桜が散っている。

まだ咲いてそれほど日数がたっていないにも関わらず、町中の桜は花びらを残さぬと言わんばかりに丸裸だった。
数日前にテレビで言ってはいたが、こうもあからさまにその姿をさらされると、さすがに異常な感じを覚える。

この日は麻美のアパートの前が待ち合わせ場所となっていた。

「姉さんは死んだのよ」


麻美に言われた言葉が僕の胸を打つ。

夜……たぶん午後の七時頃だろう……ひどい土砂降りの中、僕は麻由を探しに走っている。

麻由は僕の前から消えた。
僕の真意を彼女に対する気持ちを知ってしまった麻由は、僕から離れていってしまった。

僕が悪い。
とにかく……今は麻由を見つけ謝るしかなかった。

この日、記憶探しはいつものように繁華街から始まった。

と言っても、もう登るビルはすべて登り尽くしてしまい、はっきり言って手がかりはなかった。
あと出来ることと言うと、とにかく町を歩き回り、麻由の記憶の手がかりみたいなものを探すしかない。

しかし、僕には考えがあった。
どうせ手がかりもないのだから試してみようと思っていた。


「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
いきなりだが、記憶探しを始める前にレストランで食事を済ませる。
まだだれも朝食を食べていなかったみたいなので、手順が少し狂うもののこのレストランに入った。
麻由や麻美は気づいていないみたいだが、レストランに入ったところで実は僕なりに記憶探しは始まっていた。
これから遊園地、公園、映画館などいろいろと麻由をつれていくことにしている。
一見、ただのデートコースのように思えるが……実はこのコースには意味がある。

桜井麻由。
そう。生前の麻由と一緒に行った場所なのだ。

もしかしたら記憶をとり戻したとき、麻由は生前の頃の桜井麻由として僕の元へと戻ってきてくれるのではないか?

なにを馬鹿なことをと思えるかもしれない。
いや、馬鹿なことだとわかっているが、僕は試してみたかった。
いま僕の目の前にいる麻由は、あまりにも僕が好きだった麻由にそっくりだ。
そっくりと言う言葉では表わしきれない。
彼女そのものように感じていた。

桜並木、ここ桜木町での桜の名称の一つ。

この季節になると、道の左右にいくつも並んだ桜の木が満開の花が咲き乱れるのだが、今年はもう花が散っている。
「桜、散ってますね」
麻由もさすがにこの光景を見ておかしく思っているようだ。

午後四時頃。
僕の計画どおり、麻由を想い出の場所へと連れていった。
「ここに連れていったら」「ここならもしかして」……そんな期待を抱いて、いろんな場所に麻由を連れていったが、僕の期待むなしく彼女に何の変化もみられなかった。
麻由に「どうしてここに来たんですか?」と聞かれたりもしたが、いろんなところに行けば記憶の手がかりが見つかるかもしれないと言ってごまかしてきた。
とても僕のいまの考えを彼女に言うことは出来ない。
もし、僕のいまの気持ちを知られたらと思うと、怖くてたまらなかった。
この並木道の先は、麻由とよく待ち合わせした場所がある。
悲恋桜以外によく利用した場所。それと言って珍しくもないベンチが置いてあるだけのところだが、それでも一応桜がよく見える、麻由が気に入っていた場所の一つだった。
僕にとってはそこが最後の賭だった。
これで彼女が記憶を戻さなかったら……当然その確率が大きいのは僕にだってわかるが、僕は賭にすがるしかなかった。

「先輩…………」

後ろから僕を呼ぶ麻美の声が聞こえる。
いままで麻由にばかり気をかけていたので、彼女のことをあまり気にしていなかった。
麻美には悪いが「そうか、いたんだっけ」と言った感じだろうか。
後ろを振り返り、彼女を目にしたとたん背筋が寒くなった。

麻美が怒っている。
別に彼女が怒鳴ったわけでもないが、何となくそんな感じを受ける。

「………のど………乾いたので……なんか買ってきてもらえませんか……?」
麻美はそういうと、財布から五百円玉を取り出し僕に差し出した。
いつもなら「私なんか買ってきます」とか言って、自分で買いに行くのに。
いや……そんなことより、こんな事を僕に頼むこと自体なかった。
僕はお金を受け取らず、彼女に言われたとおり缶ジュースを買いに行った。
断れなかった。
いまの麻美に僕はなにも言えなかった。
自販機まで来た道をだいぶ戻らないといけなかったが。


「麻由!?」

僕がジュースを持って戻ったとき、そこには麻美しかいなかった。
あたりを見渡してみるが、やはりどこにもいない。
「麻美、麻由は……」
僕は麻美のそばに行き聞いてみたが、彼女は後ろを向いたままうつむいて動かない。
「おい、麻美……返事しろよ」
ムッとしてしまい少し怒ったように僕がそういうと、麻美は小さな声で答えた。

「あの娘、どっか行っちゃった」
「えっ…………?」

一瞬理解できなかった。

「どういうことだよ………それ……
 おい…麻美…」

僕は無理矢理麻美をこっちに向かせ、彼女の両肩をつかみ激しく揺らす。

「どうしたんだよ? 麻由に何か言ったのか……おい! 」

僕は興奮して麻美を攻めた。

「何とか言えよ!」


パン…………!!


僕が麻美を怒鳴ったとき、頬を麻美に強くたたかれた。

唖然としてしまい、さっきまでの興奮が一瞬のうちに消えていく。
顔をたたかれたと言うことに怒る事よりも驚きの方が強かった。

麻美が僕のことをたたいた。
いつも僕のことを兄のように慕っていた麻美が。

たたかれた場所をさわりながら、呆然と麻美の顔を見る。

泣いていた。
うつむきながら……どこか悔しそうに。

「ねっ……姉さん………姉さんは………」

僕はただ黙って麻美の言うことを聞いてることしかできなかった。

あの明るい麻美が泣いている。
悔しそうに体をふるわせ、両手を握りしめながら。
このとき、なぜこのようなことになったのか僕はまだわからなかった。
ただ……僕は彼女をこんな形で泣かしてしまったことに罪悪感を感じていた。


「昨日……繁華街で先輩を見て、私、驚いた。
 先輩、久しぶりに元気みたいだったから……
 先輩、姉さんが死んで以来、ずっと元気なかったから。
 ……あの娘を見るまでどうして元気だったのかわからなかったけど」

「そのあと、ずっと先輩の様子を見てた。
 だって先輩のあの娘を見る顔、姉さんに向けてる時の顔と同じだったんだもの」

「でも、それでもいいと思ってた。
 ……でも…でも…………
 今日行った場所、全部姉さんと関係あるところばかりじゃない……
 まさか、あの娘を姉さんと思いこんでるなんて思わなかった」


僕は後悔していた。
麻美に全部知られていた事もそうだが、彼女に言われて初めて、自分が愚かなことをしていると本当の意味で実感した。


「でも私、先輩がそんな錯覚をするのもわかる……
 あの娘あまりにも姉さんに似すぎているもの……
 でも……でも。
 姉さんは死んだ………三年前に死んだのよ」

辺りがすっかり暗くなり、街灯が辺りを照らす。
車道からだいぶ離れているためか、静かで辺りには誰もいなかった。

僕は、目の前で泣いている麻美を見てただ立っているだけしかできなかった。


「姉さんは死んだ」

彼女に言われたこの言葉が一番きつかった。
『麻由が生き返った』などといった僕の愚かな期待を崩されたと言うことではない。
いまだ麻由の死を受け止めていなかった……その事を責められたようで。


三年前。
僕はとうとう間に合わなかった。
僕が病院に着いたときにはもう麻由は死んでいたのだ。

彼女が死んだことは当然理解していた。
しかしその反面、「信じられない」と言った気持ちもあった。

まだ僕は聞いていない。
僕が彼女にした告白の返事をまだ聞いていない。

答えはわかっていた。
麻由が僕のことを好きだたのは知っていた。
しかし……しかしそれでも。彼女の口から返事を聞きたかった。
確認として。
これからの将来を変わらず一緒にいるための誓いとして。


今回、待ちに待ったその返事が聞けると思っていた。
麻由の記憶を戻せば、あのときの返事を聞き、そしてまた一緒にいられると思っていた。

しかし……その考えは間違いだ。
当たり前のことだ。
こんな僕と違い、実の姉を失った麻美はちゃんと麻由の死を受け止めている。
これが、愛する者の死を看取る事が出来た者と出来なかった者との違いだったのかもしれない。

どれぐらい時間がったったのだろうか。
僕と麻美はベンチへ座っていた。
麻美は少し落ち着いたのか、僕の方に寄りかかり話をしている。

「私……先輩に謝らないといけないことがある………
 姉さんが先輩に告白の返事を言わなかったの……私のせいなんだ」
「えっ!?」
「あのとき……先輩が姉さんのことが好きだってわかってたから、先輩が告白する以前に私……
 姉さんに私が先輩のことが好きだって話したの」

鳩が豆鉄砲食ったような顔をしている僕をみて、麻美はおかしそうに話を続ける。

「知らなかったでしょう? 私の気持ち。
 私も姉さんに先輩をとられまいと必死だった。
 だから姉さんが死んだとき、もちろん悲しかったけど、反面……ほっとしてた………
 さっき、あの娘を姉さんと思いこんでいたなんてえらそうなこと言ってたけど……本当は、何で私の事を見てくれないのって思ってた。
 ……いやなやつですよね? 私って」

「……そんなことない」
僕はこんなことしか言ってやれなかったが、正直に自分の気持ちを言ったつもりだった。
僕も麻由に対してはあんな行動をとったくらいだ。
麻美が僕なんかのことを好きでいてくれたとするなら、そんな彼女の心境も分かるような気がする。


「探しに行きましょう」
そう麻美が言い出してきた。

「あの娘に悪いことしちゃった。
 先輩はあなたのことを死んだ姉さんと……なんて言っちゃったから。
 あの娘が記憶喪失だって事は変わりないんだし……探しに行きましょう! 先輩」

僕はうなずき麻由を二手に分かれ探し始めた。


麻由、彼女は僕のこと許してくれるだろうか。

謝りたい。
心の底から、彼女に謝りたい。


麻美と別れ、麻由を探し始めて数分程たった頃……雨が降り始めた。

to be continued...

作品情報

作者名 主人公
タイトル「季節を抱きしめて」ロングストーリー
サブタイトル「返答」その5
タグ季節を抱きしめて, 季節を抱きしめて/返答, 麻由, 桜井麻美
感想投稿数23
感想投稿最終日時2019年04月15日 07時37分20秒

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  • [★★★★★★] ゲームの方と同じで姉妹揃って主人公が好きだと言うことをうまく使えていたと思う
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