放課後———テスト返しも終り、後は夏休みを待つばかりで、教室の中には、無駄話に明け暮れている生徒が何人かいる。
僕もその一人だ。

「それでさあ、昨日の深夜番組で……」
「そうそう、あれは良かったよね」

相手は親友の大森君、赤点をなんとか免れた者同士だ。
後もう少しで夏休みという気持ちも手伝って、つまらない話に大いに盛り上がっている。
僕達以外の生徒も同じ様におしゃべりに熱中している。
……そんな和やかな放課後だった。

「ん?あれは何なの?」

僕は大森君との会話をそこでいったん中断して、窓の外の方を指差した。
教室の窓からは校門と、下校する生徒達を見ることができる。
指差した方向には明らかに不自然な人だかりがあった。

「ん?……ああ、あれね」

校門の前に7、8人が1箇所に集中している。

「あれは、小野寺さんだよ」
「はあ?」

僕は大森君の答に首を傾げたが、すぐにその意味が分かった。
確かにそこには小野寺さんが居た。
正確には小野寺さんと、その周りを取り囲むようにして集まっている男子生徒達だった。
生徒達皆、小野寺さんに話しかけ、彼女はそれに頷きながら、笑顔で答えている。

「すごいよね。まさに丸井高校の女王様って感じだよね」

大森君も窓の外を……彼女の方向を指差してそう言った。

「小野寺さんは、人気あるからね。
いつもあんな風にファンクラブに囲まれているんだよ……前に話したっけ?」
「うん……そうだけど……」

……実際にこの目で見るのは始めてと言うことになる。

「でも本当に綺麗だよね」

大森君はぼおっと彼女を見ながら、尋ねる———話題はいつのまにか彼女の事に移っていた。
僕も一緒にぼんやりと眺めながら、ぼんやりと答えた。

「……そうだね」
「人気があるのも分かるよね」
「……そうだね」
「スタイルもいいしね」

大森君の口からは小野寺さんを誉める言葉しか出てこないので、僕は質問軽く聞き流して『そうだね』と返事だけをし、彼女の方を見ていた。
男子生徒を引き連れて、その中央であたかも女王の様に振舞っている彼女を複雑な気持ちで見ていた。
同居にも慣れて、最近ではずいぶんと打ち解けられるようになったつもりだったのに、今の彼女はずいぶん遠い存在に感じた。

「君も小野寺さんが好きなんだったら、ファンクラブに入ったらどう?」
「……そうだね……え?」

心ここに有らずだった僕は、一気に引き戻される。

「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなの嫌だよ」
「どうして?」

僕はからかわれているのだと思った……けど、大森君はいたって真面目な様子だった。

「だって、ファンクラブなんて……
……まるでアイドルか何かの追っかけみたいじゃないか」


「嫌なの?」
「そりゃあ……嫌だよ」
「でもさ……小野寺さんはアイドルみたいなもんだよ」
「えっ?」

大森君は窓の外をもう一度指差した。

「彼女はこの学校のアイドルなんだよ」

確かにそこにはアイドルがいた……丸井高校の女王と謳われる彼女が……

「君の気持ちも分からなくはないけどさ……
アイドルと付き合うっていうのは難しいと思うな……」
「……」
「彼女は手の届かない女王様だって思った方がいいと思うよ」

大森君は悪気があってこんな事を言う奴じゃない……
分かってはいるが、その言葉はズサズサと胸に突き刺さってくる。
僕は黙っていた。
黙って窓の外にいる彼女を見つめていた……

———三日前

「小野寺さん?何を見ているの?」

日曜日、バイトが終り、町をぶらぶら歩いていると、彼女を見かけた。
彼女は一人、デパートの前のショウウィンドウの前に立って、その中をじっと見つめていた。
その様子が気になった僕は、少し勇気を出して声を掛けた。

「……ああ、あなたか……」

彼女はこちらをちらりと見ると、再び視線をショウウィンドウの方へ戻す。
何を見ているのか?———自然な疑問から僕もそちらに目をやった。

「……わあ」

思わず声が出てしまう。
ショウウィンドウの中にあったもの———それはマネキン人形に着せられている一着のドレスだった。
全身は少し青色がかった白い生地で作られていて、デザインはシンプルな物だった。

「……綺麗なドレスだね」

話を合わせるためではなく、本当にそう思った。
そのドレスからは、周りの物を威圧し、魅了してしまうような、そんな美しさが満ち溢れていた。
男の僕でさえ素直に綺麗だと思った。
彼女が見つめていたのも、納得できる。

「そうね」
「何ならさ……
……僕がプレゼントしようか?」

僕は僕なりにかなりの勇気を出して言った言葉だった。
僕はドキドキしながら彼女の反応を覗ったが、彼女はドレスの方を向いたまま表情も変えずに、

「ばかじゃないの?あなたじゃ、一生かかっても買えないわ」

と、つまらなさそうに言った。
……言うんじゃなかった。
僕は少しがっくりしながら、その値段を確かめようと中を見まわした———

「ばかね……値段なんて付いてないわよ」

確かに———そんな貧乏臭いものが付いているはずもなかった。

「じゃあ、それで見てたんだ……」

僕は一人で納得した。
———いくら小野寺さんでも買えないから、こうして外から見ていたのか———

「そんなんじゃないわよ」
「えっ?」

小野寺さんはこちらを向く。

「買える、買えない以前に、別にこのドレスが欲しいとかそういう訳じゃないから」

彼女はきっぱりとはっきりとそう言い切った。

「じゃあ……なんで見ていたの?」

僕が彼女を最初に見つけた時、彼女はじっとそれを見つめていた———僕はてっきり興味があるものだと決めつけていた。

「何となく……ちょっと考え事をね」
「考え事……?」


「聞きたい?」

『聞きたい?』と聞かれて断る理由は無い。
なにより、僕自身、すごく聞きたいのだから。

「うん。聞きたい」

彼女は少し間を置いてから、不思議な事を聞いてきた。

「……あなた、このドレスは、何を考えていると思う?」
「はぁ?」

一瞬質問の意味が———その意味を理解した後も、どうしてそんな事を聞くのかと戸惑った———分からなかった。
でも、彼女かはふざけたりからかっていたりしている様子は見うけられなかった。
僕は戸惑いながらも、そのドレスをじっと見つめた。きっと、今まで僕が見た中で、一番綺麗なドレス———もしかするとこれからもそうかもしれない———それは、圧倒的な美しさと共に、そこに存在していた。

「そうだね……
値段が高いってことは、それだけ評価されているってことだし、こんなに綺麗なんだから……やっぱり嬉しいんじゃないかな?」
「……」

無反応……

「そ、それに少し得意になっているかもね。
だってほら……ショウウィンドウの中に特別に飾られているしさ……」
「……」

無反応……

「そ、それに……」
「……」

無反応……

「小野寺さん?」
「そうかもね……
確かにそれもあるかもしれない……だけどね……」

僕は息を呑んでじっと聞いた……小野寺さんはゆっくりと、ゆっくりと話した。

「本当は……寂しいんじゃないかって……思うの」
「寂しい?」
「そう……だって、誰も買ってくれないじゃない……
このドレスだって、やっぱり誰かに着てもらいたいのよ。
着てもらえなくてもいい———せめて、普通の洋服と同じ様に手にとって、すぐ近くで触れてもらいたいのよ。
でも、ショウウィンドウの中にあったんじゃあ、それが出来ないじゃない……
……だから……すごく寂しそう……」
「つまり……ここから出たがっていると……?」
「そう———どんなに周りから綺麗だって誉められても、決して満足できないもの……」

彼女が話している間、時が止まってしまったかのような感覚を覚える。
彼女がまるで、そのドレスの気持ちを本当に知っているかのように感じた。
そう言われてみると……さっきまであれだけ美しいと思っていたドレスも、どこか光を失ってしまったように見える。

「どうしてそう思ったの?」
「ちょっとね……」

ぼおっと、ひどく色の無い声が返ってくる……
いつもとは様子の違う彼女に戸惑った。
ショウウィンドウに微かに写った彼女の表情を読み取る事は出来なかった。

「……寂しい……か……」

僕は窓の外に居る彼女を見つめてぼつりと漏らす。

「何だって?」

大勢に囲まれている彼女がひどく寂しそうに見え、
彼女が振りまいている笑顔も、光の無い物に見えた———あの時のドレスと同じ様に。

「?寂しいって……どういうこと?」

窓の外には丸井高校の女王がいる……
気高く、麗しく、美しく、そして寂しげで、弱々しく、どこか物欲しげな……

「……いや……何でもないよ」
「はあ?」

僕の考え過ぎか……

「何でも……ないんだよ」

僕は彼女を見つめながらぼうっと答えた。

to be continued ...

後書き

難しいなあ…何だか…
言いたいこと、ちゃんと伝わったかな?…ちょっと不安です。
もっと精進しなくちゃ…


作品情報

作者名 ワープ
タイトルずっといっしょにいるために
サブタイトル4:Wistful Queen
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/ずっといっしょにいるために, 小野寺桜子, 大森正晴, 三条真
感想投稿数22
感想投稿最終日時2019年04月10日 00時44分39秒

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  • [★★★★★★] たまにこういう「考える」作品も好きー。頑張れ桜子。
  • [★★★★★★] どんどんうまくなるね。凄いッ!