何度季節は巡り来るだろう。
何度陽は巡るだろう。
始まりがあれば終わりもある。
でも、どこが始まりで、どこが終わりなんだろう。
グルグルと回るメビウスの輪。
そんな中に俺達は居るのだろうか。
高台に新しく出来た公園に吹く風には、春の匂いがたっぷりと乗っかっていた。
新しい匂いがする。何か物を買って、わくわくしながら梱包を解いた時にする、新製品の匂いを嗅いだ時と同じ気持ちになる。
何かが始まる。始めたくなる。そんな気持ちにさせてくれるような風だった。
日も長くなってきて、放課後に少し寄り道をした最後に辿り着く場所でも、まだ陽は落ちていなかったが、地面に長い影を落としていた。
「なあ・・・」
保科智子がそう切り出すと、不意に公園を駆け抜けた風が、智子の額に微かにかかった前髪と、制服のリボンを揺らす。そんな風にも気持ちよさそうに目を細める事は無かった。
「なんだよ」
「前から思うてんねんけどな・・・あんた時々めっちゃやる気無さそうな時あるやんか。それ以外でも、いつも結構のんびりしてるし」
眼鏡の奥の目を、きゅっと細めながらそう言った。
指をビシっと浩之の鼻に突きつけている。
「そうか? 別にそんな事ないけどな。俺はいつだって普通の状態だぜ・・・」
智子の指差しにも怯まずに、浩之はいつもどおりに、智子の目を見つめていた。
「そういうのがそうやていうてるんや」
「そんなもんかね」
浩之の反応に、ガクっと肩を落としながら、大きく息をついた。言った自分がバカだったと言わんばかりに。
「そんなもんか・・って、あんた、もっと自覚したほうがええよ」
「そう言われてもなあ・・まあ、自覚すんのは構わないけど、別に誰も困ってないんならいいんじゃないか?」
「そりゃ、確かに誰も困ってへんかもしれんけど・・・」
「だろ?」
「でも、でもな、あんた悔しないのか。みんな・・とかにもそう思われてるかもしれんのに」
「別に。俺はいつものまんまだし、それでそう思われてるんなら、しょうがない」
「でも・・でもなあ・・・」
「なあ、なんでそんなに気にするんだよ」
どこか執拗に食い下がって来る智子に、浩之が逆に聞き返す。ついさっきまでは、そんな事を言う素振りさえも見せなかった筈なのが、浩之には気になっていた。ほんの一言で流されていたならば、聞く事も無かっただろう。
「さっき、みんなにもそう思われてるかもとか言ったけど、実際そうなのか?」
「え? あ、ああ・・・だからそれは・・」
浩之は、ほうっと力を抜いて、手すりに背中で寄りかかった。
「俺は別にそれだったらそれでいいけどな。それに、別にやる気が無い訳じゃねーし」
ポリポリと頭をひと掻きしてから、
「それよか、委員長さ、もっと俺みたいに思われるくらいのんびりするってのはどうだ? 」
その言葉に、智子は心外だと言わんばかりの目を向けた。
「別になんも焦ってなんかおらん。あんたも言ってたやろ。もっと力抜いてけって。これでも十分抜いてるんやけど、まだ足りんか?」
「別にそう言ってる訳じゃねーよ。俺が言いたいのは、委員長が俺の事をそう思ってるくらい、他から思われようになればいいんじゃねえかって事だよ」
浩之の物言いは、あくまで柔らかい。
「せやかて・・・」
「まあ・・・いきなりってのも無理だろうけどな」
ふぅと息を吐いて、浩之は空を見上げた。東の空は、すでに紫がかってきている。
「でもさ」
そう言って、智子の方に向き直って、
「なんでまたいきなり、俺の事なんかを?」
と聞くと、しばらくの沈黙の後、
「別に・・・理由なんてない。ただ、どうしてそんな風で居られるのか、ちょっと不思議に思っただけや」
「そっか・・って事は、委員長も、もっとのんびりしたいって思ってる訳か?」
「ちゃうわ。ほんまに、ただ不思議なだけやっていうてるやろ」
「別に何か特別意識なんてしてないしな。自由気ままなだけか」
言い捨てて、夕日が半分ほど隠れた山並みに向き直った。
「羨ましいわ・・・」
「別に羨ましがられる程の事じゃねーって。普通の事だし」
「普通・・・か」
「そ。普通。ノーマルって奴だな」
「あんたのは、どっちかっていうとアブノーマルやけどな。クラスの男子みんなそんなんやったら大変や」
智子は、クスクスと笑った。
「ま、それでもいいけどな」
「ふふっ」
今度は、丸めた手で口を隠しながら笑った。
こんな笑い方が出来る方が、よっぽど羨ましいぜ。
浩之は、手すりから離れて、智子の背中にするっと回り込んだ。智子がはっと気づいた時には、浩之の手は、彼女の肩にあった。
「おお、だいぶリラックスしてるじゃねーか。以前とは別人の様だぞ。でも、まだまだだな」
「ちょ、ちょっと・・・」
「まあまあ、リラックスの基本は、まず肩の力を抜くこった。それから大きく深呼吸。ほれ」
促すと、智子は、素直に深呼吸を始めた。肩が大きく上下する。
「よしよし。素直なのも効果的だな」
「素直なのは・・関係ない」
少しだけ突っぱねた感じの口調だったが、かろうじて威勢を保ってる程度だ。突付けばすぐにグニャグニャになってしまう声だ。浩之はその声に満足して、ゆっくりと肩を揉み始めた。
「さっきみたいにさ・・・人前で笑ってやれよ。そうすりゃ、友達なんてすぐだ」
「・・・うん」
小さく頷くのがわかった。すぐ近くに居なければわからなかったくらいの小さな頷きだ。
「友達が増えれば、もっと笑うようになる。そうすりゃ、また友達がゴソっと増える。そのうち友達百人達成出来るかもしれないぜ」
「そんなに要らんわ。そこそこの人数でええ」
浩之は、ぼんやりと考えて、なるほどと納得した。それも最もだ。多すぎるのも問題ありだな。
「今、どれくらいいるんだ? 友達」
「・・・べ、別に・・・神岸さんとはよう話すようになったし、長岡さんも、あれはあれで話せる所あるし・・・あとはぼちぼち・・・」
言いにくそうに喋りながらも、語尾が消えるようだった。数が少ない事を恥じたのか、友達を作ろうとしている自分が照れくさいのか。
「まあ、俺を入れて三人と言ったところか」
「・・・・違う。それやったら二人や・・・」
浩之の肩を揉む手がピタリと止まる。志保はその範疇にはまだ入っていないというか。まずい事を言ったのかもしれない。
「まあ、志保の奴は・・・」
「違う、そういう意味やなくて。あんたの事や」
「へ?」
素っ頓狂な返事をしたと同時に、智子は首を少しだけ横に向けた。そして、小さな声でこう言った。
「あんた、友達なんか?」
「え・・・」
「なんでもない。友達やったら、それでもええ・・」
浩之の胸に、ちくりと何かが刺さった。そこから、じわじわと何かが染み出してくる。もう肩に触れているだけでは我慢が出来ないほどの何かが。
智子の言わんとしている事は、浩之には理解出来た。大は小を兼ねるの例えで言ったつもりだったのが、そうは伝わっていなかった。
言葉にしようと思った。でも、動いたのは口じゃなくて身体だった。
肩から手を回して、そのまま腕ごと智子の身体を引き寄せる。
智子は声を出さなかった。どうなっても、全て受け入れる。そんな覚悟はいつでもあったのかもしれない。あの日からずっと。
無言の会話。浩之も智子も何も言わなかった。言葉の代わりなら、胸の奥にある物がやってくれている。背中越しに伝わっている。
しばらくの沈黙。どれだけ時間が経ったのを知らせるのは、稜線に沈んでいく夕日だけだった。
「なあ」
「ん?なんだ」
「・・・ううん。なんでもない」
浩之が回してきた腕に、そっと手を乗せてきた。
「・・・もうちょっとこうしててもらってええ?」
「ん。いいぜ」
「ありがと・・・」
それからしばらくして、
「あのな・・さっきの話な・・」
「ああ・・うん」
「私一人だけ不公平やって、そう思ってただけ」
「不公平?」
「こんな気持ちにさせられて、ごちゃごちゃ不安に思っとったのはこっちだけか思うたら、なんやちょっとイライラしてな・・」
それを聞いた浩之は、おかしそうにふっと鼻で笑った。
「自分一人だけかと思ったか。俺も以外と信用ねーな」
「だって、いつもの姿見てたら・・」
「アホか、そんな訳あるかいな。とても言えばいいか」
そう言って、智子を抱きしめる腕に力を込めた。言葉に代わりだった。
「そやな。お互い、アホなのかもしれん」
二人は、小さく笑い合ってから、細い光になって消えていこうとする夕日を見ていた。
ただ、残念ながら、二人は夕日が稜線に消える瞬間だけは見る事が出来なかった。
後書き
二歩進んで三歩さがらんばかりの勢いで一生懸命やりました(;´д`)
作品情報
作者名 | じんざ |
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タイトル | To Heart系のアレ |
サブタイトル | 保科智子 Today2 |
タグ | ToHeart, ToHeart/ToHeart系のアレ, 神岸あかり, 保科智子, 来須川綾香, 長岡志保, 藤田浩之 |
感想投稿数 | 277 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 21時34分10秒 |
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コメント一覧(クリックで開閉します)
- [★★★★★★] ほほほほ保科さん!!(落ち着けわたし)やあ〜、どきどきです。ときめいてしまいましたよ〜!!もっともっと読みたいです!
- [★★★★☆☆] 雰囲気よいですよねぇ、次回はもっと甘々なのをお願いします〜
- [★★★★★☆] 勘:感想遅くなりました、自分は最近SS書いてないです、がんばらねば……(汗
- [★★★★★★] 激萌え〜、さりげないしぐさに激しく萌えますねい
- [★★★★★☆] 委員長らしさが出ててよかった。
- [★★★★☆☆] 委員長が可愛過ぎ!!公園でこんなことするなんて浩之も大胆ですね
- [★★★★★★] 智子は最高だね、ぜひとも次を読みたいです。期待してます
- [★★★★★☆] 才能アリ
- [★★★★☆☆] 基本に忠実で読みやすかったです。シナリオも無難な所ですね。