木洩れ陽がまぶしい。

三月一日

桜の花はまだ眠りの中────
春の匂いは、ゆるやかに風に乗って‥‥‥


「ごめんなさい‥‥こんな所に呼びだしたりして‥‥」

青空を隠すように広がった樹の葉が、小さな風にざわめいている。

その下には俺が居た。
目の前には詩織が居る。

胸には、赤い花。
俺の胸にも赤い花。

第四十五回。きらめき高校卒業生の証。
この学校との‥‥‥別れの証。


「詩織‥‥‥」

走ってきた俺を待っていたのは、詩織だった。

「今日、あなたにどうしても言いたい事があって‥‥‥」
「言いたい事って‥‥?」

こんな詩織は初めて見る。
ずっと俺を見つめる瞳。
真剣な眼差し‥‥

長いような短い時間が流れていく。

「わたしね‥‥‥今までこの学校に入ってから‥‥
 ううん、もっと前から…の事‥‥ただの幼なじみだって思ってたの」
「‥‥‥」

かすかな予感を感じていた胸に、チクリとその言葉が刺さった。

「でも‥‥でもね。そう思っていないと、わたし駄目だった」
「駄目って‥‥‥?」
「いつもあなたと話す時、あなたと一緒に居る時に、いつわたしの本当の気持ちがあなたにわかってしまうんじゃないかって‥‥‥
 もし、知られたらわたしから離れていっちゃうんじゃないかって‥‥
 そんな風に思うととっても恐かったの‥‥‥」
「離れるって?
 俺が詩織から‥‥?」

俺の言葉に、小さく頷いた。

「そんな事‥‥‥ある訳ないじゃないか」

そんな不安があったのは俺の方だ。
誰にも優しい微笑みを向ける詩織。
その微笑みを誰よりも多く向けて欲しいと願った日は、一日や二日じゃない。

「ほんとうに?」
「ああ」
「‥‥‥うれしい」

そう言って、詩織は鼓動を抑えるようにそっと胸に手をやった。
鼓動を確かめているのだろうか。
俺からそっと反らした視線の先に見えている物は‥‥‥
そして、また視線を元に戻した。俺の目に。

「でも、わたし‥‥そう言われるとは思ってなかった‥‥‥
 だから、ずっとずっとあなたに気づかれないようにして‥‥とってもつらかった」

俺は何も言えなかった。
詩織の苦笑に近い微笑みに。

「でも‥‥卒業して、この気持ちを気づかれないまま離ればなれになったらどうしよう‥‥って。
 そんなの嫌って‥‥‥そう思ったから‥‥
 だから、今日、あなたにどうしてもわたしの本当の気持ちを言いたくて、それで‥‥‥」
「え‥‥」

詩織の本当の気持ち。
俺が一番知りたかった本当の気持ち。
一番聞きたくて、一番聞きたくなかった詩織の心。

それが、今聞ける。
どんな事になろうとも、聞かなくてはいけない‥‥‥


短い沈黙の間、俺は思い出していた。
小さい頃からの詩織と一緒に過ごした時間を。

ケンカもした。笑いあったりもした。
そんな時間を、一人だけの思い出に変えたくはなかった。
あの時から、これから先もずっと延長で居たい。
詩織の言葉が出るまで、俺は、そうなんども叫びそうになった。

「好き‥‥‥ …の事が好き。
 誰よりも好き‥‥世界中の誰よりも」

俺が一番聞きたかった言葉。
その言葉の力強さに、まばたき一つしないで見つめてくれる目に、確かに感じた。

勇気を。

俺はなにも考えられなかった。
さっきまであった、不安と期待さえもなにも考えられない。
ただ‥‥だからこそ、口からは胸の内が素直にこぼれ出た。

「俺も‥‥‥ずっと前から詩織の事が好きだった」

信じられないという風な表情の詩織の瞳。

「ずっとずっと‥‥いつからだったか忘れるくらい、ずっと前から好きだった」

言えなかった言葉が堰を切ったように出てくる。

「詩織の事‥‥‥大好きだ!」
「‥‥‥」

俺はその時、詩織の目に涙が浮かんでいくのがスローモーションのように見えた。
瞳の表情は変わらず、ただあふれる涙。
やがて、頬に伝わっていく。

「あれ‥‥‥‥‥」

詩織がポツっと呟いた。
自分の頬を伝わる物が一体なんなのか、わからないという風に。

「なんでかな‥‥嬉しい筈なのに‥‥‥どうしてわたし泣いてるの?」

俺に聞いたのか、それとも自分自身に聞いたのか‥‥‥‥
信じられないという表情が変わっていく。
唇の端が小さくつりあがる。微笑みの表情に。

涙は、それを飾る宝石に見えた。

「ほんとうに‥‥ほんとうに信じていいの?」
「ああ‥‥‥好きだよ。詩織」

この一言。
俺はずっと口から出す事が出来なかった。
そんな俺は、今どこへ行ったんだろう‥‥‥

「ありがとう‥‥うれしい‥‥」

伝わった涙の筋に、また新しく涙が流れた。
俺は、頬を撫でるようにして、右手の親指でその涙をぬぐった。
次に左手。
指先に感じたのは、暖かさ。

「わたしの事‥‥ずっとずっと‥‥離さないで。
 わたし、いつまでもあなたが好きだから‥‥‥」

言葉で答える事は出来なかった。
言葉で、何を言っても物足りない気がする。
俺はうなずいた。
ありったけの言葉の代わりに。


風が吹いた。
春を呼ぶ風が。

葉がざわめく。
木漏れ日がキラキラと輝く。


昨日までとは違う俺の目の前に、昨日までとは違う詩織が居る。
昨日までとは違う「俺達」が居た。

何が違うのか。
正直、頭ではよくわかっていない。
でも、この心は知っている。


目の前の笑顔は、俺にだけ向けられている事を。

笑顔だけじゃない。心も。

Fin

作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル43:告白
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数285
感想投稿最終日時2019年04月09日 04時44分16秒

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  • [★★★★★★] serihuga
  • [★★★★★☆] 自然でいいとおもいました
  • [★★★★☆☆] 最高!!
  • [★★★★★★] ときメモ詩織エンディングの別バージョンですね(^^♪ こんな感じも、とってもいいと思います。(^^)
  • [★★★★★★] なんか感動です!!!私ももうすぐ卒業するので好きな人に告白しよっかなぁなんて思っちゃいましたぁ☆
  • [★☆☆☆☆☆] しょーもない詩だね。
  • [★★★★★☆] 女の子(沙織ちゃん)の心の気持ちも知りたい