暖かいそよ風に乗って桜の花びらが無数に宙を舞っている。
日の光を全身に受け、まばゆく輝いているそれは、ピンク色というよりもむしろ真っ白に近い。
空中をフラフラと漂っているもの、舗装された道をいっぱいに敷き詰めているもの、枝に寄り集まっているもの、
全ては真っ白だった。
紺色の制服に、何枚かが張りついている。
頭の上を払ってみると、乗っていた何枚かがはらはらと足元のあたりに落ち、
もうどれがどれだか分からなくなってしまった。
僕は視界を足元から、数メートル先を歩いている少女に移した。
ロングヘア—と丸井高校の夏服を風になびかせているその子は、
桜の舞い落ちる景色と美しく溶け合っていた。
その少女は……
……多分、小野寺さんだと思う。
背丈といい、歩き方といい、後姿といい、
まず間違いなく小野寺さん、の、はずだ。
しかし僕にはいまいちしっくり来なかった。
絵に描いたような春の光景の中で、二人っきりで、今、こうして歩いている。
全てが夢の中での出来事のようのようだ。
頭がぼうっとして、五感はかなり曖昧で、頼りない。
目に映る満開の桜と小野寺さん、肌で感じる暖かくて心地良い風、
木漏れ日に浮かび上がる淡い影、全てが現実味を失っていた。
「もう少し速く歩きなさいよ」
「あ、うん」
振り向いた少女はやっぱり小野寺さんだ。
前髪を軽く揺らして、嬉しそうな微笑みをのぞかている。
僕は促されるままに彼女の側に駆けよって、並んで歩いた。
肩がこつんと当たると、顔と顔が合って、恥ずかしそうに俯いてしまう。
……これは夢なんじゃないのか?
ついさっき、ほんの五分前に僕は彼女に告白した。
なんて言ったんだろう? 上手く思い出せない……
それで、それから……
今こうやって二人で並んで歩いている。
ということは、つまり、小野寺さんは僕の気持ちに応えてくれたわけで、
今は恋人同士……? 本当に?
とりあえず頬を抓ってみる。
「……」
痛くなかった。
頬に手が当たっている、という感覚がある程度だ。
……ギュッ!!!
さらに力を入れてみる。
「……?」
痛いような痛くないような……頬の感覚がどうにかなってしまっている。
「ねぇ? さっきから何をしてるの?」
小野寺さんは目を細めて僕を見ていた。
その表情はいつものように睨みつけているわけではなく、
どこか親しみに似たものが感じられる。
声も優しく穏やかだった。
「あの、その……」
「ほっぺた、真っ赤になってるわよ? 大丈夫?」
今までこんなふうになることをずっと思い描いていたのかもしれない。
でも、その通りのことを実際に目の前にしてみると、疑いたくもなってしまう。
「小野寺さん。ちょっといい?」
「えっ? ……あっ……」
僕は返事も待たずに、手をさし伸ばし、すぐ側にあった彼女の手のひらを握った。
「……」
「……」
しばらくすると、細い指先が僕の手のひらを握り返し、柔らかく包み込んでくる。
互いに恥ずかしげにうつむいた……
夢のようだ……と、思ったあたりで、結局なんの解決にもなっていないことに気付く。
相変わらず頭の中身はフラフラと浮かんでしまったままで、
彼女の手のひらの感触も、しだいに薄れて行く。
「あなたの手って……暖かいね……」
「あ……、ちょっと小野寺……」
……ギュッ……
二人の距離をさらに狭め、彼女は腕を絡めてきた。
「……お返しよ……」
「*#O<>!!!???」
これがトドメで、
もう何がなんだか、どれがどうだかさっぱり分からなくなってしまった。
「どうしたの? 硬くなっちゃって、」
「??? 夢? だよねぇ?」
「? 何言ってるの?」
「その? あの? えと? 夢なんだよね?」
「はぁ?」
やっぱり夢だったか……そんな考えが少しずつ確信へと変わって行った。
これは普段の欲求からきた、都合よく作られた夢で、今頃ベッドか学校の机の上に情けなく横たわっている最中らしい。
「ねぇ? さっきから何を呟いてるの?」
「はぁ……そう思ってみるとリアルな夢だなぁ…………」
「夢って、夢がどうかしたの?」
「待てよ? 夢なんならこのさい……」
「……?」
「小野寺さん? ちょっとごめんよ?」
「へ? ……」
「……」
「……きゃっ」
バチ————————ンッ!!!
何かを思いっきり叩いたような音が響き渡った。
「どこ触ってんのよ!!! この変態っ!!!」
「痛っ? ……あれっ? 何で?」
「何でじゃないわよ! 付合うっていったってまだそこまで許したわけじゃないわよっ!!!」
叩かれたのは僕の左頬で、叩いたのは彼女の平手……
自分で抓ってもほとんど痛くなかったはずの頬が、ひどく痛み出した。
痛いのに目が覚めない……と、言うことは……
頭の血がさあっと引いて行くのを感じた。
「うわっ、ご、ごめん」
「ごめんで済む訳ないでしょっ!……って言うかそれ以前の問題よっ!」
さらに、彼女の険しい顔ときつく響く声は、
一気に夢見心地の気分を吹き飛ばしてしまった。
もうこれ以上ないほどに現実味のある光景……と言うか現実その物だ。
「ごめんごめんごめんごめんごめ……」
「このっ! 変態変態変態変態……」
それから十数分、彼女の怒鳴り声と僕の謝る声が交互に繰り返された……
・・・
で、十数分後……
「だから、これは夢なんだなって思って……つい……」
「で?」
「だから、胸ぐらい触っていいかなって……」
「いいわけないでしょっ! このばかっ! ばかっ! ばかっ!」
さっきのこともあって、二人の顔は文字通り真っ赤になっていた。
「でもさ、一瞬だったからよく分からなかったし……」
「また叩かれたいの? 」
「ごめん」
「全く……」
「も、もうやらないから」
「あたりまえよっ!!!」
「……」
「……」
1通りのけんかが終ると、気まずい空気を残したまま、会話が途切れてしまった。
「……」
「……」
すぐ側で並んで歩いているぶんなおのこと気まずい。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「何か言いなさいよっ!」
先に痺れを切らしてきたのは彼女の方だった。
口をきいてくれないというわけではないらしく、僕は少しホッとした。
「あのさ……」
「なによっ!?」
「どうして、僕と付合ってくれたの?」
「はあ? ……あなたが付合ってくれって言ったからじゃないの」
「そうだけど、そうじゃなくて、どうして僕なんかを……
今日だって駄目でもともとだったから、未だに信じられなくて……」
「……」
「特に運動が出来るわけでもないし……」
「……」
「勉強も苦手だし……」
「……」
「そんなに見た目も良くないと思うし……」
「……」
「性格だって……」
それにして格好悪い。
全くといっていいほどいいことが思い浮かばなかった。
「だから僕なんて……」
「もう少し自分に自信を持ちなさいよ」
放っておけば延々と沈み込んで行きそうな僕の言葉は、
その一言で遮られた。
僕を見つめている。
これまでにないほどに優しく、穏やかな笑顔だった。
驚いて口を半開きにしている僕に向って、さらに一言、
「あなたは、私が選んだ、大切な人なんだから……」
と、付け加えた。
胸の奥から全身が熱くなっていくのを感じた。
全てが夢のよう……しかし今度はそれが夢ではないということを強く実感できた。
夢では決して味わうことの出来ない喜びを、
実際に彼女の口からそう言ってくれたからこそ感じることの出来る幸せがそこにあったから……
「あ、その……ありがとう……」
「ふふ、不器用ね……もう少し言葉を選びなさいよ」
「ご、ごめん」
「また………………まあ、そんな所が好きなんだけどね……」
「小野寺さん……」
ふと意識を取り戻すと、彼女も幸せそうにしていた。
「そっか……僕も、小野寺さんのそういうところが好きなのかな……」
「ふふ……ありがとう」
二人はいつのまにかまた手を繋いでいた。
いつのまにか……
「いつのまにか……小野寺さんはこんなに近くにいたんだ……」
「そうね……いつからかしら?」
「案外けんかをする度に少しずつ近づいて行ったのかもしれないね……」
「ぷっ……何それ?」
「だって、僕達、よくけんかしたから」
「だとしたら……感謝しなくちゃね、私達の仲の悪さに……」
「そうだね……」
二人はもう完全に恋人同士だった。
どこに向うとうわけでもなく、歩を進め、桜の舞い落ちるこの場所を、この時を、共有しあった……
……
一本の桜の木が立っている。
両腕には溢れるほどの花びらを抱え込み、隙間からが数本の光の束を漏らす。
その下で二人の恋人がたたずんでいる。
小野寺さんは胸に両手を当て、目を閉じ心を僕に委ねていた。
大きく深呼吸をして、もう一度あたりに人目がないのを確認すると、
彼女の両肩に手を添え、僕も目を閉じた。
全身で彼女を感じ、互いの気持ちを確かめるために、今、一歩……
……ゴツンッ
「きゃっ……」
「っと……はは、ごめん」
「もうっ!気をつけてよね」
目測を誤って、おでことおでこをぶつけてしまった。
どうやらものすごく動揺しているらしい。
大きく深呼吸を繰り返した後、もう一度彼女に目を閉じてもらった。
彼女の顔の位置をしっかりと確認して、もう一度目を閉じた。
これから彼女とキスをする……恋人としてこれからずっと一緒にいられるんだな……
そう思った時、二人の間の時は止まってしまい、
すうっと二人の間を春風が通り過ぎる。
解けてしまいそうなほど心地良かった……
鼻先に何かが乗っかったような感覚がする。
なんだろう? 桜の花びらが飛ばされてきたのか……
「……はっ」
「えっ?」
「……はっくしょん」
……………バチ—————ン!!!……………
目が覚めた……夢を見ていたらしい。
いつだったかな?
小野寺さんが卒業したときのことだから……
もう三年も前の話か……
ゆっくりとベッドから起き上がって、あの時のことを思い出してみる。
「ぷっ……」
思わず噴出してしまう。
「まさかあそこでくしゃみが出るとはねぇ……」
今だから笑うことができるが、あの時はひどかった。
顔をびしゃびしゃにされて怒った彼女は僕を置いて立ち去ってしまい。
電話番号も分からず、はたまた彼女の住所もわからず、全然連絡が取れなくなってしまい、もうこれで終ってしまうんじゃないかと思った。
でも、それから……1週間ぐらいだったかな?
それぐらい経ったころに突然彼女が家にやって来て、それで色々あって、
結局いつのまにかもとにさやに収まった。
その後も幾度となくけんかをしたが、なんていうか、僕達が仲直りできるようにこの地球は回っているらしい……
「ねぇ! ごはんできたわよ」
「あっ、今行くよ」
そして僕は丸井大学に入学し、小野寺さんは県内の名門大学に通っている。
大学こそは違うものの、大して距離は離れていないため、頻繁に泊まりに来ては、
今日のようにご飯を作ってくれる。
「どうっ?」
食卓には、ピラフと、ポタージュと、サラダが並べられていて、
小野寺さんは反対側で頬ずえをついて僕を見つめている。
朝食にしては少し豪勢だったけど、頑張って作ってくれたんだなと思うと嬉しかった。
先ず始めにピラフを食べる。
小野寺さんは少し緊張した面持で僕を覗きこむ。
「うーーーん……」
「……」
「はは、相変わらず、上達しないね……」
「……」
「ごめんごめん、冗談だよ……って、ちょっと!」
次の瞬間僕の食べていたピラフに大量のしょうゆが注ぎ込まれた。
「何てこと言うのよっ! 私がそのことをすごく気にしているって知ってるでしょっ!!!」
「だ、だから冗談だって……」
「言っていいことと悪いことがあるわ!」
「わ、悪かったよ」
「じゃあ、食べなさい」
小野寺さんはしょうゆびたしになった凶悪なピラフを指さした。
「ちょっと、こんなの食べれないよっ!」
「『こんなの』って言い方は無いでしょ! 一生懸命作ったんだからねっ!」
「それとこれとは訳が違うよっ!大体そんなことだからこの前だって……」
「何ですって!?」
「なんだよっ!」
「!!!!!」
「!!!」
「っ……!」
画面はいがみ合っている二人から離れ、そのまま窓の外の青空に……
この痴話喧嘩は下層の階に響き渡り、間違いなく近所迷惑になっていることだろう……
後書き
はいっ、終りました。
今まで、僕の話に付合ってくれてくれた方々、ありがとうございます。
アドバイスをしてくれた方々、応援してくださった方々、ありがとうございます。
僕をここまで導いてくれたけーくんへ、ありがとうございます。
ええ、途中で幾度となく挫折しかけましたが、なんとかここまで辿り着けました。
もう一度皆様に、ありがとうございました。
……ちょっと硬かったかにゃ?
まあとにかく、K‐Brandに出会えてよかったと思います。
始めは『ずっしょ』が好きだったから…ってな感じだったんですが、
なんだか書くのが好きになっちゃいました。
で、どうでした? 僕のSS?
あらを探したらきりが無いような気がしますが、
『桜子さんって可愛いな』……とか思ってくれたなら僕の側としては成功です。
それじゃあ最後に、K‐Brandの輝ける明日を願って、さようなら。
作品情報
作者名 | ワープ |
---|---|
タイトル | ずっといっしょにいるために |
サブタイトル | 終:まあ、それでいいんじゃないかな?僕達は… |
タグ | ずっといっしょ, ずっといっしょ/ずっといっしょにいるために, 小野寺桜子, 大森正晴, 三条真 |
感想投稿数 | 23 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 05時17分01秒 |
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