〜イントロダクション〜
「え〜……、人の名前をアルファベットで表す。これをイニシャルと言います。
例えば、藤崎詩織であれば「S.F」。ん〜……虹野沙希であれば「S.N」。
単純にして分かりやすい表現方法です。
しかし、時としてこのイニシャルが全く同じ人間と出会うケースがあります。
例えば……主畑公三郎と主人公……。
主畑公三郎です」
主畑公三郎 主人公
早泉好太郎 早乙女好雄
如月未緒
虹野沙希
他
〜事件発生〜
「沙希ちゃんのお弁当って……本当においしいですね」
沙希の手作り弁当を中庭で食べながら未緒は話していた。
「どうしたらこんなに上手に作れるんでしょう」
「そんな、特別な事は何もしていないよ。普通に作ってるだけなんだから」
「でも、本当においしいです」
「えへ、ありがとう」
未緒は沙希の料理を初めて食べた。今まで「美味しい」という噂を聞いてはいたがまさかこれほどとは思わなかった。
「あのう、お願いがあるんですけど」
「え? なぁに?」
「このお弁当箱、私が家に持って帰って、明日沙希ちゃんにお弁当を作ってみたいんですけど……」
「ど、どうしたの? 急に……」
「私の料理を沙希ちゃんに評価してもらいたいんです。
どうも自分の料理に自身がもてなくって……それに今日のお礼もしたいですから……」
「そうね。わかったわ。いいわよ」
「ありがとうございます。それと恥ずかしいからこの事は二人だけの内緒にして下さいね」
「うん、わかった。じゃ、明日ね」
次の日、未緒はお弁当を作り終えると、朝早く家を出た。
この時間なら沙希は野球部の朝練にでているはずだ。他の人に見られるのは恥ずかしいので朝のうちに渡してしまおう。
評価は後日聞けばいい……そう考えていた。
未緒はグラウンドで練習している野球部を見ながら部室に入って行った。多分、沙希が部室の掃除をしているはずだ。
「失礼します。沙希ちゃんいますか?」
「あら、未緒ちゃん。早いのね。どうしたの?」
「あの、昨日のお弁当のことなんですけど……沙希ちゃんに朝のうちに渡しておこうと思いまして……」
「そう、じゃ、お昼にいただくわね」
そう言って沙希は弁当を受け取った。
ふと、未緒は沙希の胸元にあるペンダントに気付いた。
「あら、そのペンダント……」
「えへ……いいでしょ。あの人にもらったの」
「あの人って?」
「うちのキャプテンの高見くん。格好いいでしょ。彼は根性もあるし……」
そのペンダントは沙希のイニシャルである「S.N」を形どったものだった。
しかし、未緒はそのペンダントを見るのは初めてではない。未緒は自分のペンダントを制服の内側から取りだした。
「M.K」
そのペンダントは未緒のイニシャルを形どっていた。
「あら、未緒ちゃんも同じものを?」
「あの人にもらったんです」
「え? 高見君?」
「うそでしょ? 沙希ちゃん……彼は…………」
取り乱しながらも未緒は、
(彼なら「何人かに配っているかも知れない」)
と考えていた。
事実、彼は人気があったし、それに鏡魅羅が彼からもらっていたのを思い出した。
もっとも、あの時は……
「沙希ちゃん、彼を……彼をあきらめて下さい……私……」
「ちょっと未緒ちゃん。なに言ってるの?
私だって彼が好きよ。未緒ちゃんに負けないくらい。
彼が未緒ちゃんを選んだのならともかく、そうでないのに自分からあきらめるなんて……」
「お願いです。あきらめて!!」
そう言って未緒は沙希の体をつかんで揺さぶった。沙希はあわてて体を支えようとしたが出来なかった。沙希は未緒のペンダントをつかんだまま体を後ろに放り出すように倒れた。
どこにそんな力があったのだろう、未緒もその時沙希を後ろに無意識のうちに突き飛ばしていた。
ドカッ!!!
鈍い音をたてて、沙希が後ろの壁で後頭部をうった。そして沙希は崩れるように床に倒れてしまった。
「!!!!!!」
未緒は慌てた。沙希の体をゆする。
「沙希ちゃん! 沙希ちゃん!」
しかし沙希は既に息をしていなかった。
(どうしよう……)
未緒は考えた。
ふと沙希の手を見ると自分のペンダントが握られている。未緒は沙希のつかんでいる自分のペンダントを取り返そうとした。
しかし、しっかり握られているので指が開いてくれない。
その時、未緒の頭の中に天啓のようにある考えがひらめいた。
そしてそれを実行する事は恐らく可能だろう……。未緒はこの場から逃げる事にした。自分のいた痕跡を全く消して……
未緒は沙希の指を動かして、沙希の指紋で自分の指紋をペンダントから消し去った。
(あと……お弁当箱……)
これを持って行ってしまうと処分に困る、それに自分が沙希の弁当箱を持っている事は疑われる元になる。
未緒は弁当箱の指紋も拭き取り沙希の手をつかんで、これに指紋をつけた。
これで、大丈夫。そう判断した未緒は部屋を出て行った。
(沙希ちゃん……ごめんなさい……許して……)
〜捜査〜
きらめき高校に一人の男が自転車をこいで入ってきた。
自転車を自転車置き場に止めるとコートを翻してパトカーや警官が集まっている一角に歩いて行った。
「あ、主畑さん!」
声をかけられたのでそちらを向くと、コンビの早泉がグローブをはめてキャッチボールをしている。
「主畑さん、懐かしいでしょ。
昔はよくこれで野球をやりましたけどね。最近の子供ってあんまり野球しませんよね。どうしてかな〜?」
うるさいので主畑は早泉の口を塞ぎにかかった。
「君ね……野球やってたの?」
「ええ、昔は!」
元気に早泉が答える。
「ポジション、どこ?」
「ゴールキーパーです」
「…………」
「どうかしましたか?」
「いや、別に……で、現場はどこ?」
「あ、こっちです。どうぞ」
やっと捜査にかかれる。そう主畑は考えていた。
「え〜と死んでいたのは『虹野沙希』十七才です。野球部のマネージャーをしていたそうです」
早泉が手帳を見ながら説明し始めた。
「なんだい、君。その手帳……うちの婦警の事ばっかじゃないか……」
「え? そ、そうっすか? いいじゃないですか。あ、覗かないで下さいね。
で、どこまで話しましたっけ?」
主畑は早泉を無視して遺体の脇にしゃがみこんだ。
「後頭部を強打しているね」
主畑がめざとく沙希の後頭部の傷を見つけた。
「あ、それなんですけどね、ほら、ここ見て下さいよ」
早泉が指さした壁には血痕が残っていた。
「他の野球部員達の話によりますと、彼女は部員達が練習に行っている間に部室内を掃除するつもりだったようですね。
部員達が出ていったのは7時。で、遺体が発見されたのは、忘れ物をした部員が戻ってきた7時45分。彼女が死んだのはその間ですね。
でね、この血痕なんですけど。こうやって……こう……」
早泉は体を大きく後ろに反らした。そしてひっくり返った。
「あいててて……」
「なにやってるの……」
主畑があきれたようにみている。
「で、こんな風に後ろに倒れて頭を打って死亡したんじゃないか、って、こう思うんですけど」
「君……見てたの?」
「何をです」
「彼女が死ぬとこ」
「いいえ」
「だったら、事故とは言えないだろう。……ん?」
「どうかしましたか?」
「彼女、何か握ってるね」
そう言うと手袋をはめた手で主畑は彼女の手を開こうとした。死後硬直の進んだ指を苦労して開いた。
「ペンダント……ですね」
横からみていた早泉が言った。
「そんなの言われなくてもわかるよ。これ、アルファベットかな?」
「M.K……ですね。彼女は虹野沙希だから……S.Nです……あれ? 違いますね。
あ、彼女、胸にちゃんとS.Nのペンダントしてますよ」
「気になるね」
「そうですか?」
「出所調べて」
「わかりました」
そう言うと早泉は素早く所轄の警官にペンダントを渡した。
ペンダントの販売元はすぐに判明した。
きらめき駅前のショップで作っている、完全オーダーメイドの物だった。注文したのは高見公人、沙希の同級生だ。
「じゃ、これは君が女の子にプレゼントした物なんだね」
主畑が公人に質問する。
「はい、女の子にはよくあげてました」
「誰にあげた? このM.Kのペンダントは?」
「え〜と、鏡さんと……如月さんですね。M.Kなら」
「他の女の子にはあげてないね」
「ええ、イニシャルですから。その二人だけです」
完全オーダーメイドのペンダント。同じ物はこの世に二つしかない。持っているのは鏡魅羅と如月未緒……。
主畑は額に指を当てて考えていた。
「だから、失くしたんです」
魅羅は主畑の前で説明していた。
「どこで失くしたの?」
「それがわかれば拾っていますわ。
それに虹野さんって人とはあんまり面識がないんです。どうして私が疑われなくてはいけないのですか?
それに私ほどの者ならばプレゼントをもらうなんて日常茶飯事。いちいち覚えてられませんわ。
そう思いません?」
「それもそうだね。どうもありがとう」
そう言うと主畑は魅羅を解放した。
「ちょ、ちょっと主畑さん。いいんですか?」
あっけない事情聴取に早泉が慌てた。
「だってしょうがないだろ。失くしたって言うんだから。
え〜と……もう一人はどこだ?」
「あ、図書室だと思います」
早泉に言われて主畑は図書室へと向かった。
「あ、そのペンダントならこれですね」
そう言って未緒は胸元からペンダントを取り出した。
「あ、おんなじですよ。ね、主畑さん」
「君は黙っていて」
早泉をたしなめて主畑が未緒に質問する。
「え〜……あなたは虹野さんとは親友だったと聞きましたが?」
「…………ええ、本当に今回の事は驚いてしまって……」
ちょっと未緒の表情が曇ったのを主畑は見逃さなかった。
「これに見覚えありませんか?」
主畑はペンダントを見せた。
「あ、同じ物ですね。それがなにか?」
「はい〜、これを虹野さんが握っていたんです」
「それじゃ、殺人なんですか?」
「いえ、今の所は……なんとも……」
「事故の間違いじゃないんでしょうか? 虹野さんはいい人ですから殺されるような事は……
あ、もしかしたら部室を掃除していて落ちていたペンダントを拾おうとしてバランスを崩したとか……。考えられないでしょうか?」
「素晴らしい推理ですね。そういえば今読まれているのは?」
「あ、ポーです。ミステリーの古典ですね」
「そうですか……私もポーは好きです。特にあのシャーロックホームズは……」
「それはドイルです……」
「あ、これは失礼しました……」
主畑は頭をポリポリとかいていた。
未緒の疑問に主畑が答える。
「事故とは考えられないのです」
「どうしてですか?」
「彼女のお弁当箱が現場に残っていました。
食べてみましたが、非常に美味しかったです」
「やだな、主畑さん……証拠物件、食べたんですか?」
早泉が主畑をとがめる。
「確かに弁当箱からは彼女の指紋しか出ませんでした。
で、彼女の家で聞いてきました。彼女は昨夜から今朝にかけて、お弁当を作ってません。これは彼女の母親が証言しています。
部員達も、朝、彼女はお弁当箱を持ってなかったといってます。
……という事は……部員達が出ていった後、あの部屋にお弁当を持っていった人物がいるという事です。
いかがでしょうか? 私の推理は」
「素晴らしいと思います。
ただ、私にどうして話されるのですか? 私は自分のペンダントをちゃんともっていますし、関係ないと思うのですが?」
「あ、それもそうですね。いや、これは大変失礼しました。早泉君失礼しよう」
そう言うと、主畑は席を立った。
「あ、そうだ。そのペンダント……ちょっと預かりたいんですが……え〜よろしいでしょうか?」
「あ、いいですよ。どうぞ」
そう言って未緒はペンダントを主畑に渡した。
〜推理〜
犯人は如月未緒だ。
主畑の直感はそう感じていた。
親友、という言葉を出したときの未緒の表情がそれを物語っていた。
(あのペンダントが彼女の物だという事を証明する事ができれば……)
沙希の手にあったペンダントには沙希の指紋しかなかった。
未緒がしていた方は今調べたが……未緒の指紋しか出てこなかった。
主畑は考えた。
(まてよ、という事は彼女が今しているペンダントは?)
この世に2つしかないペンダント。
一つは現場にあった。という事はもう一つ、彼女がしているのは……
(鏡魅羅のものだ)
主畑は贈り主の高見公人に、もう一度会う事にした。
「二つの違いですか?」
公人は主畑の質問で考え込んだ。
「いや、無いですよ。
始めに鏡さんにあげたとき結構評判がよかったので、如月さんにも同じ物をあげようと思って『全く同じ物』と注文しましたから」
「どんなことでもいいんです。お願いします」
「だって……そんな事言っても……中の写真も同じ物だったしな……」
「中の写真? それはなんですか?」
主畑は慌てた。そんな物自分はみていない。
「あれ、あのペンダントは二つに割れるようになっていて中に写真が入るんですよ。
どちらにもバラの花の写真を入れておきましたから……ここにも違いは無いですね」
主畑はポケットから2つのペンダントを取り出した。注意深く開いてみる。
中にはどちらもバラの写真が入っていた。
「写真も同じ物ですね。どちらを誰にあげたかわかります?」
主畑は公人に聞いた。
「ちょっとわかりませんね。結構苦労して綺麗に入れましたから。
入れるのが難しいんですよ。ペンダントの形が特殊ですから……。
如月さんの時は二度目だったのでは難しいのを知っていましたから、お店の人に写真を渡して入れてもらったんですよ」
公人は笑いながら言った。とたんに主畑の目付きが変わった。
「今おっしゃった事、まちがいありませんか!」
「あ、ええ……」
「ありがとうございます」
そう言って主畑は立ち去った。
〜暗転〜
「え〜、これで事件は解決です。
犯人はやはり如月未緒でした。
彼女がしていたペンダントは鏡魅羅の物です。多分拾ったペンダントを今回うまく利用したのでしょう。
事件を解くカギは『ペンダント』です。
主畑公三郎でした」
〜真相解明〜
下校時間の校内音楽が流れ始めた。
「もう、こんな時間……帰りましょう」
と、独り言を言って荷物を鞄につめ始めた。
読みかけの本を借りるためカウンターで貸出手続きをすると、図書室から出て行こうとした。
「お帰りですか?」
目の前に立っていたのは主畑だった。
「主畑さん、どうなさったのですか?」
「誠に申し訳ありませんが……ちょっとお時間をいただけますでしょうか?」
「なにか私に?」
「ええ、そうです。
実は先ほど、新事実が判明したのです。それをぜひ聞いていただきたくって……おじゃました次第です」
「わかりました。で、どこに行けばいいのでしょう」
「そうですね。どこでもいいのですが……折角ですから現場となった野球部の部室に行きませんか」
「わかりました。まいりましょう」
未緒は主畑の後について野球部の部室へと歩いて行った。
部屋にはいると、主畑は未緒に椅子を勧めた。そしておもむろに切りだした。
「虹野沙希さんは、やはり殺されたんでした。事故ではありません!」
「根拠は?」
未緒は背筋が凍る思いをしながら問い返した。
「先ほども説明しましたように、お弁当の件がそうです。
彼女が今朝お弁当を作っていない以上、あれは誰かが作って彼女に渡した物です」
「でも、それだけで殺人とは言えないのでないでしょうか?
それは誰かがこの部屋に入った事の証明にはなりますが……殺人の証明には……」
「なるんです。お弁当箱には彼女の指紋しかありませんでした」
「それがなぜか?」
「おかしいじゃないですか。誰かが彼女に渡した弁当箱に、彼女の指紋しかないと言うのは……
渡した人間の指紋はなぜ無いのでしょう? それは渡した人物が指紋を拭き取ったからです。
なぜ拭き取ったのか? 自分の指紋を残す訳にはいかなかった。それは……その人物こそが彼女を殺した犯人だからです」
「なるほど。素晴らしいですわ。
しかし、それで私が犯人のように扱われる事の理由にはなりませんが」
「もちろんです。
そんな微々たる事であなたのような素晴らしい女性を犯人扱いする事なんて……」
「帰ってもよろしいですか?」
「もう少し待って下さい。
で、彼女のお弁当箱に入っていた物を調べました。
ひじき、卵焼き、荒挽ウィンナ、ポテトサラダ、そして……塩鮭。
これは恐らく犯人が作った物です。私は先ほどまでそれを調べてました。
スーパーの売上伝票の控えがありました。スーパーきらめきではトラブルに備えて伝票を2枚作成して1枚を客に渡し、もう一枚を店に保管します。
……これです。見て下さい」
そう言って主畑はレシートを未緒にみせた。
「ね?
卵・ひじき・じゃがいも・ウィンナ・鮭の切り身・人参・ゴボウ……見事に彼女のお弁当の中身の材料です。
そして、スーパーの店員にあなたの写真を見せたところ……買い物した客によく似ている、と言ってくれました。
高校生が一人で食事の買い物をする姿は最近珍しいですからね。覚えていましたよ」
しかし、未緒も怯まなかった。
「私のクラスの友だちに聞いていただければわかりますが、私のお弁当の中身も殆ど同じです。
そのメニューもお弁当にはよくあるものです。
私は自分のお弁当のために買い物をしました。それが私が沙希ちゃんのお弁当を作った証明にはなってません」
「なるほど……それは確かにそうです……しかし……もう一つ決定的な証拠があるのです」
そう言うと主畑はポケットから2つのビニール袋を取りだした。
それには見覚えのあるペンダントが一つずつ入っていた。
「こちらが虹野さんが握っていた物です。仮にこれをAとします」
主畑は左手の袋を未緒の目の前に置いた。
そのペンダントの鎖には沙希の血が僅かにこびりついていた。未緒は目を背けたくなるのを必死でこらえていた。
「そして、こちらがあなたが首にかけていた物です。これをBとしましょう」
主畑は右手の袋も未緒の前に置いた。
「ご存知のようにこの二つには見た目の違いはありません。指紋はAからは虹野さん、Bからは如月さん、あなたのもの、がそれぞれ見つかりました」
主畑は説明を始める。
「どこかでご自分のペンダントを失くしたとかいうことはありませんでしたか?」
「いえ、ありません。ずっと身につけていました」
未緒は答えた。背筋を汗が流れて行くのがわかる。
「それを聞いて安心しました。やはり私の推理は正しかったです」
「どういうことですか?」
「実はこの二つには見えない違いがあるのです。
これをプレゼントした高見君、彼は最初に鏡さんにプレゼントしたとき、自分で中にバラの写真を入れたそうです。ほらこれです」
そう言って主畑はAのペンダントを開いた。
「それなら私の方にもあります。同じ写真の筈です」
「そうです。同じ写真です」
そう言って主畑はBのペンダントも開く。
「確かに一見同じなんですけど……見えない違いがあるんです。
それは、高見君があなたにプレゼントした方は、彼自身が写真を入れたんではないんです。店の職人がやっているんです」
未緒のこめかみを汗が流れる。
「私は気になってこのペンダントの中の写真を外しました。そしてペンダントの内側の指紋を調べました。
そうしたらですね〜Aからは何も出なかったのですが……Bからは高見さんの指紋が見つかりました。これは面白いですね」
「………………」
未緒の顔色がみるみる変わっていく。
「Bがあなたの物ならば……高見さんの指紋が内側についているはずが無いんです。
なにしろ、彼はこっちの内側を触っていないんですから。
ついているとすれば彼が自分で写真を入れた鏡さんにプレゼントした物の筈なんです。
しかもこれはこの世に二つしかないペンダントです。ということは考えられるのは一つだけです。
Bは鏡さんが紛失した物。そして虹野さんが握っていたAこそがあなたの物という事です。いかがでしょうか?」
「……………………………………」
しばしの沈黙が場を重苦しく変えた。そして未緒が堪えられないかのように口を開いた。
「さすがですね。主畑さん」
「あたりですね」
「ええ、ずっと苦しかったんです……。
沙希ちゃんにあんな事してしまって……すぐに警察に言おうと思いました……
でも、……でも言えなかった……私がそんな事になったら……
でも、信じて下さい。殺すつもりはなかったんです。
偶然……偶然なんです……。
あの時は彼女も彼に……ペンダントを……
それで、私……以前鏡さんが落としたペンダントを拾ってそのまま鞄にいれてあったのを思い出して……私……」
沙希は部室で起こった事を話し始めた。しかし最後の方は涙声になって聞き取れなかった。
「私はあなたには同情します。
この事件は殺人にはならないでしょう……彼女……虹野さんの後頭部の傷が1ヶ所しかないということがそれを証明しています。
殺意があるのであれば複数回殴打しトドメを刺していたでしょう。私もあなたに殺意があったとは考えません。
しかし、あなたのしたことは……過失致死であることは間違いありません。
……さ、参りましょうか」
主畑が声をかける。泣きながら頷いて未緒は歩き始めた。
「如月さん!」
校門で未緒に声をかけてきた男がいた。
「高見さん……」
「如月さん……俺……俺……」
何か言おうとした公人に歩み寄った主畑が平手打ちを喰らわせた。
ピシッ!
乾いた音が夕方の静寂を切り裂いた。
「な、なんですか!」
頬を抑えて公人が抗議しようとした。
「君はいろんな女の子にプレゼントをする。
それで自分は満足かもしれん。
しかし、それで、悩み、苦しむ女の子がどれだけいるか、それをもう一度よく考えてみなさい。
君のした事は……単なる自己満足でしかない!」
言い終えると呆然としている公人を無視して主畑は未緒の所に戻った。
自分の手をさすりながら未緒をパトカーに乗せた主畑の瞳からは一筋の涙が流れていた。
主畑公三郎 主人公
早泉好太郎 早乙女好雄
如月未緒
虹野沙希
鏡魅羅
高見公人
この物語はフィクションであり、登場する主畑公三郎は架空の刑事です。
エピローグ
上映会場となった視聴覚ホールは文化祭の期間中盛況だった。
きらめき高校映画研究会制作のビデオ映画『主畑公三郎』は予想以上に人気を集めた。
「好雄がこんな話持ってくるから、どうなるかと思ったが……うまく行って良かったな」
公は打ち上げ会場となってる教室でジュースを飲みながら好雄と話していた。
「だろ……それにしても……お前と如月さんの演技……真に迫っていて良かったぜ」
「そ、そうか?」
「演劇部員に特別出演してもらったのは正解だったな。
映研に話を持ち込まれた時に、お前を紹介した俺の顔も立つってもんだぜ」
好雄の話を聞きながら、公は別のことを考えていた。
(本当は如月さんの役……詩織がやるはずだったんだよな……あれ? そういえば詩織はどこ言ったんだろう?)
上映終了後の拍手の嵐の中を舞台挨拶した公は、会場に詩織がいるのを見かけたがその後どこへ行ってしまったのか……詩織はここにいなかった。
「あの……主人さん……」
未緒が公に声をかけた。
「どうしたの?」
「私……自分でも信じられないくらいいい演技ができたと思ってます。これも主人さんのおかげです」
「そんなことないって、あれは如月さんの実力だよ」
「いえ、やっぱり主人さんのおかげです。
でないと、急な代役で、私はうまくできたかどうか……」
「あ、未緒ちゃんだけずるい! 私なんて始まってすぐ死んじゃったんだからね。
あ〜あ、もっと映りたかったな……」
沙希が二人の間に割り込むようにして話に混ざっていった。公も詩織のことをすっかり忘れて未緒と沙希と話し始めた。
三人は笑いながら撮影中の思い出話で盛り上がった。
その頃……隣の部屋では風邪をひいて役を降りざるをえなかった詩織が……タイミングを逃し打ち上げパーティに参加し損ねてしまっていた。
スパーン!
「公くんったら……如月さんや虹野さんにデレデレしちゃって!!」
スパーン! スパーン!
詩織はやり場のない怒りをハリセンにぶつけていた。
本当に……終わり(^^;
作品情報
作者名 | ハマムラ |
---|---|
タイトル | ときめきメモリアル短編集 |
サブタイトル | 主畑公三郎 |
タグ | ときめきメモリアル, 藤崎詩織, 主人公, 他 |
感想投稿数 | 165 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月10日 04時08分41秒 |
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- [★★★★★★] 素晴らしかったです。出来ましたら今度は本物の古畑さんでお願いします。もちろん犯人役は人気キャラで。例えばときメモGirlsの氷室先生とか、ファーストKiss物語の織田桐姫乃ちゃんとか・・・。
- [★★★☆☆☆]