温泉郷で巻き起こった連続殺人事件から1ヶ月。犯人はいまだわからず、住民はまだ安心しきってはいなかったが、それぞれ普段通りの生活に戻りつつあった。
そして、柏木家。温泉郷で最も大きい鶴来屋旅館と、それに連なる鶴来屋グループの会長、柏木千鶴の家。その玄関先はいつになく慌ただしかった。
「本当に帰っちゃうの?」
「なあに、大学卒業するまでだから2年したら戻ってくるよ」
「留年しなけりゃ、の話だけどな」
「うるせ」
「体…気をつけて」
「うん。ありがとう」
柏木家の姉妹達それぞれと別れの挨拶を交わす耕一。各自寂しいのだが顔に出す事はなく、明るく別れようとしていた。
…といっても耕一が言う通り大学を卒業したら戻ってくる予定なのでたいした期間ではないのだが。
しかし……
「ほら、千鶴姉もそんな今生の別れみたいな顔してないで」
そう言って梓にずいっと前に引きずり出される千鶴だけは別だった。今朝方からずっと元気が無く、耕一がいざ帰る段になるともうこの世の終りかと思えるぐらい暗く沈んだ顔をし、妹達の陰に隠れて耕一とは顔を合わせようとすらしなかった。
本当ならじっくりと耕一の顔を焼き付けておきたいのだが、うっかりすると泣き出してしまいそうだったのだ。
しかし、梓に押され、全く予期していなかった千鶴はよろよろと耕一のほうによろめく。
ぼふ。
耕一が千鶴を受け止めた為、耕一に抱かれたまま顔を見上げる格好になる。
「耕一さん……」
耕一の明るく、優しい笑顔を見ていると千鶴の目に涙が浮かんでくる。
「正月にはまた遊びにきますから」
千鶴の目からあふれかけた涙をそっとぬぐい、微笑みながら話しかける耕一。
千鶴にもその気持ちはよくわかり、にこやかに微笑みながら精一杯の元気を出し、こたえる。
「はい、おいしい料理作って待ってます!」
ピシッ。
あたりの空気が凍り付くような、そんな音がしたような気がした。少なくともそこにいる千鶴以外の人間はその音を確かに聞いた。
「は、はい。楽しみにしてます……」
体の中から何とか声を絞り出し、こたえる耕一。その顔は死人のように白い。
「じゃ、じゃあ……」
耕一はよろよろとおぼつかない足取りで歩き始める。
千鶴は涙をこらえ、耕一の後ろ姿をじっと見詰める。
そんな、一見感動的な別れのシーンの後ろで梓と初音は決意した。
「何としても千鶴姉に(千鶴お姉ちゃんに)料理を教え込まなければ……」
そして、耕一が東京に帰ってから3ヶ月。空には入道雲が見えるようになり、蝉の声が響き、すっかり夏の様相をお醸し出している。
耕一が帰ってから少しの間は何か物足りなさを感じ、食卓が沈みがちになったりもしたが、さして状況は変わらなかった。
耕一も暇を見つけては電話をしてきて、お互いの近況報告などをしあっていたために「離れている」という感覚が今イチ希薄だったし、なにより耕一は「卒業したら戻ってくる」と約束していたのだから全員に安心感のような物があった。
「最近電話来ないね」
朝の食卓での初音の何気ない一言。まあ、確かに最近電話は来ない。と言っても最後の電話から10日ぐらいしかたっていないのだが。
「耕一さんも大学生だもの。いろいろと忙しいのよ」
千鶴が食事をしながら返事をする。その顔からは不安など全く感じられない。耕一の事をよっぽど信頼しているのだろう。
「いや、耕一も『やっぱり若い方がいい!』って浮気してるかもよ?」
バリン。
梓が何気なく軽口を叩いた瞬間、千鶴の左手にあった茶碗が破片に変わった。
「そ、そんなことあるわないじゃない」
千鶴がそう明るく声をかけるが、返事を出来る物はその場にはいなかった……
(トゥルルルルル……トゥルルルルル……)
「はい、柏木です。ただいま留守にしております。ご用の方は発信音の後にメッセージをどうぞ」
深夜、電話の前。千鶴はこのところ毎日耕一の所に電話をしていた。
特に用事がある訳ではない。話したい事がある訳でもない。ただ、耕一の声を聞きたいだけ。
昔から耕一に好意は持っていた。子供のころは他の姉妹とともに耕一と遊んでいたし、耕一が里帰りしてきて会えるのを楽しみにしていた。
それから月日が経ち、耕一が鶴来屋によりつかなくなってもこんな気持ちになった事はなかった。
「会いたい」と思った事はあったがだからといって普段の生活に支障をきたすような事はなかった。人が生きていけば出会いと別れは何度もやってくる。それくらいは理解していた。
(トゥルルルルル……トゥルルルルル……)
「はい、柏木です。ただいま留守にしております。ご用の方は発信音の後にメッセージをどうぞ」
しかし、前の事件で長い間会えなかった耕一と再会し、紆余曲折の末、二人は結ばれた。
二人はお互いの愛を確かめ合い、当然の結果として婚約した。妹達や、鶴来屋の職員達も祝福してくれた。
耕一は、夏休が終わると大学に戻らなければならなかった。確かに寂しかったが梓が言う通り、今生の別れでもなんでもなく、大学を卒業するまでの○○年の間だけ東京に行くだけだ。卒業すれば戻ってくるし、長期の休みには戻ってくるといってくれた。
頻繁に電話もしてくれた。
(トゥルルルルル……トゥルルルルル……)
「はい、柏木です。ただいま留守にしております。ご用の方は発信音の後にメッセージをどうぞ」
耕一が電話をしてこなくなってから10日ぐらいしか経っていない。そんなに長い時間ではない。耕一にだって向こうでの生活があるのだからそれぐらい当然かもしれない。
梓の言葉を聞いて不安になった訳でもなかった。耕一の事は信じているし、この絆は壊れるはずが無いと確信している。
でも、耐えられなかった。自分がこんなに弱いとは思わなかった。
ただ、一つの事しか考えられなかった。
『耕一さんに、会いたい……』
次の日の朝。千鶴が自分の部屋から食卓へと出てくると、3人の妹達がきちんと正座して待っていた。
「あら、どうしたの?」
楓と初音はともかく、梓まで正座して一列に並んで待っているというのは正直異様な風景だった。
「千鶴姉に渡したい物があって」
梓がそうこたえる。
「あら、なにかしら?」
場の雰囲気に飲まれたのか、なんとなく妹達の向かいに礼儀正しく正座しながら千鶴が問いかける。すると……
「はい、私たちと鶴来屋のみんなからのプレゼント」
初音が後ろに隠してあった封筒を出す。中を見てみると新幹線のチケットが入っている。行き先は東京。耕一のすむ所である。
「え?え?え?」
突然の事に今一つ状況が理解しきれない千鶴にはかまわず、楓が話を続ける。
「いつも仕事頑張ってるくれてるし、夏休みだと思って」
「でも、その間の仕事は……」
「大丈夫だよ。千鶴お姉ちゃんがいない間はみんなで頑張るから」
「鶴来屋もそう簡単に潰れないって」
「私たちは大丈夫だから、行ってきて」
妹達に口々にすすめられ、千鶴は嬉しさのあまり涙ぐみながら
「ありがとう、ありがとう……」
妹達を抱きしめ、ただ感謝の言葉を言うしか出来なかった。
「お疲れ様でしたーっ!」
居酒屋前で大きい声で挨拶を交わす大学生達。その中に耕一はいた。
耕一は東京に戻った後、大学での研究活動に「伝承の研究」を選んだ。
かなり中途半端な時期に研究中の研究室に入るのは無理があったが、友人の由美子の紹介もあり、なによりそこにいる誰よりも「雨月山の鬼」について詳しかったので結局最後はすんなり入る事が出来た。
そして研究も順調に進み、やっとある程度形になって発表の機会を得たので近くの居酒屋で打ち上げとなり、お開きになって、さきほどの「お疲れ様でした」というわけである。
研究が一段落つき、久しぶりに家に帰ってゆっくりできるので柏木家に電話し、千鶴たちの声を聞こうと思ったのだが……
「ほら、しっかり立って!」
「んー、だいじょーぶれすよー。ころもじゃないんれすからー」
「ってフラフラじゃないか!」
「キャハハハハハハハ!」
「おーい。・・・・・・だめだこりゃあ」
耕一のとなりで飲んでいた由美子がなぜかすさまじいペースで酒瓶を空けてしまい、一人では立てないほど酔っ払ってしまったので耕一が送る事になってしまったのだ。
友人達に「襲うなよー!」だの「ビデオ撮っておいてくれ」だのと好き勝手にはやされながらも由美子の家まで連れて行くつもりだったのだが……
「おーい、由美子さん。本当に家こっちであってるの?」
「はーい、ばっちりでーす……にゃははははは」
ただの酔っ払いであった。さきほどから何かというとけたたましく笑い、会話はほとんど成り立っていなかった。由美子の案内通り道を進んで、すでに行き止まりにあたること5回、同じ場所に戻ってくる事8回である。
「頼むよおい………」
そう言って耕一が歩いていると、ポツポツと雨が降り出し、ほどなくどしゃ降りとなった。
「あーもう、踏んだり蹴ったりだな……」
「ぐー」
「寝るなっておい!……しょうがないなぁ。アパートに行くか」
10分後、耕一の住むアパートに到着した。
ガチャ、ギー……
鍵を開け、重い扉を開いて部屋の中の電気をつける。
部屋の中には敷きっぱなしの布団があったりもしたがそれどころではなかった。
「ふう……やっとついたか。ほら、体拭かないと風邪ひくぞ」
「ふにゃー……」
いまだ夢見ごこちなのか、由美子はぼーっと耕一を見つめる。
「ほら、タオルあげるから」
自分も体を拭きながら、由美子にタオルを差し出す。
「うん……」
そう言ってなにかに納得したようなそぶりを見せたかと思うと、勢いよく服を脱ぎ出した。
「ちょ、ちょと待て!目の前で着替えるな!」
「ふへぇー。だって濡れた服着てると風邪ひきますよぉ?」
「わ、わかった!ちょっと買い物に行ってくるから!いいから今は脱ぐな!!!」
耕一は慌てて着替え、ビニール傘と財布を握り締め、外に走っていった。
「ここが耕一さんのアパートね。ふふ、連絡も無しに来たからビックリするかしら」
あの感動の姉妹愛の場面の後、15分で全ての準備を終え、新幹線もチケットを強引に時間変更してもらい、その日のうちに千鶴は東京に着いていた。
東京に着いた時点で耕一の家に連絡しようかとも思ったのだが、いたずら心が勝り、何の連絡も無しに耕一のアパートの前に到着した。
幸せそうに微笑み、耕一のアパートの階段を上る千鶴。鉄製の階段だったのだが、足音を忍ばせ、上っていく。
「204,204,204…と。ここね」
表札には確かに「柏木耕一」と書かれている。足音を殺して耕一の部屋の前に立つ。耕一の姿を思い浮かべる。
(ピンポーン)
耕一の部屋のチャイムを押す。
「はーい」
中から耕一の声が聞こえる。夢にまで見た声。そして近づいて来る足音。
(ガチャ)
音がして扉が開く。
「どちらさんですか…」眠そうな声とともに耕一が顔を覗かせる。
「こんばんは、耕一さん」
作り物ではない、本当にしあわせそうな微笑みを浮かべ、千鶴がこたえる。
「……え?……千鶴、さん?」
『鳩が豆鉄砲を食らった顔』というのはこういう顔の事を言うのだろう。耕一はそんな間抜けな顔をしていた。
「あれ?……夢?」
「夢じゃありませんよ。会いたかった……」
ばさ。
そんな音を立てて千鶴は耕一の胸に飛び込んだ。一瞬呆気に取られた耕一だったが、すぐに我に返り、千鶴を優しく抱きしめる。
「俺も会いたかったよ……」
「こういち…さん……」
千鶴が上を向き、耕一と目が合う。
まるでお互い引き合うかのように2人の顔が近づいていく……
がつ。
鈍い音を立てて柱にくちづけし、千鶴は現実に引き戻された。
「……こほん」
顔をやや赤くし、咳払いをした後に改めて耕一の部屋の前に立ち直す。
軽く深呼吸をし、ドアの横に備え付けてあるチャイムを押す
(ピンポーン)
返事がない。
(ピンポーン)
「耕一さん、まだ学校なのかしら……」
そうつぶやき、千鶴がノブをひねると扉が開く。
「あら?」
中を覗き込むと風呂付きのワンルーム。それなりに必要な家具が揃い、耕一の生活が垣間見れる。小さなテレビ、大学の関係の物と思われる本が立てられた本棚。レポート用紙が広げられてるスタンド付のテーブル。
しかし、そこで信じられない物を見てしまった。床に引かれている布団、そしてその上に広がる女物の下着。
唖然としているとバスルームの方から水音が聞こえてくる。
(ザーーーーーーー………)
あきらかに誰かがシャワーを浴びている音。千鶴の頭に梓の言葉がよみがえる。
「耕一も、『やっぱり若い方がいい!』って浮気してるかもよ?」
千鶴の頭にその言葉が繰り返し響いた。
「ふうぅ」
自分のアパートの前について耕一はため息をついた。
あの後近くのコンビニで時間をつぶし、一応烏龍茶とおにぎりを買って帰ってきたのだ。
「いくら酔っ払ってるといってもなぁ……」
まあ、耕一も健康な男なので悪い気はしないが、彼には「一生守る」と決め、将来を誓い合った人がいる。彼女を裏切る訳には行かなかった。
「そろそろ酔いが覚めてると助かるんだけどな……」
耕一はつぶやき、階段を上って自分の部屋に向かう。そして、2階にあがった時に部屋の前に誰かがいる事に気付いた。
黒い長髪の美しい女性。耕一がその女性を見間違えるはずがなかった。
「あれ、千鶴さん。何でここに?」
耕一は近づき、千鶴に声をかける。しかし、千鶴はドアノブを握ったままピクリとも動かない。
「どうしたの?」そう言い、耕一が中を覗くと……
「ご、誤解だ!」
瞬時に叫んだ。千鶴の顔がキリキリとまるで人形のように耕一の方を向く。そして、氷よりも冷たいまなざしで射抜かれる。
「いや、同じ研究室の彼女が飲み会の酔って気分が悪くなって」
バキ。千鶴の握ったノブが根元から折れる。
「あ、こーいちさーん。シャワー借りました〜」
由美子はまだ酔いが残っているのか能天気な声を上げ、バスルームから出てくる。バスタオルを巻いただけの姿で。
「お、おい!なんて格好を!」
まるで空気が凍てついたかのように感じる。千鶴を中心に風が吹きあがり、美しい黒髪がなびく。そして、血の色に変色した瞳が耕一の方を向く。
グシャ。鉄製のノブが潰れ、千鶴の手から零れる。
「あなたを……殺します」
ブォォッ!ドガァッ!
千鶴の突きがアパートの鉄製のドアに当たる。外開きのドアが内側にはじけ飛んだ.
ちょうつがいが易々とちぎれ、室内にドアが突き刺さる。
「ち……千鶴さん?」
「殺します」
ブォォォッ!
千鶴のまわりに風が巻き起こる。あたりの空気がプレッシャ-に満ちる.
「あの……話を…」
ブウッンッ!!!
千鶴の爪が振り下ろされる。耕一が間一髪交わすと、後ろにあった鉄製の柱がやすやすと切り裂かれる。
「殺します」
『ひとまず…逃げるしか無い!』
耕一も鬼の力を引き出し、跳ぶ。人を遥かにしのぐスピードで。
そして、千鶴もそれを追う。
アパートの中に取り残された由美子は、唖然としていたが、思い出したように耕一達が消えた方向に呼びかける。
「あ、あのー、大変そうだし、帰りますねー」
彼女の頭にはただ一つの言葉しか思い浮かばなかった。
『触らぬ神にたたりなし』
深夜、雨が降りしきる街。町に住む全ての動物たちは自らの寝床に逃げ込んだ。
自分達のテリトリーでよそ者が暴れている。しかし、彼らは何も出来ない。生物としての格が違いすぎる……
「ま、待って千鶴さん。誤解だってば!」
言いつつ耕一は千鶴の攻撃を避け、跳ねる。鬼の力を解放した耕一の跳躍によってアスファルトの地面がボコリとへこむ。
「耕一さん……信じていたのに!」
逆上した千鶴が赤い瞳から涙を流し、爪を振るう。耕一から逸れた攻撃の風圧で近くのフェンスが真っ二つに裂ける。
「もう何も信じられない!」千鶴は鬼の力を全て引き出し、耕一に襲い掛かる。間一髪かわす耕一。後ろの塀が積み木細工のようにやすやすと崩れ落ちる。
『千鶴さん……』
耕一は千鶴がここまで逆上する所を初めて見た。今まで、どんなに怒る事があっても(梓に「ずん胴」「偽善者」などと言われた時でさえ)理性を保ち、「殺さないよう」という最低限の手加減はしていた。少なくともそう感じた。
あの事件の時、柳川と対峙した時は手加減はなかったがあくまで冷静に柳川と殺しあった。
しかし、今は違う。明らかに逆上し、ただがむしゃらに耕一に襲い掛かる。しかも、一切の手加減はなく。
いくら耕一が千鶴よりも色濃く鬼の血を引き、強い力を持っていたとしてもこのままではただでは済まない。最悪、死ぬ事すらありえる。それに、ここは住宅地である。まったくの赤の他人を巻き込む可能性すらあった。
「くそ!ごめん、千鶴さん」
近くの公園にたどり着いた時、耕一は覚悟を決める。
『なんとか千鶴さんを止めないと……』
耕一は鬼の血の力を引き出す。耕一の服が裂け、体中の皮膚が硬化し、爪が鋭く伸びる。
そして額からは鬼の証である凶々しい角が伸びる。
「グゴォォォォォォオオォォォオ!!!!!!」
耕一の口から雄たけびがあがる。地上で最強の生物であり、全ての生物を恐れさせる鬼の雄たけびが。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
千鶴はそんな耕一の姿が見えていないかのように襲い掛かる。
「グォォォォォォ!」
真の鬼と化した耕一は振り下ろされた千鶴の両手をがっしりと掴み、ちょうど力比べをするような体制になる。耕一が少し力を出せば千鶴を取り押さえることぐらい簡単である。いや、簡単なはずだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
逆上し、自分の中のリミッターを取り払った千鶴の力は耕一を凌駕した。
(ズズゥゥゥン)
耕一が押さえつけられる。耕一の上に馬乗りになった千鶴が鋭い爪を振り上げ、振り下ろす。
(ガキィィィィン!!!)
間一髪、耕一は限界まで高質化させた腕でブロックする。
千鶴は、そんなことに気付きもしないかのように爪を何度も振り下ろす。
(ガキン、ガキン、ガキィィィン!!!!)
「千鶴さん、止めるんだ!誤解だよ、彼女とは本当に何でもないんだ!」
無駄を承知で千鶴に語りかける。
「本当だ!結婚しようって約束したじゃないか!!」
『くっ、やっぱり駄目か……』
耕一が諦めかけた瞬間、胸の上に雨粒とは違う熱い雫が落ちた。
「千鶴……さん?」
千鶴は泣いていた。絶え間なく攻撃を繰り返しながら。
「……」
「千鶴さん?」
(ガキン、ガキン、ガキィィィン!!!!)
「やっぱり若い子の方がいいのね!私みたいなおばさんじゃなく!」
「ち、ちがうよ!何を言っているんだ!」
(ガキン、ガキン、ガキィィィン!!!!)
「いいのよ!みんな私から離れていくのよ!父さんも、叔父様も、そして耕一さんも!」
「な、何を言ってるんだ!いつまでも一緒だって言ったじゃないか!」
(ガキン、ガキン、ガキィィィン!!!!)
「『愛してる』って言ってくれたのに!」
「嘘じゃない!今でも、いつまでも愛してる!」
(ガキン、ガキン、ガキィィィン!!!!)
「『決して一人にしない』って言ってくれたのに!」
「だから、嘘じゃない!死ぬまで絶対離れない!」
(ガキン、ガキン、ガキィィィン!!!!)
「生まれてくる子供がかわいそうよ!」
「そんなことは…………え?」
(ザクッ)
突然の発言に耕一の気がそれ、腕の硬質化が解ける。千鶴の爪が耕一の腕を跳ね飛ばし、深々と胸を切り裂く。
(ブッシュゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!)
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
耕一の悲鳴が夜の街に響く。
胸から血がしぶく。千鶴の顔や服に血がかかる。
千鶴の目に理性が戻る。
「……え?耕一さん?」
「ぎゃぁぁぁぁぁ……よ、よかった。正気に戻ったんだね」
にこやかに笑う耕一、しかし、その腕からは尋常ではない量の血が吹き出していた。
傷口をみると……千鶴の爪が深々と突き刺さっていた。
「え?え?……きゃぁぁぁぁぁぁ!」
千鶴の悲鳴も夜の街に響いた。
「ごちそうさま〜」
「ふう、千鶴姉がいないの忘れて作りすぎちまったぜ」
「千鶴お姉ちゃん、着いたかなあ」
「まあ、連絡も無いし無事着いて耕一とイチャイチャしてるんじゃないのか?」
「梓お姉ちゃん……」
「お茶」
「さんきゅ、楓」
柏木家の食卓。食後のけだるい時間。千鶴がいないが、それ以外は何も変わった事のない日常の風景。
いつもの通り楓が入れたお茶を飲みながら食休みに入る。
(トゥルルルルル……トゥルルルルル……)
「はいはーい、っと」
梓が立ち上がり、電話に出る。
「はい、柏木です」
「あ、梓先輩ですか?かおりで…」
(ガチャン)
(トゥルルルルル……トゥルルルルル……)
「はい、柏木…」
「いきなり切るなんてひどいですよー」
「かおり、あたしは今日忙しいんだ。用も無いのに電話してくるな」
実は何一つとして用事はないのだが、それでもかおりに付き合わされるよりはマシだった。
「ひどぉい。今、テレビに千鶴さんが出てたから教えてあげようと思ったのに」
「何?」
言いながら床の上に落ちていたリモコンを取り、テレビのスイッチを入れる。
ちょうど各局でワイドショーが始まる時間だった。
ブラウン管の中ではレポーターが街中を歩きながら話している。
「……しかし、一見平和そうな住宅街で大事件が起きたのです」
(テロップ「深夜の住宅街で起きる大事件!」)
(現場近くで見かけられた謎の男女!(耕一と千鶴さんの似顔絵))
(行方不明の女性は鶴来屋グループ会長!?)
(ぶっ!)
思わず、梓は飲んでいたお茶を吹き出した。
『見てください。ここにはブロック塀がありました。しかし……』
『ここを見てください。ここには電柱があったんですが、なにかとてつもない力でへし折られています』
『地面も所々へこみ……』
(ぶつん)
テレビの画面が唐突に暗くなる。見ると、楓が何も言わずリモコンを持っていた。
「もしもーし、梓せんぱーい」
(ブツッ)
無言で電話を切る。
「あれ……やっぱり……」
何かを言い出そうとした初音の両肩を梓ががっしと掴む。
「いいか初音。あたし達は何も見なかった」
「いや、でもあれって耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんが……」
「見・な・かっ・た」
「……う、うん」
あまりの気迫に思わずうなずく初音。
「……でも、無駄だと思う」
楓が小さいが良く通る声でつぶやいた瞬間、チャイムがけたたましく鳴り響く。
「はーい」
とてとてと初音が玄関に向かい、扉を開ける……
「すいません!○○テレビですが!今回の事件について何か!」
「会長の千鶴さんが東京に行っているという話なんですが!!」
扉の向こうにいたのは山のようなテレビ局のレポーターだった。
「……なんでこんなに早く……」
「姉さん、有名人だから」
「どうするの?梓お姉ちゃん」
「連絡か何かありませんでしたか!?」
「婚約者に会いに行ったという話は本当ですか!?」
まるでマシンガンのように質問が飛び交い、何本ものマイクが迫ってくる。
初音はおろおろするばかりで、楓はさっさと自室に引っ込んでしまった。
「最近何かおかしい事は?」
「婚約者の耕一さんというのはどういう方ですか!?」
勤労意欲にかられ、質問を繰り返すレポーター達の前で梓は叫んだ。
「千鶴姉の、バッカヤロォォォォ〜〜〜〜〜〜!!!!」
「耕一さん、胸の傷、大丈夫ですか?」
「うん。骨も折れなかったし、傷も大分ふさがったみたいだ」
「すいません、本当に……」
「いやいや、焼きもち妬いてくれたんだろ?嬉しいよ」
「もうっ!」
「それより、体は大事にしないと。子供のためにも」
「ええ。名前、どうしましょうか……」
「そうだなあ……」
朝日が射し込む耕一の部屋で、同じ布団に包まりながら話していた。
外で騒がしく聞こえるパトカーのサイレンも人々のざわめきも聞こえなかった。
愛し合う二人は今日も幸せだった…………
後書き
どうも、SS書き初体験の右近です。
けーくんに「SS書いて送る」と約束してはや半年。やっと送る事が出来ました(笑)
一応言っておくと、このSSは千鶴さんとハッピーエンドを迎えた後の話です。
しかも資料探さずに記憶と気分と勢いのみで作成した為に、
設定とかは捻じ曲がってるでしょう。きっと。
その辺は見逃してやって下さい(笑)
本当はこのSS、「千鶴さんがはだかYシャツで耕一とうはうは」って話で、
自分のHPに載せるつもりだったんだけど、気がつくと戦闘シーンが…(笑)
まあ、一応書いた本人はなかなか良く出きたかな、と思ってるので、楽しんでいただけたら幸いです。
最後に、SS不慣れな私の相談にいろいろ乗ってくれた遠井師匠、ありがとうございました!
作品情報
作者名 | 右近 |
---|---|
タイトル | 史上最強の痴話喧嘩 |
サブタイトル | |
タグ | 痕, 柏木千鶴, 柏木耕一, 柏木梓, 柏木楓, 柏木初音, 他 |
感想投稿数 | 162 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月12日 21時57分13秒 |
旧コンテンツでの感想投稿(クリックで開閉します)
評価一覧(クリックで開閉します)
評価 | 得票数(票率) | グラフ |
---|---|---|
6: 素晴らしい。最高! | 33票(20.37%) | |
5: かなり良い。好感触! | 54票(33.33%) | |
4: 良い方だと思う。 | 57票(35.19%) | |
3: まぁ、それなりにおもしろかった | 12票(7.41%) | |
2: 可もなく不可もなし | 4票(2.47%) | |
1: やや不満もあるが…… | 2票(1.23%) | |
0: 不満だらけ | 0票(0.0%) | |
平均評価 | 4.58 |
要望一覧(クリックで開閉します)
要望 | 得票数(比率) |
---|---|
読みたい! | 157(96.91%) |
この作品の直接の続編 | 0(0.0%) |
同じシリーズで次の話 | 0(0.0%) |
同じ世界観・原作での別の作品 | 1(0.62%) |
この作者の作品なら何でも | 156(96.3%) |
ここで完結すべき | 0(0.0%) |
読む気が起きない | 0(0.0%) |
特に意見無し | 5(3.09%) |
コメント一覧(クリックで開閉します)
- [★★★★☆☆] 最後がはしょりすぎな気がする。
- [★★★★★☆] 千鶴さんって、思い込み激しいよね(笑)。ま、そこもいいんだけどさ(*^^*)
- [★★★★☆☆]
- [★★★★☆☆] どうせなら由美子嬢をもう少しからませれば面白かったかも
- [★★★★☆☆] ちょっと、物足りない
- [★★★★☆☆] 料理の方はどうなったのだろう・・・
- [★★★☆☆☆] もうちょっと千鶴の描写を深くしてほしかった。特に、「みんな私から離れていく・・・」のくだり。
- [★★★★★★] 楓ちゃんをメインに1作
- [★★★★★☆] ふぁいと
- [★★★★★☆] 割と良かった。でも千鶴がもうチョット壊れても良いと思うけど どうかなあ
- [★★★★★★] テンポよく読めたにょ。右近さんやる!千鶴さんお幸せに。(^-^)
- [★★★★☆☆] 続きよりもむしろ別の作品を読んでみたいです。出来れば千鶴さんで(笑)
- [★★★★★☆] 子供が産まれた後の話とかも読んでみたいです〜
- [★★★★★★] 千鶴さんラヴ
- [★★★★★☆] これが本当の『鬼の目にも涙』(笑)
- [★★★☆☆☆] 展開は最後以外(笑)は○。表現力・表現方法の向上に期待。
- [★★★★☆☆] オチにもっとひねりがあったら、良いですね〜(^^) でも、楽しかったです(^^)
- [★★★★☆☆] もう少し盛り上がりがほしかった
- [★★★★★★] 出きれば続きを
- [★★★★★★] 痴話喧嘩はこわい(汗)
- [★★★★★☆] 問題ない、書きたまえ。>右近
- [★★★★★☆] 事件というのが最初血痕で(結婚と)かけてるのかと(w
- [★★★★☆☆] 落ちが一寸
- [★★★★★☆] 最近になってやっとプレイした〔痕〕、そして始めて読んだSS。とても良かったです。ぜひ続編を…。
- [★★★★☆☆] 笑わせてもらいました(^^)
- [★★★★★★] 読みやすくて、とても面白かったです。
- [★★★★★☆] 大笑いしました。続編期待してます
- [★★★★★★] 千鶴さんの妄想っぷりがおもしろかったです。
- [★★★★☆☆] 今度は子供が生まれたあとのSSを・・・。
- [★★★★☆☆] がんばれ
- [★★★★★☆] かなりおもしろい
- [★★★★★☆] 千鶴さん、やっぱ恐いっすね。
- [★★★★☆☆] やっぱ、痕いいすね
- [★★★★☆☆] 面白かったです。ほんわかしました。
- [★★☆☆☆☆] チョット中途半端かな・・・・?面白かったけど(^^)
- [★★★★★☆] もう少し料理のオチがあったほうがいいと思う
- [★★★★★★] 楽しかったです!!
- [★★★★★★] 続きが気になりますが……どうなるんでしょうかねぇ。
- [★★★★★☆] 偶然が重なったことに怒り炸裂の千鶴さんが可愛いかった
- [★★★★★★] すげぇ、、やっぱ千鶴さんサイコー!
- [★★★★★★]
- [★★★★★☆] すごく面白かった。
- [★★★★★★] 感想ですね♪良かったです、千鶴さん耕一のこと殺しちゃえば良かったのに作者の方は優しいですね♪
- [★★★★★☆] 一気に読ませていただきました。千鶴さんはやっぱり良いな。
- [★★★★☆☆] 千鶴さんの壊れぶりに圧倒されました。
- [★★★★★☆] 終わり方がちょっと唐突。
- [★★★★★★] そんな、ちーちゃん好きです。耕一さんが羨ましいっです
- [★★★★★☆]