ベランダに立って、空を見上げて見た。
雲ひとつ無い青い空が広がっている。
怖いくらいに澄んでいた。
地球がひっくり返ったら、あの空に向かって落ちていくのだろうか。
あんな空に落ちていったら、気持ち良いだろうなという反面、永遠に落ちつづけるっていう恐怖もある。
上下左右、どこを見ても真っ青な世界なんて怖いだけだ。そんな所を永遠に落ちつづけるなんて、拷問にも等しいんじゃないか?
青い空が綺麗なのは、雲や景色があってこそだろう。
晴れた空を見て、そんな風に思ったのは初めてだった。
夏休みの最終日。
夏の間の疲れがどっとのしかかってくるような気分だというのに、まだ夏だぞ。さあ外に出て来いと言わんばかりに気持のいい天気になったのは、半ば嫌がらせとしか思えない程だった。
それでも、気持ちは良かった。やはり雨が降ったり曇ったりするよりはずっといい。
それに、丸井高校は、どういう訳か夏休みの宿題も少ない。月末に慌てふためいて取りかかったら、呆気なく終わってしまったのも、今の気分の良さに貢献している。
不意に、いい風が来た。
夏真っ盛りの頃の風とは違って、どことなく柔らかい。
緩急リズムのある風が、絶えず吹き込んでくる。
頭の中に、秋という文字がちらつき始めた。
食後に感じる風としては、上等過ぎるほど心地よかった。
ベランダからは、この時期にしては空気が綺麗なせいか、遠くの方に山々の連なりさえ見渡せた。こんな景色は、そうそう見れるもんじゃない。
「今日はお洗濯日よりですね」
そんな声が後ろからした。食器を洗う音が混ざっている。
弾む声って、こういう声のことを言うのだろう。
僕も同感だった。
洗濯物。
家にいた時には、自分はただ着て脱いで、そして着るの繰り返しだけだった。洗う干すといったプロセスは全部親まかせだ。それが、今や全部の過程を自分でこなさなければならない。
洗うまではいい。洗濯機に放りこんで洗剤をちょっと入れるだけだ。
しかし、干すという段階だけは、機械任せには出来ない。乾燥機でもあれば別だろうが、今の暮らしにそれは大げさ過ぎる。
だから、干す時間が短く出来るというのは、かなり得した気分になるし、なによりも、最初はいかにも濡れているという洗濯物が、いつのまにかふわふわと風に揺られる様は、見ていて気持ちいい。
「今日は三回くらいお洗濯出来そうですね。この分だと夕立もなさそうだし」
「まあね」
そう言って、僕は苦笑した。
今日ほどの天気なら、ふらふらと外に誘われるような事を、普通の高校生なら真っ先に思いつくだろう。
お洗濯日和なんて、やけに所帯じみた話だ。
だらかと言って、悪い気持はしないし、むしろ、心地良いくらいだ。汗でしとった筈の物が綺麗にされて、太陽の匂いのするやわらかな物になるのは、やっぱり気持いいし、何より一人でする作業じゃない。
それが一番の理由か。
こんな夏休みの最後ってのも悪くない。いや、むしろ——
「頑張って全部済ませなくちゃ」
そんな言葉に振り向くと、美樹ちゃんがエプロンで手を拭きながら目を細めていた。違和感のある姿だった。
親兄弟、ましてや親類でもない、まったくの赤の他人の女の子が、なぜここにこうしているんだ。なんて、今まで何度思った事だろう。
「高校生の台詞じゃないよなあ・・・」
ぼそっと呟いた。
「ん?」
「あ、いや。別に」
笑顔で受け流した。
「なんですか。もう」
空は晴れだったが、美樹ちゃんの表情は曇りだった。
このごろ、こんな事を思うようになってきた。
美樹ちゃんは、僕の鏡なんじゃないかと。美樹ちゃんがどんな表情をしているか、何を言い返すかで、僕の表情がわかる。
世の中から鏡が消えても、僕は困らないかもしれない。美樹ちゃんが居れば・・の話しだが。
「たいした事じゃないよ」
「なりたくてこうなった訳じゃないです」
そう言って、不本意そうに眉尻を下げた。
なんだ聞こえてたのか。
「いやいや、立派なもんだよ。長い人生、そういう事の方が重要だ」
誤魔化しついでに笑ってみせた。
「なに悟ったような事言ってるんですか。そんなので誤魔化されませんからね。だいたい、私とひとつしか違わないのに」
下がっていた眉尻が、今度はぴょこんと上がる。
実に美樹ちゃんらしい受け答えだ。
近そうに見えて実は遠かった、月と地球みたいな関係だった出会った頃は、こんな言い合いするようになるなんて、夢にも思ってなかった。
「そりゃそうだ」
笑いながらそう言って、ううんと伸びをした。
「もう、すぐそうやって誤魔化すんだから・・・」
なるほど。僕はそうやって誤魔化す癖があるのか。
「まあまあ。そんな事より、さっさと洗濯やっちゃおう」
「・・・そうですね。いつまでもこんな事してる場合じゃないですもんね」
そう言ってから、美樹ちゃんはふうっと一つ息を吐いて肩を落とした。
「それじゃあ、私の分、先に終わらせちゃいますから」
「オッケー」
「あの・・・・・さんのお布団のシーツとか、シャツくらいだったら、私のと一緒でもいいですけど」
美樹ちゃんにそう言われて、一瞬だけ戸惑った。
前までは、僕の物と美樹ちゃんの洗濯物は、例えハンカチ一枚だろうと、お互いに絶対不可侵だった事が尾を引いているせいだ。どうしてもまだ慣れない。
「いいよ。別に多くないから」
「でも、折角ですから洗える物は全部洗っちゃいません? 今日一日でやるには、なるべく効率良くやった方がいいと思うんです」
美樹ちゃんの目が本気だった。気になる事がどんどん伝播していくタイプの目だ。
食器洗いだけのつもりが、いつのまにか玄関の掃き掃除にまで発展する時には、いつもこんな目をしている。
気にしだしたらとまらないという性格なのだろう。
一緒に暮らしていなかったら、僕は美樹ちゃんのこんな事さえも、いや・・・美樹ちゃんという子の存在さえも知らなかった筈だ。
今の僕には、考えられない事だが。
「ああ、はいはい。わかったよ。こうなりゃ、徹底的にやるか」
それから、ううんと伸びをした。
すっかり家事づいた姿を見たら、親父や母さんがなんて言うか。それよりも、女の子と同居なんて事を知ったら・・・
出てくるのは、ただ苦笑だけだった。


Fin

後書き

まだ途中〜
終わらせてもいい区切りがあるけど(^^;
ずっと一緒のは書きかけと発表したのが同じくらいあるっていうのが大問題・・


作品情報

作者名 じんざ
タイトルふたりぼっち
サブタイトル夏休み。その終わり。
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/ふたりぼっち, 石塚美樹, 青葉林檎
感想投稿数155
感想投稿最終日時2019年04月11日 22時38分12秒

旧コンテンツでの感想投稿(クリックで開閉します)

評価一覧(クリックで開閉します)

評価得票数(票率)グラフ
6: 素晴らしい。最高!53票(34.19%)
5: かなり良い。好感触!42票(27.1%)
4: 良い方だと思う。32票(20.65%)
3: まぁ、それなりにおもしろかった18票(11.61%)
2: 可もなく不可もなし4票(2.58%)
1: やや不満もあるが……2票(1.29%)
0: 不満だらけ4票(2.58%)
平均評価4.65

要望一覧(クリックで開閉します)

要望得票数(比率)
読みたい!152(98.06%)
この作品の直接の続編0(0.0%)
同じシリーズで次の話0(0.0%)
同じ世界観・原作での別の作品0(0.0%)
この作者の作品なら何でも152(98.06%)
ここで完結すべき0(0.0%)
読む気が起きない0(0.0%)
特に意見無し3(1.94%)
(注) 要望は各投票において「要望無し」あり、「複数要望」ありで入力してもらっているので、合計値は一致しません。

コメント一覧(クリックで開閉します)

  • [★★★★★☆] ひさしぶりにずっといっしょがやりたくなりました。