お風呂 〜二人だけの夜〜 [これからの詩]

「お姉ちゃん。香織お姉ちゃん」

あたしの部屋のドアを開けるなり、紗織があたしの事を「香織おねえちゃん」と呼んだ時、あたしは「は？」と間の抜けた返事をした。
なにしろ、紗織があたしの事をそう呼ぶのは、何年も聞いていなかったからだ。

「な、なあに？」
「ううん。別に。
　それより、入っていい？」
手に持ったポテトチップスを小さく振りながら言った。
あたしの好きなバター醤油味。さすが妹。わかってるじゃない。
「いいよ」
そう答えると、すぐにニッコリと微笑んで入ってきた。

土曜の夜。
退屈な夜。

なぜなら、お父さんとお母さん、あたし達を放っておいて二人で旅行。
別に放っておかれた事は気にしてないけど、お父さん達のちょっとした小言や話声がしないのは、やっぱり寂しい。
今頃、二人で温泉なんかに浸かってるんだろうなぁ‥‥
あたしは、紗織と二人で家の中‥‥‥か。

ま、いいけどね。

「お姉ちゃん、最近どう？ 学校には慣れた？」
ベットに座って、ポテトチップスの袋を開けながら言った。
「まあ、ぼちぼちね。そっちは？」
あたしは、紗織から少し離れた所にどっかと腰を下ろした。
「わたしは、上級生になっただけだから、別に何が変わったって訳でもないけど」
開けた袋から、持ってきた紙皿の上にザラっと出しながら答えた。
ついでに、一枚摘んで口に入れてる。
「そういえば、そうね」
確かに、二年生が三年生になっただけだし、あたしん時だって、そんなに変わったっていう印象はなかったっけ。
あたしも、皿からポテトチップスを一枚つまんで、口に放り込んだ。
うん。おいし。

「でも、来年は受験でしょ。そういう緊張感とかないの？」
「お姉ちゃんはあったの？」
「う‥‥‥あ、あたしは‥‥」
きらめき高校に入学する寸前に、生まれて初めて猛勉強した事が頭に浮かんだ。
それまでは、呑気な中学生ライフだった。
やる気になったのは、お母さんと紗織の二人のプレッシャーがあったからだけど、その事はお父さんにしか話してない。
その時、お父さん、苦笑しかしてなかったっけ。
ずっと前に、お母さんからお父さんもあたしみたいに猛勉強しまくったって聞いてその苦笑の意味もわかっていただけに、あたしも苦笑しか出来なかった。

‥‥お父さん似なのかなぁ‥‥

「‥‥別になかったけど」
嘘だった。
「さすがお姉ちゃん」
「ははは‥‥‥ま、まあね」
あたしのこの調子の良さ。お母さん譲りじゃない事だけは確かね。
「それにしても、お母さん達いいよね。二人で温泉だなんて」
紗織が、ちょっとスネた風に言った。
紗織は、昔っからお母さんっ子みたいな所があるから、確かに一緒に行けなかったっていうのは、相当悔しいんだろうなぁ。
「しょうがないでしょ。あなた明日用事があるから行けないって言ってたじゃない」
「うん‥‥‥でも」
「あたしだって、明日用事あるんだから、お互い様でしょ」
「行くって分かってたら、約束なんかしなかったのに」
ポテトチップを三枚つまんで、一気に口に放り込んでる。
紗織の同級生達には見せられない姿だわ。
「まあまあ、今度はあたし達も連れてってもらおうよ」
「うん‥‥そうよね」
ニコっと笑う紗織。
いっつも思う。紗織の笑顔って、ホントにお母さんそっくり。
お母さんの中学生の頃の写真を見た事あるけど、その時のと、ビックリするくらい良く似てる。
でも、紗織が言う事には、あたしの方が良く似てるっていう事らしい。
実感‥‥‥ないけどね。
でも、たまにお小言とかあるけど、あたしは‥‥いや、紗織も、お母さんって憧れ。
凄く優しくて、とっても綺麗で‥‥‥昔っからそんなお母さん好きだった。
お母さんの子供で良かった‥‥って、本当に思う。
だから、似てるって言われれば、嬉しくもなる。
もちろん、お父さんの事もおんなじ風に思ってるけどね。

「ねえ、お姉ちゃん。わたしの名前‥‥紗織‥‥‥っていうの、どう思う？」
「え？」
「お母さんが詩織で、お姉ちゃんが香織でしょ。
　なんか安直すぎるかなって思うんだけど‥‥‥」
声を細くしながら、ベットに置いてあったあたしの枕を抱き締めている。
あたしはそんな紗織を見て、おかしくなって思わず吹き出した。
「あはははははははははは」
「お、お姉ちゃん！」
あたしが笑った事に、怒るよりびっくりした風な表情をしてる。
「なあに、あなた。そんな事気にしてたの？」
「べ、別に‥‥‥気にしてたって訳じゃないけど」
「その名前‥‥嫌い？」
「ううん！ そんな事ない！」
首を振りながら、大声でそう返してきた。
「だったらいいじゃない。あたしもいい名前だなって思うけど」
「‥‥‥でも」
「ねえ、紗織。
　あたしね‥‥お父さんに聞いた事あるのよ。どうしてお母さんと同じ感じの名前にしたのって」
「えっ？」
意外そうな紗織の表情。
実を言うと、あたしも今の紗織みたいな事を考えていた事があった。
「そしたらね。『お前。その名前嫌いか？』って言われちゃった」
「‥‥で、お姉ちゃん、なんて言ったの？」
興味深そうな瞳で聞いてくる。
「あなたと同じ事」
「それから？」
興味はそんな事にはないのか、続きを要求してきた。
少しは、演出ってのに乗ってきて欲しいもんだわ。
「あたしの名前ってね‥‥‥
　ホントは昔、お父さん達が高校時代に会った子の名前と同じなんだって‥‥」
人の名前だって聞いて、正直、少しは残念だと思ったけど、お父さん達がその子の話をしてくれた時の表情って、なんか凄く良かった。
だから、そんな子の名前なんだって思ったら、気にならなくなった。

むしろ、その人に会ってみたい。
お父さん達にそんな表情させる、そんな人に。

「で、紗織の事も聞いてみたんだけど、なんて言ったと思う？」
「もったいぶらないで教えてよ」
ああ、あたしの枕。そんなにきつく抱き締めちゃって‥‥‥
「‥‥それより、あたしの枕‥‥潰さないでね」
「え、え？」
紗織は、自分がなにをしているのかに気づいて、慌てて枕を離した。
「ご、ごめんなさい」
謝る紗織を見て、うん。やっぱり素直な妹ってのはいいわ。と思う。
それに‥‥歳がひとつしか離れてないのに、あたしには紗織がまだ中学生になったばかりに見える。
ま、そういう所が可愛いんだけどね。
「あ、それで続きなんだけど、名前、お父さんがどうしてもっていう事だったらしいよ」
「お父さん‥‥が？」
「お母さんの名前、よっぽど好きだったんじゃない？ だから、妹ならば紗織にしたいって言ってたよ。
　安直すぎたかな‥‥って、笑ってたけどね」
「ふうん‥‥‥」
今、紗織がどう思っているのかわからない。
そんな表情だった。
もっと凄いドラマチックな名前の付けられ方でも期待してたのかな？
「そうなんだ‥‥」
どうやら、納得してるみたいね。嬉しそうな表情してるし。
なにより、お母さんの名前をちょっと継いでいる事が嬉しいのかもしれない。
「ま、そういう事だから、お互い自分の名前には自信持つことね」
「うんっ」
元気一杯の返事。よしよし、それでこそあたしの妹。
「でも、こんな話題で盛り上がるなんて不毛よね‥‥
　でも、姉妹の会話らしくっていいか‥‥」
「そうよね。こんな事、お姉ちゃんくらいにしか聞けないし」
「それより、あたしの部屋に用って、それだったの？」
言ってから、ポテトを一気に四枚つまんで口に入れる。
おしとやかな彩が見たら、なんて言うかな。
「‥‥‥別に、それを聞きたかったって訳じゃないけど、ただ暇だったし」
「あんたは、姉を暇つぶしの相手に使うのか。このこの」
紗織にヘッドロックをかけながら、頭を拳でグリグリとやった。
「いやははは、やめてよう」
「いーや、やめない。あなたの素直な性根を曲げてあげる」
「きゃははは。お姉ちゃんみたいになっちゃう」
「なんだって〜」
さらにグリグリを強めた。
紗織の悲鳴と苦鳴と笑いも強まっていく。
そういえば‥‥紗織が素直なせいか、あたし達はほとんど姉妹ゲンカなんかはしたことがなかったっけ。
全く無いとは言わないけど、あってもすぐに仲直りはしてた。
友達とかに聞いても、ほかの兄弟姉妹が居る人は、そんなに仲がいいとも悪いともどっちでもないような関係が多いって言ってた。
あたし達って、普通じゃないのかな？
普通じゃなかったとしても、こうやって楽しいんだから、いいよね。
うちじゃそれが普通なんだから、変だって思われても全然構わない。
「紗織、あなたまた髪伸びたね。どこまで伸ばすつもり？」
ヘッドロックを解いて、まじまじと紗織の髪を見つめた。
すでに腰のあたりにかかっている。
「あ‥‥‥う、うん。もうじき切ろうかと思うけど」
「あたしも‥‥伸ばそうかな」
「お姉ちゃん、短い方が似合ってると思うよ」
「‥‥でも、たまには伸ばしてみたいじゃない？
　せっかく、うちの家系はサラサラストレートなんだし」
「うん‥‥それもそうだけど」
「決めた。あたしも伸ばす」
単なる思い付きって感じだったんだけど、いままでずっとショート、長くてセミロング止まりだっただけに、やっぱりストレートロングは憧れる。
なんとなく、今紗織と話してて、ふと決心がついた。
「お姉ちゃんが髪伸ばしたら、後ろ姿とか、お母さんと区別つかなくなっちゃいそう」
「やあね。あたしまだ若いのよ」
お母さんには聞かせられない台詞ね。聞かれたら、おこづかい５０％オフかな。
「あ、ひどいんだ」
クスクスと笑う紗織。
「こっちは天下の女子高生よ。人妻なんかに負けてられないわっ！」
これを聞かれたら、たぶんおこづかい９０％オフね。きっと。

「クシュン！」

温泉旅館の窓から、細かい宝石を空一面に散りばめたような星空を見ていた時、詩織が小さいくしゃみをした。

「なんだ、寒くなってきたか？」
「う、ううん。そうじゃないけど‥‥」
「温泉行って風邪引いた‥‥‥なんて、しゃれにならないぞ」

俺は自分の着ていた半纏を脱いで、詩織の肩にかけた。
もうずっと前から、何度もこうしてきた。

「‥‥ありがと」

いつもと同じ返事。
いつもと同じ笑顔。
お互い年はとっても、それが変わらないなら、それで良かった。

「香織達、ちゃんと戸締まりとか火の元確認とかしてるかしら‥‥‥」
思い出したように、詩織がつぶやく。
「大丈夫だって。もう子供じゃないんだから」
「‥‥うん。そうね」

そっと俺の浴衣の袖にかかった重み。
詩織がつまんだ分だけの指の重み。
あれから‥‥‥どれだけの日が過ぎたんだろうな‥‥

「紗織、今のお母さんに言ったらひどいからね‥‥」
「うん、言わないから安心して」
明るすぎる笑顔。素直すぎる笑顔。
この子、素直だけど、ちょっとだけちゃっかりした所があるだけに、その笑顔の意味はちょっとだけわかる。
「今度なんかおごるから‥‥ね？」
別に、催促とかはしてこない。してこないけど、こっちが何かをしなきゃならないような気になる。
何もしなくても、言わないと言ったら絶対に言わない子だっていうのは、わかっているけど。
「え？ ホントに？ うれしいな〜」
心底嬉しそうな笑顔。この笑顔がいいから、ついつい乗っちゃうのかな。あたしは。
「それより‥‥ほら、ちょっと後ろ向いて。髪梳かしてあげるから」
ベットのすぐ横にあるちょっとしたスキンケア用品のおいてある棚から櫛を取りながら紗織を後ろに向かせた。
さっきのヘッドロックで、少し乱れている。
「やっぱ長い髪はいいわねえ。綺麗だし」
紗織の髪は、梳いた所から、流れるような感じで綺麗になっていく。
そういえば‥‥小さい頃、よくお母さんにこうやって梳いて貰った事もあったっけ‥‥‥
それが大好きで髪を伸ばそうと何度も思ったけど、どうも伸びてくると邪魔になって、すぐに切っちゃったけど。
あ〜あ、あたしは本当に女の子なのかな。

「お姉ちゃんだって、伸ばしたら綺麗だよ」
「はいはい。ありがとうございます」
「あ、本気なのに」
心外だと言わんばかりに、振り向いて頬を小さくふくらませている。
「冗談よ冗談」
「わたし‥‥‥お姉ちゃんの事、いっつもうらやましいって思ってたんだから」
「えっ‥‥？」
髪を梳いていた手が止まる。
「いっつも元気で明るくて‥‥
　知ってる？ うちの学校に『香織先輩元気でやってる？』って聞いてくる男の子とか女の子、まだ一杯いるんだよ？」
「ふうん」
また手を動かした。
「もう元気一杯って答えると、『香織先輩らしい』ってみんな言うの」
おかしいのか、クスクス笑う声が聞こえてくる。
「人を玩具にしないでよね。まるであたしがお転婆娘みたいじゃないの」
とは言うものの、悪い気はしない。
自分でも認めたくないけど、お転婆だというのは確かかもしれないし‥‥‥
でも、誰かに気にかけて貰えるって事、凄く嬉しい事だって思う。
「でも、それだけみんなお姉ちゃんの事好きなんだよ。
　きっといっつも元気で明るいからだと思うな‥‥」
「紗織‥‥‥」
「だからね、わたしもいっつも明るくって決めたんだ」
「‥‥‥まあ、あなたなら、そのまんまでも十分だと思うけどね。
　自分の事を暗いなんて思ったら、ホントに暗くなっちゃうよ」
梳き終わった髪に手を置いた。
ホントに綺麗な髪。
あたしも伸ばせば、こうなるのかな。彩の髪も綺麗だけど、それに負けないくらいになれるのかな。
「あなたは、まんまで十分なんだから。無理する事ないって」
「ホントに？」
「妹に嘘ついてもしょうがないんだけど‥‥」
ホント、姉妹そろって、いろいろある事ね。
きっと、お母さんも、あたし達の頃は色々考えてたのかもね‥‥‥
「うれしいな」
「‥‥と、そうだ。あなたまだ風呂入ってないんでしょ？」
「う、うん‥‥‥」
「久しぶりにあたしと入る？」
なんとなく、姉妹らしい会話をしたせいか、気恥ずかしさみたいなのがなくなってる。
それに、幸いにもうちの風呂は狭くない。二人くらいならゆったりと入れるくらいの広さがある。ぎゅうぎゅうの風呂桶だったら、誘ったりはしてない。
幼稚園の頃くらいまでは、親子四人で入った事もあるくらい。
でも‥‥紗織と一緒に風呂に入らなくなってから、もう何年経ったのかな‥‥‥
「え‥‥う、うん。別にいいけど。
　でも、ちょっと恥ずかしい‥かな」
「なに言ってんの。女同士で、姉妹なのよ？」
「う、うん‥‥でも」
確かに、単なる赤の他人より恥ずかしい部分があるかもしれない‥‥‥けど、ここまで来て、もう後には引けない。
なんとしても紗織と風呂入る。
決めたらやる。それがあたしの信念。
「背中流してあげるから」
「‥‥‥‥」
「それに‥‥今日みたいな日って、一人で風呂入っててもつまらないし」
これが一番の本音かもしれない。言ってからそう気づいた。
「‥‥うん‥‥じゃ、いいよ。一緒にはいろ」
あたしの本音が効いたのかもしれない。でも‥‥‥
「ちょ、ちょっと‥‥頬赤らめないでくれる？」
恥ずかしそうだから、あたりまえだとは思っても、やっぱり頬を赤らめられるとなんだかイケナイ事をしようとしてる気になってくる。
「もう、そんな事言うんなら、わたしやめちゃおうかな。
　わたしだって、恥ずかしいんだから」
あ、ホントにスネそう。
「あ、わ、わかったから‥‥ね、ね」
なんだか、すごく変な会話をしているような気がする。クラスの女友達の桐科砂知の言葉で言うなら「オヤジ入ってる」っていう感じかな。
「うん」
そう頷いてはくれたものの、なんか変に意識してきちゃったじゃない。紗織のばか。

風呂には、紗織を先に入らせて、あたしが後から入った。
「ふぅ‥‥いいお湯ね」
肩まで浸かったら、気分がだんだんとほぐれていく。
「お父さん達、もっといいお湯に浸かってるんだろうなぁ‥‥」
髪を束ねて止めた紗織が、風呂の天井を見上げながら言った。
「‥‥‥やっぱり行きたかった」
お湯に浸かっただけでも気持ちいい。温泉ならばもっと気持ちいいはず。
「やっぱりそう思うよね」
紗織が同意した。って、もともとあたしより行きたがってたっけ。
しばらく、何も考えずにぼうっとしていた。
「お姉ちゃんとこうやってお風呂はいるの‥‥すっごく久しぶり」
不意に紗織がつぶやくように言った。
「あ‥‥そうね」
「今よりずっと湯船が大きく感じたから、結構遊べたのにね。あの頃」
「バタ足くらいは出来たもんね」
「風呂でバチャバチャやってて、良くお母さんに怒られてて‥‥」
可笑しそうに笑っている。
なにしろ、怒られたのは、あたしの方が圧倒的に多い。
紗織は潜水専門だったっけ。
「そうそう。きらめき高校って凄いプールあるのよね？」
興味深そうに紗織が聞いてきた。目が輝いてる。
「凄いって言えば凄いけど、無意味に凄い気がするけど‥‥‥」
全十コースの五十メートルプール。
大きすぎて、あまり水泳に興味ない人にとっては、使いづらいプールかもしれない。
でも、水泳に興味ある人ならば、夢のような環境なのは確か。
昔、オリンピックで活躍した清川望さん‥‥‥お父さん達と同じ学年だった人はあのプール活用したんだろうなぁ。
「わたし、きらめきに入ったら、水泳やってみようかと思ってるの」
「そうなの？ バスケは？」
中学でのバスケのエースでもある紗織が、水泳に走ろうとしているとは思わなかった。
「バスケもやるよ」
当たり前よと言わんばかりの微笑み。
でも、自信たっぷりっていう感じじゃなくてやりたくてしょうがないっていう感じ。
「両方は‥‥‥ちょっときびしいんじゃないかな」
「そうなの？」
「高校の部活って、そんなに甘くはないと思うよ。多分‥‥」
まだ部活に入ってないあたしが言うのもなんだけど、中学のときとは絶対に違う。
体育系の練習見てても、中学の時と迫力が違った。
「でも‥‥‥あなたならやれるかもね」
「うん。頑張る」
活発そうに見られない紗織だけど、事運動に関しては、かなりの物。
やれば出来るっていうのは、姉としてのひいきじゃない。
「それにしても、アレよね‥‥
　お母さん達居ないと、結構うちの中がガランとしちゃって、つまらないね」
高校生になったせいもあるかもしれないけど、そんなにお父さんやお母さんにベッタリって訳じゃない。
段々一緒に過ごす時間っていうのも、減ってきたような気がする。でも、居ないと、ポッカリ穴が開いたような感じ。
寂しいって訳じゃない。でも嬉しいって訳でもない。
つっかえ棒が取れた感じかな。
別に、今までこんな事が全くなかったって訳でもないけど、今日はなんとなくいつもと違う。ちょっと変な気分。
小さい時の事なんかを、紗織と話したせいなのかな。
「うん‥‥‥」
紗織の場合、昔っからお母さんっ子だったから、あたしより寂しがっているかもしれない。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん？ なに？」
「今日、お姉ちゃんとこで寝ていい？」
「‥‥‥」
あったまって、すっかりリラックスしきったままの表情で、ニッコリと微笑む物だから思わず「かわいい」って言いそうになった。
妹が可愛いと思える事なんてないよ。
そう言った友達の言葉、本当だと思った時はあったりもしたけど、そんなのは些細な事で、ほとんど、あたしは紗織が可愛いと思っている。素直だし、屈託がない。お母さんからあたしという部分を取ったら残る部分‥‥そんな感じかもしれない。
「なあに？ 子供みたいに」
「だって‥‥‥なんかつまんないんだもん」
「‥‥‥紗織」
一言が、胸にキュっと来た。
伏せた瞳に、さらにキュっと来た。
いくら寂しいと言ったって、紗織ももう中学三年。甘えん坊するような歳じゃない。
それくらい、あたしにだってわかってるし、紗織だってわかってる筈。
でも、なんかわかるような気がする‥‥‥
「いいよ。久しぶりに一緒に寝よ」
「ほんと？」
パっと表情が輝く。
「うん」
あたしが答えると、目を細めて微笑んだ。
血のつながり‥‥って意識した訳じゃないけど、紗織とあたしとは、一緒の血が流れてるんだな‥‥‥って、ふと思った。
それが、妙に嬉しい。
「最後に一緒に寝たのって、いつだったかお姉ちゃん覚えてる？」
「うーん‥‥‥そうね。小学校の時だったかな？」
「うん。わたしとお姉ちゃんが、初めて別々の部屋になる前‥‥なんだけど」
「‥‥‥あ、そういえば」
初めてあたしと紗織、それぞれに部屋を貰う晩、最後に一緒に寝たっけ。
一人で部屋で寝る時の寂しさ‥‥今でもハッキリと覚えてる。
紗織の方は、たまにお母さん所で寝てたみたいだけど‥‥‥
「懐かしいね。お姉ちゃん」
「そうね‥‥‥」
いつのまにか慣れてしまった、一人寝の寂しさ。
勝手に慣れていっちゃうんだね。あたしも紗織も。
「‥‥さ、背中流してあげるから」
「うん」

「紗織？」
横に寝ている筈の紗織が、何も喋らなくなってから少しして
あたしは声をかけてみた。
聞こえてくるのは、小さい、規則的な息だけ。
「‥‥‥寝ちゃったの‥‥か」
思わず苦笑が洩れた。
だって、紗織の寝顔を見ちゃったんだから、しょうがないじゃない。
あの頃と、全然変わってないんだから。
「それじゃ‥‥おやすみ」
すぐ隣に感じる暖かさ。
今日は良く眠れそう。
おやすみ‥‥紗織。
あたしの妹。