北の空に、薄暗い雲があるな。
そう思っていたのは五分前の事だった。
夏の蒸し暑い空気の中になんとなく予感みたいな臭いが混ざっているのに、もっと早く気づいておけば良かったのかもしれない。
「あ!」
詩織が突然小さく声を上げた。
俺もその理由がわかった。
鼻の頭にポツリと来たからだ。
「あ、来たっ!」
そう言った時には、すでに顔だけでなく、露出した部分に大粒の雨がパラパラと当たるのを感じた。
「きゃっ」
「やばい、走ろうっ」
そうしているうちにも、驚くほど雨の勢いが強くなる。
叩くような音も激しくなってきた。
「いやぁ」
詩織は鞄を頭にかざしながら、走っている。
俺は特に荷物も何もないから、走る事だけに専念出来た。
ただ、闇雲に走ってもしょうがないと思っていた時に、ちょうど良い場所が目に入った。
「あそこの喫茶店だっ!」
詩織の返事を確認してはいられなかった。
が、詩織が横を走っているのだけは確認しながらも、俺は喫茶店へと駆け込んだ。
まずは軒下だ。
体育祭でゴールのテープを切るほどの勢いはなかったが、気分は一緒だった。
なにしろ、隣に居るのは体育祭の時に居た人と一緒だ。
二人三脚で一緒にテープを切った時の事は忘れない。
「すっかり濡れちゃったね」
息を切らせながらも、笑いを浮かべている。
濡れた前髪から垂れた滴、濡れて少し透けたブラウス。
雨の落ちた夏の道路特有のホコリ臭ささえも一瞬忘れるほど、ドキっとさせられた。
「ほ、ほんと、凄い雨だね」
そう言いながら、ハンカチを探そうとあちこちポケットに手を移動させていると、目の前にスッと白いハンカチが差し出された。
「‥‥え」
「使って」
驚いて振り向くと、待っていたのは笑顔だった。
「い、いいよ」
「いいの。わたしもうひとつ持ってるから」
受け取るまで引かない笑顔だ。
「そ、それじゃ‥‥後で洗って返すよ‥‥」
詩織の手からハンカチを受け取った。
微かに触れた指先を、詩織は気にしているだろうか‥‥‥
「いいわ。わたしが洗うから‥‥」
激しい雨音のせいで、その声は良く聞き取れなかったが、表情が代わりに補ってくれたような気がする。
「じゃ、使わせてもらうよ」
顔を拭おうとした時、ハンカチからふわっと良い香りがした。
詩織の匂いなのだろうか。
すごく柔らかく‥‥暖かい。
拭くのがもったいないような気がする。
「そうだ。
せっかくだからここ入ろうよ。雨宿りさせてもらったし」
「あ‥‥わたしもそう思ってたの」
「コーヒーでも飲んで行こう。おごるよ」
「ううん‥‥‥いい」
小さく首を横に振ったが、俺はどうしてもおごりたい気分だった。
この鼓動が高鳴っているうちは、なんでも言えるような気がする。
一番言いたい事以外は‥‥‥
「ハンカチ借りたから、そのお返しだよ」
出てきた言葉は、あたり前すぎる言葉だった。
突然の雨。
幸運はいつもこうやってくる物なのだろうか。
作品情報
作者名 | じんざ |
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タイトル | あの時の詩 |
サブタイトル | 42:夕立 |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織 |
感想投稿数 | 279 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 09時48分31秒 |
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- [★★★★★★] なるほど!二人三脚の続編は、こうなっていたんですね! さらに続きが読みたくなって来ました。 作者様、如何でしょうか?