……カランカラ—ン

「いらっしゃいませ」

店内に話し声が騒々しく行き交っている。
クリスマスイブに合わせて、まばゆく輝くクリスマスツリーや、雪をイメージした綿のなどが店内を飾っている。
ありふれてはいるが、華やかで美しいクリスマスの夜を演出していた。
楽しそうに話す人々で席は埋め尽くされる中、明らかに不機嫌そうな顔を浮かべカウンター越しに頬杖をつきながらその様子を眺めている少年が居る。
……と、言ってもそれは僕なのだが……

……カランカラ—ン

「いらっしゃいませ」

店の扉が開き二人組が入ってくる。
……またカップルか……心の中で溜息を漏らす。
今日ほど自分の不運を呪ったことはないだろう……本当なら今ごろ……

「ほらっ!しゃきっとしないと駄目じゃない」

心を見透かしたように、聞き慣れた声が僕を叱りつける。
その声は優しく僕を励ましているようにも聞こえる。

「すいません」
「そうじゃなくてもお客さんが多いんだから」

その女性は苦笑を浮かべていた。
確かにぼやぼやしていると、あっという間に流されてしまう客足だ……
僕はひとまずそのことは忘れ、店の仕事に集中した。
そして慌しい中、クリスマスの夜はふけていく。

……カランカラ—ン

「ありがとうございました」

やっとのことで最後のカップルが出て、店内には僕とさっきの女性の二人きりになった。時計は十一時を回っている。

「今日はもう終りにしようか?」
「……そうですね」

そう言って僕のカウンター越しの席に座った。
その女性は……店長の妹の景子さん、僕よりも三つか四つ年上のバイト先のお姉さん……と言った感じだ。

「さっきからうかない顔してるみたいだけど。どうしたの?」
「……」

クリスマスイブ……本当なら今ごろ小野寺さんと過ごしているはずだった。
彼女……怒っているだろうな……まさか前日になって突然バイトが入るなんて夢にも思わなかった。

「もしかして、好きな娘のこと考えてない?」
「う……」

からかい混じりの笑みを浮かべる景子さん……『鋭い』の一言に尽きる。

「バイトで、彼女との約束を潰しちゃったとか?」
「……彼女じゃないですよ」
「あっ……ついに白状したな、こいつ」
「……」

……白状するも何も、隠すつもりなんて初めから無かった。
相手が相手だと言うこともあったけど、何より、もうどうでもよかった。
景子さんにからかわれようが、回し蹴りをくらおうが、
関係無いほど落ち込んでいた。

「でも、彼女じゃないってどういうことなの?」
「そのままの意味ですよ……付き合ってるわけじゃないんです」

僕の答えにそれまでにやにやしていた景子さんは少しその表情を濁した。

「? ……付き合ってもないのにクリスマスに約束なんかしないでしょ?
お姉さんに白状しなさいよ」
「だから、本当に……」

確かに……景子さんの言う通りだ……
……そもそもなんで小野寺さんは僕なんかを誘ったんだろう?
二人の関係はただの同居人……僕なんてお手伝いさん程度にしか思われてないと思っていたのに……

「本当に違うんですよ。別に彼女とはなんともありません」

……ばかばかしい……今更何を期待しているんだろう?
彼女は丸井高校の女王様……僕なんかを相手にする筈が無い。
今回も、なにかの気まぐれにすぎないのだろう。

「意地を張らないの……好きなんでしょう?」
「……」

再び景子さんの顔に微笑みが戻った……その顔は何もかもお見通しか……
何かの気まぐれでも……嬉しかったのは確かだ……期待もした。
その期待は虚しく打ちひしがれてしまったが。

「なんだったら、これから私とどこかいかない?」
「……って言いますと?」
「いっしょにクリスマスよ。
彼女の代りにはならなくても、少しは元気が出るでしょぅ?」

景子さんは元気な声でそう言った。

「それも……いいですね」

いつまでいじけていてもしょうがない
……そんな当たり前のことも忘れてしまう自分はまだまだ子供で、
それを僕に教えてくれる景子さんは、ずっと大人に思えた。
今は大人の優しさというものに甘えることにした。
景子さんはとても美人だ……形はどうあれ、それはそれで嬉しい。

「じゃあ、看板を下ろしてきて」
「はい」

……カランコローン
今度は自分の手で店の扉を開ける。

「っ!!!???」
「あ……」

目を……疑った。
頭は混乱しながらも、口は確実にその名前を紡ぐ……

「……小野寺さん?」
「あの……」

綺麗な顔、体付き、流れるように美しい髪の毛……
僕の大好きな彼女が居た。
一体何故? ……第一にそれが浮かんだ……
その答えは、僕が問う前に彼女の口から……

「その……パーティの帰りに……ちょっと寄ってみたの……」

彼女はふるえていた。
外の空気は冷たかった。
寒さにふるえる彼女は、ひどく頼りなく、か弱く見えた。

「あのね……」
「とにかく中に入って!」
「……きゃっ……」

……カランコローン
強引に彼女を引き連れて、再び店内に戻る。
彼女が手を引く力は、殆ど感じられないほど弱々しいものだった。

「景子さん。コーヒーの熱いやつを一つ」
「? ……あ、わかったわ。ちょっと待ってね」

景子さんは僕たちを見て少し驚いたようだったが、すぐに状況を飲みこんでくれ、厨房の方に入って行った。
僕は小野寺さんを席につかせ、向いのカウンターについた。

「外……寒かった?」
「……うん」
「パーティ……楽しかった?」
「……うん」

聞きたいこと……言いたいことは山ほどあるのに……何一つ言い出せない。
どうでもいいようなことを話していた。
言うべきことは分かっている……
しかし思い止まってしまう……恐かった。
何故か恐くて言い出せなかった。

「はいっ。コーヒーよ」

どうでもいい会話は景子さんによって遮られた。

「あっ……どうも」
「……ありがとうございます」

小野寺さんはゆっくりとコーヒーをすすっていく。
なにかを言わないと……心とは裏腹に何も言い出せない。
減っていくコーヒーの量がタイムリミットを告げるようだ。
このまま何も言えないのか?……そう思って立ち尽くしていた時、景子さんが僕を呼んだ。
少し彼女から離れた所だ……彼女には聞こえないように景子さんは静かに、真面目に聞いてきた。

「あの娘……君の彼女? ……君に会いに来たの?」

景子さんは横目で小野寺さんを見ながら聞いてきた。
景子さんの表情は僕をからかうためのそれではなかった。
ふるえながらコーヒーを飲む小野寺さんの姿は、ふざけている場合ではないことを物語っていた。

「違います……ちょっと帰り道に寄っただけです」
「それ……彼女がそう言ったの?」

? ……景子さんの言っていることがよく分からなかった……

「だってあの娘……ずっと前から居たわよ」
「……えっ?」

その瞬間僕に稲妻が走った。

「ずっと前って……どれくらい前なんですか?」
「う——ん……6時ぐらいからかな? 変わった人がいるなって……」
「……そんな」

その時全てが繋がった……
彼女が嘘をついていたこと。
ずっとあそこに居たこと。
だからふるえていたということ……
一体何故?
答えは……もう出ている。
彼女は僕を待っていた。
もしかすると会いに来たのかもしれない……でも中に入ることが出来ずにずっと外で……
一体何故?
答えは……僕が出すべきではない……彼女自身から聞きたい。

「小野寺さん!」
「……な……に?」

そこには丸井高校の女王はいない。
自信に満ち溢れた姿はそこにはない。
寒さに……何かにふるえている一人の女の子が居た。
今、その事を聞けば壊れてしまいそうだった。
そして、壊してしまいたいと強く望んだ。
そうすれば全てに……自分の気持ち……彼女の気持ち……に決着がつけられると思った。

「いつからあそこに居たの?」
「……ついさっきよ」

予想した答えが返ってきた。
彼女ならきっとそう答えると思っていた。
でもだからと言って……だからこそ、ここで引き下がることなど出来ない。

「嘘だよ……ずっと前からいたよね?」
「……」

彼女は目を丸くする……
黙りあったままの時間が過ぎて行く。
鼓動が高まる……期待からか、不安からか……

「……帰る」
「……えっ?」
「帰るって言ったのよ!」
「ちょっと!」

僕の手を潜り抜け、彼女は僕をカウンターに残して店の扉へと歩いてゆく。

……カランコローン

無機質な音が響き渡り、そして店内は静まり返る。
まるで小野寺桜子という女性は始めからいなかったかのように。

僕は……
僕は……
僕は……
……

……僕は……

「いってらっしゃい」

優しい声が心に響き渡る……
……すべきことは分かりきっていた……

「行って来ます」

カランコローン……

カウンターを飛び越え、力強く外に出て行く。
景子さんは……微笑んでいた……可愛い我が子を見送る母親のように。

ショウウィンドウは街のイルミネ—ションを写し出し、
普段とは比べ物にならないほど、美しい。
……そして程なく雪も降ってきた……くしくもホワイトクリスマス……

彼女は独り、立ち尽くしていた。
逃げ出した後たどり着いたのは、いつか彼と一緒に見たあのドレスだった。
ドレスは、相変わらず綺麗だった……この前見たときと全く変わっていない。
美しさを回りに放ちながらも、どこか寂しげだった。
それが寂しそうに見えるわけを彼女は知っている。
自分が今、どうしようもなく寂しいのと同じ理由だから。
ドレスはウィンドウガラスの中にいるよりも、近くで誰かに触れられたがっている……
そんなことを彼に話したことがある。
あの時はなんの気なしにはなしていた。
今は分かる……寂しかったのは……
……自分だったんだと……


ばかみたい……知らず知らずのうちに助けを求めていたなんて……
彼なら自分を変えてくれると思った……変わることができると……
ショウウィンドウから抜け出せると……女王様から普通の女の子になれると……
それなのに……逃げ出してしまった。

自分が弱かったから。
結局自分の殻から抜け出すことが出来なかった。
女王様と呼ばれるもう一人の自分が、自分を引きとめた。
……他ならぬ自分自身が。

……ばかみたい……
……どうしてまた意地を張ってしまうの?
……ばかみたい……
……どうして素直になれないの?
……ばかみたい……
……どうしてこんなに自分が嫌なんだろう?

そう思った時、ショウウィンドウに写し出された少女は泣いていた。
彼女はそれを見て涙を流す。
ガラスに写る少女は彼女を憐れむように涙を……
今までずっと隠していた孤独が、1度に溢れ出す。

もう……止めることは出来ない。
孤独、嫌悪、恐怖、不安、全てが彼女に向けられる。

押しつぶされそうだった……
この温もりが無ければ……

彼女は後から抱きしめられていた。
強く……ただ強く。

……トクンッ……トクンッ……
……ドクンッ……ドクンッ……

ぎこちなかった二人の鼓動は今、完全に重なっている。
彼女は恥ずかしいとは思わなかった。
差し伸べられたその手に体を任せ、
自分を包み込む温もりを一心に感じている。

「……暖かい……」
「……」

涙は止まらない……止まらないけれど、暖かかった。
いつまでもこうしていたいと思った。

「小野……寺……さん」
「……」

彼女は目をつむっていた……彼が何を言うかをもう知っているかのように。

「……好き……
………………
……です」
「……」

時はゆっくりと優しく二人の間を流れて行く。

「わ……」


……私も……

to be continued ...

後書き

どうですか?
僕的には言いたいこと、書きたいことは全部書いたつもりです。
素直になれない彼女と、それに手を差し伸べる彼…って感じです。どうです?
…主人公がカッコ良くなりすぎないように意識してるんですけど、うまくいってれば幸いです。


作品情報

作者名 ワープ
タイトルずっといっしょにいるために
サブタイトル6:ガラスの中の孤独
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/ずっといっしょにいるために, 小野寺桜子, 大森正晴, 三条真
感想投稿数21
感想投稿最終日時2019年04月09日 20時54分39秒

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  • [★★★★★★] うぉぉぉぉぉっ!桜子、好きじゃぁぁぁぁぁっ!!!