カツンッ…カツンッ…カツンッ

階段を、一段一段、ゆっくりと上っていた。
まだ、太陽が昇りきっていない午前中だというのに、校舎には誰もいない。
あたりは静まり返り、足音が天井や壁に跳ね返って大げさに響き渡っている。
反響する足音の大きさに、少し感心してしまう。
と、いっても、生徒という存在が支配するこの学校の校舎の中で、その発見をすることができる者は、夜に忘れ物を取りに来た生徒か、僕のように『抜け出してきた』生徒ぐらいだろう。
実を言うと今は卒業式の真っ最中で、本来は生徒全員講堂に集まっている。
よって、校舎には誰もいないはずなのだ。
トイレの中で皆が講堂に移動してしまうまでやり過ごした僕一人が校舎に残っているというわけだ。

物音を立てることのできる存在は僕だけである…
普段は決して気付くことはないであろう、校舎の持つ無機質で不気味なムードに新鮮な戸惑いを感じながら、上へ、上へと向った。
目指す場所は、この校舎で最も高い所…つまりは屋上だ。
僕にはそこに行かなければならない理由があった。

カツンッ…カツンッ…カツンッ

階段を上るという、半ば機械的な作業をしながら、この1年間を振り返っていた。


………

「今度からちゃんと前を見て歩きなさいっ!!!」

これが小野寺さんとの最初の出会い。
僕の前方不注意による衝突という最悪の展開で、その直後に、彼女のきつい性格を存分に味会わされてしまうことになる。
これが全ての始まりだった。
小野寺桜子という女性の存在が強烈に焼きつき、離れなくなった…
電光石火の速度で、一目ぼれしてしまった。

「ちょっと! 人の家にいきなり入って来てどういうつもりなのよっ!!!」

びっくり箱を開けたようなもので、箱の中身は、小野寺さんとの同居…
素直に喜ぶことの出来ないまま、徒に時は流れて去った。

「ちょっと! 私に命令しないでくれる!?」

全てが思い通りにならないと気がすまない性格。
僕の家だというのに、気ままに振舞い、何時の間にか当たり前のことになっていた。

「私は、丸井高校の女王様なの。わかってる?」

『丸井高校の女王様』…彼女の代名詞だった。
確かに性格を除けば、完璧な女性だ。
周りの皆もそう思っていた。
その言葉を聞くたび、彼女を遠い存在に感じた…

「諦めなよ。小野寺さんは君なんか相手にしないよ。高嶺の花なんだよ」

親友からの助言…僕もうすうすはそう思っていた。
かといってどうすることもできずに、焦りを募らせる日々。


………

カツンッ…カツンッ…

高校三年生が卒業するという事は、必然的に、彼女との同居の終りを意味する。
大学に進学する彼女は、今日の夕方にでも出て行く。
ばれてしまえば退学を免れない状態で、彼女に引きずりまわされながら、よく1年も続いたものだと思う。
女王様と召使の関係…その表現がぴったりだったろう。
どうせ彼女は僕を受け入れはしない…
そう思って何度か諦めようとしたこともあった。
嫌いになろうとしたこともあった。
でも、同居を続けていくうちに、何かが、少しずつ、着実に変わっていったんだ…

カツンッ…カツンッ…カツンッ…

3年の校舎まで登りきり、あと十数段で屋上にたどり着く所まで来ていた。

カツンッ…カツンッ…カツンッ…

回想はなおも続いている…


………

「わ、私は料理が苦手なの! しかたがないじゃないっ!!!」

派手に料理を失敗した時、彼女はぼろぼろに傷ついていた。
それが彼女が僕に初めて見せた『弱さ』だった。
あの時の驚きは今でも鮮明に胸の中に残っている。
彼女が僕の中で一人の女の子に変わった瞬間だった。
だからこれからも忘れるはない。

「私も少し言い過ぎたわ…ごめん」

学校では『女王様』なんて呼ばれていても、不完全な一面を間違いなく持ちあわせていた。
隠しきれなくなって、時々僕の前に表れる。
…こっちこそ、ごめん…

「最近すごく気になっているの…私のこと…嫌いじゃないよね?」

人一倍寂しがり屋で、誰かから愛されていないと不安で、恐くて…
…嫌いになれるわけがないじゃないか…

「起きてる? …眠れなくて」
「どうしたの?」
「私ね…」

そして抱きしめたくあるほど甘えん坊で…


………

カツンッ…カツンッ…カツッ…

いつのまにか、階段を登りきり、扉の前に立っていた。
隙間から、風が吹き抜けてくるのを感じた。
この扉を開ければ、屋上に出る。

「ふうっ」

僕は、ゆっくりとゆっくりと、大きな溜息をついた。
ほんの数えるほどでしかないが、小野寺さんは女の子としての一面を僕に見せてくれた。
確かに彼女は美人で、わがままで、自信家でいつも威張っているけれど…
寝坊もするし、涙だって見せる寂しがり屋な普通の女の子だと思う。
そう信じているから…
そんな小野寺さんが好きだから…
もっと好きになれると思うから、今日、彼女に、告白しようと思う。
そして、これからもずっといっしょにいたい…
もうすぐ全てが清算される。
…しかしその前に一つ、遣り残したことがある。
僕はそれを果たすべく、ここに来たのだ。
扉の向うに待っている人物を見据え、深呼吸をした後、屋上へと出た。


屋上に吹き抜ける風は、幾分か暖かくなっていた。
春風混じりの暖かい風が、強く吹き付ける中、僕は一人の男子生徒と向き合っている。
三条 真…彼が僕をここに呼び出した張本人である。
1年間続いた同居も、誰にも気付かれなかったわけではなかった。
同居は、始まって間もない頃、彼女と同級である三条さんにあっけなくばれてしまった。
でも、三条さんは黙っていてくれた。
彼もまた、小野寺さんが好きだったからだ。
そして僕達は約束をした。
1年後に、彼女にふさわしいのはどちらかをはっきりさせようと。
約束の1年が過ぎ、卒業式が行われている今、屋上に呼び出された。
長身の三条さんは、僕を見下ろし、こう言った。

「もう一度聞くが、お前は桜子のことが好きか?」

小野寺さんとこの1年、同じ時と場所を共有した僕には揺るぎない決意が芽生えていた。
わがままで、意地っ張りで、料理が苦手な小野寺桜子という一人の女の子を誰よりも好きだと…

「はいっ! もちろん好きです」

はっきりとそう答えた。
もうなにも迷うことなどはない。
今まで伝えることのできなかった想いを今日こそ伝えよう。
断られてもいい…そりゃあちょっと、いや、かなりへこむだろうけど、それでいい。
小野寺さんならば、僕の恋心に、躊躇うことなく盛大にトドメを刺してくれるはずだ。

「…そうか」

三条さんはやれやれと苦笑をして見せた。
そして同居といういわばルール違反を犯したライバルに、先に告白する権利を僕に譲った後、颯爽とその場から立ち去った。
その後姿は、潔く、格好良かった。
…ありがとうございます。…と、心の中で言った。
口に出しては言えなかった。仮にも僕達はライバルなんだから…

「…小野寺さん…」

僕は一人屋上に留まり、空を見上げた。
真っ青で、雲一つない空だ。
運命の時を目前に控え、どうせ本番でははっきりすっかり忘れてしまうであろう、告白の言葉を頭の中で繰り返していた。
やがて、卒業式の終わりを告げるチャイムが鳴り響くとともに、今までにないほど強い風が吹きつけた。
暖かい、純度100%の春風だ。
もう春が…小野寺さんと出会った季節がやってきたのだということを意味した。
その風が吹き止む頃には、屋上にはもう誰もいなくなっていた。

to be continued ...

後書き

量が少ないよう。(しくしく)

あ、次で終わりになると思います。
早いなぁ…(しみじみ)
つのる話もありますが、次回にまとめてってことで、
じゃ、万感の思いを胸に、最終回といきたいと思います。


作品情報

作者名 ワープ
タイトルずっといっしょにいるために
サブタイトル8:1年間の決意と清算
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/ずっといっしょにいるために, 小野寺桜子, 大森正晴, 三条真
感想投稿数21
感想投稿最終日時2019年04月11日 12時03分15秒

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