雨が降っていた。

秋雨。
それが今降っている雨の名前。
この雨のせいで、せっかくの日曜日が台無しになっていた。
彩と遊びに行く約束だったのに、この雨のせいでパー。
という訳で、今日はずっと家に居る事になった。


「お姉ちゃん」
ドアをノックする音が、あまり部屋に響かなかった。きっと雨のせいかもしれない。
「いいわよ」
あたしが返事をすると、すぐにドアが開いた。
「お姉ちゃんっ」
紗織が、弾む声を上げて、顔だけを隙間から覗かせてくる。
なんだか凄く嬉しそう。
「なに、どうしたの?」
「ふふっ」
お母さんそっくりな笑い方だった。何やら隠しているような、そんな笑い。
なんかある。
それでも、なかなか入ってこない紗織に、あたしは少しじれてきた。
「何も無いんだったら、また後にしてね」
「‥‥」
ほんの少しだけ考えた風にしてから、紗織はいきなりあたしの部屋に入ってきた。
「あっ!」
あたしは思わず声をあげた。
紗織が着ている物に、思わず目を疑ったくらい。
ハッとして、あたしがいつもその服を掛けている壁を見た。
紗織が着ているのと同じ物が、壁にキッチリとかかっている。
なんだ、ちゃんとあるじゃない。
‥‥という事は‥‥‥?
「紗織‥‥あなたそれ‥‥」
「いいでしょ。きらめきの制服」
「え‥‥だってそれ‥‥‥」
紗織が着ているのは、まさにあたしが着ているのと同じ、きらめき高校の女子制服のセーラー服の夏服だった。
あたしのは、今壁にかかってるし、予備もない‥‥だとすると‥‥‥
「あ‥それ、お母さんのね」
「あたり」
笑顔で答えてくる。
「さっき下で衣替えの整理してたら出てきたんだって」
うきうきしているのが、表情でわかる。
着る物ひとつで、思いっきり気分を変えられるのって、女の特権なのかもね。
「へえ‥‥‥そっか、お母さんのかぁ‥」
「ほんのちょっとだけ大きいけどねっ」
袖からは、手の平が全部出きっていない。
「それにしても‥‥お母さんの頃と、ほとんど変わってないのね‥‥」
本当は、若干変わった所はある。と言っても、衿の部分の白い線が、二本になってる事くらいかな。
それにしても‥‥‥あたしは、紗織の制服姿見た時、お父さんに見せてもらったきらめき高校の卒業アルバムで見たお母さんが、出てきたのかと思ったくらい似てて、びっくりした。
と言っても、高校一年の頃の写真のお母さん‥‥にだけどね。
紗織もまだまだ中学三年生。卒業時のお母さんほどじゃない。
「セーラー服って、すっごくいいね」
よっぽど嬉しいのか、ニコニコしながら、胸のリボンを整えてる。
そう言えば、あたしも、最初に着た時には、リボンに気をつかってたっけ。
「あたしも、あなたくらいの時には、そう思ってたな」
「わたし、絶対セーラー服のある高校にする」
「そんな動機で決めていいの?」
「ううん。でも、きらめき高なら、自動的にセーラー服でしょ?」
紗織は、あたしのベットにポンッと座りながら、何も問題ないという表情をしている。
「それはそうだけど、もし、きらめき高校がセーラー服をやめたらどうするの?」
「‥‥‥うーん、残念だけど、別に構わないかな」
「どっちなのよ」
「でも、変わる予定なんか無いんでしょ? だから大丈夫」
信じて疑わない風な、そんな感じの弾む声で言った。
「まあ‥‥それはそうね」
なんとなく納得してから、あたしは椅子から立ち上がって、ううんと腰を伸ばした。
勉強も楽じゃない。
「さて‥‥‥と」
「ん? お姉ちゃんどこ行くの?」
「どこって、ちょっと休憩よ休憩。下でなんか食べ物探してくる」
「こんな時間に? 太っちゃうよ?」
普通だったら、ここらでグサっと来るところだろうけど、あたしは違う。
食べたらちゃんと運動する。いくら育ち盛りとはいえ、極端な大根足なんかにはなりたくない。
ただでさえ、この歳だと脂肪が付きやすいっていうのに。
「このカモシカの様な脚が目に入らぬか」
スカートをチラっとあげて見せた。
あ‥‥いけない。お父さんに付き合って時代劇なんか見るんじゃなかった。
「ははぁ‥‥恐れ入りました」
紗織が、冗談っぽく頭を下げる。
そういえば、紗織も一緒に見てたっけ。
妙にノリが良い妹が居ると、結構楽しいものね。

「お母さん、夏物仕舞まってるの?」
台所の戸棚から菓子パンを見繕って、部屋に戻る途中、お母さんと出くわした。
「ええ、そうよ」
長い髪を後ろで結って、すっかり片付け態勢みたい。
「あ、そうそう。制服なんだけど、良く取ってあったね」
「捨てられる訳ないじゃない。あなただって、後でそう思うようになるわよ。絶対」
「ふぅん。そんな物なのかな‥‥‥」
「それより、またそんな物食べて‥‥太るわよ」
あたしの持っていたパンに目をつけて、紗織と同じような事を言った。
さっきと同じ冗談を言っても、紗織と同じ反応してくれるとは思えない。
でも、その歳で全然体型崩れてないお母さんの娘だよ。安心して。
「だいじょうぶ」
「そんな事言って、太ったって騒いでいたのは誰なの?
 あなたの大丈夫はあてになりませんからね」
「あ、あれは‥‥体重計の故障だったのよ。一キログラムほど狂ってたし‥」
「はいはい‥‥‥わかったわよ」
「あ、お母さん。本当だったら」
半分だけね。ほんと半分なんだから。あ、全然信じてない目だ。
「それより、ちょっと手伝って」
「えぇ! あたし勉強しなきゃ‥‥‥」
嘘じゃないけど、さっきまではほとんど教科書の上に小説を広げて読んでいたから強い事は言えない。
「ちょっとでいいから。ほら‥‥‥」
降りてきたのを不運と思って、あたしはお母さんに従った。

「ねえねえ、この袋に入った黒い服ってなに?」
押し入れの前に置いてあった袋に目をつけた。何かな? なんか服みたいだけど。
「あ‥‥それね。お父さんの制服よ」
「え? お父さんの?」
「さっき紗織が持っていった制服と一緒に仕舞まっておいたんだけど‥‥‥」
「って事は、これ、学ランってやつ?」
「そうね。高校の時の制服よ」
「あ、ねえ。ちょっと見ていい?」
「いいけど‥‥‥しまっちゃいたいのよ」
「あたしがあとで紗織の着てる奴と一緒に仕舞うから‥‥‥ね、いいでしょ?」
あたしがそう言うと、お母さん、ほんのちょっとだけ考えてから
「‥‥‥じゃ、ちゃんと仕舞まっておいてね。大切な物なんだから粗末に扱っちゃ駄目よ」
「わかってる。それより、ちょっとこれ‥着てみていい?」
ちょっとした計画を思い付いた。
「着るってあなた‥‥‥」
「いいからいいから」
あたしは、袋から制服を出して、広げてみた。
うわ、おっきい。
「‥‥‥‥っと」
一応回りを見回してから、スカートのホックに手をかけた。お父さん、居ないよね?
「ちょっと、香織‥‥‥」
「ちょっと着てみるだけだから‥‥‥ね」
さっさとスカートを脱ぎ捨てて、ズボンを履いてみた。
「やぁん、全然だぼだぼ」
「だから言ったでしょう」
お母さん、すっかり呆れてる。
だからって、こんな事じゃめげないわ。
ぺたんと座り込んで、裾を思いっきり折上げた。
「ズボンはこれでよし‥‥‥っと」
お母さん、呆れながらも、なんとなく気になるみたいで、ずっとあたしの着替えを見てる。
やっぱり他で着替えればよかったかな‥‥
ううん、もうどうにでもなれよ。
上はTシャツだったから、上着は羽織るだけでよかった。
「またおっきい‥‥‥」
手が袖の中にすっぽり隠れるし、肩も両端がだらんとしてる。
「ほら‥‥‥まったく」
お母さんが、袖を織り上げてくれた。
なんだかんだいいながら、ホントに気になるみたい。
オーバーサイズすぎながらも、なんとか着る事が出来た。
いつも見慣れている男子の制服って、こんな感じだったのね‥‥‥
「なんだか、出来の悪い応援団みたいね」
お母さんが、クスクスと笑う。
出来の悪いだけ余計よ。確かにカッコ悪いっていうのは、自分でもわかるけど。
「いくらお父さんっぽいって言っても、やっぱり女の子ね。全然似合わないわ」
お母さんの苦笑、なんとなくわかるような気がする。
「そっかな。男装の麗人なんて素敵じゃない?」
麗人なんてガラじゃないってのは、認めるけどね‥‥‥彩だったら、男装似合うかも?
「あなたの所の理事長さんほどって訳にはいかないわね」
おかしそうにクスクス笑っている。なに? どうして?
理事長って言ったら‥‥レイ先生。
レイ先生っていったら、穏和で綺麗で優しい先生なのに‥‥?
なんだか訳がわからないな。
「さ、もういいでしょ。仕舞うから脱ぎなさい」
「もうちょっとだけいいでしょ? じゃ、ちょっと借りてくから」
「あ‥‥‥香織、ちょっと待ちなさい」
お母さんの呼び止めも無視して、あたしは二階に早足で向かった。
目的地、あたしの部屋。目標、紗織。

あたしの部屋だから、ノックする必要もない。中に紗織が居るとわかっていても。
いきなりドアを開けると、紗織が目を向いてこっちを見た。
驚きで目がまんまるになっている。
効果バツグン!
「お、お姉ちゃん。なにそれ」
「なにそれって。制服よ制服」
「もしかして‥‥‥お父さんの?」
「そうそう。きらめき高校純正の男子制服よ」
「でも、なんかだぶだぶだね」
「しょうがないじゃない。お父さんのサイズだし」
指先で、袖の先をつまんで、手を横に広げた。
「でも、その制服って、うちの学校でも男子は同じだから、新鮮味ないね」
ベットに座っていた紗織が立ち上がって、興味深そうにあたしの近くにきた。
「そうね。このタイプのなんて、いっくらでも見れるもんね。
 でも、それを着てみるってのは、なかなか出来ない事よ」
「それは‥‥‥そうだけど」
「ほらほら、紗織、ちょっと横に並んで」
姿見の前まで連れていって、横に立たせた。
あたしは、紗織より三センチほど大きいから、男役にはピッタリかもしれない。
「なんかさえないね」
紗織がつぶやいた。
それもその筈、お互いにオーバーサイズの学生服を着ている訳だし、妙に
似合わないのは確か。
でも、そこはそれ。気分次第ってね。
「お父さん達、こうやって並んだ事あるのかな」
あたしは、これの正当な持ち主のお父さんとお母さんが、こうやってならんだ事もあるのかと思ったら、なんだか妙におかしくなってきた。
凄く楽しいって意味で。
「詩織。一緒に帰ろうぜ」
お父さんの真似をして、紗織の両肩をつかんだ。
「お、お姉ちゃん?」
「お姉ちゃんじゃないでしょ。お父さん‥‥じゃなくて、…。
 こういう時にのらなきゃ駄目でしょうに」
「で、でも‥‥‥」
「詩織‥‥‥俺とつきあってくれっ!」
悪のりだけは得意かもしれない。
「お、お姉ちゃんてば」
「詩織〜」
そう言った時、
「何か用なの?」
という声が聞こえた。
あたしの体が、一瞬にして動くのをヤメてる。
振り向くのに、全精力を使い果たした気がした。
「お、お母さん‥‥‥‥‥‥」
こめかみを押えたお母さんが、いつのまにかあたしの背後に立っていた。
こ、これはまずい‥‥‥非常にまずい。
あたしの頭の中で、おこづかいに羽が生えていた。ピラピラと羽ばたいて遠い空へ飛んでいく。
待って! あたしを置いていかないで・・・
「しっかし、香織。俺はそんな事をその制服着ている時に言った覚えはないなぁ‥‥」
そう言う声がしてから、入り口から、ひょっこり入ってきたのは‥‥‥
「お、お父さん‥‥‥‥」
やれやれという感じの苦笑を浮かべてる。
「だから、やめようって言ったのに‥‥‥」
紗織がコソコソとあたしに言った。
やめようなんて言ってない。絶対に言ってない。紗織のばか。
「ほら、パンを下に忘れてってるぞ」
「それと、スカートもね」
お父さんがパンを、お母さんがスカートをそれぞれ持っているのに気づいた。
「‥‥‥えへっ」
どうしていいかわからずに、小首をかしげて、茶目っ気を出してみた。
「‥‥‥‥‥はぁ」
怒ると思っていたお母さんは、大きなため息をついた。お父さんは、呆れ風味の苦笑を深めていた。
紗織は、どうしていいかわからずに固まっている。
「あ‥‥‥あたしの部屋に勝手に入ってこないでよっ!」
出た言葉がこれだった。
なにやってんのかしら。あたしって。


10月13日 (雨)
秋雨の降る日曜日は、大人しくしているに限る。

香織

Fin

後書き

制服がらみで、今度は姉妹物(^^;
雨の日は大人しく本でも読んでいた方がいいみたいです。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルこれからの詩
サブタイトル制服 〜ある雨の日〜
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/これからの詩, 藤崎詩織
感想投稿数41
感想投稿最終日時2019年04月09日 16時38分20秒

旧コンテンツでの感想投稿(クリックで開閉します)

評価一覧(クリックで開閉します)

評価得票数(票率)グラフ
6: 素晴らしい。最高!18票(43.9%)
5: かなり良い。好感触!10票(24.39%)
4: 良い方だと思う。5票(12.2%)
3: まぁ、それなりにおもしろかった4票(9.76%)
2: 可もなく不可もなし2票(4.88%)
1: やや不満もあるが……1票(2.44%)
0: 不満だらけ1票(2.44%)
平均評価4.76

要望一覧(クリックで開閉します)

要望得票数(比率)
読みたい!38(92.68%)
この作品の直接の続編0(0.0%)
同じシリーズで次の話0(0.0%)
同じ世界観・原作での別の作品0(0.0%)
この作者の作品なら何でも38(92.68%)
ここで完結すべき0(0.0%)
読む気が起きない0(0.0%)
特に意見無し3(7.32%)
(注) 要望は各投票において「要望無し」あり、「複数要望」ありで入力してもらっているので、合計値は一致しません。

コメント一覧(クリックで開閉します)

  • [★★★★★★] ギャグがあれば良かったかな?
  • [★★★★★★] very good!!
  • [★★★★★☆] もう最高、続きが読みたい
  • [★★★★★★] かなり面白かった次に期待
  • [★★★★★★] いや〜傑作でしたね。(笑) 妹に聞いて見た所、中学がセーラー服の子は高校は今風のブレザーの方が良いらしいですが、中学がブレザーの子って、やっぱりセーラー服に憧れるそうです。ただし、きらめき高校のセーラー服のように可愛いのだったら、中学に続いて高校でもセーラー服がいいな〜・・・と言っていました。女の子って、やっぱり可愛い制服に憧れるんですね。(^^♪ 
  • [★★☆☆☆☆] もうちょっと、頭をくねらせて。