「なぁ…麻美、俺がおよげなくて水が苦手なのはしってるよなぁ?」

きっと遠くからでも分かるくらい情けない顔になってるんだろうな…。

「はい知ってますよ、だから何もプールに行こうって言ってるわけじゃないですよ?」

あぁ、確かにその通りだ…。
でもな、少なくとも俺にとっては足のつかない深さは恐怖なんだよ。

「いや、そうじゃなくて…。俺、およげないんだよ?」

つまり、水に落ちたら『どーすんの?』と言いたいんだけど…。

「だからこその、ボートじゃないですか。
 そんな事を考えてたらどこにも行けなくなっちゃいますよ?」

ぐっ…、確かにそうだ…けど……

「それに、あの小島で食べるお弁当って凄くすてきだと思いません?」

麻美の視線の向こうには、まるでセントウェールズ島かと思えるほどの美しい風景の広がる小島が遠目にも分かる。
確かにあそこで食べる弁当はたとえそれがコンビニ弁当でもさぞかし美味しく食べられるだろう。しかも今手元にあるのは、麻美の手作り弁当である。もうこれ以上の物は望めない。

「負けたよ…麻美。わかった、そこまで言うならのろうじゃないか!!、でも揺らすなよ…

麻美の甲斐甲斐しい世話があって風邪を治した俺は、麻美への感謝と一緒に暮らす事になりその記念にと、どこかへ遊びに行こうと言い出したんだ。


「えーっ!?、本当ですか?、どこへでも!?」

嬉しさの余りだろうか、1オクターブ高い声でそう聞き返してきた。

「あぁ、どっかいきたいとこある?」
「えーと…、ちょっと待ってて下さいね、うーん……」

必死になって頭の中で地図を広げているんだろう。視線を宙に泳がせてブツブツ言っている。

「そーだっ!!、ここからちょっと行った所に、おっきな公園がありますよね。
 ボートのある池とか、お散歩が出来るような並木道…。あそこに行きません?」

これは意外だった。もっと遊園地とか遠出をするとばかり思っていたんだけど。
それに…

「ん、どこの話?。いや、俺場所をしらないんだけど。
 別に遊園地とかでもいいんだよ?」
「いえ…、そんな人が多そうな所よりも静かな所をゆっくりと二人でお喋りしながら歩きたいんです…。だめですか?」

もちろん、俺に異論が有る筈が無い、俺もどちらかと言えば人ごみが苦手な方なんだ。

「よしっ、じゃあこんどの土曜にでも行こうか!!」
「ええ、分かりました。お弁当も作りますから期待しててくださいねっ!!」

これはちょっとしたピクニック気分だな。まぁ麻美が喜んでくれるならそれでも良いか…。

そんなこんなで、いよいよ土曜日を迎えた。
大体十時ごろにここを出て公園に向かおうと麻美には言ってあったが、何やら麻美は随分と朝早くに起きてごそごそとやっている。

「キャッ!!」

そんな静かで平和な朝を麻美の可愛い悲鳴が打ち破った。

「どうしたの、麻美?」

まだ眠気の残る頭を叩き起こし、台所の様子を覗いてみる。

「えっ!?、あっ…おっ、おはようございます」
「あぁ、おはよう…って、そうじゃなくて!!、一体どうしたの?」

危うくいつもの朝の挨拶で終わる所だったが、部屋全体に漂う焦げ臭い香りが俺を現実に引き戻す。

「えぇ、はははっ。ちょっと、色々と……」

と、麻美が差し出したフライパンの中には白い煙をあげる目玉焼きであったであろう黒い物体が存在していた。


「あっ!、でもお弁当は大丈夫ですから、もう作りおえてましたから。
 それで…朝食の用意をしてたらこうなっちゃって。ごめんなさい…」

本当に申し訳なさそうに謝る麻美だった。

「あぁ、別にかまわないよ。やけどとかはしてないよね?」
「あっ、はい。それは大丈夫です。ちょっと煙いから換気扇をつけますね。」

『ブゥーン』と言う音とともに煙が外に排出されると、代わりに爽やかな朝の空気が部屋の中に満ちていった。そんな朝の空気を深呼吸している俺に、麻美が随分と言い難そうにこんな事を言ってきた。

「あっ…あのぉ、ひとつお願いがあるんですけどいいですか?」
「んっ、何?」
「あの…今日の夕飯ですけど、いっしょにつくって頂けませんか?」
「うん別にいいけど?…俺が何の役にたつの?、あぁ!料理がこげないための見張りかっ!?」
「あんっ!もぉ…そう何度もやりませんよぉ…」
「ははっ冗談、冗談。でも…俺がいて役にたつの?」

確かに一人暮しの都合上、最低限の料理は身に付けていたが、麻美のそれには遠く及ばない。

「ええっ!、ぜひお願いしますね」

本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべた麻美だった。

「ははっ、よろしくね。じゃあ、飯食ったら出掛けようか?」
「あっはいっ。それじゃあ私もう一度焼きますから。
 今度は大丈夫ですから安心して待っててくださいねっ」
「あぁ頼むよ、じゃあ俺はパンでも焼いとくから」
「あっ、そうだ、先にトースターを温めておくと上手く焼けますよ?」
「えっ、何で?」
「そうすると、中はふんわり、外はこんがり焼けるんです。知らなかったんですか?」

そんな事知るはずも無い、なぜパンを焼くかと聞かれたら、即答で「その方がマーガリンを塗り易いから」と答える俺に「中はふっくら外はこんがり」なんて全く無縁なパンだった。
俺は、キッチンに向き直り卵焼きを作り始める麻美の背中を少しの間眺めてから、パンを予熱したトースターに入れた。

フフン♪

おっと危ない。鼻歌でも口ずさみたくなる位にゴキゲンだったけど俺一人浮かれているみたいで照れ臭い。

フ〜フフン♪

あれ?まだ聞こえる。
耳をこらすと、目の前の麻美の可愛らしい背中から何やら鼻歌が聞こえてきた。

「っ……、あはははっ」
「どうしたんですか?」

俺の抑え切れなかった笑いを聞き逃さずに、麻美はこちらを不思議そうに振り向く。
俺は何も言えずに彼女に首を横に振ってみせた。

「もうっ、変な先輩。」

麻美はそれだけ言うと、再び鼻歌をBGMにしながら楽しそうに卵焼きに戻った。
麻美も俺もこんな朝の一時を喜んでいる、楽しんでいる。やはり鼻歌を口ずさみたくなるような心地よい朝食だった。

「んぅ!…、もぉ最高のお天気ですねっ!!」

玄関を出ると麻美は子猫の様に気持ち良さそうに伸びをしてそんなことを口にした。
真っ青な空に心地よい風、まさに最高の散歩日和と行った感じだ。
ここから公園まではバスに揺られて三十分位だろうか、そして麻美お気に入りの公園に到着した。

「へぇ…、ちょっとバスで出掛けるだけでこんな広いところがあるんだ」
「はい、友達にすてきな所だって聞いてたんで、いつか行ってみたいなって」

たしかに凄い、こりゃまるで、公園と言うより森だよ…。
右を見ても左を見ても公園の終わりが見えない。

「んで、麻美。友達から聞いたお薦めスポットはどこだい?」

そう、今日のデートのプランニングは全て麻美に任せてあった。
いつもなら俺が麻美と相談しながら考えるんだけど…

『場所?』知らないよ。
『何があるの?』場所も知らなかったのに分かる訳が無い。

これでは、お手上げだった。
そんな事情で麻美に今回は全てお任せだった。
なんだか、こんな先の見えないデートもわくわくしてくる。

「ええ、聞いた話によるとボートに乗ってほら、あの小島に行けるんようなんです。
 そこでお昼にしませんか?」
「えっ、ボート!?」
「ええ、だってボートにのらなきゃ、あそこまで行けませんよ?」

さも、当たり前の事のように言ってくれる麻美だった。
それを聞いて……

ボートに乗らなきゃ小島に渡れない。

という厳しい現実が頭の中に氷水の様に染み渡っていった。

これは参った…。

「なぁ…麻美、俺がおよげなくて水が苦手なのはしってるよなぁ?」

遠くからでも分かるくらい情けない顔になっている事だろう…。

「はい知ってますよ、だから何もプールに行こうって言ってるわけじゃないですよ?」

あぁ、確かにその通りだ…。
でもな、少なくとも俺にとっては足のつかない深さは恐怖なんだよ。

「いや、そうじゃなくて…。俺、およげないんだよ?」

つまり、水に落ちたら『どーすんの?』と言いたいんだけど…。

「だからこその、ボートじゃないですか。
 そんな事を考えてたらどこにも行けなくなっちゃいますよ?」

ぐっ…、確かにそうだ…けど……

「それに、あの小島で食べるお弁当って凄くすてきだと思いません?」

麻美の視線の向こうには、まるでセントウェールズ島かと思えるほどの美しい風景の広がる小島が遠目にも分かる。
確かにあそこで食べる弁当はたとえそれがコンビニ弁当でもさぞかし美味しく食べられるだろう。しかも今手元にあるのは、麻美の手作り弁当である。もうこれ以上の物は望めない。

「負けたよ…麻美。わかった、そこまで言うならのろうじゃないか!!、でも揺らすなよ…

そうして、楽しげな麻美とやや青ざめた顔をした俺は、無事に中央の小島へと渡る事となった。

あたり一面に咲き誇る花々、刈り込まれた芝生、それらをさりげなく演出する石畳の小路、途中途中に置かれているベンチ。
ここまでは、まぁ良い。
俺も麻美も期待した通りだから。

しかし、ベンチに座るは数々のカップル。
それぞれの膝の上には目にも眩しい豪華なお弁当達が「さぁ、どうぞ」と男達の視線に答えていた。
そんな光景が全てのベンチで当たり前の様に俺と麻美の行く先々で繰り広げられていた。

小路を歩きながら、「うわっ、あそこでも。おぉ、ここでも」と心の中で呟きながら一つ、二つ、そんなカップル達を数えていたが四〜五つをこえる辺りから、いい加減飽きてきた。
麻美もまわりの思った以上の環境に圧倒されているのかいつものお喋りが無くなってしまった。

麻美がこんな調子じゃ、なんか俺が喋らなきゃどうしようもないな。
すこしだけ冗談めかしてこんな事を聞いてみた。

「なぁ、ここって彼女と弁当持参じゃなきゃ立ち入り禁止なのか?」
「えっ、えぇ…。そうみたいですね…」
「……」
「……」

やっぱり、だめだった。
以前よりも性質の悪い沈黙を感じながら黙々と歩いて行った。

と、その時二人の足がほぼ同時に止まった。
目の前には今までとやや違う景色があった。
主の居ないベンチ。そう、俺達が座るべきベンチだ。

俺は横目で麻美の様子をうかがってみた。
すると麻美の方でもうつむきながらも横目で俺の様子を窺っていた。

「なっ、なぁこんなことわざ知ってるか?」

突然の場所に似合わない俺の言葉に、麻美は「えっ?」といった感じで顔を上げて俺の顔を仰ぎ見る。
ここぞとばかりに真面目腐った顔をして重々しくこんな事を言う。

「郷に入っては郷に従え」
「………ぷっ、あはははっ」

暫くあっけに取られていた様に俺の顔を見つめていた麻美だったけど、やっと意味を理解したのか、公園に来てから久しぶりの本当に楽しげな笑いを聞かせてくれた。

「ん〜なら先輩、こんなことわざも知ってます?。木を隠すには森の中って?」
「あっはっはっ、オッケー!そんな感じだね」

いいぞ、段々いつもの調子が出て来た。やっぱり麻美はこうでなくちゃ!
さっきまでのぎすぎすとした雰囲気などまるで無かったかのように二人揃ってベンチに座り麻美の広げてくれる手作り弁当を待つ。

「おぉー」

堪えようにも自然と緩んでしまう頬。
こんな、当たり前の反応しかできない自分が悲しくなる…。
なんて冷静な自己分析なんて今の舞い上がった俺に出来る筈が無い。
やっぱり「おぉー」だった。

「はい、まずおしぼりをどうぞ」
「あっ、あぁ。ありがと」

なんだか、これから高級ホテルでコース料理でも食べるのか?。それくらいに俺は緊張してしまっていた。

「ふふっ、どうしたんですか?先輩、なんだか凄く固くなってますよ?
 大丈夫ですよ。このお弁当、凄く自信ありますから」

いや、そんなんじゃないんだけどね…

「あっ、そうだっ!。あたしこれやってみたかったんですよ」

麻美は悪戯を思いついた子供の様に生き生きとした顔をして、自分の膝の上にある弁当に目を落とし、暫く考えた末に鳥の唐揚げを箸も使わずにひょいとつまむと

「はい、先輩」
「えっ?はいって?」
「ほら、先輩。朱に交われば赤くなるって言うじゃありませんか」

と、麻美は回りを視線だけで見渡した。俺もそれにつられる様にして見渡すと…

「ねっ、ほら。あ〜んして下さい。先輩っ」

えっ?

でも…

しかし…


そして2秒後、俺と麻美は赤くなった………


to be continued ....

後書き

こんにちは、TOMです。

ふっ・・・秋も過ぎ年も越し、はや2月
悲恋桜第3話を待ち望んでいた方もし居たらごめんなさいm(__)m
ファイルの詳細を見てみれば作成日は9月25日・・・
TOMが構想1週間、執筆3ヶ月!(爆)をかけて
満を持して皆様に送る最新作!「悲恋桜第3話」
どうぞお楽しみ下さい!

んで、4話はいつ?(自爆)


作品情報

作者名 TOM
タイトル悲恋桜 〜その伝承と変遷〜改訂版
サブタイトル第3話
タグ季節を抱きしめて, 桜井麻実, 流, 由貴
感想投稿数44
感想投稿最終日時2019年04月09日 19時14分19秒

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  • [★★★★★☆] 是非続きを読みたいので、頑張って書いてください。
  • [★★★★★★] その後が気になっていたので、楽しく読ませて頂きました。このお話の続き、楽しみにしてます!
  • [★★★★☆☆] 悲恋桜を話題にした作品とはどうしても思えないが、とにかく論文としては一応認める
  • [★★★★★★] 期待通りのおもしろさだった。4話目もはやくよみたい!!!
  • [★★★★★★] これ見つけてから2年ですか...(T_T)早く4第読ませろー!
  • [★★★★★☆] 早く4話が読みたいよ〜。
  • [★★★★☆☆] がんばって下さい
  • [★★★★★★] 楽しかったです
  • [★★★★★★] ちょww今だに第4話が〜〜。続き見たかったのに