目が覚めたとき、僕は病院のベットで眠っていた。
個室らしい。ベットを囲むカーテンが引かれている。
部屋の外の方では両親の話し声が聞こえる。医者とでも話をしているのだろうか?
どうしてこんなところで寝ていないといけないのか、どうしてこうなってしまったのかわからない。
何か大事なことを忘れているような気がする。
「先輩!! 大丈夫ですか」
麻美の声が聞こえた。
顔を声のする方へ少し傾けると、そこに僕の手を握っている麻美の姿があった。
そうか……麻美が僕の手を握っていてくれたのか。
僕の右手を優しく包んでくれる彼女の両手。その小さな手のひらは柔らかく……そして暖かかった。
「はい先輩。りんご……」
麻美が台所でリンゴをむいて持ってきてくれた。
実家。
事故を起こして三日目。
僕は自分の部屋のベットの上に座っている。
あのときの事故で僕は右手を骨折したものの、ほかに大した怪我はしなかった。
車と衝突したとき、うまい具合にとばされて他の部位はダメージを逃れたらしい。
さすがに衝撃を正面から受けた右腕は折ってしまったものの、そのおかげで二日程度の様子見入院で退院する事ができた。
麻美から受け取ったリンゴに串を刺してほおばる。麻美はそんな僕のことを見ていた。
僕なんか見ても面白くないだろうに。
今、僕の部屋にはベット以外に何もない。
テレビやらコンポやらとにかくオーディオのたぐいは全部、東京のアパートにある。
そのためか、『部屋に缶詰状態』の今は暇で暇でしようがない。
どうせ怪我しているのは右手だけなのだからと、どこか出かけようとしても、麻美に「しばらくは安静しててください」と反対されて身動きできないでいる。
麻美がここにいるのも、なかば監視なのではなかろうか。
ボーッとしながらリンゴを食べ続ける。
最後の一切れを食べ終わると、僕はそのまま向かいの白い壁を見続けた。
別に壁のシミを数えているわけではない。
考え事をしているのである。
病院で目が覚めた時から思い出そうとしていることが、いまだ思い出せないでいる。
何か大事なことを忘れているのは確かだった。
しかしそれがなんなのか思い出せない。
病院で、麻美が「麻由ちゃんはどこ行ったのかしら」なんて言っていたが……何のことだったのだろう?
麻由ちゃん?
何で麻美が麻由のことを『ちゃん』付けして呼んでいるんだろう?
どこ行ったもなにも、麻由は三年前に死んだじゃないか。
麻美が僕に麻由のことを聞いてくると「何のことだ」と僕は答え、それっきり彼女はこのことに対して聞いては来なかった。
麻由。
あれ? ……なんか引っかかるな…………
「どうしたんですか先輩?」
麻美が僕の顔をのぞき込む。
「いや……何でもない」
そういえば、麻美はここにくるのがなぜか遅い。
ここに来る前にどこかに行っているのだろうか?
「麻美………暇じゃないか?」
僕がこう聞くと、麻美は笑顔で答える。
「いいえ……先輩と一緒ですから」
…………かわいいこと言いやがる………思わず照れてしまった。
僕は赤くなった顔を麻美に見られまいと、開いている窓の方を向き外の景色を眺める。
部屋に入って来る、涼しく……どこか暖かな外の風が、心なしか気持ちよかった。
麻由!!
僕が麻由のことを思いだしたのは次の日の昼頃だった。
なぜ忘れていたんだ。
…………麻由…………麻由………!!
麻由がいなくなった。
事故の時以来、僕の前から姿を消した。
焦った。とにかく焦った。
心の中で必死に落ち着こうとして、どうにか平常心が保てたのは着替えがすんだ後だった。
麻由がいなくなって数日が経過している。
とにかく今は手がかりが何もないし、どうしたらいいかわからない。
しゃにむに外を探してみるか?
いや、右手はギブスがついている状態なのでバイク、自転車には乗れない。車もしかり。
僕は何かないか頭の中で考えていた。
「とにかく外に出る」……今はそれしか方法はなかった。
麻由がよく行くところは、悲恋桜か……?
そういえば、麻由には僕の家の電話番号を教えておいたはず……なぜ連絡をしてこない?
「そういえば…………」
いろいろと考えていくうちに、僕は事故の時のことを思いだした。
気を失うとき、僕のところに駆け寄って来る彼女の姿。
消えた………体中から光を出して。
いや、彼女が光になったというのが正しいだろうか?
とにかく彼女は、麻由は僕の目の前で消えた。
あれはいったい? 夢……だったのだろうか?
その後、この事がきっかけで、気を失っていたとき見た夢のことを思い出した。
断片的に………桜がどうこうとか細かいところは思い出せなかったが、一番印象が強かった最後のところ……建物、どこかの屋上……
そう、高い建物の屋上。
……どこかで見たことがあるような懐かしい場所……
そこがどこだか思い出せないが、何となくこの町のどこかであることのような気はする。
僕は玄関に向かい、靴を履く。
はっきりはしてないが、今はその建物を探すことにする。
もちろん、ただの夢だった可能性の方が高い。しかし、何も手がかりがない今の状態ではそんな曖昧な記憶でもすがりつくしかなかった。
いきおいよく玄関を開け外にでる。
いざ麻由の元へ!!
「先輩!?」
…………………麻美。
玄関を開けると、そこには麻美が買い物袋を抱えて立っていた。
今日は両親がいないので、昨日のうちにお袋が彼女に昼飯の世話を頼んでいたような気がする。
袋の中身は、たぶんその材料。
「どこに行くんですか……?」
キョトンとした顔で僕を見る彼女。僕は麻美になんて言えばいいかわからなかった。
怪我している身体で麻由を探しに行く。しかも夢で見たことが頼りだなんて言えっこない。
麻美には今回の件でいろいろと迷惑かけたし………なんて言おう。
正直に言ったら、今度こそ呆れられて嫌われるかもしれない。
しかし、麻美は勘がいいのか、それとも僕が顔に出したのか、今の僕の心境に彼女は気づいたらしい。
「先輩………正直に答えてください」
すごみかかった彼女の顔を見て、僕は正直に答えるしかできなかった。
「先輩! しっかり捕まっててください!!」
エンジン音とともに麻美の声が聞こえる。
僕は左手を後ろから彼女の腰に回し、麻美にしがみついている。
時速六十キロといったところか? たいしたスピ−ドではないものの、怪我をしている僕にとっては体感速度が強く感じられた。
今、僕はバイクの後部座席に乗っている。
バイク、スクーターではなく、ちゃんとした中型二輪、しかも赤色のクラシック。
麻美が運転するそのバイクに、僕たちは二人乗りをして桜木公園へと向かっていた。
あの後、僕の言うことを一部始終聞いた麻美は、僕が予想していたことと違う行動に出た。
ため息が聞こえた時は「嫌われた」と一瞬思ったものの、買い物袋を玄関においた麻美は、「そこで待っててください」といい残し自分のアパートに戻っていった。
それから数十分後、麻美はバイクに乗ってやってきたのだ。
フルヘルメットをかぶってライダースーツを着ていたので、はじめは誰か気づかなかったが、それが麻美だと知ったとき正直驚いた。
麻由を彼女のアパートにつれていったときに駐輪場で見た赤いバイク。
まさかあれが麻美のものだったなんて思わなかった。
いつ免許取ったんだろう……こいつ。
家を出る前に思い出したのだが……僕が夢で見た麻由のいた場所、あそこはもしかしたら、僕が子供の頃に初めて麻由と会った場所なのかもしれない。
そう思い、僕は桜木公園に向かうことに決めた。
この公園の周りには高い建物が多く存在する。
ほとんどが、今はもう誰もいない取り壊し寸前の住宅ばっかりだ。
僕と麻由が子供の頃に出会った場所が、この桜木公園の近くであることは確かだと思う。
建物から見下ろしたさきに桜がいっぱいあったのを覚えている。
そんなに桜が集中しているところは、この町でも桜木公園ぐらいなものだ。
とにかく僕は、片っ端から建物を上り調べることに決めた。
麻由、絶対に見つけてみせる。
日が暮れ始め辺りが暗くなってきた。
「ここにもいない…………」
僕と麻美は十軒目の建物を調べた後だ。
まだ麻由は見つかっていなかった。
どこにいるというのだろう? こうも見つからないと希望も薄れてくる。
確かにこの付近のはずなんだ。
想い出の場所はどこかの建物の屋上のはず。
が……いかんせん、ちゃんとした場所は覚えていない。時間だけが経っていく。
「先輩……もしかしたら方角、ちがうくありません?」
苛立つ僕を見て、麻美がこんなことを言ってきた。
「先輩の言っている場所……もしかしたら、公園から西の方にあるんじゃないんですか……?
今、思い出したんですけど……夕日が落ちているとき、公園……建物の屋上から……太陽と反対の場所にありませんでしたっけ?」
…………………!!
「そういえばお前……お前も子供の頃あそこにいたな………」
僕も思いだした。
麻由だけじゃなく、麻美もあのころ僕と一緒にその場所で遊んでいたんだっけ……
間抜けな話だ。
もし麻美が言うことが正しければ、今、僕達は公園から東の方にいるから、目的の場所は全くの正反対ということになる。
僕たちは急いでバイクに乗る。
「麻美ぃーとばしすぎーぃー」
バイクはものすごい勢いで西に向かった。
懐かしい。
その建物を目の前にしたときいきなりそう思った。
古い十五階建ての高層住宅。
辺りは雑草が伸びきり、階段の入り口すべてにベニヤ板がかけられていた。
取り壊し寸前の建物。
数ヶ月前まで人の住む『生活感』があふれていただろうその建物も、今は静まり返り、日も落ちて辺りが暗くなってきているのも重なって、そこはかとなく不気味さをかもし出していた。
当然電気なんて供給されているわけもなく、階段がある建物の中は真っ暗だった。
階段を登る。
古い旧型建築物ではあるが、エレベーターは完備されている……動かないけど。
さすがに疲れて駆け上がる気にはならないが、心なしか早足になる。
螺旋状の階段の周りはコンクリートの壁に覆われていて、思った以上に暗い。
唯一、外向きの壁にある小さな曇りガラスから差し込んでくる外の薄暗い光が、この空間を照らしていた。
「……!! 麻美……」
麻美が僕の腕にしがみついてきた。
怖いのだろう。僕だって正直怖い。
もし、彼女が一緒じゃなければ、ここを上ったかどうかわからない。が……
一段一段階段を上っていくと、懐かしさとともにあのころのことが思い出される。
ここだ! ここは間違いなく僕の思いでの場所。麻由と初めてあった場所だ!
あれは、僕が小学校に入ったばかりの頃だ。
僕は高いところに上りたくてこの建物にきた。
なぜ高いところに上りたかったのか、理由は単純なもの。
あの頃、両親に桜木タワーにつれていってもらった事があり、それから、高いところから町並みを見るのが好きになっていた。
しかし、子供の小遣いで展望タワーの入場券が買えるわけもなく……それでこの建物に登ることにしたのだ。
繁華街のビルという手もあったが、ビルから出てくる多くの大人に叱られそうな気がしてビルに登ることはできなかった。
そして僕は、この建物の屋上で、麻由と出会ったのだ。
子供用のオーバーオールを着ていたと思う。
髪型は今の麻美みたいな感じ。
麻由がこの場所に来た理由は、桜を高いところからいっぱい見たかったといったものだった。
ドアを開け屋上にでると、屋上の手すりに触れながら僕のほうに振り向いた彼女。
それ以来意気投合して、そこで遊ぶようになった。
その後、麻由が麻美をつれてきて。
当分の間はそこが僕たちの遊び場、他に誰も来ないし好きな風景を見ながら三人で遅くまで誰にも邪魔されないという、まさにうってつけの場所だった。
その後、そこに住むおばさんに見つかり、怒られてここに来ることを禁止にされた。
それ以来ばったり行かなくなった。
屋上のドアの前にきた。
鉄製の、表面が錆びたドア辺りは、真っ暗で麻美の姿も見えない。
ドアの隙間から射し込んでくる光が、かろうじてドアの形を形取っていた。
ノブに手をかける。
僕は祈った。
もしここにも麻由がいなかったらもうお手上げだ。
深呼吸をしノブを回す。そして……覚悟を決めて、ドアを押し開けた。
ヒョー…………ビヒョウーウー
ドアを開けた瞬間、外から強い風が入ってきた。
一歩外に足を踏み入れる。
静かだった。
静かだと言っても音が聞こえないわけではない。
屋上独特の風の吹く音。
その風に乗って、電車が走る音や車の音がかすかに聞こえてくる。
初めに目に飛び込んできた景色は空だった。
東の空、すでに薄暗くなり点々と星も見える。雲は反対側から差し込む夕日で赤く染まっている。
すぐしたからは桜木公園が顔をのぞかせている。
公園の周りのは似たような建物が集中しているものの、ここから見る風景にはよけたかのようにうまい具合に建物が存在せず、遠くの地平線まで見ることができた。
久しぶりに見る風景。
あの日と変わらない、いつの間にか忘れてしまっていた、麻由と子供の頃遊んでよく見た『想い出の風景』がそこにあった。
そして今、僕の目に前で手すりに手をおき驚いた顔で僕たちを見ている一人の女の子。
麻由が……そこに、いた。
作品情報
作者名 | 主人公 |
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タイトル | 「季節を抱きしめて」ロングストーリー |
サブタイトル | 「返答」その7 |
タグ | 季節を抱きしめて, 季節を抱きしめて/返答, 麻由, 桜井麻美 |
感想投稿数 | 22 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月10日 18時24分49秒 |
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