事の始まりは、学校から帰ってきたばかりの美樹ちゃんの何気ない一言だった。
「…さん、今日は外で食べませんか?」
そう言ってきた美樹ちゃんに、
「外? でも、もう夕飯時だし、外食するより家で食べようよ」
学校から帰ったばかりで、あまり動きたくないと言うのが、本当のところだった。
「違いますよ。外で食べるんです。外で」
「だから・・」
「だから違うんですってば。外。屋外のことです」
美樹ちゃんが玄関のほうを指差した。
「外って、もしかして・・・屋上のこと?」
そう言うと、美樹ちゃんは一つだけ頷いた。
笑顔のままで。

 幸いにも、屋上を吹き抜ける風は、肌に心地よかった。暖かでもなく、寒くも無い。すっかり秋の風に相応しくなっている。この程度ならば美樹ちゃんの長い髪を、優しく撫でるくらいだろう。屋上で夕飯を食べようとするには、もってこいの状態だ。
ちょっと広めの座卓を、屋上に引いた茣蓙の上に置いてから、僕は空を見上げた。
すでに、紺色の世界が広がって、星まで出ている。西の方は、太陽の最後の名残だけが残っていた。じきに、月と星だけの世界になるだろう。
目を街の方に向けると、すでに街の明かりが、地上に一足早い星空を作っていた。
ここに越してきて、二番目に良かった事は、この景色を見られることだった。一番目は・・・
「…さん、もうじきお料理できますから、運んでくださいね」
美樹ちゃんが玄関のドアを開けた隙間から、ひょいと顔を覗かせてきた。
「オッケー」と答えてから、茣蓙から降りてサンダルを履いた。なぜかキャンプをする寸前のような、ワクワクする何かを感じて、足取りが軽かった。
これから始まる時間が、そうさせているに違いない。

 当たり前だと思っていた。
見慣れたダイニングで、見慣れた食卓で、見慣れた食器を使い、使い慣れた箸で食べる。
それが、今は違った。
上を見れば、天井は星空。
横に目を向ければ、眼下に広がる夜景。
窓を開けない限り、部屋に流れ込んで来ない筈の風は、今はどこからでも柔らかく吹いて来て、思った通り美樹ちゃんの長い髪と赤いリボンを揺らしている。
この上ないくらい、贅沢な場所で食べているような気がしたし、現に今食べている普通の夕食まで、普段よりずっと美味しく感じている。
こんな夕食があるんだな。と、何度となく見た夜景に視線だけを移しながら思った。
「言い出しておいてなんですけど、こういのってやってみると、結構楽しいですね」
美樹ちゃんが笑った。
照明にと持ってきた蝋燭の柔らかい明かりが照らした笑顔は、いつもよりずっと優しく柔らかく見えた。
こんな状況だからなのだろうか。一瞬、心臓が役目を忘れて、僕同様、美樹ちゃんに見とれているような感覚があった。すぐに、慌てて自分の役目を思い出したのか、余計に速く、余計に高くなっていくのを感じる。
「そうだね。なんかえらい新鮮だよ」
今の状況と美樹ちゃんが。と、心の中だけで続けた。
僕が答えると、美樹ちゃんがそっと夜景に頭ごと向けた。
「こんな所に住む事になるなんて思わなかったです。住むにしても、もっとずっと先になるかな・・・って思ってたのに、まさか高校生の時になんて・・・」
「・・・・・」
「それに、こんな所で、…さんとこうして晩ご飯食べるなんて、夢にも思わなかった」
夜景から目を移した美樹ちゃんが、蝋燭の明かりの中、目を細めた。楽しそうに。嬉しそうに。
笑顔だから、そう思っただけで、本心は美樹ちゃんの胸の内だ。
「でも、茣蓙の上に座卓なんて、ちょっとムードなかったかな?」
僕は苦笑して誤魔化した。ムードが無いどころの騒ぎじゃない。星空に夜景。蝋燭の明かりに浮かぶ美樹ちゃんの笑顔。どんな店に行っても望めない物が沢山ある。ただ、誤魔化したのは、美樹ちゃんの笑顔を見つづけていたら、どうにかなってしまいそうだったからだ。
「そんな事無いですよ。こういうのも素敵って思います」
素敵・・・ね。微妙な言葉だ。
「もし一人暮らしでこんな事したら、寂しいだけですもんね」
「そう? 割とおもしろそうじゃない?」
「…さんと一緒なら、またやってもいいですけど、一人じゃ嫌です」
何気ない一言でも、僕にとっては爆弾だった。
「僕で良かったら、いつでも付き合うよ」
胸の内側から、蹴破りそうな勢いで波打つ鼓動を抑えつけながら、笑顔で言った。蝋燭の火は上手く照らしてくれているだろうか。
「・・・・」
「な、なに?」
不意にじっと見つめてきた美樹ちゃんに慌てると、
「…さん。これからも・・・・一緒に居てくださいね」
「・・・・うん」
どこにも行く所なんて無いし、行く気も無かった。なにより、僕がここに来て一番良かった事は、美樹ちゃんに出会えた事なのだから。
「あ、そうそう。まだスープのおかわりとかありますけど、飲みませんか? 張り切って作りすぎちゃって・・・」
美樹ちゃんの座っている横に置いてある、カセットボンベ式のコンロの上の鍋を見て、一瞬ぎょっとしたが、食えない量でもなさそうだ。それに、食べるのは僕だけじゃない。二人でならなんとかなるだろう。
「うん、貰うよ」
「まだうちの中のコンロにもかけてありますから。残ると痛んじゃうんで、全部飲んでくださいね」
「へ?」
とんでもない事を約束したかな。と、美樹ちゃんの笑顔を見ながら思った。
引きつっていると自分でもわかる笑顔で、美樹ちゃんに皿を渡した。

Fin

作品情報

作者名 じんざ
タイトルMeal with ...
サブタイトル夕食
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/Meal with ..., 小野寺桜子, 並木智香, 石塚美樹
感想投稿数20
感想投稿最終日時2019年04月12日 03時06分17秒

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