平和というものは、長く続くとロクな事がない。

ヴァレンディア城下町の酒場で、冗談まじりにそう言う声が聞こえてくる。
その声に同意する声と批判する声が交じり合い騒然となるが、その場の誰もが等しく浮かべている表情は笑顔だった。
平和が運ぶのは、怠惰と活気ならば、今ここに運び込まれたのは、活気の方であった。その証拠の笑顔である。
そして、決まってこうなる。

ヴァレンディアの平和に。そしてグラドリエル女王陛下に。乾杯!

と。
前から居た者、これから飲み始めようとする者、誰彼構わずにジョッキを打ち合わせる。
平和への軽口も、平和であるからこそ言える。
それはこの国に居る者ならば誰でも知っているし、痛感している事である。
ヴァレンディアを訪れる旅人も、決まって口を揃える。
平和はここに在ると。

「だから、あなたには赤が似合うと思うの。この国の王に相応しい色だわ」

グラドリエルの自室で、エリエルがベットに腰掛けたグラドリエルにずいっと迫った。
その迫力に気圧されて、グラドリエルは思わず腰を引いてしまう。

「いいえ、やはり青が良いと思います。清楚なイメージは大切だわ」

シドラエルも、グラドリエルに迫った。
勢いこそエリエルには及ばないが、青い炎を思わせる熱さがある。
エリエルとシドラエルは顔を見合わせた。二人の柳眉が逆立って、バチバチと目と目の間に火花が散る。

「あ、あの‥‥お姉さま‥‥だから、私はまだ‥‥」

苦笑しながら、グラドリエルは首と手を横に振った。

「いいえ。こういう事は初めが肝心なのですよ」
「ええ、そうです」

また顔を見合わせて、火花を散らした。意見が一致したことが気に食わなかったのだ。

「でも‥‥その‥‥まだなんともないですし」
「そんな事を言ってると、後で大変ですよ。そうでなくてもあなたは良く動くのですから」

エリエルがグラドリエルの鼻先に指を突きつける。

「あはは‥‥」
「女王なのですから、もっと身だしなみにも気を遣うべきです。
それに、あなたもお姉さまみたくなりたくないでしょう?」

シドラエルは、うっすらと笑みを浮かべた。視線が僅かに上下する。

「なんですって!?」

エリエルはキィーと目を吊り上げた。

「折角お母様譲りなのに」
「どこを見ればそう見える?
ついに目と頭がやられちゃったのかしら?
大体、それを言ったらあなたも同じでしょう。折角健康になっても、身体を動かさないと、大変な事だわ」

「お姉さまひどいわ。私だって今まで好きで病弱だった訳じゃないのに」

どこから取り出したのか、ハンカチをくわえて悔しいのポーズを取った。

「お、お姉さま。ケンカはやめましょう‥‥ね?」

今まで姉の姉妹ケンカなど見たことのないグラドリエルだ。
自分を発端にしたであろう諍いに、戸惑いを隠せないでいた。
しかし、ぼんやりと「これが世に聞く姉妹ケンカなのね」と半ば感心していた。

『あなたは黙って』

ステレオで言われて、思わず「はい」と返事を返してしまう。
グラドリエルは、二人の背後に炎を見た。

「お姉さまは勝手です。自分で全部抱え込んで、勝手に事を進めてしまうわ」
「何を言うの! 私はあなたやグラドリエル、それに国の行く末を思うが故に!」
「それが勝手だと言うんです!」

シドラエルは、ちょっと前まで病弱だったのが信じられない程、頬を紅潮させてエリエルに詰め寄る。もちろんエリエルも負けては居ない。
鏡に映った自分を相手にしてる風にも見える。

「あなただって、そんな私に甘えてたんじゃないですかっ!?」
「わたしは、皆に負担をかけないように、出来る事はしたつもりです」
「それがダメなのです。むしろ皆を不安にさせただけだわ」
「じゃあ、どうすれば良かったんですか? お姉さま達に言われるまま、大人しく臥せっていれば満足だったんですか?」

段々とエスカレートしていくのを見かねたグラドリエルが、二人の間に割って入った。魔物の群れに飛び込む方がまだ楽だったろう。

「やめてください。姉様達だって、お互いを思ってしたことなんですから」
「一方的というのはよくないと言っただけです」とシドラエルが言えば、
「それならそうと言うべきでしょう。私だって千里眼を持っている訳ではないのですから!」エリエルはそう返す。
「姉様のわからずや」
「まあ、なんていう事を言うの。ひどいわ」
「あ、あの‥‥お姉様‥‥」

なだめようとする声も、右から左だった。
原因の発端である当事者を放っておいて姉妹ケンカなんて不毛だ。そう思いながら。

「もう知りません!」

先に動いたのは、エリエルだった。

「すいませんが、先に休ませてもらいます」

そう言って、さっさと出ていってしまった。

「‥‥‥わたしも、部屋に戻ります」

シドラエルが、しゅんとした顔で立ち上がった。
今まで、ケンカらしいケンカなど一つもしたことがない姉妹だ。不意に一人になれば、反動が襲ってくるのだろうか。
そんな事を考えながら、グラドリエルはなんとか言葉を紡ごうとしたが、結局何も出てこなかった。

「お姉様‥‥ごめんなさい」
「いいのですよ。私たちがいけなかったのだから」
「でも‥‥」
「‥‥部屋に戻って休みます」
「そうですか‥‥」

ゆっくりとドアを開けて出ていこうとするシドラエルを呼び止めた。

「あの‥‥ありがとうございます」
「どうして‥‥?」

エリエルが不思議そうな顔をした。

「エリエル姉様も、シドラエル姉様も、私の事を‥‥その‥‥」

すると、弱々しかったけれど、シドラエルは少しだけ微笑みを浮かべて、グラドリエルの部屋を後にした。

「‥‥‥」

ベットの上に倒れこんで、しばらくぼうっとしていた。
グラドリエル自身も、姉妹ケンカなどとは無縁で今まで過ごしていた。平和はここにあると信じて疑わないときもあった。
それがもろくも崩れ去った。
初めての経験でなければ、こんなにも落ち込む事はなかったかもしれない。
ましてや自分が原因ともなれば‥‥だ。
そんなに重要な事なのか。
グラドリエルは、胸に手を乗せた。

確かに思った以上に‥‥‥

その時だった、部屋の扉が開かれる音がして、グラドリエルは慌ててベットから飛び起きた。

「ちょっと、グラドリエル! どうしたのよ」

真っ赤な魔法使いの服を着た少女が、顔を出していきなりそう言ってきた。

「な、なんですか。部屋に入る時はノックしてください」
「いーじゃん。そんな器の小さいことじゃ王様なんてつとまんないわよ」

魔女プロセルピナは、罪悪感の欠片も無い表情で言って、部屋にずかずかと入って来た。

「なんの用ですか」

グラドリエルは鼓動を抑えながら、声を絞り出す。

「シドラエル様の所に遊びに来たんだけど、一人にしてくれって‥‥」

プロセルピナは、浮かない表情で言った。
普通なら、他人なんてどうでもいいとさえ思うプロセルピナだが、二人の姉の事となると、まるで違っていた。

「何があったのよ!」

グラドリエルに詰め寄る。

「え、えっと‥‥」
「あんたなんか知ってるわね。教えなさい」

城中の者が見たら、目を回しかねない程無礼かつ率直に、プロセルピナは指をグラドリエルの鼻先に突きつけた。
目が本気だった。
ここで誤魔化す事は出来ない。普段のグラドリエルならばいざしらず、今のグラドリエルは通常の六割引きだ。
グラドリエルは、頬を真っ赤に染めて、打ち明けた。
本当の所、誰かに聞いて欲しかったという事もあったし、わかってくれるのは同じ年頃であるプロセルピナだけだと思ったからだ。

「‥‥‥‥」

ベットに腰掛けたまま、横に座って頬を赤くしているグラドリエルを見るプロセルピナの目は、明らかに呆れていた。
言って良かった。と、言わなければ良かったを比べたら、前者が裸足で逃げ出すほど、呆れている風に見えた。
グラドリエルのプライドが少し傷ついた程である。

「バカ」

一国の女王に向かって、赤い魔法少女は言い放った。右ストレートクリーンヒットだ。

「それはひどいです‥‥」
「だってそれしか言い様ないんだもん‥‥‥」

プロセルピナは、ふぅとため息をついた。王家の人間なんて、こういう事に関しては、こんなにも浮世離れしてるのかと思うため息でもあった。

「‥‥‥」

プロセルピナは、黙り込んだグラドリエルをしばらく見た後、ささっと彼女の後ろに回りこんだ。

「どれよ!」

そう言って、いきなり後ろから手を回して、抱き込むようにグラドリエルの胸に手をやった。

「ひゃっ」

突然の事に声をあげるグラドリエル。

「なによ。生意気にちょっとばかり膨らんでるじゃないの!」

指をグラドリエルの胸に這わせながらそう言った。

「や、やめ‥‥」

振りほどこうとしたが、不意にプロセルピナがグラドリエルの耳にふうっと息を吹きかけた。
電撃に撃たれたように、身体をビクつかせると、グラドリエルという風船から、気力の空気が抜けていった。
そのクセ鼓動だけが爆発的に高鳴っていく。

「すればいいじゃん」

プロセルピナは、いちいちグラドリエルの反応が面白くて、さらに執拗に胸を弄った。

「で、でも‥‥」
「どうせあなたも大人になれば、おっきくなっちゃうんでしょう。まあ、どうせあたしには敵わないと思うけど。ほら、今だって」

そう言って、プロセルピナは身体をグラドリエルの背中に密着させた。

「あぅ‥‥」

背中に感じる柔らかさに、たまらず声をあげた。プロセルピナの鼓動が背中にモロに伝わる。

「ほらほら〜」
「や、やめて‥‥ください‥‥」

プロセルピナの指が、グラドリエルの先端の部分を探り当て、服の上からきゅうとつまむと。びくっと体を震わせた。

「‥‥もうやめ‥‥て‥‥‥‥」
「あたしは、あんまり締め付けられるのって好きじゃないから、しないけど。わかるでしょ?」

背中にあたる少し固い感触が、グラドリエルの身を縮ませる。
プロセルピナは少しだけ身体を離して、先端だけでのの字を描いてみせた。その度に、グラドリエルの息が荒くなる。
すると突然ドアが開いて、二人の姉が雪崩れ込んできた。
突然の事に、グラドリエルが反応して、プロセルピナから離れる。

「お、お、お姉様‥‥」
「ダメ! ダメだわ! あなた達ちゃんとしなきゃ!」

エリエルが、つかつかと近づいてきた。

「あーあ、いいとこだったのに」

プロセルピナはしれっと言い放った。

「プロセルピナ、あなたもしてなかったのね! だめよ! 大きくなってから大変になるのだから」
「あ、あたしは‥‥」
「ほら、グラドリエル。あなたのサイズにあわせた物を持ってきました」
「き、聞いてたんですか」

エリエルは、グラドリエルの言葉を聞き流して、紫色のブラジャーをグラドリエルの前に差し出した。

「そんな事より、ほら。やはりあなたらしく紫色にしてみました」
「ちょっと聞いてるんですか! お姉様ったら!」

グラドリエルは顔を真っ赤にして叫んだ。
さっきまでケンカしていた筈の姉妹が、いきなり二人して押しかけ、自分に迫ってきたのだ。
パニックにならないほうがどうかしている

そこでピンと来た。

シドラエルは、プロセルピナに向かって「あなたも」と言った。
プロセルピナが一枚噛んでいるとなれば、全てに説明がつく。グラドリエルの中で、謎は全て解けた。

「さては‥‥私を騙しましたね」

エリエルとシドラエルは、何事も無かったような笑顔の上に、冷や汗を浮かべた。

「プロセルピナ‥‥あなたも‥‥」

グラドリエルの目が怒っていた。

「あ、あたしは‥‥ほら、同じ年頃の良き相談相手として‥‥」
「ええ、良き相談相手でしたとも‥‥」

プロセルピナは、グラドリエルの目に怒りの炎を見た。
怒りの矛先は完全にプロセルピナに向かった。
もうこうなったら手におえない。
ゆっくりとグラドリエルから遠ざかった。獣に背中を見せたら確実にヤられる。

「じゃ、じゃあ、あたしはこれで。ダメよ、ちゃんとお姉さんの言う事聞かなきゃ‥‥」

背中を見せるやいなや、脱兎の如く駆け出した瞬間、グラドリエルが反応して追いかけた。まさに野生の反応である。

「!」

声にならない悲鳴をあげて、プロセルピナはドアを開けて部屋の外へ逃げ出した。グラドリエルもそれを追う。
部屋は、嵐が去ったような静けさに満ちていた。

「やっぱりまずかったでしょうか‥‥」

シドラエルが言うと、

「‥‥まあ、心配したのは事実だし、するべきだと思うのも事実だし‥‥今ごろ痛感してるのではないかしら」

エリエルが、紫色のブラジャーを見ながらため息をついた。

「そうですね‥‥」

シドラエルもため息をつく。
そして、二人顔を見合わせて、同時にため息をついた。
双子ならではの気の合いっぷりである。


平和に乾杯! 女王様万歳!

酒場では、木製のジョッキを打ち鳴らして、平和を称える酒盛りがいつまでも続いていた。

Fin

作品情報

作者名 じんざ
タイトルプリンセスクラウン
サブタイトルプリンセス・ブラジャー
タグプリンセスクラウン, グラドリエル, シドラエル, エリエル, ジェストナイ
感想投稿数2
感想投稿最終日時2019年04月10日 19時50分21秒

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