過ぎた日々なんて、山の途中で麓を見下ろすようなもんなのさ。と誰かが言った。
通ってきた道なんて、大半が霞んじまって見えなくなる。でも、もっともっと高い所に登らなきゃいけない。そうしたら、振り返ってもどんどん見えなくなってくるのさ。だからとりあえず写真は撮っておけ。
そして、こうも付け加えた。
でも、あまり写真を撮るなよ。重たくって、登る途中にバテちまうぜ。と。
「そやなあ・・・・」
保科智子は、視線を下に落として、ストローから口を離した。
ヤクドナルドの二階席、窓際の席からは、夏の日差しが、街を白く染めかねない勢いの光が溢れていた。
外に出れば、思わず眉を寄せてしまう程の熱さが待っているだろう。
ここは、放課後の学生達の避暑地には最適な場所だった。
「小学校の頃・・・いつやったか・・・何年生の時かもう忘れたけど、めっちゃ暑い日とかあったのよう覚えてるわ」
頬杖をつきならが、ゆっくりと息を吐きながら、窓からの街を見た。
夏服から伸びる腕は、夏だというのに白い。
「神戸の方とかって、やっぱこっちよか暑いのか」
浩之が、智子が何を見ている先がなんなのか、漠然と気にしながら視線をやった。
「うーん・・・どうやろ。あんま変わらんような気もするけど、こっちの方が微妙に暑い気がするわ」
「そうか」
「あ。あんた今勝ち誇ったやろ?」
不意に、智子が浩之の方に向き直った。
「別にい」
浩之は、にかっと口元を吊り上げながら言った。返事に説得力が無いとは、まさにこの事だろう。彼にしてみれば、そのつもりも十分にあったのだが、それ以上に、智子の反応が楽しみでしょうがないのだった。しかし、それは彼女には伝わる事は無かった。
「アホくさ。しょうもない事で・・・本気で平均温度測った訳でもないし、私だってこっち来てから体質かて変わったかもしれんのに」
智子は、内心悔しがっていた。どちらかと言うと、負けず嫌いな方である。表立って出さない物の、対抗意識を向けられれば、それに反応する。
「そうだな。そうに違いない」
その言葉に、キッと眉を寄せたが、すぐに表情を緩めた。
「あんた、めっちゃガキっぽいわ。小学校の時おったわ、そういうガキっぽい奴。何かっていうと、張り合ってきて・・・ほんまにあんたそっくりや」
「なんだよそりゃ。それに、小学校の時って・・・ガキで当たり前じゃねえか」
浩之が苦笑すると、智子はふっと笑って、
「まあ、今にして思えば・・・他の連中よりも、ちょっとだけは大人やったのかもしれん。回りくどい笑い方なんて、ガキっぽないし」
不意に、クスクスと笑いだした。腹の底からゆっくりと溢れ出すのを、細切れにしたような笑みだった。
「俺がそいつと同じレベルって事か」
「まあ。そうかもしれん」
「ちぇっ・・」
何時の間にか向こうのペースだ。そう思いながら、浩之はジュースを手に取り、一気に吸い上げた。
それから、ほんの少しだけ沈黙が続いた。
「あの頃は、身体軽かったし、楽やったのになあ」
「今は、重たいってか」
「アホ。なんの事や」
浩之の視線がどこに向いているのか気づいて、刺すような勢いで小さく言う。
「ドスケベ」
さらに聞こえないほど小さな声で言ったのだが、浩之には聞こえていた。というより、浩之は口の動きを読んでいたからである。
「ヤジボケもたいがいにしとき。つまらんボケは、ツッコミに値せんわ」
「ヤジボケってなんだ?」
「オヤジギャグの笑えんやつの事。ちゃんと言うのもアホらしいから、適当に言うてんねん」
「笑えなかったか?」
「笑えんわ」
「確かにな・・何言い出すやほんまに。って顔してるもんな。でも、頬まで赤らめるこっちゃないと思うぜ」
智子はハッとして、自分の頬に触れた。
その行動に満足したのか、浩之はにっと笑う。
「まあ、お互いまだガキって事で手を打とうぜ」
「あ、あんたと一緒にせんといて」
浩之のフェイクではなく、本当に頬を染めた智子が、残りのジューズを吸い上げた。すぐにぢゅるるると音がする。
「なんやここは。氷の方がおおいな。これやったら、そこらの缶ジュース飲んだ方がよっぽど効率的や」
「氷も金のうちだ。食おうぜ。それに、カキ氷だと思えば」
浩之は苦笑しながら、カップの蓋を開けた。
「そんなんいやしい真似出来るかいな・・・と言いたい所やけど、あんたの言う事ももっともや」
クスっと笑いながら、浩之に倣って、蓋を開けた。
「ガバっといけ」
「さすがにそこまで出来んわ」
智子は苦笑して、ストローで氷をサクサクと突付いた。
「こーいうのは、思いっきり行くのがいいのにな」
浩之は、カップをあおって、ザラザラと口の中に氷を溜め込んで、噛み砕き始めた。くぐもった破壊音が響く。
智子は、苦笑してから、カップを小さく傾けてほんの少しだけ口に入れて、ゆっくりと噛み砕く。
「委員長もノリ良くなってきたよな」
氷を噛み砕いて飲み込んだ浩之がそう言うと、智子はぷいっと顔を逸らして、
「元々や。それに、高校生になったし、もうちょっと落ち着こ思うたけど、それもよう出来んしな。誰かさんのせいで」
「ほう。誰だそりゃ」
「さあ。どっかの誰かさんや。残った氷をバリバリ食ったりする、下品で卑しくてドスケベな奴かもな」
「うわっ。そいつ、最悪だな。手切った方がいいぞ、マジで」
「そっかそっか。気合うやないか。私もそう思ったわ」
智子がニコニコと笑ってから、カップを小さく傾けた時、浩之の手がそれをちょんと押した。氷が一気に口の中に流れ込んでいく。さすがに氷を撒き散らしたりする前に、浩之の手も離れたし、智子も体勢を立て直していたが、氷を一杯含まされたせいで、頬が膨れていた。
「こんな事する奴だったら最悪だよな」
「・・・・・」
うつむいて、しばらくボリボリとやった後、表情の無い目を浩之に向けて、
「覚えとき。私の前で飲み物とか飲まん方がええって」
「なんだ、手切るつもりだったんじゃないか?」
「切れる訳ないやろ。このお返しせはキッチリさせてもらうわ。あんたが昼間弁当食べる時も、これからも・・・・」
不意に、表情を和らげて、眼を細めた。
綱引きの時に、縄をぱっと離された時の気分は、こんな感じなのだろうか。
「お・・おお。まあ、頑張ってくれ」
照れ隠しのつもりで、カップを傾けた。
油断大敵。その言葉を思い出すのに、この後五秒もかからなかった。
誰かが言った。
写真なんてのはな、撮ろうと思って撮れるもんじゃないのさ。いつの間にか撮れてるもんなんだ。こんなの撮っても意味ないと思う物が、一番良かったりするんだ。
後書き
一歩進んで二歩さがらんばかりの勢いで頑張ってみましたヽ(´ー`)ノ
作品情報
作者名 | じんざ |
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タイトル | To Heart系のアレ |
サブタイトル | 保科智子 Today1 |
タグ | ToHeart, ToHeart/ToHeart系のアレ, 神岸あかり, 保科智子, 来須川綾香, 長岡志保, 藤田浩之 |
感想投稿数 | 277 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 17時35分55秒 |
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コメント一覧(クリックで開閉します)
- [★★★★★★] 平和ですねぇ、浩之っぽくて委員長っぽくて「らしい」後日談でした
- [★★★★★☆] 保科さんがすごく好きになったよー!芹香先輩ラブだったのに(笑)。保科さんがらしくかつすごい可愛く書けてるし、浩之ちゃんもイカスー。いいですね、このカップル!
- [★★★★★☆] どっちかと言うと浩之に振り回される委員長に方が好きなんですが
- [★★★★☆☆] 出来るだけ早くに続編を願います。
- [★★★★☆☆] 委員長、可愛いやんけ(笑)
- [★★★★☆☆] 始めのくだりの後の「そやなあ・・・・」が印象的ですね。
- [★★★★★☆] コップをちょっと傾ける浩之の子供っぽさがよかったです
- [★★★★★★] 久しぶりに東鳩もの読みました。やっぱ最高っす!!
- [★★★★★★] 保科智子で検索したら、ここに来て…すごくおもしろかったです〜