだ胸ペッタンコだけど‥‥」
「‥‥意味違うって‥‥」


4月8日水曜日。
その日は、私にとってとても意味がある日。

そう‥‥16歳の誕生日。

いつもなら林檎ちゃんを呼んで、お母さんとお父さんと家でささやかだけど楽しいパーティをしてたんだけど。
でも、今年はお母さんたちと離れて一人暮らししてるからって、林檎ちゃんが友達を誘ってカラオケパーティを準備してくれて。
キラキラ光るネオンボールの下、初めての雰囲気のパーティに‥‥ちょっとだけとまどってました。

「じゃあ、真奈美から歌うね! えっと‥‥『CANDY HEART』!」
「こら真奈美! こういう時は主賓からでしょ!」
「え〜」
「私は別に後からでも‥‥」
「じゃ、次私がいれよ。『Heartbeat Groove』!」
「ちょっと林檎ぉ! 美樹の一の親友なんでしょ、そういう事する?!」
「も〜まりなちゃん、誰からだっていいよぉ、美樹ちゃんだってそう言ってるんだし」
「い〜え! こういう事はきっちしやらなきゃ!
 ほら美樹! ちゃっちゃっと入れる!」

すごいテンションでみんなを仕切るまりなちゃん。
その勢い‥‥というか、彼女の形相に押されて、私は慌てて歌う曲を捜したんです。

「そ、それじゃ‥‥これ。『月の法善寺横丁』
「‥‥え"?‥‥」
「シブイ‥‥」
「‥‥そっか‥‥美樹、ド演歌だっけ‥‥」

え? え?
みんな、いきなり呆気に取られてる。
そ、そんなに変‥‥???

『ね〜むれ〜ない〜 よるにこぼ〜れて〜くぅきも〜ちは〜♪』

熱唱する林檎ちゃん。

『しぃするぅのキャミド〜レスぅ なまあしぃくんじゃあってぇ〜♪』
「きゃ〜真奈美、だいた〜ん♪」

つづく真奈美ちゃんに、茶々を入れるまりなちゃん。

たくさんあったお菓子も、それなりに大きかったバースディケーキも、相手は女の子4人。
気づいた時には全部食べちゃってて、真奈美ちゃんが2回も買い出しに行かされました。
普段は太るかもって、ついつい慎重になっちゃうけど、今日だけは特別。どんどん食べちゃいます。

いいよね、今日ぐらい。すっごく楽しいし。
‥‥でも、明日からちょっと、食事制限、かなぁ‥‥

「でも、真奈美ちゃんってすっごくよく歌うね。もう10曲目だよ」
「うん。それにとってもうまい」

つぶやく林檎ちゃんに相槌を打つ私。

「え、そっかなぁ?‥‥なんだかちこっと照れちゃうね。エヘヘ☆」
「ちょちょっと二人とも! あまり真奈美をつけあがらせないでよ〜」
「ぶぅ、まりなちゃんのイヂワル」
「それに、真奈美は憧れの『お兄ちゃん』とちょくちょくカラオケ行ってるんだもんね〜。
 そりゃうまくなるってもんですわ」
「あーっ! もう、まりなちゃん!!」

突然真っ赤になっちゃった真奈美ちゃん。
‥‥『お兄ちゃん』?
頭に疑問符の浮かんだままの私と林檎ちゃんをおいて、真奈美ちゃんは向かいに座ったまりなちゃんをぽこぽこ殴ってる。‥‥手にマイク握ったまま。

「いた、いたいぃっ!」
「まりなちゃんの、バカバカバカぁっ!!」
「ごめ、ごめんって! 悪かったっ!! マイクが壊れるっ!!!」

それでようやく手を止める真奈美ちゃん。
うわぁ‥‥まりなちゃん、もう頭ぼさぼさ‥‥

「真奈美ってば、手加減ってもん知らないんだから‥‥」
「だってぇ‥‥」
「ねぇねぇ、その‥‥『お兄ちゃん』って?」

二人の会話に割り込むように尋ねるのは、キラキラと目を輝かした林檎ちゃん。
うん。わたしも‥‥ちょっとだけ、気になる、かな‥‥?

「え? お兄ちゃんは、その‥‥」

赤くなったまま、もじもじする真奈美ちゃん。

「実の兄妹じゃないの?」
「う、うん‥‥」
「一緒に住んでるんだもんねぇ〜、真奈美?」
「う、うん‥‥」
「え‥‥ええええええぇぇぇぇっっっっ??????!!!!!!

おもわず、大声をあげてしまう私。
だって、だって‥‥

「あ、美樹ちゃん、変な誤解してるでしょ?」
「美樹ちゃん、違うよぉ。
 家にはお姉ちゃんもお母さんも一緒にいるし、お兄ちゃんって言ってもお母さんの知り合いの息子さんで、家が大学から遠いから近場に住んでる真奈美達の家が預かってるだけだもん。
 それに、血が繋がって無いって言っても、う〜んと‥‥お父さんみたいに、優しく包んでくれるって言うか‥‥とにかく、お兄ちゃんなの!」
「は〜」

林檎ちゃん、おもわず感心しちゃってる。

「真奈美の初恋の相手だもんねぇ」
「あ〜、もうまりなちゃん、一言多いよぉ」
「ふ〜ん。‥‥ってことは、真奈美ちゃんはその『お兄ちゃん』が好きで、付き合ってる?」
「う"‥‥」
「ちょっと違うんだぁ、林檎ちゃん。その『お兄ちゃん』は残念ながら、お姉ちゃんと付き合ってるもんね」
「うん。
 でもいいんだ。真奈美、お兄ちゃんもお姉ちゃんも大好きだし、それに‥‥もうふっ切れたし」
「ふわぁ‥‥」

私達に説明する真奈美ちゃんの表情は、いつもの真奈美ちゃんと違って‥‥少し、大人びて見えました。
やっぱり、好きな人がいる娘は奇麗になるって、本当みたい。

「素直に言いなさい真奈美。既に彼氏候補がいるから寂しくないって」
「まっ、まりなちゃん!!!!!」

今度こそ核心を突かれた真奈美ちゃん、耳まで赤くなってる。

「ま、真奈美のことばっかり言ってないで、まりなちゃんこそ彼氏いるでしょぉっ?!」

必死に話をそらそうとしてる真奈美ちゃん。

「当たり前じゃない。私は真奈美みたいにうじうじして無いから」
「‥‥ぶぅ」
「それよりもさ‥‥」

今まで二人で掛けあってたまりなちゃんが、怪しげな笑みを浮かべた表情を私の方に向けてきて‥‥ちょっと、イヤな予感が‥‥

「さっきからだんまりだけどぉ、そこらへんの方はどうなのよ、そっちの二人は?」
『う"』

ああ、やっぱり‥‥聞かれたくなかったのに‥‥

「あ〜、私、パス。美樹のことが心配で、彼氏なんて作ってる余裕無いから」

ず、ズルい‥‥林檎ちゃん、人をネタにしてぇ‥‥

「‥‥なんかはぐらかされたけど、ま、よしとしよう。
 主賓は、美樹ちゃんだものねぇ」
「こ、こういうのに、主賓とかそういうのは関係ない‥‥よね?林檎ちゃん」
「まあ、ね」
「いいのよ理由なんて! 私が聞きたいだけなんだから!」
「あ、真奈美もききた〜い☆」

さっきまでのあわてぶりもどこへやら、真奈美ちゃんまで追求側にまわっちゃってる。

「美樹にそんな話があるんなら、私が知りたいわよ」
「そ、そう!
 それに私、男の人って‥‥話をするだけで、緊張するぐらい苦手だし‥‥怖いって言うか‥‥」
「何言ってるのよ!
 欲しいモノには押しの一手!
 私ぐらい、とは言わないけど、真奈美ぐらいの積極性を持たないと一生恋人なんて出来ないわよ!」
「真奈美を比較に使わないでよぉ」
「そ、そんな事言われって‥‥」

身を乗り出して力説するまりなちゃん。

「そんだけ立派な胸してるんだから、うまくやれば‥‥」
「あっ、バカっ!」

勢いづいた彼女の言葉を、慌てて制止しようとする林檎ちゃん。


不意に。

頭の片隅から、聞きたくない、聞きたくなかった言葉が蘇って‥‥

『石塚って胸でかいよなぁ』
偶然聞いた、クラスメートの会話。

「私‥‥」

『遊んでんじゃないの?』
ちょっとだけ気になってた人の、言葉。

「私は‥‥」

『おとなしい顔してよくやるなぁ』
笑い声。
無残に裂かれる、憧れ。

「好きで、こんな‥‥」
「美樹‥‥ちゃん?」
「‥‥私、好きでこんな胸してるんじゃない!」

シンとした室内。
誰かのすすり泣く声。
それが自分だときづくのに、暫く掛かってしまいました。


「‥‥ゴメン、ちょっと、無神経だったかな?‥‥」

まりなちゃん、そういって、深々と頭を下げてくれて。
私も慌てて流れる涙をぬぐいとりました。

「まあ、まりなちゃんは知らないんだし、美樹も‥‥」
「うん‥‥もう大丈夫だから、気にしないで」
「も〜、まりなちゃんってば、調子に乗るからいけないんだよ」
「真奈美に言われたくない‥‥」
「え〜? 真奈美はそこまでイヂワルじゃないもん」
「へぇへぇ、どうせ私はイヂワルな小姑ですよぉ」
「‥‥ぷっ」

真奈美ちゃんの言葉に、おおげさに拗ねる真似をするまりなちゃんを見て、思わず笑いがこぼれてきて。
ようやく沈んだ空気が解けて消えたような気がしたんです。

「でもさ‥‥美樹だって、いるんじゃないの?」
「え? 何?」

日もとっぷりと暮れ、いろいろあった誕生日カラオケパーティもお開きになり。
まりなちゃんと真奈美ちゃんの二人と駅で別れた私に、林檎ちゃんがいきなりそう問いかけてきました。
意味が判らなくって、思わず聞き返してしまう私。

「何って‥‥気になる人よ、き・に・な・る・ひ・と
「い、いないよ‥‥」
「ホント?」

ジッと私を見つめて、繰り返し問う林檎ちゃん。

「例えば‥‥この前の、先輩とか」
「えっ?!」

ドキリ

突然の指摘に、おもわず動揺してしまう私。

「あ、動揺した。
 ‥‥やっぱり気になってるんだ?」
「そ、そんな事‥‥ただ、いきなり変な事を言われたから、びっくりしただけ」

そう。
気になってるとか、そんなのじゃない‥‥

「そう?」
「そうよ」

林檎ちゃんにも話せない、私の秘密。
嫌々。
成り行き。
どんな理由があっても、今、その先輩と一緒に住んでるなんて、言えない。
もし、林檎ちゃんに知られたら、軽蔑されるかもしれない。

だから‥‥話せない。

「それなら、いいけど‥‥」
「うん‥‥ゴメンね」

ゴメンね。話せなくて。

「何言ってるの。別に美樹が謝る理由無いじゃない」
「うん‥‥」
「ま、もし好きな人が出来たら言いなさいよぉ?
 ‥‥私が協力してあげるから、ね?」

そういって、にっこり笑ってくれる林檎ちゃん。
気を使ってくれてるのが、痛いほど伝わってきて、また視界の端がにじんできました。

「そういう林檎ちゃんこそ、好きな人、いないの?」
「もう! いいシーンなんだから茶化さないの!」

ぷっ。
くすくすくす‥‥

笑いだす私に、一拍遅れて笑いだす林檎ちゃん。

そんな二人を包むように、一陣の風が駆け抜けていきました。
4月の夜風は、まだどこか冷たいようで暖かかったんです。

ガチャ‥‥カキッ、キィーーーッ

「ただい、まぁ‥‥」

あかりの消えた玄関の鍵を明け、そーっとドアを開けて。
傍らの電灯のスイッチを入れる私。

蛍光燈に照らされたキッチンと、続きのリビングには人の気配はありませんでした。
まだ早いけど、もう寝ちゃっているのかな‥‥?
顔を合わせなくてすむのなら、その方がいいけど‥‥

「石塚さんっ!」
「きゃあっ!!」

靴を脱いだ直後に背後からの大声。
びっくりした私は、その場にへたり込みそうになりました。

「た、高瀬さんっ!
 いきなり背後から呼びかけないで下さい! びっくりするじゃないですかっ!!」
「ご、ごめん。
 ‥‥そ、それより、もう9時をまわってるんだぞ!
 石塚さん、今までどこに行ってたんだよっ?!」

少し怒気を含んだ問いかけ。
私は思わず萎縮しそうになる心を叱咤して、言い返しました。
雰囲気に飲まれたら、辛うじて保っている『対等の立場』『互いへの不可侵条約』が崩れてしまうって思ったんです。

「ど、どこって‥‥
 今日は私が誕生日だからって、友達がパーティを開いてくれたんです!なにか悪い事しましたかっ!?
 それに、高瀬さんこそ今まで外に行ってたんでしょう!」
「そ、それは‥‥」
「今日は高瀬さんの家事当番の日でしょう? ちゃんとやったんですか?!」
「ちゃんとやってるって!」

しばし無言で睨み会う私達。
先に折れたのは、高瀬さんの方でした。

「‥‥ふぅ。とりあえずさ、中に入ろうよ」
「‥‥はい‥‥」


「石塚さん、食事は?」
「あまりお腹空いてないから、今はいいです」
「そう。んじゃ、食べたくなったら、暖めて食べたらいい」

キッチンのテーブルに座る私に、あったかいコーヒーを差し出す高瀬さん。

「‥‥」
「‥‥」
「あのさ、石塚さん」
「なんですか?」
「誕生日‥‥だって?」
「はい。それがどうかしましたか?」

そっけない返事を返す私。
そんな私に、高瀬さんは頭を振って苦笑いを浮かべてます。

「そういうコトなら、簡単でいいから連絡を入れてくれればよかったのに。
 女の子が日が暮れても帰ってこなかったら、びっくりするだろう?」

あ‥‥

「す、すみません‥‥
 で、でも、連絡なんて入れる方法無いじゃないですか‥‥!」
「あ、そうか、言われて見ればそうだ。
 それは気づかなかったなぁ」

笑ってごまかす高瀬さん。

「ま、そうならそうと、事前に一言言ってくれよ」
「はい」
「‥‥んじゃ、部屋に戻ってるよ。何かあったら言ってくれ。
 コーヒーカップは流しに入れておいてくれれば寝る前にかたづけるからさ」

無言で頷く私。
それを確認すると、高瀬さんは席を立って自分の部屋の方へ向かおうとして‥‥ふと止まったんです。
そして、こっちの方には振り向かず、そのままの体勢で、一言。

「それとさ‥‥誕生日、おめでと‥‥」
「え‥‥?」

私のつぶやきには答えず、そそくさと消える高瀬さん。

バタン

ドアのしまる音がキッチンに届くころ、私はようやくあることに気付きました。

あ‥‥もしかして。
さっき、高瀬さん‥‥私を捜しに、出てたのかな‥‥?

疑問を胸に、リビングの窓を開けて星空を眺める私。

そんな私の頬を、一陣の風が撫でていきました。
4月の夜風は、まだどこか冷たいようで暖かかったんです。

to be continued ....

後書き

ハッピーバースディ、美樹ちゃん!!!

ども。け〜くんでっす。
ということで、石塚美樹誕生日SSです。
書き上げたのは、つい数時間前。最初は険悪なムードのシーンなんて考えて無かったんですが、気づけば書いてるし‥‥(笑)
オリジナルキャラの二人がちょっと走りすぎたかな〜(笑)

今回のこの話、美樹視点のため、つらい事にずっといっしょのほとんどのキャラクターが使えないんです。
入学当初ですし、同学年はともかく、先輩にあたる人物に知り合いはいないでしょうし、同学年の国見洋子も設定では「苦手な/嫌いな人物」に指定されてますし(笑)
ということで、ちょいと脇を固める役として、オリジナル(?)キャラを二人ほど追加してみました。
どこかで見た事あるって?‥‥そんなコトは無いでしょう(火暴)
いえ、決して某ゲームの1年ちょっと後なんて設定じゃ‥‥(笑)

ちなみに、作中で林檎ちゃんが歌っているのはずっといっしょのサントラアルバムに収録されているボーカル曲です。
いい曲ですので、是非一度聴いて見ましょう!

イメージソング Heartbeat Groove (by Pastel & Vivid)
出展:ずっといっしょ オリジナル・サウンド・トラック(東芝EMI)

次回は、美樹が初めて高瀬隆也の部屋に入ります。が‥‥
お楽しみに!


作品情報

作者名 け〜くん
タイトル始まるなんて気付かずに‥‥
サブタイトル第2話 誕生日
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/始まるなんて気付かずに‥‥, 石塚美樹, 高瀬隆也, 青葉林檎, 織倉真奈美
感想投稿数10
感想投稿最終日時2019年04月09日 20時53分43秒

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