新緑の匂いが、微かにゆるやかな風に乗っていた。
春から夏に移り変わる季節。まだ幼い夏を、母親のように春が包んでいる季節。
そんな季節の夜。

「なあ、あかり」
公園のベンチで並んで座っているあかりに声をかけた。
「・・・・なに?」
夜空を見上げていたあかりが、優しく微笑みながら俺の方を見た。
「風・・気持ちいいな」
なんでもない事を、どうしてもあかりに聞いて欲しかったのかもしれない。
「うん、気持ちいいね」
夜の中でも、あかりの微笑みは春の日の太陽のように優しく暖かかった。
そんな微笑みを俺の為だけに向けてくれるようになってから、すでに一ヶ月。
それでも、あかりの態度は前と変わる事はなかった。
いや、むしろ前よりも一層やさしくなったのかもしれない。
「あかり、なんか喉かわかねぇか?」
「え? ・・うん、ちょっと」
そうは言うものの、まるで気にしていない風だ。
「浩之ちゃん、わたし買ってこようか?」
公園のすぐ横の道路にある、自動販売機を見ながらあかりが言った。
「いや、俺が買ってくるから、お前は待ってろ」
「いいよ。一緒に行く」
俺が立ち上がると、あかりも立ち上がった。
ノースリーブのシャツに、少し短めなスカート姿のあかりに、今更ながら、胸が微かに高鳴る。お互いがお互いを知った今でも、そんな気持ちになれる事が、嬉しくもあり、照れくさくもある。
俺らしくない。
そんな風に思いつつも、やっぱりどこかで心地良いい。
「なんだよ。いいってのに」
突き放した風に言ったのに、あかりはニコリと笑った。
以前のあかりならば、躊躇もしただろう。眉尻を少しでも下げただろう。しかし、今のあかりには、その頃には無かった強さを持っていた。
確かな強さ。お互いの心を通じ合わせた事の強さ。
そんな事が、あかりを強くしているのだろう。
もちろん俺も・・・・
「今日は一緒に居させて? ね?」
少し甘えるように、俺のシャツの裾をツンと引っ張ってきた。
「しょうがねぇな・・・たったあの自動販売機までの距離だぜ?」
そうは言いながらも、俺も実はあかりと同じ心境だった。
あかりは、まるで俺の心を見抜いているかのような、そんな目で俺を見ている。
「・・・・わかったよ」
ぶっきらぼうに言ったつもりが、自分でも笑っている事に気づいていた。
その返事さえも予感していたのか、あかりはニコっと笑った。


 買ってきたジュースを持って、再び同じ場所に座り直した。
「浩之ちゃん。乾杯〜」
俺の持っている缶に、あかりは自分の持っている缶を小さく当ててきた。
「乾杯って、なににだ?」
「・・・とくになにも無いけど、飲もうとしているジュースが二本揃ったら、やっぱり乾杯しないと」
「そんなもんかね」
確かに分からないでもない。わからないでもないが、出てくるのは苦笑ばかりだ。
「・・・ねえ、浩之ちゃん?」
「あ? なんだ?」
ジュースを飲もうと口をつけた瞬間、呼ばれて思わず缶を口から離した。
「・・・・あのね」
「なんだよ。何か言いたいならハッキリ言え」
「・・・・・こんな事言うと、また浩之ちゃん怒るかもしれないけど、わたしどうしても・・・」
何か言いにくそうな事を言おうとすると、あかりは笑顔で隠そうとする。
そんな時の笑顔は、決まってどこか寂しげな所があった。
今の笑顔がそうだ。
「・・・言いたくなけりゃいいよ」
俺は、缶に口をつけて、ジュースを一気に飲み干した。
ぷはぁと息を吐いてから、あかりを見ると、ジュースを開けたまま、飲もうともせずに、寂しそうに俯いている。
「・・・わかったよ。聞いてやる、聞いてやるから言ってみな」
「・・・・うん」
「怒らないから」
俺が優しく言うと、あかりはじっとこっちを見つめてきた。
決心がついたのか、ゆっくりと口を開いた。
「浩之ちゃん、わたしと・・・・・」
そこまで言ってから、また一旦言葉に詰まったが、その壁は破ったのか、すぐに続けた。
「・・・わたしと一緒に居て・・・楽しい?」
あかりのこんな真顔を見るのは久しぶりだった。真顔というより、つついたら突然涙があふれてきそうなほどの、そんな不安定な表情だ。
俺は、ただその質問の意味を理解するのに、しばらく時間をかけてしまった。
「ご、ごめん・・・なさい」
自分が言った事を後悔したのか、ハっとなってから、慌てて俺から視線を逸らした。
「・・・・・」
今の言葉の意味を、俺は考えていた。
なぜあかりはそんな事を言ったのか、その疑問だけが、頭の中をぐるぐると駆け回る。
「なあ、あかり」
「・・・・・」
「お前はどうなんだ? 俺と一緒に居て楽しいか?」
考えがまとまらないまま、俺が聞き返すと、あかりはハっとなって、俺の方を向いて、
「う、うん! わたし、楽しいよ。浩之ちゃんと居ると・・・・」
そこまで言ってから、不意に口を閉ざして、すぐに、
「・・・楽しい・・・っていうのかな。楽しいんだけど、なんだか違う。
前までは、ほんとに楽しかった。でも・・・今はなんだか違う気がするの」
「・・・・・」
あかりの言葉は、今の俺の心の中の言葉と一緒だった。
「楽しいっていうより、幸せ・・・・でも・・」
そこまで言った時、俺はあかりの唇を自分の唇で塞いでいた。
とっさの事だったのか、あかりは目を閉じる事さえ出来ないでいる。
しばらくしてから、そっと唇を離した。
あかりの匂いが鼻に、柔らかく暖かい感触が唇に、それぞれ残った。
あかりは、何が起こったのかわからないのか、ぼうっとなっている。
「もういい。言うな」
しっかりあかりの目を見据えた。瞳の奥の奥まで見通してやるくらいの気持ちだった。
「俺、お前を不安にさせてたか?」
「う、ううん・・・そうじゃない。
浩之ちゃん、わたしの事いっつも見てくれてるって、ちゃんとわかってる。
でも・・・それが、わかってるってつもりだったらどうしようってそう思う時があるの。
だから・・・だから・・ね・・」
不意に言葉尻が崩れた。その代償として浮かんだのは・・・・涙?
「お、おい・・・」
「ごめん・・ごめんなさい・・」
一旦出した涙を、止める術を知らないのだろう。
それでも、なんとか涙を止めようと必死になっていた。
「・・・あかり」
俺は、あかりの頭をそっと胸に抱き寄せた。
温もりと柔らかい匂いは、いつもと変わらない。
「しょうがねえな。泣く奴があるかよ」
「・・・だって・・だって」
「泣いてたら、また昔に逆戻りじゃねえか・・・」
公園で一人にされて泣いていたあかり。寂しくて誰かを探して泣いていたあかり。
今のあかりが、なぜだかその頃のあかりとダブって見えた。
「・・・・」
小さな嗚咽だけが聞こえてくる。
「俺はここに居るぜ? どこにもいきゃしない。お前の側にずっと居てやる」
俺はあかりを抱き締める手に力を入れた。
そうだ、俺はどこにも行きはしない。行く所はあかりの所だけだ。長い事かかって、ようやく見つけた俺だけの居場所だ。
「だから・・・・」
すると、胸の中で、あかりは小さく、かすかだが頷いたのがわかった。俺は、それからゆっくりとあかりを解放して、目を見つめた。
夜目にも、あかりの目が涙のせいでうっすらと赤いのがわかった。
「好きだって言葉が欲しいなら、何度だって言ってやる。
だから、これから俺の前で絶対に泣くな」
「・・・・」
あかりの沈黙に構わず、俺は思いっきり息を吸い込んでから、
「好きだ!」
とハッキリと大きな声で言った。
「好きだ! お前が好きだ!」
好きという言葉を軽く使っているという気持ちは無かった。俺の最高の気持ちを全部の言葉に込めた。ありったけの気持ちだ。
「まだ足りないか? 何度でも言ってやるぞ」
茫然としているあかりを見てから、まだ足りないのかと思い、もう一度思いっきり息を吸って、言おうとした時、あかりの人指し指が俺の唇をそっと塞いだ。
「・・・ありがとう、浩之ちゃん」
涙の跡がすぐに消えてしまいそうな笑顔を浮かべていた。
「うれしい。とっても・・・」
あかりは、目を細めて頬に流れる涙を自分で拭った。
「あかり・・」
「わたしね・・・昨日夢を見ちゃったの。小さい頃の夢・・・・」
あかりは、バラバラになった記憶のジグソーパズル
をゆっくりと作りあげていくかのように話だした。
「浩之ちゃんが、わたしに意地悪する夢。わたし、恐くて泣いちゃってた」
「・・・・」
「でも、今のわたしもその頃のわたしの中に居て、どうして意地悪するの? って、そう思ったら、もっと悲しくなって・・・・」
「・・・・・・・」
「わたしの事嫌いになったの? って、泣きながら叫んでも、浩之ちゃん何も言わないで行っちゃうの。わたしの手の届かない所に・・・」
缶を握っているあかりの指に力が入ったのか、アルミの缶はペコンと小さな音を立てて潰れた。
「朝起きたら、わたしも涙流してた・・・・」
おかしいでしょう? とでも言う風に、俺を見て苦笑交じりの微笑みを見せた。
「わりいな。夢の中でイジメちまって」
俺は自分でも不思議なくらい優しい声になっていた。
「まったくしょうの無い奴だよな。俺って」
「そ、そんな事・・」
俺が真顔で言ったからだろうか、あかりは目を丸くして驚いている。
「今度出たら俺を呼べ。俺の不始末は俺でつけるから」
あかりが笑ってくれるように、俺はニコリと笑いながら言った。
「うん・・・そうする」
「よし、約束だ」
俺は小指を差し出した。
あかりを元気づける為に。あかりを守る為に。
「?」
「約束には指切りが一番だ。小さい頃よくやったろ?」
「う、うん!」
明るい笑顔を取り戻したあかりは、俺の出した小指に、自分の指を絡ましてきた。
小さくて華奢な指。あかりに相応しい指だな・・・
「指きりげんまん。嘘ついたら針千本の〜ます」
二人で、声を揃えて、小さく歌った。
「指切った」
絡めた小指を離した。
離しても、小指にはあかりの感触が残っている。
ふとあかりと、目が合った。
「・・・・」
俺は何も言わずに、もう一度あかりに唇を近付けた。
今度は、あかりも目を閉じて俺の唇を迎えてくれる。
触れるだけのキスを一回。そのあと少し強めのキス。
唇を離すと、俺は頬が熱くなっているのを感じた。
あかり。
俺は心だけであかりの名前を読んだ。口に出さなくても伝わると思った。
あかりは、ニコリと心を見透かしたように微笑んだ。
「浩之ちゃん」
あかりはそう言ってから、俺の腕に、そっと自分の腕を絡ませてくる。
「大好きだよ・・・」
俺は、あかりのその言葉に、胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。
「俺もだ」
さっき、あれだけ好きだと言ったのが嘘のように、俺は照れくさい気分の中、ようやくこの一言だけを言えた。


 ふと、夏の匂いが強くなったような気がした。
俺達が変わった春の匂いは、今頃どこへ行ったのだろうか。
来年・・・また俺達二人の間を優しく通りすぎて行くのかもしれないな。
そんな風に思って、腕に絡まったあかりの腕に、そっと手を置いた。

Fin

後書き

 トゥーハートあかり。

 随分前にもしかしてアップしてるかもしれない(^^;;;;

 いや、本来は依頼物だったんですが、たまたまみつかったので(^^;

 PS版のトゥーハート、ノベル物なのに声ついて、意味ないと

 思うのだけれど、、、

 声無し希望、、、


作品情報

作者名 じんざ
タイトルTo Heart系のアレ
サブタイトル神岸あかり
タグToHeart, ToHeart/ToHeart系のアレ, 神岸あかり, 保科智子, 来須川綾香, 長岡志保, 藤田浩之
感想投稿数311
感想投稿最終日時2019年04月09日 22時29分27秒

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  • [★★★★★☆] 初め心配だったけど、ハッピーでうれしいです。続きお願いします。できればラヴラヴ気味に・・・(*^^*)
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  • [★★★★★★] 絶対、次の作品も作ってほしい。
  • [★★★★★☆] 見ててほのぼのします。あかりはこうでなくっちゃ。
  • [★★★★★☆] さいこ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  • [★★★★☆☆] まだゲームをやったことは無いですが・・・(^^;
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  • [★★★★☆☆] お話の全体に流れている、ちょっと肌に冷たいような、けどどこか心地よいような、やさしい雰囲気を感じてしまいました。
  • [★★★★☆☆] 浩之のキャラが、変わったような気がする。
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