朝食の雰囲気は何とも言えない、張り詰めたもので包まれていた。
向かいに座っている弥生と真奈美の視線が妙にきついのだ。
その理由は恐らく、隣に座っている香奈に原因があると思われるのだが、真奈美はともかく弥生までがきつい視線を投げかけている。芳彦はそんな二人の視線に耐えられず、俯いて朝食を取っていた。
すると、横の香奈が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「お兄ちゃん……私が作った朝食……美味しくない………?」

彼女は肩落として、小さな声で呟いた。言葉の最後のほうは声が小さすぎて、かろうじて聞き取れるかどうかだ。
だが、それでも芳彦の耳には、はっきりと聞こえた。
芳彦は慌てて顔上げると、彼女のそんな不安を取り除くかのように笑いかける。

「そ、そんなことないよ、香奈ちゃん。
 香奈ちゃんの作るものだったら、何でも美味しいよっ」

芳彦の言葉に香奈の表情は、ぱっと明るくなる。

「よかったぁ………実は今日のお味噌汁、いつも使っている味噌と変えてみたんです。
 美味しくできているか心配だったんだけど、うまくいってよかった……」

香奈は目を閉じ、両手を胸に当てて喜びに浸っている。自分に褒められらて、喜んでいるのだろうか。そんな彼女の姿に芳彦は、胸に熱いものがこみ上げてくる。
だがその瞬間、芳彦は頬に鋭く、刺すような視線を感じた。殺気、といっても言い過ぎではないかもしれない。芳彦は恐る恐る、その視線を感じるほうへと顔を向けてみた。

「……………………………………」
「……………………………………」

案の定というべきなのだろうか? 視線の正体は、真奈美と弥生のものだった。
「蛇に睨まれた蛙」というのは、こういう感じなのか……と思わずにはいられない。
全身という全身から汗が吹き出していた。芳彦はあまりの緊張からか、唾をごくりと飲む。
早起きは三文の得ではなかったのか? そんな疑問が湧き起こる。この状況は、どう考えても得しているとは思えない。
しばらくの間、芳彦は拷問に等しい時間を過ごした。そんな彼をそこから解放したのは、真奈美の声であった。

「あっ。そういえば、お姉ちゃん。今日、日直じゃなかったっけ?」

真奈美は、それを思い出したかのようにいう。その口調はいつもの調子だった。
彼女の声を聞いた香奈は、慌てて席を立ち上がる。

「いっけなぁ〜い! え、ええええっと!
 お兄ちゃんと真奈美のお弁当はいつものところに置いてあるからっ。忘れずに持っていってねっ!」

香奈は自分の使った食器を片付けながら、芳彦と真奈美に弁当のことをいう。

「香奈っ! そんなに慌てていると、危ないわよ!」

ばたばたと学校に行く準備をしている香奈に弥生が注意する。

「は、はぁ〜い! ええっと、ハンカチ持ったし……あとは…………」

香奈は返事をしてはいるが、弥生の言った言葉をあまり耳に入れてはいないようだ。
彼女は忘れ物がないか確かめると、鞄を持ってリビングを出る。

「そ、それじゃあ、いってきまぁ〜す!」
「いってらっしゃ〜〜〜い」
「気をつけていくのよっ」

真奈美と弥生の声に送られて、香奈は学校へと向かった。
芳彦は香奈の後ろ姿を見送りながら、彼女はあんなにも慌て者だったのだろうか?と首を傾げていた。普段は、もうちょっとしっかりしたところがあったと思っていたが、今日の彼女はとてもそんな風には見えない。
それとも、あれが彼女の本当の姿なんだろうか?
芳彦が香奈の出ていったドアのボーっと眺めていると、弥生が声をかけてきた。

「………さて、芳彦くん。どういうことなのか説明してもらいましょうか……?」

言いながら、先程と同様に弥生がきつい眼差しで睨んでいる。

「えっ………? せ、説明って…………………」
「お姉ちゃんが、お兄ちゃんのこと『お兄ちゃん』って呼ぶことだよっ!」

芳彦が言い切る前に真奈美の言葉が遮る。二人のものすごい剣幕に彼はたじろぐ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、二人とも! 俺だって知りたいぐらいなんですから!」

芳彦は声を荒げて反論する。謂れのないことで責められるのはたまったものではない。

「それに! だいたい、昨日は香奈ちゃんとはろくに会わなかったんですから」

昨日は帰ってから、芳彦は部屋に籠もりっぱなしだった。香奈と会ったのは夕食時ぐらいだろう。だから、香奈がなぜ自分のことをお兄ちゃんと呼ぶわけがわかるはずもなかった。
弥生は芳彦の言葉を信用していないのか、隣りにいる真奈美を見る。恐らく、彼のいったことを確認するためだろう。彼女の視線に気づいた真奈美は、首を捻って、うーんと唸り始める。

「そういえば……昨日お兄ちゃんは、ほとんど下に降りてこなかったなぁ〜」

と、真奈美は昨日のことを思い出しながら弥生に告げる。彼女の言葉に弥生は、芳彦のほうへと視線を戻す。その視線には疑念が込められていた。

「ほ、ほんとですってばっ。弥生さ〜ん、信じてくださいよぉ〜」

言葉の最後のほうは、ほとんど泣き声に近い。

「………芳彦くん。そんな情けない声を出さないでちょうだい。まったく、もう……」

弥生は額に手に当てると、大きく肩を落とし溜め息をついた。芳彦は罰の悪そうな顔して、頬を掻きながら俯いている。

「じゃあ、何でお姉ちゃんはお兄ちゃんって呼ぶんだろう?」

真奈美は疑問を口にしてみるが、その疑問に答えられる者はここには誰もいない。

「ひょっとして……学校で何かあったんじゃ……………?」

芳彦が口にした言葉に、弥生はじろりと睨んだ。彼女の視線に芳彦は思わず身を引く。

「勘弁してくださいよぉ〜。まだ俺のこと疑っているんですか〜?」
「当たり前じゃないないの! あなたに関係していることなんですからね!」

投げやり気味にいった芳彦の言葉を、弥生は即答する。彼女の剣幕に芳彦は気圧される。だが、なんと言われても、身に覚えはない。芳彦は負けじと弥生のことを睨み付けた。

「お、お母さん。お兄ちゃん、ホントに何も知らないみたいだよ…………
 それに………お母さんとお兄ちゃん…け、ケンカはやめようよぉ〜?」

二人のムードがさすがに険悪になってきたのか、真奈美はみるに見かねて仲裁に入った。

「う、うんとね。真奈美は最初はお姉ちゃんが、お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼ぶのは嫌だって、思ってたんだけど………
 ……で、でも! お姉ちゃんがお兄ちゃんって呼んだって別におかしくないよね?
 だ、だって、真奈美たち家族なんだし!」

真奈美は顔を赤らめながら、それでも元気よくいった。

「真奈美………」
「真奈美ちゃん………」

真奈美は一息ついてから、

「だから。だから、真奈美はお姉ちゃんがお兄ちゃんのことを『お兄ちゃん』って呼ぶことは、別に構わないと思うな」

と言った。
芳彦と弥生は顔を見合わせたあと、お互いに肩の力を抜いた。

「そうね……そうよね。真奈美の言うとおりだわ………
 香奈が芳彦くんのことをお兄ちゃんって呼んでも、悪いことじゃないわよね……」

そう呟くと、弥生は苦笑する。

「……芳彦くん。さっきは怒鳴ったりしてごめんなさいね。
 香奈の変わりように、ちょっと過敏に反応しちゃったみたい……許してちょうだい…?」

弥生は芳彦に向かって頭を下げた。これには、芳彦が慌ててしまった。

「あ、い、いえっ。弥生さんに頭を下げてもらうことじゃないですよ!
 それに、さっきのことは、気にしてませんからっ」

真奈美の言葉で、被害者意識みたいなものはどこかへ飛んでいってしまった。
あるのは、弥生に頭を下げさせてしまった自己嫌悪だけである。

「ほ、ほら。弥生さん頭上げてくださいよ、ね? 本当に気にしていないですから」

弥生は弱々しい表情で、芳彦の顔を伺う。

「……本当に?」

上目遣いに覗いてくる弥生の表情に、芳彦はドキッとした。先程、朝食の味について聞いてきた香奈の表情とそっくりだったからだ。
胸の鼓動をどうにか静めようと、それと格闘していると、

「………お兄ちゃん………なんで、お母さんの肩に手を乗せてるの………?」

真奈美のドスの利いた声が届いた。

「わぁっ!!」

芳彦は、慌てて弥生の側から離れた。どうやら、いつの間にか弥生の肩に手を置いていたらしい。どうも、自分でも制御できない何かが働くようだ。

「あは、あはははははははははははははっ!
 と、とにかく!
 ひとまず一段落ついたわけだ。うんうん」

芳彦の取り繕った態度に、弥生はくすっと笑う。

「ふふ、そうね。芳彦くんの言うとおり、確かに一段落ついたわね」

弥生は芳彦くんの顔を見つめながら、笑みを浮かべている。芳彦は弥生の視線から逃れるように、顔を赤くして俯いている。

「もう! お兄ちゃんたらっ!!」

真奈美は、そんな芳彦に声を荒げる。

「ご、ごめん……真奈美ちゃん。あはは…」

頬をぽりぽりと掻きながら芳彦。

「とりあえず、香奈の話はこれで終わりにしましょう。帰ってきたら、本人に聞いてみるのが一番の近道ね」

弥生の言葉に、芳彦と真奈美は頷く。

「そうですね。俺たちだけで言い合ってもしょうがないですもんね」
「そういうことっ」

どうやら、険悪なムードから脱したようだ。芳彦が席について朝食の続きを取ろうとしたら、真奈美の声が響く。

「ああーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!」

冷めかけた味噌汁を、ちょうど飲んでいた芳彦は思わず吹き出してしまった。

「ちょ、ちょっと! 芳彦くん! 汚いじゃないの!!」
「ああ! す、すみませんっ!!」

芳彦は慌てて布巾を取り、テーブルの上を拭き始める。そして声を上げた真奈美のほうに視線を向ける。

「どうしたの、真奈美ちゃん? いきなり大声なんか出しちゃって?」
「お、お兄ちゃん!! じ、時間見てよっ!
 もう学校に行かないといけない時間だよ!!」

のんびりとした芳彦の言葉とは対象に真奈美の声は焦っていた。芳彦も時計のほうを見てみると、すでに学校へと向かっている時間だった。

「うわっ! ち、遅刻だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「そ、そうだよ! お兄ちゃん!!
 のんびり朝御飯食べている場合じゃないよー!」

芳彦と真奈美は朝食をそっちのけで、急いで学校に行く準備を始める。

「ちょ、二人とも! そんなに慌てると危ないわよ!!」
「や、やぁ〜ん! お母さぁ〜ん、真奈美のハンカチ知らない〜?」
「ええっと。とりあえず、俺は持ってるし……ええっと、あと他には………」

先程の香奈と何ら変わらない光景に、弥生は呆れ返った。それと同時に、その光景が温かく感じるのはなぜだろう?
以前の我が家なら、こんな光景は見られなかったでしょうね……と弥生は心の中で呟いた。

「お母さん! お母さん!」

真奈美の声に、弥生は現実へと引き戻される。

「え!? あ、な、何、真奈美?」
「真奈美たち、もう学校に行くね! お母さん、ごめんだけど後片付けお願いね!」

真奈美の準備は、どうやら終わったらしい。見ると、芳彦のほうも済んだようである。

「はいはい、わかりました」
「すみません、弥生さん。夜勤明けで疲れてるでしょうに」

芳彦は、弥生にすまなそうに話しかける。彼女は笑みを浮かべると、

「いいのよ、そんなの気にしなくても。それよりも、あなたたち。早く学校に行きなさい。
 本当に遅刻しても私は知らないわよ?」
「やぁ〜〜〜ん!! お兄ちゃん、早くいこっ!!」
「すみません、弥生さん。あと、よろしくお願いします!!」

真奈美と芳彦は、並んで玄関へと向かった。
弥生は二人の背中にいってらっしゃいと声を掛けた。

「お兄ちゃん! 早く、早く!」

一足先に靴を掃き終えた真奈美は、外で芳彦を急かしていた。

「ふう。お待たせ、真奈美ちゃん」

芳彦も靴を掃き終え、真奈美の横に並ぶ。

「よし、お兄ちゃん。いつものところまで競争だよ!!」
「おしっ! 今日は負けないからな、真奈美ちゃん!」
「へへーんだ。今日もお兄ちゃんを負かしてやるからねっ!」

芳彦と真奈美はスタートの構えを取ると、二人同時に声を合わせた。

『よーい……………ドンっ!!』

合図とともに二人は猛然と駆け出していった。
走っている途中、芳彦は横を走っている真奈美に声を掛ける。

「ねえ、真奈美ちゃん……」

呼びかけられた真奈美は芳彦のほうに視線を少し向ける。

「何? お兄ちゃん? いっとくけど、ハンデは無しだからね!」

真奈美はキリッとした笑みを作る。そんな彼女の言葉に芳彦は苦笑する。

「違うよ、真奈美ちゃん。さっき、真奈美ちゃんいっていたでしょ?
 俺たちは家族だって……。俺、嬉しかったよ」

芳彦は、そう言って真奈美に微笑みかける。真奈美は一瞬、目を丸くしたが、すぐに嬉しそうな表情をみせる。

「えへへっ☆ そうだよ、お兄ちゃん。真奈美たちは家族だよ!!」

真奈美の満面の笑顔見て芳彦は、やっぱり早起きは得しなきゃな、と思った。

「スキあり! えへへっ☆ 一番はもらったー!」
「あ、こら! 待てぇーーっ!!」

二人は、いつもと変わらない通学路を楽しそうに駆け抜けていった。

to be continued ....

後書き

ども。KNPです。

遅れてしまいました。いいわけはしません。(^^;;;
感想をくれた方々。本当に申し訳ないです(苦笑)。

とりあえず第2話を書き終えて、思ったこと。

「ホントにオチがあるんだろうか(爆)!?」

と自分で疑問を持つほどです(笑)。
#まぁ、オチは一応作ってます。(^^;;; ご安心を。

ええっと。今回みたいに、また遅くなるかもしれません。第3話はなるだけ早く仕上げるつもりではいます。
こんな私ですが、おつき合いのほどをよろしくお願いします。m(_ _)m


作品情報

作者名 KNP
タイトルファーストKiss☆物語
サブタイトル2:早起きは三文の大損!?
タグファーストKiss☆物語, 織倉香奈, 水沢芳彦, 織倉真奈美, 織倉弥生
感想投稿数76
感想投稿最終日時2019年04月09日 19時24分52秒

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  • [★★★★★★] ゲーム本編でも言われてみたかったですよね。香奈ちゃんに「お兄ちゃん」って
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  • [★★★★★★] 素晴らしすぎるっ!(゜д゜)
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