人の思いや言葉は、人を変える事ができる

      あとは、ただそれに気付くだけ・・・


いよいよ春らしくソメイヨシノがほころび始めた桜並木を大学生らしき男女が歩いている。
春風が緑の香りと桜の花びらを運んでくる。
そういったごくありふれた春の一日だった。

その二人は、行き場所を相談する事も無しに、ある場所へ向かっていた。
やってきたのは喫茶店『四季』。扉を開ける前に隣にいる女の子に念のため聞いてみる。

「ここだろ?由貴」

<さすがね、流くん。
 あたしがここでさっきの話しの続きをしたがっている事をわかってくれてるなんて…>

由貴は返事の代わりに笑顔で答えてくれる。
ドアを開けるとウェイトレスの元気の良い声が僕達を迎えてくれた。

「いらっしゃいませ、『四季』へようこそ!!。お好きな席にどうぞ」

僕達はちょっと奥まったボックス席へと向かった。

<由貴は窓際が好きらしいけど、どうしても俺は好きになれないな。
 何か道行く人達から 観察されているような感じがして落ち着かないんだ…>

席に座って、メニューを眺めあれにしようか、これにしようかと考えている由貴を眺めるのも楽しいものだけど(だってぶつぶつ独り言を言いながら選ぶからな…最初は何かと思ったよ)ここに来たからには、注文は既に決っている。
二人でミックスサンドを食べ、由貴はストロベリーシェイク、俺はホットコーヒー。

あれ?考えてみたらここでこれ以外のものを飲み食いしたことが無いなぁ。

いつも通りの注文を、お冷を運んできたウェイトレスに伝える。
それを見た由貴が悪戯っぽい笑みを浮かべながらこんなことを言ってきた。

「ねーねー、今度からね、“いつものお願いします”って言ってみたら?」

それを聞いた流は、由貴と同じような笑みを浮かべこう言った。

「じゃあ、今度来たときはそれで行ってみる?
 でもそれで通じなかったら凄く寒いからな…。よーし、その後のフォローは任せた!!」
「えぇー!?、何?あたしがその後始末する訳?」

くりっとした目を大きく見開いて不満を表す由貴であったが口調は笑っていた。

そんな他愛も無いお喋りをしているとウェイトレスが注文の品を持ってくれた。
二人の真中にはミックスサンド、俺の前には奥行きの有る香ばしい香りを漂わせるホットコーヒー。そして由貴の前には苺の香りが爽やかなストロベリーシェイクが置かれた。
そしてウェイトレスがテーブルを去る際に、にっこりと笑いこんなことを言ってくれた。

「多分、“いつもの”で分かりますよ。あなた達二人なら…」
「えっ!?はぁ…そっ、そうですか」

ウェイトレスが去ると二人は気まずそうに目線を通い合わせた。

「なあ由貴、俺達、そんなにここで有名人なのかな?
 それとも何か目立つことやったか?」
「……………」

それにたいして由貴はただ黙って首を傾げるだけだった。

由貴はストロベリーシェイクをストローでしばらくかき混ぜていたが、やっとここに来た本来の目的を思い出したのであろう、好奇心満々といった顔でこう切り出してきた。

「ねーねーさっきの事だけどね、あれって婚約かなぁ?」
「うーん、多分そうだと思うけど、場所が場所だけになー…でも薬指だしなー…
 あっ!!ひょっとして映画の撮影とか!!
 …いや、でも周りは俺達以外誰も居なかったしなー…」

と表情をコロコロ変えながら最後には頭を抱えてる流くん。

<……うーん、こうして悩んでる顔もかわいいね>

あたしはそんな流君を見て頬が緩む自分を感じていた。

「それにしてもなんであんな所で渡したんだろうな。
 悲恋桜の噂を知らないわけじゃないだろうに…」

悲恋桜、あの桜の下で出会う二人は将来悲しい別れが待ってると言う。
こんな噂は、この大学の誰もが知っていた。もちろん、由貴もその噂は知っている。

「そうよね。普通あんな噂がある所で指輪なんてあげないよね。
 しかも婚約指輪!!あの男の人なに考えてるのかしら?
 女にとって結婚って一生の思い出になるのにわざわざあんな所で渡さなくてもいいのに…。
 桜の木の下ってのは素敵だけども、よりによって悲恋桜!!もっと素敵な所だって沢山あるのに!!」

よほど自分の考えているシチュエーションと違っていたのだろう、由貴は自分の事のように怒り始め、意識しない内に声のボリュームは上がっていった。
そして最後にはテーブルを小さな拳でドンドンと叩き出しそうな勢いだった。

「おい、由貴!!」

俺の呼ぶ声でようやく我に帰った由貴だが当然、周りのお客達やウェイトレスの注目を受けた後だった。

<やっとわかったよ、由貴…。
 俺達がここで有名人なのはこんな事をちょくちょくやってるからだよ…>

そんな事を考えながら、照れ隠しのために二人して飲み物を口に運んだ。
ストロベリーシェイクを小さな口に運び、少し落ち着いたのか由貴は、少しさびしそうな顔でこう呟いた。

「でも彼女、指輪をもらった時すごくきれいだったよね…。
 あんな噂なんて吹き飛ばすくらいに二人とも輝いてた……なんかうらやましいよね。」

そしてすぐにいつものように俺のほうをちらりと見て悪戯っぽく言う。

「でも、あたしもどこで貰っても嬉しいな、婚約指輪は…」

と由貴はこっちを物欲しげな目付きでそんな事を言い出してきた。

<…あっちゃー、やぶ蛇だったかな?。この話題は…>

俺はしまったとも思ったが、そんな由貴をかわいいとも思っていた。

「でもさー、俺が由貴に指輪をあげるとしても、あんな噂の有る場所でも良いわけ?」

ちょっと照れくさくて、からかうように聞いてみる。

由貴はそうくるとは思ってなかったらしく、少し真っ赤になりながらうろたえていた。

「えっ!?
 えっと、私ならあっ…あそこでもいいな…
 気にならないって言ったら嘘になるけど、あたし達ならたとえあそこでも、幸せな夫婦になれると思うけどな」

真っ赤になりながらそう答える由貴。

<…ちょっとからかっただけなのに、由貴も結構突っ込んだ話をするね、しかも夫婦と来たか…>

今度は、俺が赤くなってしまった。

「ほら、それにねあのカップル確かに変な噂の有る所で婚約かなー? それをした訳でしょ。
 かっこいいよね。
 あたし達は噂になんか負けないよ!!って言う決意を感じない?」

目を輝かせながらなにやら熱心に語る由貴だった。

<そう言えばこんな由貴は今まで見たことが無いな…>

「まぁ、確かにそんな感じはするけどさ、お互いの意思が完全に一つになっていないときついんじゃないかな?
 あーゆー場所であーゆー事は。
 それにさ、
 “これから悲恋桜の下でおまえに婚約指輪を渡したいんだけど、どう思う?”
 なーんて事前に聞く訳にもいかないだろ?。
 どっちかの心に迷いが有ったら絶対上手く行かないって」

「それはそうだけど・・・ブツブツ・・・」

由貴はそんなことわかってるというような顔でふてくされていた。
そんな由貴を微笑ましく思いながら僕はさっきの出来事を思い出していた。

僕と彼女は、いつも通り大学の構内を歩きながらの明日行くデートコースの打ち合わせの真っ最中だった。

「ねー流くん! 明日は雨らしいから、どこか室内で遊べるところにしない?」

と、僕の彼女である由貴は、そうにこやかに話し掛けてきた。
ちょっと背の低い事を気にしている女の子はニコニコとそう言いながら、僕の周りを子猫のように跳ねまわっている。
そう、彼女の第一印象も子猫のような女の子だなと感じた事を覚えている。

『流君の背が高いから余計にあたしの背の低さが目立っちゃうのよね…。
 全く…幾らヒールの高い靴を履いても まったく効果が無いじゃない!  しかもあれって結構歩きにくいんだからね!』

といつもブツブツ言っているけど。

「そうだね、由貴。雨が降るっていうんなら、どこか屋根のある所で遊ぼうか」

ちょこまかと動く由貴に腕を伸ばし捕まえてから、そう答えた。

「ん?」

捕まえられジタバタともがく由貴を尻目に僕の動きは止まった。
それに気付いた由貴も僕の視線の先を追い同じような声を出す。

「なに?」

僕の視線の先には、この大学で有名な悲恋桜がまだつぼみをつけたまま、ひっそりと立っていた。
そのこと自体は別に珍しくも無い見慣れた風景だが、そこにカップルがいるとなると話は大きく違ってくる。
悲恋桜の噂を知らない者はこの学内にはいないと思っていたのに…。

「あのカップル何考えてるんだろう?
 喧嘩? 何もわざわざあんな所でなー…」

と、腕の中の由貴にひそひそと話し掛ける。

「うん、そうだよね…」

由貴も、全く理解できないといった表情で相鎚を打ってくれた。

「あれっ?でもあの男の方、どっかで見たこと有るんだけどなー」
「んー?、そう言われてみればなんか見たこと有るような気もするかな?」

二人が目を凝らして見ていると二人は喧嘩をしているわけではなさそうだ。
男のほうが照れくさそうに何か言いながら、上着のポケットから小さな箱を取り出し、ゆっくりと女の子に差し出した。
女の子は、戸惑った様子を見せながら男の手から箱を受け取り封を開ける。
その途端、遠く離れたここからでも分かるぐらい女の子の顔が輝き始めた。
二言、三言、何か話してる間にとうとう女の子は泣きじゃくり始め、男の言葉にただうなずくだけになっていた。
やがて女の子が落ち着きを取り戻すと、男がゆっくり女の子の左手を取りそれを薬指にはめていく。
それが終わるのを待っていたかのように、女の子はゆっくりと男に抱きつく。

それはどう見ても悲恋桜と呼ばれる桜の木に似つかわしくない、幸せな2人の姿であった。


to be continued ....

後書き

こんにちは。時々掲示板に妙な書きこみしているTOMです。

えーと、今回の作品はけーくんさんのHPの移転記念 AND あの月石さん作の麻由のイラスト触発され書いたSSです。
なお今回の作品の作成に当たっては月石さん、並びにWildcatさんらの多大な協力があった事をここに報告し、海より深く山より高く(笑)感謝します。m(__)m

では、また次作で…。


作品情報

作者名 TOM
タイトル悲恋桜 〜その伝承と変遷〜改訂版
サブタイトル第1話
タグ季節を抱きしめて, 桜井麻実, 流, 由貴
感想投稿数39
感想投稿最終日時2019年04月12日 03時42分14秒

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コメント一覧(クリックで開閉します)

  • [★★★★★★] 個性的でよくできてる作品だ。完成度は言うまでもない。
  • [★★★★★☆] かなり日常的な話題だと思ったがこーゆーのもいいなと思った
  • [★★★★★★] 分かりやすくてよかったです!
  • [★★★★★★] 早く4話目を!