ゴウンゴウンゴウンゴウン……

僕は洗濯をしていた。


八月。世間の学生は夏休みに浮かれ、海へ山へと遊びまわる時期。
しかし、ここ丸井市は例年に無いほど台風の被害にみまわれていた。
ここ一週間ですでに四つの台風が直撃し、晴れた日は一日も無かった。
こんな状態では遊びに行くどころではなく、日がな一日部屋の中で晴れる日を待ち、ただごろごろとしているしかなかった。
しかし、どんな状態だろうと生活している以上洗濯物はたまり、洗濯しなければ着るものは無くなっていく。
従って、そろそろ着るものがなくなってきた僕は洗濯をしていた。
今まで「そのうち晴れるだろう」と、延ばし延ばしにしていたのだが、憂鬱な空は全くもって晴れる気配もなく、すでに着られるものは、今着ている部屋着のTシャツ、ズボン、下着が数枚。あとは学校の制服だけという状態になってくると、さすがに洗濯をしないわけにはいかなかった。

かくして僕は洗濯をしている。
正直な話、下着はまだ枚数があるので、今着ている部屋着だけでもうしばらく粘っても良かったのだが、そうもいかない訳があった。
しばらくすると洗濯が終わり、続けて脱水。
はじめのうちは慣れぬ洗濯に戸惑いもしたが、親元を離れて四ヶ月もたった今では炊事洗濯掃除と、家事全般は殆どこなせるようになっていた。
まあ、これにもそうならざるを得ない理由があるのだが。

脱水が終わった洗濯物を室内に干していく。
室内の湿気は増すだろうが、背に腹はかえられない。
この土曜日に洗濯を終わらせ、乾かしてしまわないと週明けから着ていくものが無いのだ。

僕が洗濯物を干していると、居間のほうから抗議の声が上がる。

「もう!そんなところに洗濯物干したらジメジメしてしょうがないじゃないの!」
「しょうがないじゃないか。もう着るものないんだし。
 小野寺さんだってもう着るものないだろ?」


そう、僕と言い争う彼女がさっきから言っている「理由」だ。

彼女の名前は、小野寺桜子。
僕が通う丸井高校の三年生で、僕の先輩。頭脳明晰、容姿端麗と、傍目には欠点が無いように見える、目の覚めるような美人。
学校ではとりまきのグループまであり、まさに「丸井高校の女王」と言う表現がふさわしい人だ。

今年の春、さまざまな事情からここ丸井町に引っ越してきた僕は、親と喧嘩して家出してきた彼女と半ば強引、半ばなし崩し的に同居することになってしまった。
僕も同居生活が始まった当初は、「甘い同棲生活」の幻想に善からぬ期待を抱き、胸躍らせたりもしたのだが、一緒に過ごして数日も経たないうちにそれは、真夏の淡雪のように消えていった。
丸井町を牛耳っている、と言いきっても過言ではない小野寺グループのお嬢様である彼女は家事などまるでしたことはなく、さらに「女王」という形容がまさにふさわしい彼女に僕はまるで逆らえず、必然的にそれらのほとんどは僕がこなすことになってしまった。

という訳で、期待してた「甘い同棲生活」とは程遠い「女王様とそのお付き」の生活が続いていたのだった。
……まあ、小野寺さんに全く逆らえない僕にも問題があるといえばあるのだろうけど。

「もう。なんで乾燥機ぐらい買わないのよ」
「そんなお金ないよ。今月はもう食費でぎりぎりなんだから」
「もっと考えて料理とか作ればいいでしょ」
「小野寺さんも手伝ってよ。部活の練習試合近くて大変なんだよ」
「わ……わたしは料理苦手なのよ」

これだ。僕のほうを拗ねたような顔で見つめるこの顔に、僕は逆らえない。
こうなると僕は折れるしかないのだ。

小野寺さんみたいな美人に拗ねた視線で見つめられて、それでも強く言えるような人間を僕は知らない。
少なくとも僕は決して逆らえない。

「……まあ、いいや。
 で、小野寺さんはどうするの? 洗濯物まだ少しは干せるけど」
「私も洗濯させてもらうわ。部屋がジメジメするのは嫌だけど」
「僕が洗おうか?」
「い、いいわよ! 私だって洗濯ぐらいできるんだから!」

顔を真っ赤にして小野寺さんが反論する。

「そう? また何時かみたいに、洗濯機が泡塗れになったりしない?」
「い、いつの話よ! いいからどいて!」

そういって彼女は、自分の部屋に引っ込んだ。

「……ちょっと言い過ぎたかな?」

まあ、いくら同居しているとはいえ、赤の他人に自分の下着は触らせたくないだろう。
とはいえ、最近は彼女も家事をちょっとずつ覚えてきて、掃除や洗濯ぐらいはできるようにはなっていた。
……まあ、料理の腕に関してのコメントは避けておこう。

「あとで謝っておかないとな」

そう一人ごちて時計を見るともう夕方。いい時間である。

「さて、と」

今日の炊事当番である僕は調理場に向かう。そんないつもの光景が繰り返されていた。

ドタドタドタドタ……

「うん〜ん……」

ドタドタドタドタ……

僕が寝床でまどろんでいると、部屋の外で誰かが忙しそうに走り回る音がする。

ゴソゴソゴソ……

ベッドに潜ったまま、枕元に置いてある目覚まし時計を手にとって時間を確認する。
AM:7:35
普段だったらそろそろ起きて学校に行く支度をしなければいけない時間ではあるが、今は仮にも夏休みである。
八月の半ばであり、真っ白な夏休みの宿題を前に顔を蒼くし、ひいこら言いながら宿題をする時期でも無い。
さらに言うなら、最近の雨のせいもあって友人と出かける用事も無い。しかも昨夜はテレビの深夜番組を見てしまったので眠い。

結論として、僕は気にせず寝ることにした。
こう言う時は親元を離れているものの強みで、例え一日中ベッドの中でごろごろしていても文句をいうものは誰もいない。
僕は幸せをかみしめながら、まどろみの世界に戻っていった——

バァン!
ズカズカズカ……
バサッ!!

「ほら、いつまで寝てるの! さっさと起きなさい!!」
「んー……小野寺さん……?」

そうだ。我が家には両親はいないが、代わりに我侭な女王がいた。
ちなみに最初の「バァン!」は、彼女が僕の部屋の扉を乱暴に開け放った音で、続く「ズカズカズカ……」は真っ直ぐに僕のベッドまでやって来た音。そして「バサッ!」は、僕の布団を剥ぎ取った音だ。

「『小野寺さん……?』じゃないわよ!
 ほらほら、忙しいんだから早く起きる!」

そう言って枕まで抜きとられた。
今までの経験上、こう言うときに歯向かうのは無駄でしかないので、渋々起きることにする。

「休みなんだからもうちょっとゆっくりしてても……」

無駄とはしりつつ、一応反論してみる。

「何言ってんの! 久しぶりに晴れたのよ?
 ほらほら。洗濯しないと!!」
「んー……」

まだ半分寝ぼけた頭で窓から外を覗くと、確かに晴れている。雲一つ無い……とは言い過ぎだが、快晴と言っても過言ではない。
そして、よく晴れた空の下、無数の洗濯物が干されていた。

「ほらほら! 洗濯物たまってるんだから早く手伝って!」

掛け布団と枕を奪われた今、もう一度心地よいまどろみの世界に戻ることは不可能なので、やむ無く起きることにする。
そして、脱衣場の方に向かうと……

「……小野寺さん、はりきってるね……」

そう。ここ一週間降り続いた雨のせいもあり、脱衣場にはかなりの量の洗濯物が溜まっていたはずだった。
たしかに少しは洗濯して室内に干したりもしていたが、それにしても必要最低限の量だけである。
その、溜まっていたはずの洗濯物がほとんどなかった。

「ん? 久しぶりの晴れなんだからたまってた洗濯物片付けちゃわないと!」

もう、語尾に「♪」マークがつくんじゃないかと思うほど上機嫌で、小野寺さんが洗濯機の前にいた。
そうして微笑みかけられると、僕に逆らうことなど出来る筈も無く、「じゃあ、僕も手伝うよ」などと言って、脱水の終った洗濯物を表に干しに行く。

「うん。お願いね〜♪」

今度は例えでなく、彼女は本当に語尾に「♪」マークをつけ、僕に声を掛ける。
そして三十分もした頃には、我が家の衣類はほとんど外で風にはためいていた。

「ふう……。
 これでたまってた洗濯物もなくなってすっきりしたわね」

一仕事終わり、居間に座ってテレビに電源を入れながら小野寺さんが言う。

「そうだね」

僕はそう言ってよく冷えた麦茶の入ったポットと、二人分のコップを持ってきた。
小野寺さんの前にもコップを置き、麦茶を注ぐ。

「あ、ありがと」

そして、2人で麦茶を飲みながらボーっとテレビを見る。
僕たちに取っては夏休みではあるが、平日なのでテレビといってもワイドショーぐらいしかやっていない。

「……退屈ね」

麦茶を入れたコップが空になった頃、小野寺さんがつぶやいた。

「……そうだね」

さっきまで忙しく働いていたせいか、えらく退屈に感じる。
ワイドショーも特に目立った事件が無いのか、芸能人同志の熱愛発覚がどうとか、そんなことしかやっていない。
リモコンを手に取り、カチャカチャとチャンネルを変えてはみるが、似たような番組しかやっていない。

ピッ。

あまりに退屈な番組ばかりなのでテレビを消す。

「……」
「……」

テレビが音を発しなくなり、特にすることもないので部屋の中には静寂が流れる。

「どこか遊びに行きましょうか」

小野寺さんがポツリとつぶやいた。

「え?」
「どこかに遊びに行こうって言ってるのよ。何か予定でもあるの?」
「いや、ないけど……」
「じゃ、決まりね。ほら、早く準備して!」

そう言って小野寺さんは自分の部屋に戻る。
僕は十秒ほどぼーっとしていたが、すぐにはっと我にかえり、自分の部屋に戻る。

(やったあっ! 久しぶりに小野寺さんとデートだっ!)

前はちょくちょく二人で出かけたりもしたのだが、夏休みに入ってからは部活やバイト、それが一段落ついたと思ったらこの雨で中々出かけるチャンスがなかったのだ。
僕はいくぶん浮かれながら着替え、出かける準備をする。
すると、隣りの部屋から声が掛かった。

「ついでだから制服もクリーニングに出しちゃわないー?」
「うん、わかったー!」

そう返事をし、クローゼットの中から学生服を取りだす。
確かによく見ると、くたくたに汚れている。
三十分後には二人とも準備が終わり、遊びに出かけることになった。
デートと言うには、互いが手に持ったクリーニング用の制服が違和感をかもしだしていたけど……。

結局、僕と小野寺さんは制服をクリーニングに出した後、映画を見てきた。
そして今、ちょっと遅い昼食を食べるために喫茶店に入っていた。

「どうだった? さっきの映画」
「え? ああ、面白かったね」
「でしょ? 前に雑誌で見てからずっと気になってたのよ」

そして、二人で食後のデザートを食べながらさっきの映画の話で盛り上がっていた。そのさっき見た映画の内容はと言えば、良くあるラブストーリーだ。
資産家の娘が町に飛び出し、そこで出会った青年と恋に落ちる。
しかし、親に見つかり、娘は連れ戻されて政略結婚をすることになる。
で、結婚式に青年が来て、娘を連れて愛の逃避行。
とまあそんな感じだ。
俳優の演技も良かったし、演出も確かに良かったんだが…
途中からどうも自分の状況と重なってしまい、結果として途中から小野寺さんの方が気になって、映画どころではなかった。
最近、共同生活がすっかり自然になってきて忘れていたのだが、小野寺さんは家出してたんだった。
まあ、親元も住んでる場所ぐらいは把握してるとは思うんだけど(そうでなければ学校でもっと騒ぎになるはずだ)、向こうが本気になって小野寺さんを連れ帰ろうとすれば何時でも出来る訳で、彼女の両親が何を考えているのかは、僕には今一つ把握できない。
もっとも小野寺さんが力ずくで親元に戻されたら、僕にはどうすることもできない。
そもそも僕と小野寺さんは一緒に住んでいるだけであって、恋人同士でも何でもないのだ……。

「ねえ! 聞いてるの?」

ふと気がつけば、小野寺さんがちょっといらだたしげな様子で呼びかけていた。

「あ、ごめん。ちょっとさっきの映画思い出してて」

僕はしどろもどろな頭の中を瞬時に振り絞り映画の話しを振ると、途端に彼女の顔が綻んだ。

「よかったわよねえ。あの、ヒロインが無理矢理主人公の家から連れて行かれるシーンな
 んて、もう目が離せなかったわ」

うるうると感慨に耽る様子に、何時もの怒張じみた表情は微塵もない。

「小野寺さんも……」
「え?」

『連れ戻されるかもしれないんだよね』
思わず口に出しそうになった言葉を無理矢理飲み込む。
口に出してしまったら現実になりそうな気がして。
しかし、小野寺さんも僕の言おうとしたことに気付いたみたいで、何か言おうとしたけれど、何も言わずにうつむいてしまった。
僕も、それにつられるようにうつむく。
小野寺さんは僕のことをどう思ってるんだろう。
ただの後輩? 友達? それとも——
そんなことを考えながら顔を上げ、小野寺さんの方を見る。
すると、ちょうど小野寺さんもこっちを見たところで、目が合ってしまった。
二人とも慌てて視線を逸らす。

な、なんだ? 一体。

妙なことを考えてしまったからか、小野寺さんをまともに見ることができない。
もう四ヶ月も一緒に住んでいたのに、こんなことは今まで一度もなかった。

普段学校ではみれない、いろんな彼女を見てきた。
ヘマをした僕を叱る小野寺さん。
朝、寝坊して慌てる小野寺さん。
料理に失敗して、すまなさそうにする小野寺さん。
抱えた悩み事の不安に、一人思い悩む小野寺さん。
初めて上手くできたピラフを、僕に手ずから食べさせてくれた小野寺さん。
何時の間か、誰よりも傍にいて当たり前な人になっていた。

いや……違う。

傍にいてくれないと駄目な、かけがえの無い人になっていたんだ。
今まで、二人だけの生活はずっと続くものだと思っていた。
でも、そんなことはない。何れ、小野寺さんはあの部屋を出て行くんだ……。
そう思うと、小野寺さんを見つめることができなかった。
目を合わせると、その瞬間にでも僕の気持ちを見透かされてしまいそうで……。
小野寺さんを見ることのできない僕は、何気なく喫茶店の外を見る。
外では雨が降り、喫茶店の軒先で雨宿りをする人や、急いでいるのか鞄を傘代わりにして雨空の下を駆けていくサラリーマン。
そして一つの傘に仲良く収まり、相合傘で歩いていくアベック。
そんな人たちを見ながら僕は……

…………雨?

小野寺さん!

我に返った僕が小野寺さんに呼びかけ、椅子を弾き飛ばさんばかりの勢いで席を立つ。

「は、はいっ!?」

まるで人形のように神妙に座っていた小野寺さんが、僕の出した大きな声に慌てたように返事をする。

「小野寺さん、雨、雨だよ!」
「え、雨? ——雨ぇ!?

小野寺さんも、さっきの僕に勝るとも劣らない勢いで席を立つ。
さっきまでやけに神妙に座っていた二人組が急に騒ぎだしたためか、周りの客は何事かという表情でこっちを伺う素振りを見せる。
しかし、そんなものは問題ではなかった。
出掛けに手持ちの衣類を殆ど外に干してきてしまった僕たちは、あれが濡れてしまうと明日から着る服が無いのだから。
二人で慌てて手持ちの荷物をひっつかむと、素早くレジで支払いを済ませて外に出た。
外に出ると、予想以上のすさまじい雨が僕たちを待ちうけていた。車軸を流すような雨とはまさにこんな雨なのだと、くだらないことに感心してしまうほどすごい雨量だった。

「ほら! なにしてるの!」

僕が呆然としていると、後ろから小野寺さんが声をかけてきた。

「いや、すごい雨だし、傘がないと……」
「何言ってるの! 私たち、着るもの殆ど干しちゃってるのよ! ほら、急いで!」

そう言って小野寺さんは雨の中走り出した。

「待ってよ、小野寺さ〜ん」

まさか独りで行かせる訳にもいかないので、僕も情けない声をあげながら彼女の後を追い、雨の中走り出した。

「小野寺さん、終わったよ……」
「こっちも……終わったわ……」

二人とも、肩で息をしながら呼び掛け合う。
全速力で家まで走って帰ったのだが、当然のように手遅れで(と、言うより雨に気付いた時点ですでに手遅れだったのだろうが)、洗濯物が濡れてるというより、もはや「水浸し」という言葉がぴったりだった。

さらに致命的だったのが、雨漏りだった。

そもそもが、結構安普請だったこの部屋は、連日の台風と今日の土砂降りで天井に限界が来たらしく、一部雨漏りまでしていた。
さらに最悪なことに、その雨漏りしている場所が風呂場の前の脱衣場で、出かける前に僕と小野寺さんが脱いでいった部屋着も見事に水浸しだった。

「あーあ……全部干しちゃったから着るものないや……」
「何よ、わたしが悪いって……くしゅん!」
「小野寺さん、大丈夫?」

そういって、脱衣場の引き出しの中からかろうじて使えそうなタオルを取り出すと、何気なく彼女の方を振り返る。
今日、小野寺さんは何時も外出するときに着ている白いシャツを着ていた。
小野寺さんが一番気に入ってる外出着だ。たしかどこか外国のブランド物だと聞いたことがある。
しかし、そのシャツはさっきの大雨を浴びてしまったためか体にぴったりと張り付いて、均整の取れたプロポーションを見せ付けているかのように、僕の視線を引き付けた。

うっすらと透ける、肌の色と下着の輪郭が、僕をどぎまぎとさせる。

『だめだ! 早くタオルを渡して、体を拭かないと……』

頭では分かっている。こういう状況でじろじろ見るのは男らしくない。
それに僕だってびしょ濡れなんだから、早く体を拭かないと風邪をひいてしまう。
そこまで解っているのだから問題はない。小野寺さんのビンタが飛んでくる前にタオルを渡し、シャワーを勧める。その間に、僕も体を拭こう。
……理屈は完成した。ベストな選択も判明した。後は実行するだけだ。
しかし、僕の視線は僕の思考と相反するように、小野寺さんから目を反らそうとはしなかった。

「あ、タオル? ありがとう」

小野寺さんが立ちつくす僕に気づき、手にしているタオルを受け取ろうと手を伸ばす。
しかし、僕の体はまるで鉄の棒になったかのように動こうとはしなかった。

「どうしたの?」

そんな僕を見て小野寺さんが不思議そうに聞く。

『だめだっ! 早く何か言わないと! 早くしないと!』

頭の中ではそんな警告が鳴り響き、さまざまな言葉が浮かびあがるが、僕の体は依然として僕の支配から逃れたままぴくりとも動かず、口も動こうとはしない。

「?」

小野寺さんも僕の様子に気付き、僕が凝視しているものを確認しようと視線を動かす。
そして、小野寺さんは自分の服の状態に気付き……

バッチィィーーーーーン!!!!

彼女のビンタは狙い違わず僕の左頬にクリーンヒットした。

「最っっっっっっっ低!!!!!

全身から怒りのオーラを立ち上らせ、小野寺さんは風呂場に向かった。

シャアア………

風呂場の方から、シャワーの音が微かに聞こえてくる。
あのあと、さすがに僕も頭を冷やして反省していた。
とりあえず着ているものを脱いでタオルで体を拭き、着替えを捜す。

幾ら何でも、あれはまずかった。
本人が気付いていないのをいいことに、透けて見える下着をじっと見ていたなんて、覗きと大差ない。
小野寺さんが出てきたらどうやって機嫌を直そうかと考えていた。

前に、小野寺さんの部屋に勝手に入った時は……三日間口を聞いてもらえなかった。
間違って着替えを覗きそうになった時は……鉄拳制裁の上、五日間口を聞いてもらえなかった。

……ひょっとして僕は最低なヤツなんじゃないだろうか。

しかも今回のは極めつけ……ではないかもしれないが、そろそろ小野寺さんが「出て行く」といっても仕方が無いのかもしれない。
そんなことを考えていると、風呂場の方から声が聞こえてきた。

「ねぇ!」
「はいっ!」

ちょうど小野寺さんのことを考えている時に声をかけられ、ばね仕掛けの人形のように飛び上がり、返事をしてしまう。

「着替え持ってくるの忘れたの! ……何か無い?」
「お、小野寺さんの部屋、見てきてもいいの?」

ぐびっ。思わずつばを飲み込みながら聞き返す。

「……わたしの服、全部洗濯しちゃったの」

そういえばそうだった。さっきの事件ですっかり忘れていたが、着るものはほとんど全部洗濯してしまったのだった。
外ではいまだに大雨が降っているし、我が家には乾燥機などという文明の利器はない。
僕は絶望しつつも自分の部屋に入っていった……。

「何? これ」
「いや、一応着替えなんだけど……」

脱衣場の扉を僅かに開け、手だけを伸ばして僕の用意した「着替え」を手に取りながら小野寺さんが聞いてきた。
「それは解ってるわよ! 下に履くものは、何か無いの?」

僕は自分の部屋中を漁ってみたんだが、残っていた衣類で小野寺さんが着れそうなものはといえば、登校時に着るワイシャツくらいしか無かったのだ。

「えぇっと、下着……じゃなくて、ズボンとかスカートってことだよね?」
「当たり前!」

そりゃそうだ。僕はしばし思案したあと、「僕のトランクスならあるけど……いらない、よね?」と尋ねてみる。

「いらないわよっ! そう、制服があるでしょ!?」
「今朝、小野寺さんと二人でクリーニングに出してきたじゃないか」
「うっ……」

中で小野寺さんが固まった気配がした。
おそらく、この「着替え」を着ようかどうか悩んでいるのだろう。
しかし、こればっかりは正真正銘他に着替えがない訳だし、他の衣類を室内に干したとしても乾くのは早くても明日の朝だろう。

「一応、サイズは大きいから……」

気休めにもならない声をかけると、バスルームの中からは如何にも渋々という感じの弱弱しい返事が返ってくる。

「わかったわよ……。
 じゃあ、これ着るからあなたは自分の部屋に入ってて。
 いい? 私が『いいわよ』って言うまで、絶対に部屋から出てこないで!」
「うん」

さすがに、さっきビンタされたばかりでまた覗こうという根性は僕には無い。
素直にうなずき、自分の部屋に引っ込む。
雨音混じりの中、部屋でうとうとしていると、しばらくしてバスルームの戸が開く音がし、不安げな小野寺さんの足音が聞こえてきた。

ヒタヒタヒタヒタ……パタン

不意に、大きな声で小野寺さんの「いいわよ」の声が聞こえた。僕はおずおずと部屋の扉を開けると、彼女が部屋の外にいないことを確認してから、自分の分のワイシャツとトランクスを持って風呂場に向かった。

ザァァァァァァァァ……

僕は冷めた肌が僅かに温もる程度の浅い風呂を済ませ、眠ろうと思い、ベッドに潜り込んだ。
しかし、どうにも目が冴えて眠れないので、枕元のスタンドをつけ、雑誌でも読むことにした。
外では依然として雨が降り続け、どんどん雨音は強くなっていく。

ピシャッ!
ガラガラガラガラ……

とうとう雷まで鳴り出したようだ。
ベッドから立ち上がり、窓の外を見てみる。雨は「車軸のような雨」から「滝のような雨」にパワーアップしていた。
僕は溜息混じりにカーテンを閉め、またベッドへと戻る。
思い起こせば、今日は色んなことがあった。
朝は早起きして、小野寺さんと洗濯をして、昼にデートしたと思ったら雨に降られて、慌てて帰ってきてビンタされて……。
一日を振り返りながらパラパラと雑誌ををめくっていると、どこかで物音がした。
読んでいた雑誌ををベッドに置き、周りを見回す。

……コン、コン……

微かな音がドアの方から聞こえる。
どうやら誰かがノックしているらしい……と言っても、この家に住んでる人間は僕以外に一人しかいないのだが。

……コン、コン……

「……小野寺さん?」
「……入ってもいい?」
「え? あ、うん、いいけど」

ガチャッ……

彼女がドアを静かに開く音。
そして、下着の上にワイシャツだけを着た格好で不安そうに枕を抱きながら、小野寺さんが入ってきた。

ぐびっ。

おもわず生唾を飲み込んでしまい、続けてその音が小野寺さんに聞こえないかどうかとドキドキしてしまう。
まあ、実際はそんなに大きな音でもないので聞こえるはずはないのだが。

『……マジですか?』

そんな考えが頭の中でぐるぐると回転する。
心臓は早鐘のように鳴り響き、全身が熱くなってくるのがわかる。
喉はカラカラに乾き、何度も生唾を飲み込む。

『……夢?』

そんなことを考えてもみるが、寝付いた記憶がない。
と、いうか夢だとしても覚めて欲しくない。

何といっても、あの小野寺さんが裸一歩手前の格好で、僕の部屋にやってきているのだ。

今まで一つ屋根の下で暮らしてきたが、こんな状況はなかった。
確かに、間違って着替えを覗きそうになったことはあった。
でもその時は、当然マジマジと見ることなどできなかったし、場所にしても脱衣場である。いわば「服を着ていない小野寺さんがいる場所に、偶然僕が入りこんだ」のであって、当然、小野寺さんにはそんな格好を僕に見せようなんて意思はなかった。

しかし、今回は「僕がいる場所に、服を着ていない小野寺さんが入りこんできた」のだ。

『……いいのか?』

なにが『いい』のかわからないが、そんな考えが頭に浮かぶ。

今まで、例えではなく夢にまで見たことがある半裸の小野寺さんが目の前にいるのだ。
頭の中で様々な考えが浮かぶが、その考えのすべてがまとまらず、体はぴくりとも動こうとはしない。
それでも必死に考えを一つにまとめ、口から声を絞り出す。

「ど……どうしたの?」

できるかぎり自然に、平静を装って声をかけたのだが、声はか細く、震えていた。
しかし、小野寺さんにはしっかりと聞こえたらしく、『びくっ』と震えた後に心細そうな声をあげる。

「……ええっと……」

それだけ言うと、うつむいて黙りこくってしまう。
僕もなんとなく見つめているのが恥ずかしくなり、目を反らす。
いや、正確には反らそうと努力した。
僕は視線をは何気なく窓の外にやり、降りしきる雨をじっと見る……いや、見ようとしたのだが、どうしても彼女の姿が気になってしまい、ちらちらと覗き見てしまう。
小野寺さんは、さっき僕が手渡したワイシャツを着ている。しかし、やはり下に履くものはなかったのか、大きめのワイシャツの裾からはすらりとしたきれいな足が伸び、不安そうに自分の枕をぎゅっと抱きしめ、うつむいた顔は真っ赤になっている。

『か……かわいすぎる』

小野寺さんを抱きしめに行こうとする肉体を、理性をフル動員して押しとどめる。

い、いかん。この状態がこのまま続くと、確実に襲い掛かってしまう。
早くこの状態を打開しなければ。

「……て……いい?」
「え?」

頭の中で様々なことを考えていたら、小野寺さんが話しかけてきた。

「だから……て、いい?」
「え? ごめん、よく聞こえないんだけど」
だから、『一緒に寝ていい?』って聞いてるの!!
「あ、ごめん。ああ、一緒に寝るのね。うん、いっしょに……ええぇっ!!??

思わず同意しそうになったが、よくよく考えてみると恐ろしい提案である。

いや、もちろん僕は嬉しいし、拒否する理由は何もないのだが……ってそういう問題ではない。

年頃の男女が同じ家に住んでいることすら大問題だというのに、あまつさえ同じ部屋で寝るなんて。
もしばれたら、停学どころではすまないだろう。下手をすれば退学……って、そういう問題でもない。

恋人同士でもない男女が同じ部屋で一晩を明かすなんて。
あ、いや、でも僕が小野寺さんのことが嫌いというのではなく、むしろこの状況は嬉しい限りなのだが……

「ダメ?」

僕の頭がこれ以上ないというぐらい混乱し、パニックに陥っていると、小野寺さんがまた声をかけてきた。
しかも、素肌の上にワイシャツ一枚(もちろん下着はつけているだろうが)の姿で、枕を抱きしめつつ上目遣いで不安げに声をかけてきたのだ。

「……うん、いいよ」

気がつくと、僕は迷いなく肯定していた。

ザァァァァァァァァ……

外では未だ、激しい雨が降っていた。
雨の勢いは全く衰えを見せず、このまま止まないんじゃないかとさえ思わせる。

結局あの後、さすがに同じベッドに寝る訳にはいかないので、僕は押し入れから予備の敷き布団を引っ張り出して、床に寝ることにした。
そしてすぐに電気を消して、寝ようと思ったのだが……
寝られない。
いや、どう考えても寝られる訳が無い。
自分の好きな女性が、自分のすぐ後ろにあるベッドで半裸といっても過言ではない格好で寝ているのだ。
この状況で眠れるやつは、きっと枯れきった爺さんか仙人ぐらいである。
なんとか寝ようという努力も諦め、時計を見てみる。

AM0:35

……朝六時に起きるとして、あと五時間半。
この状態が五時間も続くと、神経が擦り減って死ぬかもしれない。

「へぇっくしゅん!!!」

そんなことを考えていると、くしゃみが出た。
風邪でもひいたんだろうか。確かに、あれだけ濡れてしまえば風邪をひいてもおかしくはない。
しかも幾ら夏とは言え、雨のせいで結構涼しいし、着ているものはワイシャツ一枚とトランクス、使っている布団だって薄っぺらいタオルケットが一枚だ。

「へえっぷしゅん!!!!」

また、くしゃみが出た。本当に風邪かもしれない。

「……大丈夫?」

ベッドの方から小野寺さんの声が聞こえた。

「あ、起こしちゃった?」
「ううん、わたしも眠れないところだったから……
 それで、大丈夫? 風邪?」
「あ、うん。いや、たいしたことはないと思うよ」
「ごめん、私がベッド取っちゃったから……」
「あ、いや大丈夫だって!
 部活でいっつも鍛えてるんだから、これぐらい!」

小野寺さんの声があまりに弱々しく、心細げだったので思わず強がってみる。

「そう……」

それきり会話が止まり、気まずい沈黙が流れる。

「……来る?」
「へ?」

突然の問いかけの意味がつかみきれず、聞き返してしまう。

「……だから、ベッドに来る?」


……え?


今、小野寺さんが僕のベッドに寝ている。

そんな彼女が「ベッドに来る?」と聞いてくるということは、「今、小野寺さんが寝ている僕のベッドの中に来ないか」と言う意味で、「替わる?」じゃないということは、小野寺さんが僕のベッドから出て行くとか、僕と寝る場所を代わるという意味でもなく、「小野寺さんが寝ているベッドに一緒に入って来て寝ないか」という誘いだ。

……まずいだろ、それは。

今でさえ目がさえて眠れないというのに、同じベッドなんてことになったら、どうなるか見当も付かない。
ただでさえ危うい僕の理性は、今日あった様々な出来事で崩壊寸前なのに。

「い、いや、大丈……へっぷしゅん!!」

最後の理性を振りしぼり、断ろうとした瞬間くしゃみが出た。

「……ほら。わたしのせいで風邪ひかれたら悪いし」
「……うん」

僕は『寝るだけなら大丈夫』と根拠の無い理由をこじつけ、ベッドに潜り込んだ。

「……お邪魔します」

そんな間抜けなことを言いながらベッドに潜り込む。
布団に入るために布団を少し上げると、僕に背中を向けているワイシャツの下から伸びる小野寺さんの脚が見えた。
……なけなしの理性をかき集め、何かから目を反らすように勢いよく布団に潜り込み、小野寺さんと反対の方を向く。

ドックン、ドックン、ドックン、ドックン。

心臓の音がやけにはっきりと聞こえる。
僕が視線を背けているため、お互いの顔や体を見ることはできないが、それでも同じ布団に入っているのだからお互いの体温は感じられる。
多少大きめとは言っても一人用のベッドなので、身じろぎしたりするとお互いの露出した肌がふれあう。
その度に二人とも慌てたようにベッドの端と端へと動き、またしばらく過ごす。
お互い声を上げることもできず、もちろん眠りにつくことなんか全くできずに、ただ息を潜め、じっとしている。
その間、何度も何度も小野寺さんを抱きしめようとし、思いとどまっていた。

今、ほんの少しの勇気を出せば小野寺さんを抱きしめることができる。
小野寺さんを抱きしめたい。そしてくちづけ、「好きだ」と言いたい。

でも……拒否されたらどうする?

また、僕にビンタを食らわせた後に部屋から出ていったりしたら。

今、この状況だけでも僕は十分満足している。
好きな女の子と同じ布団の中で寝ているのだ。これで十分じゃないか。
第一、小野寺さんは心細くなって僕を頼ってきてくれたのだ。そんな彼女に今告白するなんて、まるで弱みに付け込むようなことはしたくない。
そんなことばかりを考え、僕はじっとしていた。

ピシャアアアン!!!!
ガラガラガラガラガラ……

「きゃあっ!」

とうとう雷が近くに落ちたらしい。すごい音がして、電気が消える。
そして、その音に驚いた小野寺さんは……僕に抱きついていた。

ドックン。

背中に押し付けられた小野寺さんの胸からは、小野寺さんの鼓動が聞こえてくる。
彼女の体温を背中に感じながら、僕は動けずにいた。
今動いたら、今振り向いたら、小野寺さんを強く抱きしめてしまう。
くちづけてしまう。そして……

いけない。
小野寺さんは大事にするんだ。傷つける訳にはいかないんだ。
今、小野寺さんとの生活を失う訳にはいかないんだ。

そんなことを必死に考え、全身に力を込めてじっとしている。。
目を瞑り、必死に別なことを考える。

実際には一分足らずだっただろうが、僕にとっては永遠だとも思える時間が過ぎ去ったあと、小野寺さんが口を開いた。

「昼の映画……」
「え?」

思わず、間の抜けた声で聞き返す。

「ヒロインが連れ去られた時、主人公が叫んだじゃない。
 『身分がなんだっていうんだ! 僕は必ず君といっしょにいるんだ!』って」
「うん……」

昼に見た映画のワンシーンだ。
そして彼は、様々な友人たちの助けを借りて無事にヒロインを奪い返す。政略結婚のための結婚式をぶち壊し、その地方での有力者を敵に回すとわかっていても。
また、しばらくの間をあけ、小野寺さんが口を開く。
振り絞るような声を出して。

「……わたしが家に連れ戻されることになったら……どうする?」

その声を聞き、僕は、僕の胸にまわされていた小野寺さんの手をゆっくりとはがす。
手と手が触れた時、小野寺さんの手が「びくり」と震えた。
僕はゆっくりと彼女に向き直ると、そこには不安げな顔の小野寺さんがいた。


……僕はなんて愚かだったんだ。


拒否されることを恐れるあまり臆病になり、彼女の方に言わせてしまった。
小野寺さんをじっと見つめながら話し掛ける。

「その時、小野寺さんを連れに来た人はなんて言うの?」

僕が精一杯優しい声でそう言うと、小野寺さんは嬉しそうに口を開ける。

「『こいつめ、お嬢様と付き合おうなんて身分違いもいいところだっ!!』」

昼間見た映画の台詞をそのまま繰り返す。

「『身分がなんだっていうんだ! 僕は必ず君といっしょにいるんだ!』」

僕も昼の映画の台詞をそのまま繰り返す。
そして、手を伸ばして小野寺さんを抱きしめる。

「……バカ。ひとりでどうやって奪い返しに来るのよ。うちの警備員は凄腕よ?」

小野寺さんが涙ぐみながら問いかけてくる。

「大丈夫だよ。運動部は有事の結束が高いんだから」
「……もう」
「……ごめん、言わせちゃって」
「大丈夫よ。あなたの根性無しには慣れてるから」
「ひどいなあ、小野寺さん」
「……桜子よ」
「え?」
「桜子って呼んで。好きな人にはそう呼ばれたいの」
「……桜子」
「はい」

そう言って二人で見つめ合う。視線が絡み、ごく自然に唇が近づいていく。
そして、お互いの気持ちを確かめ合うかのように、長く、情熱的なキスをした。

チュン……チュン……

目覚めると、外は晴れていた。
ベッドでむくりと体を起こし、周りを見回してみる。
外はまさに「台風一過」という感じで晴れ空が広がり、部屋の中はいつもの通りだ。

「……夢?」

ベッドには僕一人しかいない。
ボーッとした頭で起き上がり、部屋を出る。
キッチンでは、小野寺さんが朝ご飯の支度をしていた。

「……小野寺……さん?」

不安になって声をかける。

昨日の出来事は夢だったのではないだろうか。
二人で同じ布団で寝たことも、告白したことも、それを受け止められたことも——全てが夢だったのではないだろうか。
すると彼女は、フライパンで何かを炒めながら言う。

「桜子よ」
「え?」

思わず反射的に聞き返すと、少し怒ったような声で続ける。

「桜子って呼んでっていったでしょ。もう忘れたの?」

それを聞いた僕は嬉しくなり、料理をしている桜子を後ろから抱きしめる。

「きゃっ、ちょ、ちょっと、危ないじゃない」

そう言うが桜子も無理に振り払ったりはしない。
多少邪魔そうにしながらも、照れたような顔をして料理を続ける。

「愛してるよ。ずっといっしょにいたい」
「うん……」

料理をしながら幸せそうにつぶやく。
そして、幸せを味わいながら桜子の肩越しにフライパンを覗き込む。

「朝ご飯はいったい……」

ピシッ

思わず固まってしまった。
勇気を出して、僕は言う。

「これ、一体……何?」

いけない。
自分の声が震えているのが、はっきりわかる。

「……えびピラフよ。多分」

桜子の声も震えていた。
彼女も自分の主張に無理があると分かっているのだろう。
普通、えびピラフは黒くはないし、煙も吹かない。
更に付け加えるなら、如何とも表現しがたい匂いはしない……っていうか、食べ物の匂いじゃない。

「……愛してくれるのよね」

思わず顔が引きつっていた僕に、桜子がにこやかな笑みを浮かべながら言う。

「あ……うん……」

この後の展開を頭の中で描きつつ返事をする。

「食べてくれるわよね」

断ることなどできる訳が無かった。

「はい」
「たっぷり作ったからどんどん食べてね♪」

黒いえびピラフ(と、名づけられたもの)を見ながら僕は密かに誓った。
『1日でも早く、桜子に料理を覚えてもらおう』と。
そう。ずっといっしょにいるために……。

Fin

後書き

どうも。すんごいお久しぶりな右近です。

じつは、このSSは夏コミの時にうちのHPのメンツで出したCD−ROM「部屋と裸Yシャツと私」に収録されてたものだったんですが、今回けーくんが「くれ」言うので転載することになりました。
いや、本当はSS書き下ろす予定だったんだけどね。なかなかできんのでとりあえず今回は転載で勘弁(ぉ
で、まあ、今回CD−ROM販売で「商品」ということで出すことになったので、たるみ切った根性を入れ直し、自分の中でも萌えランキングがトップクラスの小野寺桜子@ずっといっしょで書いてみました。

リーフのゲームやるまではしばらくの間ぶっちぎりの1位なキャラだったんですね>桜子
現在も第3位ぐらいなんで、久しぶりにゲームをやり、煩悩を蓄え、オーバードライブ気味に書いてみました(謎)
で、個人的には結構納得のいくできだったんですが、どんなもんでしょ?

これ読んで萌えてくれる人がいたら幸いです。
あと、在庫もまだちょこっとあります。
CDには挿絵とかも入ってます。
希望が多かったら再販するかもー。
っと、以上宣伝終わり(笑)
では、良くわからなくなって来ましたがこの辺で。


作品情報

作者名 右近
タイトル裸Yシャツシリーズ
サブタイトル裸Yシャツ 〜小野寺桜子の場合〜
タグずっといっしょ, 小野寺桜子, 他
感想投稿数35
感想投稿最終日時2019年04月09日 07時39分24秒

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