「ん……」
詩織は肌寒さを感じて目覚めた。
(今……何時?)
周りで眠っている人たちを起こさないように、詩織は寝袋の中から腕を出し、時計を見た。
(2時……か)
詩織たちが眠りに入ってから6時間が経っていた。
(あと……もう少しね……)

決勝進出を決めた3チームは、河口湖登山口から杖を突きながら登っていった。

詩織たちは自分の荷物だけを担いで登ればいいので楽であった。
ましてや、若い。
しかし、気の毒なのはスタッフ達だった。
撮影用の機材や、詩織たち用の寝袋、食料もスタッフが担ぎ上げていた。
しかも、登山の様子を撮影しながらである。
(テレビのスタッフって大変なんだ……)
詩織は実感したのであった。


午後3時から登り始めた一行は、休憩を挟みながら夜の7時過ぎ……そろそろ山が下の方から夕闇に翳る影富士の頃……には八合目の山小屋に到着していた。
簡単な夕食を終えると、一行は山小屋で一泊することになった。
「明朝、3時起床。すぐに頂上に向かって出発します。
 ゆっくり眠って体力を回復して下さい」
スタッフから寝袋を渡され、詩織たちは8時には眠りについた。
登山客用の宿泊施設としてあちこちにある山小屋だが、ただ床の上に雑魚寝するだけの施設である。
自分のスペースを確保すると、詩織たちは昼間の登山の疲れもあってすぐに眠りに落ちたのだった。

(あれ……?)
目覚めた詩織は反対側の男子が眠っているスペースに目をやった。
(公くん?)
公が眠っていた筈の寝袋は空になっていた。
(どこに行っちゃったのかな?)
詩織は隣に眠っている沙希や、館林女子のキャプテンの菊池を起こさないように寝袋から這い出すと上着を羽織り、山小屋の出口へと歩いていった。
「……うん……」
沙希が寝返りを打った。
「……田代……くん、いっぱい食べてね……まだあるんだから……」
「ふふ……」
沙希の寝言にクスリと笑い、詩織は山小屋を出た。


「クシュン!」
山小屋を出た途端に、詩織はくしゃみをした。
「寒い……」
吐く息が白く曇る。
いくら夏とはいえ、標高三千二百メートルの八合目は冷え込む。
詩織は上着の前のファスナーを首まで引き上げると、山小屋を離れた。


「詩織?」
二十メートルも歩かないうちに、詩織は声を掛けられて立ち止まった。
「公くん?」
「やっぱり、詩織か。さっきのくしゃみは」
「公くん、起きていたんだ」
詩織は公の隣の岩に腰を下ろしながら尋ねた。
「うん……眠れなくて、三十分ほど前にね」
星明かりの下で公はにっこりと微笑んだ。
「何していたの?」
詩織は公に尋ねた。
公は黙って上を指差しながら仰向けに横になった。
公の指差す方……上空……を見て詩織は思わず声を上げた。
「うわぁ! 綺麗……」
満天の星が手に届きそうな高さできらめいていた。
「星……素敵……」
「だろ? 起きてきて、びっくりしたんだ」
公が自慢げに言う。
「別に公くんが偉いわけじゃないもんね」
「ま、そりゃそうだけどさ……」
公は頭をポリポリ掻いている。
「下じゃ、こんなにたくさんの星は見られないもんね」
詩織も公の隣に仰向けになった。
「あ、流れ星……」
上空の天の川から一筋の光が下の方へと流れていった。
詩織は目を閉じて、なにやらブツブツ言った。
「何をお願いしたの?」
公が尋ねた。
「な・い・しょ……ふふふ……」
詩織は悪戯っぽく笑った。
「でもさ……これだけの星を見ると、人間って、ちっぽけだなって思うよ」
「そうね……」
公の言葉に詩織は頷いた。


「……てる?」
「え?」
公の言葉を聞き逃した詩織は聞き返した。
「詩織に、初めてクイズを出してもらったときのこと、覚えてる?」
「あ、えっと……私が寝坊した日の……帰り道だったっけ?」
詩織は記憶をたどった。
確か、水曜日の夜のクイズ大会で夜更かしをして、翌朝寝坊した時だ。
遅刻しそうになって家を飛び出した詩織は公と偶然、朝一緒に登校することになったのだった。
「あのときは、こんな所で一緒に星を見ることになるなんて思わなかったもんな」
「うん……」
詩織は頷いた。
「でも……詩織に声をかけて貰って良かったよ。
 詩織とこんな素敵な思い出を作ることができたんだから」
「思い出?」
公の言葉に詩織は首を捻った。
「うん……」
公の言葉には含みがあった。
「高校を卒業したら……アメリカに行こうと思っているんだ」
「アメリカ? どういうこと?」
突然の公の言葉に詩織は驚いた。
「向こうの大学で勉強したいんだ。
 いろいろと考えた結果なんだけど……」
「そう……」
詩織は起き上がった。
「やっぱり……なのかな……」
「え?」
公は詩織の言葉を聞き漏らして起き上がった。
「やっぱり……ただの幼なじみなのかな……」
「違うよ!」
公が叫んで、起き上がった。
「そうじゃないんだ……
 俺、詩織のこと、とっても大事だと思っているし……
 だから……こう言うときでないと、言えないと思って……だから……」
「公くん……」
「ずっと悩んでいたんだ。
 詩織と離ればなれになること……
 でも、さっきから星を見ていて……
 アメリカと日本……飛行機であっという間に行けるじゃないかって……
 見ろよ……あの星」
公は天の川の両脇の星を指差した。
「ワシ座のアルタイルと……琴座の……ベガ?」
詩織には公が指差す星が何であるのか、すぐにわかった。
「あの二つの星は、もっと離れているんだぞ……
 でも……織姫と彦星は、愛し合っているじゃないか……俺は……俺の気持ちは……」
公は言葉を切った。そして……
「例え、離れていても……詩織姫を思う気持ちは変わらない。
 距離なんて、そんなちっぽけなことに拘っている自分が情けなくなって……さ、だから……」
「待って!」
詩織が公の言葉を遮った。
「公くん……私……嬉しいの……
 でもね……待って欲しいの……
 そのあとの言葉は……卒業式まで待って欲しいの……」
「詩織……」
「さっき、流れ星に何をお願いしたか……教えて上げる……」
詩織は公の耳元に口を近づけ、そして囁いた。
「卒業式の日に、伝説の樹の下で、公くんと結ばれますように……って」
「詩織……」
公は詩織の肩を抱いた。
「ずっと……一緒なのね……私たち」
「うん……ずっと……」
星明かりの下で二人の影が一つになった。

二人が星を見ていると、山小屋が騒がしくなってきた。
「あ、いたいた……藤崎さん! 公くん!」
山小屋から沙希が飛び出してきた。
「虹野さん」
二人は立ち上がった。
「早起きだったのね」
沙希が二人に話しかける。
「星を見ていたんだ」
公が上空を指差した。
「うわぁ……きれい」
沙希は驚きの声を漏らした。
「でも、ずるい!
 私に声を掛けてくれないなんて……」
「ごめんごめん……」
プッとふくれる沙希に公が謝った。
「でも、みんなぐっすり眠っていたから……」
公が沙希に言い訳をする。
「そうよ、私だって、公くんが起きていたの知らなかったんだもん」
詩織は沙希にそう言うと、悪戯心を起こした。
「それにね……虹野さん、寝言を言ってたのよ」
「え? わ、私……何か言ってた?」
沙希が慌てる。
「『ふふ……ダメよ、田代君……そんなところ……ダメダメ……私たちまだ高校生じゃない……
 って言ってた」
「嘘! 嘘よ! そんなこと言わないもん……だって夢の中では田代君とお弁当を……あ!」
沙希は詩織にはめられたことに気づいた。
「やっぱり、田代君の夢見ていたんだ」
「や……やだ、藤崎さん……」
沙希は真っ赤になっていた。

「みなさん、集合して下さい。
 十五分後に頂上に向かって出発しまーす!」
スタッフの声が響いた。
ふざけ合っていた詩織たちは、揃って山小屋へと歩いていった。
「頑張ろうね」
「うん、ひなちゃんや……北斗農業の分も……」
詩織の言葉に沙希が頷いた。
「そして……何より、自分たちのために……」
「うん」
公の言葉に、沙希と詩織が頷いた。


四時三十分に頂上に到着した高校生達は、まだ薄暗い中、先乗りしていたスタッフが設置してあった、早押し席に並んで御来光を待っていた。

「うわぁぁぁぁ!!!!」

高校生達が一斉に声を漏らした。
東側から見える山……三島岳や金時岳……の向こうに見える三浦半島や房総半島、その遙か彼方から太陽が昇ってきた。
御来光だ。
「富士山の御来光です。
 みなさん、祈りましょう……」

司会者の言葉に、全員が朝日に向かって手を合わせた。
「皆さんは、今、何を祈っているのでしょう……
 多分、この後の決勝のことでしょうか……」

司会者がそんな高校生を見ながら話し始めた。


「全国高等学校クイズ選手権大会……決勝、まもなく開始いたします」

to be continued...

作品情報

作者名 ハマムラ
タイトル栄光への道 第3部 全国大会編
サブタイトル20:「決勝前夜」
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/栄光への道 第3部 全国大会編, 藤崎詩織, 主人公, 早乙女好雄, 朝日奈夕子, ほか多数
感想投稿数0
感想投稿最終日時2019年04月12日 05時55分03秒

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