公園は、いつも見るほど明るくは無かった。

遊ぶ子供もいない。
降り注ぐ陽の光もない。
ただ、植えられている木々達が夏を前にして降った雨を、嬉しそうにその身に受けているような気がした。
地面に大きく広がった水たまりには、小さな波紋が絶え間なく出来ては消えている。


「雨の公園って‥‥ちょっと悲しい感じがするね」

詩織が、小さく呟いた。

「確かに」

濡れたブランコには誰も座らない。
滑り台が今滑らすのは、小さな水の流れだけ。
泣いているようにも感じる。

「子供の頃‥‥
 公園で遊ぶのを楽しみにしてて、雨が降った時、わたし‥‥‥窓からずっと外を見てたの。
 やまないかな‥‥って。おかしいでしょ?」

俺の方を見ながら、頬を少し染めて小さく微笑んだ。
おかしくはない。俺もそんな思いを何度もした。
首を小さく横に振ってみせた。

「おかしくないよ。それより‥‥雨は嫌い?」

俺は、雨は今は嫌いではない。嫌いな時もあるけれど、今はこうやって思わぬ事をもたらしてくれた。

「ううん‥‥‥嫌いじゃない」
「どうして?」

聞いてみたかった。なぜなら、もしかしたら俺と同じ事を考えているかもしれない。
そんな思いがあったからだ。

「雨の日には良い事があるから‥‥‥」

俺はなぜか詩織の表情を見る事が出来なかった。
同じ事を考えていてくれなくても、その言葉だけで十分だ。
良いことがあれば、詩織は笑う。微笑んでくれる。
それでいいじゃないか。
そう思った。

「…はどうなの?」
「えっ、俺? 俺は雨‥‥‥好きだよ」

途中から、雨は別の物に変わっていた。それは口には出来ない心の中だけの事。
いつか‥‥‥言えるだろうか。
しっかりと。
ハッキリと。
詩織の目を見つめながら‥‥

詩織は理由は聞いてこなかった。
別にそれでも良かった。
聞いてきても、答えはきっと詩織と一緒だ。
雨の日の会話は、言葉が無くても雨音がなんとなく補ってくれる。


どれくらいそうしていただろう。
ふいに、傘に雨が当たる音が小さくなっていった。
同時に暖かい、少し湿った風がふんわりと優しく通り過ぎる。
水たまりを見ていた詩織が、「あっ!」と小さな声をあげて空を見上げた。
俺は傘を下ろして、詩織と同じ空を見上げた。

「青空」

詩織の嬉しそうな声。

「ほんとだ」

さっきまで灰色一色だった空は、雲が駆け足で動いて行くのが見えた。
間から見えるのは、気持ちのいいくらい澄んだ青い空が覗く。
雲は、追い払われるようにして、どんどん東の空へと帰っていった。
やがて、太陽を隠していた雲が足早に退くと、雨よりも強く、まぶしい光が降り注いできた。
その光に目を細めて、気持ちよさそうに上を向いている詩織を見て、俺は今日最高の感謝を水たまりに向けた。
さっきまで空から降っていた水は青い空を移して、地面にも空を作る。

「あ、ねえ、見て見て。虹よ」

指さした方に顔を向けると、信じられないくらい大きな虹がかかっているのが見えた。
形がはっきりしていて、見事に七色にわかれて見える。

「こんな綺麗な虹見たの‥‥‥久しぶり」
「俺も子供の頃に見たっきりだよ」

そう言って、ハっと思い出した。
確か、小さい時に虹を見上げていた隣にも、赤い長靴を履いた詩織が居たっけ。

「覚えてる?
 雨の日でも、…が誘いにきてくれて、一緒に外歩いたよね。
 あの時は相合傘じゃなかったけど」

押えた笑いが、せっかく収まっていた鼓動を起こした。

「俺も今それ思い出したんだよ。その時こんな虹見たんだっけ」
「うん。覚えてる」

俺達は、しばらく虹を見ていた。
やがて、雲がほとんど去って、虹が薄くなって消えていく。

「もう夏‥‥ね」

虹が消えれば、待っているのは夏。
高校最後の夏。
また吹いてきた気持ちのいい風が、そう教えてくれた気がする。

「さ、帰ろう」

今まで閉じるのを忘れていた傘を閉じながら、空を見上げた。


束の間の恋人気分。
いつか本当に‥‥‥‥

Fin

作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル47:雨
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数279
感想投稿最終日時2019年04月10日 06時17分21秒

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  • [★★★★★☆] これは・・・相合傘イベント補完編ですね!あの後、こんな会話をしていたのかな?と、想像してしまいました。(^^)