「では、最後の問題になるのか。この問題です」
赤井、そして詩織、公、夕子の指がボタンにかかる。
同時に問題が読み上げられる。
「男女が互いに批評しあう……」
問題が読み上げられると同時に、赤井の頭の中では問題の先読みが高速回転していた。
(男女が批評しあう……これは源氏物語の“雨夜の品定め”ラインの問題だ。
となると……この先は……
「批評しあう事を源氏物語の一節に例えて何という?」
『答、雨夜の品定め』
「批評しあう事を雨夜の品定めと言いますが、この言葉が出てくる日本の代表的古典文学作品は?」
『答、源氏物語』
「批評しあう事を雨夜の品定めと言いますが、この話が出てくるのは源氏物語のどの巻?」
『答、第二帖・帚木』
の三通りだ……答はストレートに雨夜の品定めか、ステップさせて源氏物語……ひねって第二帖・帚木……ということは、この後『源氏物語』の“源”が出れば……決まりだな。その時は一気に押す!)
その豊富なキャリアが示すとおり、赤井は実に正確な読みをしていた。
一方、挑戦者サイドでは、詩織がほぼ赤井と同じ読みをしていた。
(“源”が出れば決まりだけど……その時点で押しに行って赤井先生より先に押せる?
そこまで待ったら……多分、押し負ける……。じゃ、どうするの? 勝負をかける?
でも、間違えたら……ひなちゃんや公くんに……ううん、三人でやっているんだもん。
私の答は三人の答。私の間違いは三人の間違い。だったら……ここは勝負所よ!
悔いを残さないためにも!)
詩織は一瞬の迷いを振り切った。
「批評しあうこと……」
問題の途中で詩織がボタンが押す。
その瞬間だった。
偶然にも詩織がボタンを押したタイミングが、見晴の問題を読む際の息継ぎとが見事にシンクロしてしまった。
ピン「源」ポーン
ボタンが押された音と重なるように、見晴の「源……」の声が聞こえた。
見晴は慌てて、問題を読むのをやめる。
(あ!)
赤井が思わず声を上げそうになるほど絶妙のタイミングだった。
「挑戦者! 藤崎詩織!」
好雄が指名する。
(源……って聞こえたわよね。だったら……)
詩織は赤井の顔を見ながら、ゆっくりと答えた。
「雨夜……の……品……定……め」
ピンポンピンポン
正解のチャイムが鳴り響いた。
「やったーー!!!!!」
「うっそぉーーー!!!!」
「詩織!!!!!」
三人が解答席で抱き合う。
10−9
詩織、公、夕子の勝ちだ。
向かい側の席では赤井がそんな三人を温かく見守っていた。
パチパチパチ……
客席の一番前で伊集院理事長が拍手をする。
それに促されるかのように講堂中に拍手の嵐が沸き起こった。
「ご覧のように、10−9で挑戦者の勝ちです。伊集院理事長!」
好雄が理事長に向かって言った。
理事長はゆっくりと立ち上がるとマイクを手にし、そして言った。
「藤崎さん、主人君、朝日奈さん。お見事でした。
私は約束を守らなければなりませんね。
校長先生、教頭先生、よろしいですね」
「わかりました。理事長の決定にしたがいます」
校長は言った。その横ではまだ納得がいかないと言った風の教頭が苦虫を噛み潰している。
「では、決定は理事長室で伝えます。
校長先生、教頭先生。それから赤井先生、藤崎さん、主人君、朝日奈さん。
理事長室まで御足労願えますか?」
理事長を先頭にして校長、教頭、赤井、詩織、公、夕子が廊下を歩いていく。
「藤崎、最後の問題は見事だったな。完全にやられたよ」
赤井が詩織に声をかける。
「そんな……偶然です。あれ以上待ったら絶対に押し負けます。
だから一か八かで勝負を賭けたんです。そしたら……偶然に……」
「へ? 狙ったんじゃないのか? あんな見事な“読ませ押し”だったのは?」
「読ませ押し?」
夕子が赤井に尋ねる。
「あぁ、結構高度なテクニックだ。
ここで答がわかるというポイントの一呼吸前にボタンを押す。出題者は予期していないのでその先の文字を一文字分くらい読んでしまう。
すると問題文の先が判断できる」
「そうなんですか。無意識のうちに詩織はそんな高等テクニックを……」
公が感心したように言う。
「そんな、公くん……私、狙ったんじゃないもん」
「じゃ、一か八かだったの?」
夕子が詩織に言う。
「うん、だって……悔いを残したくなかったから……」
「あっはっはっは……いやぁまいった。まさかそんな偶然で負けたとはな……」
赤井が笑いながら言った。
そして……
「藤崎、お前なら……案外いいところまで行けるかもしれんな」
丁度その時、理事長室の前に到着した。
「それでは、校則の改正を理事長権限で実行いたします。
生徒規則第52条に以下の付則項目を追加いたします」
理事長が室内にいる人間を前に改正事項を話し始めた。
「ただし、学校の指導監督の元でのテレビ出演は、これを妨げない」
ほぼ全員がその言葉の意味を理解した。
「??? ちょ、ちょっと、よくわかんないんだけど?」
夕子一人をのぞいて。
「つまりだな……」
赤井が夕子に説明をする。
「生徒がテレビに出るときは学校側に事前に届け、その指示を仰ぐ必要がある。
その上で、学校が認めた場合はテレビに出ても問題なし、ということだ。
ですよね? 理事長」
「赤井先生の仰るとおりです」
理事長がにっこり笑って頷いた。そして、
「藤崎さん」
詩織に向かって話し始めた。
「正直に言えば、私は最初からあなた達のテレビ出演、というか高校生クイズ出場を全面的に認める予定でした。
たとえ、赤井先生が勝っていたとしても。
いや、あなた達が勝つとは全く思っていなかったというのが正直なところです」
「理事長!」
教頭が叫ぶ。
「ちょっと、待って下さい」
理事長は教頭を制すと言葉を続けた。
「しかし、あなた達は勝ちました。学生チャンプだった赤井先生にです。
ですから、あなた達はまだまだ強くなれるでしょう。
高校生時代の思い出として、日本一になることを願っています」
「理事長……」
詩織が理事長に声を掛けようとするのを公が止めた。
「理事長、僕たちは勝ち負けのためにやっているんじゃありません。
純粋にクイズが好きだから……」
「そうですね。主人君の言うとおりですね……ハッハッハ……」
理事長の高笑いが室内に響いた。
(結局、この理事長にみんなが踊らされていた、ってことか……)
赤井はそんなことを考えていた。
「さて、もうひとつ、残念なことを告げなければなりませんね」
理事長は言葉を続けた。
「残念なこと……ですか?」
詩織が顔色を変えた。
「いや、あなた達ではありません。赤井先生です」
室内にいた人間の視線が赤井に注がれた。
「あなたは、今日、一時的とはいえ『ワザと負けようとした』。間違いありませんね?」
理事長の言葉に詩織が反論しようとする。
「赤井先生は……そんなこと……」
「藤崎さん、本当にそう思っているんですか?」
理事長の言葉に詩織は俯いた。
教頭がここぞとばかりに赤井を責める。
「赤井先生! そうだったんですか! なるほど、よく分かりました。
確か、手を抜いた場合は処分する、でしたね?」
「覚悟しています」
赤井が毅然として言った。
「理事長、赤井先生に処分を!」
教頭が言う。
理事長はゆっくりと話し始めた。
「赤井先生に処分を伝えます」
勝ち誇ったような教頭、無表情の校長、毅然とした態度の赤井、泣きそうになっている詩織……公や夕子も呆然として理事長の言葉を待った。
「赤井先生に、臨時ではありますが、本校の生徒で高校生クイズに出場意志のある者の指導担当を命じます」
教頭をのぞくすべての者の顔がパッと輝いた。
「ありがとうございます」
赤井が理事長に頭を下げる。
「あなたが、力ずくで彼女たちを負かしてしまっていたら……私は教師としてのあなたを軽蔑したでしょう。
しかし……藤崎さんがパニックに陥った際のあなたの教師としての振る舞いは実に見事でした」
理事長の言葉に詩織達は理事長室であることを忘れはしゃぎまわっていた。
「赤井先生、宜しくご指導下さい!」
詩織の言葉に赤井は大きく頷いた。
「お前達、まだまだだ! みっちりしごいてやるからな、覚悟しておけ!」
第一部エピローグ 「詩織と夕子、誓う」
「詩織、朝日奈さんのこと……」
戦いの翌日の放課後。詩織と公は屋上にいた。
「俺……ちょっと、ショックで……」
公は先ほど夕子から聞いたばかりだった。
夕子自身は『ゆうべ、シオリンには伝えてあるから、じゃぁね!』とあっけらかんと話していたが……。
「いいのよ、これで。多分……」
詩織は昨夜、自分の家に来た夕子の言葉を思い出していた。
「シオリン、あたし決めたんだ」
訪ねてきた夕子は詩織の部屋に入るとおもむろに切り出した。
「あたし、シオリンとは別のチームで出る」
「え? ひなちゃん……どういうこと?」
詩織は驚いた。
これから関東予選に向けて準備を開始しなければならないというこの時期に、夕子の言葉は意外だった。
「あたし、シオリンと戦ってみたい」
ポツリと夕子が言った。
「あたし、今日、一緒にシオリンとやって思ったんだ。
やっぱ、シオリンは凄いよ。
でもね、シオリンに頼りっぱなしだったら、あたし、これ以上強くなれない。どうしても、シオリンに頼っちゃうもん。
でも、あたし、シオリンに負けたくない。だって……」
夕子の目は真剣そのものだった。いつものお茶らけた目ではない。
「最初は商品とか、賞金とか……旅行とか、テレビに出られるとか……そう言うので始めたんだけど……
シオリンに『賞金とかじゃない!』って言われて、あたし、『どうして?』って思っていたんだけど……
やっぱ、クイズ楽しかったし。
だから…………あたしバカだから上手く言えないんだけど……シオリンと真剣に勝負してみたいな、って思ったんだ」
夕子の言葉は続いた。
「東京は2チーム、全国大会に行けるんっしょ。
だったら、シオリンのチームとあたしのチームで全国大会に行こうよ。
そして……決勝戦やろうよ!」
「ひなちゃん……」
「約束だよ! シオリン! 絶対、決勝やるんだからね!」
(ひなちゃん……いつから思ってたんだろう? 別々のチームでやるって……
署名を集めたとき? 特訓したとき? それとも……。
いつの間にか……私なんか追い越してる……私なんかより……ずっと……クイズに真剣に取り組んでいる……
私なんか『公くんと出たい』だもんね……)
詩織は小指を出して言った。
「約束」
夕子も小指を出して言った。
「嘘ついたら?」
「針千本のーます!」
二人の声が響いた。
(公くんは……シオリンにあげるけど……全国大会の優勝は、あたしがもらうんだかんね)
夕子は心の中でそう呟いた。
「それでいいの?」
公は詩織に言った。
詩織は無言で頷く。
「俺、ずっと朝日奈さんと一緒にやるもんだと思ってたから……」
「やるわよ、一緒に」
詩織が公に言った。
「一緒に全国大会の決勝やるのよ……同じ問題に向かい合えば…………敵と味方でも……一緒なのよ……」
そんな詩織の後ろ姿を見て、公が言った。
「詩織、泣いてるの?」
「泣いてないよ、公くん……泣いてなんか……」
その言葉は涙声になっている。
「涙は……悲しいときに出るものよ。泣いてなんか………………」
そんな詩織の肩を、そっと公が後ろから抱いた。
「朝日奈さんに負けないよう、僕たちも頑張らないとね」
公の言葉に詩織も涙を拭きながら言った。
「さぁ、あしたから特訓よ!」
第二部 予告
夕子の穴を埋めるべくメンバーを捜す詩織。
一方の夕子は新メンバーを揃え地区予選に向け、着々と準備を整える。
そして、関東大会
最強のメンバーで全国大会を目指すきらめき高校……
詩織達は全国大会へ駒を進めることができるのか??
では、第二部もお楽しみに……See you!
作品情報
作者名 | ハマムラ |
---|---|
タイトル | 栄光への道 〜きらめき高校日本一への挑戦〜 |
サブタイトル | 終:「詩織、答える…そして…」 |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/栄光への道 〜きらめき高校日本一への挑戦〜, 藤崎詩織, 主人公, 朝日奈夕子, 早乙女好雄 |
感想投稿数 | 46 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 13時45分00秒 |
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- [★★★★★★] やっぱり抜けたメンバーの代わりに入ってくるのは伊集院?だったら面白いですけどね。第2部の方が規模が大きくて大変でしょうが頑張って下さい。楽しみにしてます。
- [★★★★★☆] 最後がちょっとベタかな?でも続編には期待します。
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- [★★★★★★] 朝日奈さんの決心に感動しました。
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