タッタッタ……ボコッ

短い助走を取って少女がサッカーボールを蹴った。
ヒューン
ゴールに向かっていくボールは……
パシッ
男の手にすっぽりと収まった。

「すごいね、公くん。PKなのに……全部止められちゃうね」
グラウンドにはたった二人しかいない。
青い髪の目がクリッとした少女と、公と呼ばれたゴールキーパーだけだ。
辺りは薄暗くなってきている。グラウンドの向こうの空には夕焼けが輝いている。

「おい! 沙希! 先に帰るぞ!」
グラウンドのフェンスの外から少年が少女に声をかけた。
「あ、純。ちょっと待ってよ!」
「おい、公。いつまでも沙希を拘束すんじゃねぇ」
純平はキーパーをやってる公に声をかけた。
「それじゃ、沙希ちゃん。今日はこれくらいにしようか」
公は沙希に声をかけるとゴールネットにぶら下げてあるタオルで汗を拭った。
純平は公に歩み寄った。
「部員が足りないのは解るが、沙希に部員の勧誘をやらせるんじゃない。
 沙希に恥ずかしい真似をさせるな」
「え? 沙希ちゃん?」
純平の言葉に公は沙希を見た。
「あ、別に大した事じゃないの」
「パンツ見せるのが大した事じゃないのか!」
沙希の言葉に純平が怒った。
「だって……」
「だってじゃない!
 入るつもりもない奴がスケベったらしい顔で冗談で『パンツ見せてくれたら……』って言ってるのに……
 お前は『ホント?』ってマジになってたろうが。
 俺があいつらぶっ飛ばしてなかったらお前見せてたろ」
「沙希ちゃん、部員集めは僕がするから」
純平の言葉に公は沙希に言った。純平はなおも続ける。
「部員も揃っていない弱小クラブのくせに……」
「そう思うんだったら純が入ってよ。
 そしたら十一人になって試合ができるじゃない」
沙希が純平に抗議する。
「バーカ、男が玉蹴りなんかやってられるか。男なら格闘技、俺は空手部なんだよ」
「空手部だって部員が純一人じゃない」
「けども弱くはないぞ」
純平は負けずに言い返す。


「私、着替えなくちゃ」
そう言うと沙希は部室へと走って行った。
「ったく……女のお前が蹴るボールを止めたくらいで何が『すごいね』だよ。なぁ公」
純平は水道の蛇口から水を飲んでいる公に言う。
「沙希ちゃんの蹴るボールも弱くないよ」
「お前、本気でそう思ってるのなら重傷だぞ。あいつは昔っから運動と名のつく物は……」
話し始めた純平を公が制した。
「わかったよ。さて、俺も着替えて帰るとすっか。一緒に帰るだろ?」
そう言うと公も部室へと走って行った。

学校からの帰り道を三人が歩いている。
並んで楽しそうに話す沙希と公から二メートルほど遅れて純平が続く。
(くそぉ、二年半前までは帰りは俺と沙希の二人だったのに……)


神島純平と虹野沙希はいわゆる幼なじみという奴である。

小さい頃からずっと一緒だった。高校も二人で同じ所に進む事ができた。
純平は自分は沙希が好きである事はよくわかっていた。
しかし、高校に入ってすぐの事だった。
沙希は相変わらずサッカーに夢中で入学するとすぐにサッカー部のマネージャーになった。
そこにいたのが主人公だった。
ゴールキーパーとして類希なセンスを持った公はあっという間に校内の人気者になった。
しかし……サッカー部は部員十人で試合もできない弱小だった。
沙希は純平にサッカー部に入ってくれと何度も頼みにきていたが、純平は入らなかった。
空手が好きだからではない。サッカー部に入るとどうしても公と自分を比べてしまうからだ。
「それじゃ、沙希ちゃん」
途中の曲がり道で公は沙希に言った。そして、
「純平も、またな」
「あぁ」
そこから公は右に、純平と沙希は左に歩き始めた。
「沙希……」
「どうしたの? 純」
「公の事、好きなのか?」
純平は聞いた。
「好きよ」
沙希はにっこり笑って答えた。
「そうか……公はいい奴だぜ」
「どうしたのよ、急に」
「あーいう奴は得てして格好だけの軽薄な奴だけど……あいつは違う。
 純粋にサッカーが好きなんだな」
「純……」
沙希が純平の目を見た。
「熱でもあるの?」
そう言いながら沙希は自分のおでこを純平のおでこにくっつけた。
沙希の目が自分の目の前にある。
「う〜ん、熱はないわね」
「ば、馬鹿……なにすんだよ」
純平は焦った。その時、家の前に着いた。沙希の家と純平の家は隣同士だ。
「純、今日は純の御両親はデートだそうだから御飯はうちで食べてってよ」
「またか? あの不良夫婦!」
純平は鞄を持ったまま沙希の家へと入って行った。

グラウンドで体育の授業が行われている。
今日は男子百メートル走のタイム計測だ。
グラウンドの反対側では女子が走り幅跳びをやっている。
しかし、女子の半分は男子のタイム計測を見ているようで、教師がいくら注意してもダメのようだ。
「あ、主人くんが走るわよ」
「公くん、がんばって!」
女子の声援が飛ぶ。
「あ〜あ、やだね……公ばっかりじゃねぇか」
「公と走る奴は気の毒だな。……誰だ?」
男たちはこそこそと言い合っていた。
「俺だよ……」
そう言って、純平はスタートラインに移動した。
(勉強だったら……公にはかなわないけど……運動には自信があるんだよ……)
「用意……ピッ」
純平と公は走りだした。全く並んでいる。
タタタタッタタタタッ…………
ゴール寸前で公が体一つ前に出た。
ゴールにいた生徒がストップウォッチを止める。
「主人……10.72秒……」
「キャァーー公くん凄ぉーい!」
たちまち女子が公を取りまいた。
その公に教師が声をかけた。
「主人、陸上部に入らないか?
 お前のこの足なら……試合もできないサッカー部よりはいいぞ」
「すいません、国立競技場に行くのが夢なんです」
「そうか……しかたないな……あとで教官室にきてくれ。大事な話があるんだ」
教師は次の生徒の計測のために戻った。
「神島純平……10.80秒……。これだって凄いタイムなのにね」
グランドにひっくり返っている純平に沙希が声をかけた。
「うっさいな……お前も公の所に行けよ。他の女に取られるぞ」
ハァハァと息を吐きながら純平は沙希の方を見ずに言った。

その日の放課後、サッカー部の部室で公がうなだれて座っている。
部室に入ってきた沙希はただならぬ様子を感じた。
「公くん……どうしたの?」
「うん……」
公は教官室での事を話し始めた。

「廃部……ですか……」
教官室に呼ばれた公は教師にサッカー部廃部の知らせを聞いた。
「うん、何とか頑張ってみたんだがな……
 部員が足りなくて試合もできない部に広いグランドを使わせる訳には行かない、ということになってな……
 申し訳ないんだが……せめて、試合ができるだけの人数がいればな……」

「そんな……」
話しを聞いた沙希は唖然とした。
「正直、国立競技場は無理だと思っているよ。……でも……」
公は沙希に背を向け窓の方を向いた。
「戦って負けたかった……」
「公くん……」
「沙希ちゃん、俺の顔見ないでくれる……今俺……泣いてると思うから……」
沙希は部室を飛び出していた。


「ふぁぁ〜」
大あくびをしながら純平は空手部の部室でマンガを読んでいる。
バタン!
突然ドアが開いた。純平は入り口の方を見た。沙希が立っている。
「純! サッカー部に……サッカー部に入ってよ!」
その沙希の目は真剣だった。
「ど、どうしたんだよ。一体……」
「サッカー部が……サッカー部が……廃部になっちゃうの……」
沙希は言った。
「そんな、俺に関係ないだろ。俺は空手部なんだぞ」
純平はぶっきらぼうに言った。
「嘘よ。
 そんな事言って、純、全然空手やってないじゃない。
 部室だって物置同然だし。
 部員だって純一人なのに……全然集めようとしないし……」
沙希はなおも純平に言った。
「それでも、俺は真剣に空手をやってるの」
「………………」
沙希は無言だった。そして、しばらく純平を見つめると……。
「お、おい、沙希。おまえ何するんだよ!」
沙希は純平の目の前でセーラー服を脱ぎ始めた。
「おい、沙希。よせって!」
しかし沙希は純平を無視してスカートも脱ぎ捨て、更に着ていたスリップも脱いでしまった。
身につけているのはブラジャーとショーツだけだ。
「何を……」
下着姿になった沙希は部室の隅にかけてある予備の道着をとると身につけ出した。
道着を着るとクルっと純平の方を向いた。
「そんなに真剣に空手をやってるんだったら、女の私なんかに負けないわよね」
「お前何言ってるんだ?」
「私と勝負しなさいよ! 私が勝ったらサッカー部に入るって約束で!」
(沙希……そんなに公の事……)
純平は仕方なく言った。
「表に出ろ。やってやるよ」

to be continued...

作品情報

作者名 ハマムラ
タイトルヒーロー!
サブタイトル第1話
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/ヒーロー, 虹野沙希, 主人公, 神島純平, ほか
感想投稿数26
感想投稿最終日時2019年04月10日 23時12分05秒

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