同じ所に住んでいれば、知らなくてもいい事を知る事がある。
まして、それがつい一ヶ月前までは、この世にそんな子が居るなんてさえ思わなかった子ならば、なおさらの事だ。
元々、まったく知らない他人同士だ。
合う合わないや、話せる話せないなどの、きっかけなど一切無い出会いをして、奇妙な縁とはいえ、一緒に住まなければならない事になっただけに、お互いの性格や考え方など、それぞれにとっては未知の世界だろう。
それでも、なんとかやってこれたのは、ある意味で奇跡に近い。
しかし、やはりと言っていいのか、生活に微妙なズレが出てきていた。
例えば、家の中に居る時の格好だったり、家に居る時の過ごし方だったり、果ては、立ち居振る舞いにまで、違和感を感じる事になっていた。
それは俺が相手にそう思うと同時に、相手もこちらに対して思う事でもあったのだろう。
正直な所、息苦しささえ感じていた。
可愛いとさえ思える女の子と、なりゆきとは言え同居する羽目になったが、だからと言って、「はいそうですか」とか「やったぜ」なんて、悠長に喜んでいられる場合じゃなかっただけに、最初はあわただしさにかまけていて感じなかった息苦しさを、次第に感じるようになっていた。
もちろん、慣れていく感覚も同時にあったが、今の俺は、慣れと息苦しさの両天秤が揺らいでいる状態だ。
かと言って、どうにも我慢出来ないほどでも無かったのは、慣れるにしたがって、可愛い女の子がいつも身近に居るという潤いを感じる様になっていたせいかもしれない。
潤い以上の感情を、持っていないと言えば嘘になるが、今はそれよりも生活に生じた、微かなズレによって起こった、お互いの擦れ違いの方が気になっていた。
ただ、そのすれ違いの方が、息苦しくなっているのはなぜだろう・・・
「おはよう」
学生服に着替えた俺は、先にテーブルで朝食を取っている石塚美樹に声をかけた。
今はまだ石塚さんと呼ぶような間柄だし、石塚さんも俺の事は上の名前でしか呼んでこない。
それはともかく、石塚さんにかけた声が、自分でもわかるくらい気の無い物だった。
この状態は、いわゆる「ケンカ」と言ってもいい。
「・・・おはようございます」
案の定、石塚さんの声にも、俺と同じくらい気持ちが入っていない。そればかりか、目さえも合わせようとしてこなかった。
いつも、ほんわりと柔らかく笑う筈の表情は、まるで石のように無表情だ。
挨拶が返ってこないよりはマシだったが、それは単に、言ったら返すという礼儀を守っているだけなのだろう。
テーブルの上を見ると、俺の分の朝食が用意されていたのが、唯一の僥倖かもしれない。
ただ、普通ならありがとうと言う所を、俺は意地になって、何も言わずに席に着いた。
「・・・・・」
「・・・・・・」
お互い何も言わない、静かな朝食が始まった。
箸がたまに食器に当たる音くらいしか聞こえない。むしろ、自分の呼吸の音の方が大きく聞こえるほどだ。
息が詰まりそうだった。
でも、言葉は出てこない。バカとさえ思える意地が、邪魔をしているせいだ。
「ごめん」と一言言えば、胸がスッキリするのはわかりきっている。わかっているのだが、素直に言えるようなら、ケンカになんかなりはしない。
ただ、そこで出てくるのが、どうして謝らないといけないのか・・・という事だ。
俺が悪い訳でもないし、石塚さんが悪い訳でもない。お互いの今まで生きてきた中での生活様式みたいな物が、たまたまぶつかりあってこうなっているだけだ。それを俺は意地になっているだけだし、おそらく石塚さんも、確証は無いが同じ感じだと思う。
黙々と食べる時間が続いた。いつもなら、会話しながら食べているせいか、朝食の時間は短いとさえ思った事はあっても、長いと感じた事はなかっただけに、今のこの時間は、どうにも間が持たない。
石塚さんの料理は、味付け一つから何まで、文句の付けようが無く、俺が心底からうまいと言うと、いつも喜んでくれるのだが、今の雰囲気で言う事は出来なかった。
言っても、喜んでくれるとは思えないからだ。喜んでくれなければ、言った甲斐もない。言ってみないと解らない事ではあるが、今の俺には言う勇気は無い。
「ごちそうさま」
いつもの暖かな声は、機械が喋ったみたいに、表情と同様に感情が無かった。
自分の分の食器を手早く洗って片付けてから、すぐに、置いてあった鞄を持って、玄関の方へと向かう。
いつまでこれの繰り返しか・・・と思っていた所に、こんな声がかかった。
「じゃ、行ってきます・・・」と。
「え?」
慌てて玄関の方を向くと、すでに石塚さんの姿はそこにはなかった。
今、確かに行ってきます・・って言った。間違い無い。
ケンカとはいえないような、意地の張り合いを始めてから、ずっとそんな事は無かった物だった。
当たり前だが、俺に対して言ったのだろう。
ふとした事だったが、俺の下らない意地に、大きなヒビが入った。
学校では、石塚さんとは会話らしい会話もなく、そのまま放課後を迎えた。
友人連中と街へ繰り出して適当に遊んだ後、俺は急いで家に戻った。
帰り際、家の近くで辺りを見回してしまうのは、自分でもイヤなクセが付いたと思わざ るを得ない。
なにしろ、バレたら事が事だ。学校では表面には思いきり出はしないだろうが、水面下で大騒ぎになるだろう。俺はそれでも構わないが、石塚さんの方に迷惑をかける事になるのは明らかだ。
同居であり同棲ではないと説明した所で、同じだと言われるのがオチに違いない。
俺はともかく、石塚さんに付きまとうのが、良い噂ではないのも確かだろう。
男としては、石塚さんをそんな目に合わせる訳にも行かないし、なにより、俺自身として、石塚さんを守るつもりでいた。
どういう理由かは、自分でも薄々解りかけている。
男が女の子に抱く、特別な感情というのがそれだ。
玄関の前に立ち止まって、ひとつ息を吐いた。学校に居る間に、今朝の挨拶を思い出しては、意地を溶かした名残が、息に混ざっているかもしれない。
言いたい事があったら言おう。駄目な所がなぜ駄目か、面と向かって言おう。そんな決意をする為に息を吐いた。
まず、ドアの取っ手に手をかけた。親指でロック解除のバーを押して、取っ手を引くとガチっと当たる音がした。
高鳴っていた鼓動が、いきなりコケるようにして、一瞬だけ高鳴ったきりで、あとは拍子抜けのせいで、どんどんと収まっていく。開いていると思っていたから、余計そうだった。
なんの事は無い。鍵がかかっているだけだった。
「まだ・・・帰ってないのか」
仕方なく、自分の鍵でドアを開けてみると、石塚さんの靴は無かった。
ガラーンとした、誰も迎えてはくれない家が、妙に寂しい。別に今まで俺が先に帰るなんてのはしょっちゅうあった事だが、今はなぜだか寂しい。どこかにポッカリと穴が開いた気分だ。大切な物をみんな掘り起こされて、持っていかれてしまったような・・・
「・・・・帰りづらい・・のかな」
時間的に見て、だいたい俺より先に帰っている筈なだけに、ふとそう思った。
朝から今まで、朝に石塚さんが言ってくれた「いってきます」に、すがっていたかもしれない。こんな事を誰かに言えば、女々しいと言われるだろう。
あれは、やっぱり気のせいだったか。
ただいまも言わずに、ドアを閉めて、食卓へ向かった。もしかしたら、先に帰っていて今はどこかに出ているだけかもしれない。だとしたら、何か書き置きがあるかもしれないなんて思っての事だ。
しかし、あったのは、俺が出ていった時と同じ状態の食卓だけだった。
「・・・・」
俺は、自分の部屋へ戻ってから、ベットの上に学生服のまんま寝転がった。
いつのまにか寝ていたのに気づいたのは、部屋にある電話が鳴った時だった。
ぼうっとした頭に、やたらと響いたせいか、寝起きの気分としては最悪だったが、なんとか頭を振ってから、受話器を取り上げた。
ふと見た窓の外は、すでに暗い。時計を見ると、すでに六時を回っていた。もうじき夏を迎える今、この暗さなら、最低でも七時を回っているだろう。
「・・・あい、もしもし」
もつれそうになった舌で、一生懸命声を出したつもりだったが、言葉がもつれた。
しかし、電話の向こうからは、何も聞こえてこなかった。
「もしもし?」
もう一度聞くと、電話は切れた。切れる時の音が静かなのは、指でフックを押したからなのかもしれない。
無機質な不通音が聞こえてくる受話器を持ちながら、ぼうっとしていた頭でしばらく考えてから、ハっとして、俺はある電話番号を入れた。
入れてから、俺は受話器を耳にあてずに、耳を澄ませた。同時に、電話の鳴る音が、微かに聞こえてくる。大きく呼吸すれば、その音に消されてしまいそうなほど小さな音だった。
壁の向こう。すぐ隣の部屋からだ。
一回。
二回。
コール音の間が長く感じた。
出てくれ出てくれと思うには十分な時間だったかもしれない。
三回目が鳴り終わった所で、音が途切れた。
慌てて、俺は受話器を耳に当てた。
「・・・・・」
電話からは何も聞こえてこなかったが、俺は構わず言った。取った相手は解っている。
「石塚さん・・・」
「・・・・・」
さっき俺の所にかかってきた時と無言なのは同じだが、なぜだか石塚さんのドキドキしている、どこか慌てているとさえ言っていいほどの表情が浮かんで来た。
「さっきの電話・・・石塚さん・・・だよね?」
確証は無かったが、絶対そうだと思っていた。
「・・・う、うん。ごめんなさい、いきなり切っちゃって」
石塚さんの声が聞こえてきた。意地を張ったような無表情な声じゃなく、いつもの石塚さんらしい、一生懸命な声だ。
「・・・・・ごめん」
俺は、いきなりそう切り出した。今しかないと思ったからだ。思っても思わなくても、俺の口からは勝手に出ただろう。
「えっ・・」
石塚さんが驚きの声をあげるのも無理は無い。
「いや、その・・・もうヤなんだ。こういうの。だから・・・」
「・・・・」
石塚さんが無言でも、俺は続けた。
「だから・・・ごめん」
「・・・わたしの方こそ・・・ごめんなさい」
「石塚さん・・・」
「ほんとは、わたしも、ずっとヤだなぁ・・って思ってたんだけど、こうやって言えなくて・・・」
石塚さんの声に、何か肩の荷を下ろしていきなり軽くなった事に戸惑っているかのような響きがあった。
今、どんな表情をしているんだろう。
「ごめんなさい。ほんとにごめんなさい」
必死とも思えるほどの一生懸命さが、痛いほど伝わってきた。そんな石塚さんだから、俺は彼女に対して、特別な感情を持ってしまったのかもしれない。
近い場所に居る時間が長いだけじゃないと、胸を張って言える理由だった。
「待ってよ。石塚さんが悪いって訳じゃないだろ」
「でも・・・」
「俺だって悪かったんだからさ・・・意地になっちゃって」
言えばこうなる事くらい分かっているほどに、気分が軽くなった。漬物が外に出る心境とはこんな感じではないだろうか。
「お互い、今回の事でごめんって、最後にしよう」
「はい」
石塚さんの声に、確実に明るさが戻ってきているのを感じる。
「んじゃ・・・その・・ごめん」
改めて言うのは、やっぱり照れくさい。頭を掻きながらだった。
「・・・ごめんなさい」
暖かい石塚さんの言葉に、軽くなった胸の中に、なにかやわらかくて暖かい物が詰まって行くような気がした。鼓動のひとつひとつが、ハッキリとわかるくらい感じられる。
「よかった。これでスッキリしたよ」
「わたしもです」
自分でも分かった。お互いの声が、前のように明るいのを。
「なんか・・・スッキリしたら腹減ったな」
「あっ!」
受話器からビックリした声が聞こえて来た。
「え、ど、どうしたの?」
「夕飯の用意・・・忘れてました」
「え?」
もっと重要な事だと思ったが、気が付いてみれば、それも確かに重要な事かもしれない。
「そっか」
「ごめんなさい」
「だから、それはやめって。石塚さん、別におさんどんじゃないんだから」
俺自身も、石塚さんの家事の得意さに甘えていたのは確かだった。ついでですからと言って、食事などを作ってくれていたのだが、いつのまにかそれが普通だと思っていた。
謝らなければならないのは、本来なら俺の方だ。
「でも・・・わたし、ぼうっとしてて・・・」
「ちょっとまった。とりあえず、そゆのは、飯食ってから考えよう。石塚さん、今から暇? 時間ある?」
「え、あ、はい」
「だったら、なんか食べに行かない? もう今から準備するのも大変だろうし」
「・・・そうですね。それじゃ、どこかへ食べに行きましょう」
高校生らしい軽さが覗いた。
「それじゃ、さっそく支度しなきゃ。終わったら、呼びに行きますから」
「おっけ。んじゃまたあとでね」
「はい」
返事が返ってくるのを待って、受話器を置いた。なるべくゆっくりと静かに。
ハッと小さく息を吐いて、小さなわだかまりを全部吐き出した。
これから始まる、今日の朝とは違う、これからという時間の始まりに、胸を高鳴らせながら、俺は着替え始めた。
同居生活をする上では、今回の事など前途多難のひとつでしか無いが、乗り切れた事にとりあえずホっと出来ただけでも良しとするだけだ。
後書き
ずっと一緒。
発売日が非常に楽しみ〜
OP見て、ああ〜これはうる☆だ〜 うる☆世代な私にとってはガード不能技だった。
一瞬にして自己崩壊(^^;
リピートしまくってます。ええ。
とりあえず、なんだか性格とかもようわからんのに、素材だけから想像してみました。
駄目すぎ(^^;
石塚美樹ちゃんで早いとこゲームしたい物であります(^^)
同居がバレたら退学って、住所とかはどーすんだろう?(^^;
学校側にはモロバレだと思うが、、友人にバレたら駄目って事かな?
電話は、主人公と美樹の二人の部屋にそれぞれあるのでしょうな。
往年の同居物ドキドキ系っぽいので、楽しみすぎる〜
作品情報
作者名 | じんざ |
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タイトル | ふたりぼっち |
サブタイトル | ずっと一緒 |
タグ | ずっといっしょ, ずっといっしょ/ふたりぼっち, 石塚美樹, 青葉林檎 |
感想投稿数 | 157 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 06時09分57秒 |
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