「うっそぉ!
詩織ったら、織田先輩のことふっちゃったの??」
「ちょ…………ちょっと…………ふったなんて…………」
詩織が教室の隅で女の子数人で弁当を食べていたときのこと。
はずみで、詩織がサッカー部のキャプテンで学園の人気者・織田先輩から交際を申し込まれたが断った、と言う話で盛り上がり始めた。
「ただ、あんまり知らない人だったから…………」
「何言ってんの!
サッカー部の織田先輩って言えば、ファンクラブまであるのよ! わかってんの?」
「もったいなぁい…………どうして??」
まわりの友人達が詩織を追求する。
「だいたい、詩織みたいな可愛い子が彼氏を作らないのが不自然なのよね…………」
「べ、別に…………きっかけがないだけだから…………」
「詩織、まさか…………」
友人の一人、鞠川奈津江が真剣な目になった。
「あの、主田一公が好きだとか…………」
……ドキン……
ポロリ。詩織の箸から卵焼きが落ちた。
「ハーックション!」
同じ頃、屋上で昼寝をしていた少年が大きなくしゃみをした。
「ぷっ…………」
友人の一人が吹き出した。
「やだぁ! あんなクズ男と詩織じゃ、ぜーんぜんらしくないじゃない!」
「キャハハハ…………冗談よ冗談!
詩織とあいつじゃウンコとケーキくらい差があるもんね!」
(グサ…………)
詩織は箸を弁当箱のご飯の中に突き立てていた。
(そこまで言うこと無いじゃない…………)
あ、ごめんなさい、読者の皆さん。いきなりのお話で驚いたかな?
はじめまして。名前は藤崎詩織です。
ただいま、私立きらめき高校の2年生。
そして…………
昼休みが残り少なくなって教室に戻った詩織は後ろの席を振り返った。
(…………いないのか…………どうせ、また屋上で寝ているんだろうな…………)
キンーコンーンカーンコーン…………
(あ、チャイム鳴っちゃった…………またサボリか…………あいつ…………)
先生が来たというのに教室に現れない彼。
“彼”が噂の…………なんです。
「で、あるからして…………」
午後の一時、教師は黙々と授業を進めている。
(もう…………公くんったら…………とっくに授業始まっているのに…………)
詩織は後ろの空席をチラチラと見ていた。
コンコン…………
詩織の席の左隣の窓がノックされた。
「?」
「よ!」
(公くん!)
窓から顔を出したのは公だった。
「屋上でボーっとしてたら寝ちまってさ。手、貸してくれねぇか?」
公は囁くように詩織に言った。
「馬鹿ねぇ…………落ちたら死んじゃうじゃない。ここ三階よ…………」
詩織も声を潜めて答えると、そーっと窓を開けた。
「ほぉ…………どこに行ったかと思ったら…………そこにおったのか、主田一!」
ぬっと顔を突き出したのは、先ほどまで教科書を説明していた教師だった。
「せ、先生!」
「随分楽しそうなことしているじゃないか…………ん?」
「え、えぇ…………まぁ…………」
公は焦ってる。ポリポリと頭を掻こうとするが、辛うじて窓の外にぶら下がって
いるために手を離すことが出来ない。
「見かけほどは楽しくないんですけど…………」
バキ!
「あら…………あららら!!!」
公が掴んでいた樋が折れた。
「公くん!」
詩織は慌てて彼の手を掴んだ。教師も焦って手を出す。
「このやろう! 今日は居残りだからな、主田一!」
「公くん、重いよう…………」
公が落ちたら死んでしまう…………その一心で詩織は必死で両手に力を入れた。
「おぉ! ピンク!」
後ろから早乙女好雄の声がした。
「きゃっ!」
公を引き上げるために体を乗り出していた詩織のスカートがめくれ上がっていた。
慌てて、詩織は片手を公の手から離してでスカートを押さえた。
「ぎゃ!」
公がずり落ちた。
「ば、馬鹿野郎。俺を殺す気か!」
「だ、だってぇ…………」
そして…………
この少々頼りない彼が、わたしの幼なじみ…………主田一公くんなんです。
★主田一少年の事件簿★
File.1「万引犯に御用心」
放課後、下校時刻の校門はときめきの場所である。
あの子と一緒に帰ろうか…………それとも。それは男だけではない。
女生徒も、彼は私の誘いを受けてくれるだろうか、それはそれは不可思議な心の揺れが誰しもに生じている。
そんな校門の側で立っている少女がいた。
「またどっかで居眠りしてるな…………」
詩織は大きなため息をついた。
数週間前、公が後輩の女の子……詩織と公のクラスメイトの早乙女好雄の妹・優美……と一緒に帰るところを目撃して以来、詩織の胸中は穏やかではなかった。
(関係ないんだもん、ただの幼なじみだし…………)
そんな風に自分を納得させながらも、それ以来、校門のところで公を待つ習慣が出来てしまった。
幸い、彼女を見付けた公は詩織を誘ってくれた。なのに……
「一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし……」
(あぁ……バカバカ)
と自分を責めても遅い。何度かは一緒になりながら、いつも同じ台詞で公の誘いを断ってしまっていた。
今日こそは……と思っても、公は校内の何処かで居眠りしているのか姿が見えない。
「彼を待ってるの?」
詩織に話しかけたのは、彼女たちの担任教師・島岡小百合である。校内でも人気の若手教師だ。
「べ、別に……そんなんじゃないですから、公くんと私は……」
「誰も、主田一くんのことだとは言っていないんだけどねぇ」
「あ……」
語るに落ちるとはこのことである。
「本当に不思議よねぇ、校内でも成績トップクラスの優等生の藤崎さんと、こう言っては何だけど、落ちこぼれの主田一くんが幼なじみとはねぇ」
「公くんは……落ちこぼれじゃないですよ」
詩織は反論した。事実、小学生の頃は詩織より、公の方が遥かに成績は良かった。
逆転したのは中学に進んでからだった。
「そうよね、不思議よね…………
その主田一くんが、実はきらめき高校の入学試験の成績はトップだったなんて……ねぇ」
「え?」
詩織は絶句した。
「公くんが…………ですか?」
「ええ、ダントツのトップよ。
もっとも他の先生方は、あなたが彼にカンニングさせたと思っているけれどもね」
「そんなこと、してません!」
詩織が慌てて否定した。
「わかってるわよ、そんなことは。
カンニングであなたよりいい成績をとれるはずがない。同点なら解るけれどもね。
そうだ…………」
島岡は詩織に悪戯気に言った。
「ここに10個の袋があります。
それぞれの袋には1個5グラムのおはじきがぎっしりと詰まっています。
その中で、一袋だけ、おはじきの重さが他のおはじきとは1グラム重いおはじきを詰めてある袋があります。
秤を使ってこの袋を見つけだすとして…………秤を使うのは最低何回でしょう?」
「え? ……」
詩織は考え始めた。
「一袋におはじきが幾つ入っているか解らない……となると最初の袋から取り出したおはじきをを乗せて……えっと…………」
「あなたのような秀才はね、そうやって理詰めに考えて、出題者の意図した答えを導き出すの。
でも天才は…………そう、彼のような…………」
島岡は校舎から出てきた公に視線を送ったあとで言った。
「出題者の意図しない方法で、しかも遥かに簡単な方法を一瞬で見付けてしまうの…………事実、彼は今の問題も一瞬で答えを出したわ」
「まさか…………」
「さすが、名探偵と言われた主田一公助の孫だけあるわね」
それだけ言うと島岡はその場を去っていった。
「公くんが…………天才?」
「どうしたんだ、詩織?」
ポカンとして立っている詩織に公が声をかけた。
「あ……ううん、なんでもないの。
ところでどうしたの?」
声をかけられてうれしい癖に、ついつい余所余所しい態度をとってしまう。
「いやぁ、トイレで財布落としちまってさ。
全財産が入っているだけに拾うのが大変でさ……洗ってあるから匂いはとれたと思うけど…………」
公は頭を掻きながら言う。
(どこが…………天才なのよ…………)
情けなさそうに詩織が頭を抱えたときだった。
「主田一せんぷぁぁぁぁぁぁぁぁ〜いい!!!」
詩織達の一年後輩にあたる早乙女優美が手を振って走ってきた。
「やぁ、優美ちゃん」
公が声をかける。
「えへへ、主田一先輩に声をかけていただいて、優美、幸せだなぁ」
優美は照れながら返事をした。
「優美ちゃん、よかったら一緒に…………」
公が声をかけようとしたその時だった。
「いてて!!!!」
詩織の右足が公の左足の上に勢いよく乗せられていた。
ようするに踏みつけられたのである。
「えへへ、今日は優美、行くところがあるんです。それじゃぁね、先輩!」
優美は大きく手を振ると、校門から外へ走って出ていった。
「優美ちゃんは、いつも元気だなぁ…………」
「馬鹿、知らない!」
詩織がプンと膨れている。
その時…………
「公〜」
情けなそうな声が後ろから響いてきた。
「なんだ、好雄じゃないか」
公が振り返ったそこには、今にも死にそうな顔の早乙女好雄が立っていた。
「どうしたの、早乙女君。顔色が悪いけれども…………」
詩織も心配そうに言った。
「優美が…………優美が〜!!!!!!」
好雄が叫んだ。
「援助交際ぃぃぃぃ????????」
「しっ! 声が大きい!」
公の叫びに、好雄が注意をした。
詩織はというと、余りの衝撃にコーラの入った紙コップのストローを加えたまま固まっている。
「好雄、マジか? どう考えてもおかしいぞ」
「そ、そうよ。優美ちゃんに限ってそんなこと…………」
ここは学校のそばにあるハンバーガーショップ。
公と詩織は泣き叫ぶ好雄を連れてくると、二階の隅に席を取って話を聞いていた。
「だって、考えて見ればおかしいんだ。
優美の小遣いでは絶対に買えないような高価な物が、部屋にゴロゴロしているんだ」
「たとえば?」
公が尋ねた。
「限定版のチチビンタリカ変身セットがそうだし、それにCDも最近急激に増えてるし…………」
好雄が説明する。
「そういえばさっきの優美ちゃん…………」
詩織が言った。
「何気なしに見ていたけれども、首にネックレスがぶら下がっていたわ。
あれってかなり高価な物だったわよ」
「ホントかよ、おい」
公が疑わしそうに詩織を見る。
「本当よ。だって、あのネックレス、私も欲しいなって思っていたんだもん」
「それに、この前優美からマンガ雑誌を借りたんだけど…………」
好雄が続けた。
「中から一万円札が出てきたんだ。優美の小遣いは月に五千円だぞ。崩すのならともかく、何で増えるんだ?」
「う〜ん」
公と詩織は考え込んでしまった。
「そういえば、最近、優美ちゃんがよくクラブを休むのよ…………」
詩織がポツリとつぶやいた。
「クラブって…………バスケ?」
「うん」
公の質問に詩織が答えた。
「いつぐらいから?」
「えっと、あれは……OBの浦田先輩が遊びに来た後だったから……先々月くらいからかな?」
「優美の金遣いが荒くなったのもそれくらいだ」
好雄が付け加えた。
「ふう〜ん、気になるな…………」
公は腕組みしてしばらく考え込んだ。
「その浦田先輩ってどんな人?」
「男子バスケットボールクラブの先輩なんだけど、年はもう27か28だったかな?
実業団でプレイした後で、去年から市内の警備会社に勤めているの」
「警備会社?」
詩織の説明に公が聞き返した。
「うん、この周辺のスーパーとか百貨店で万引きの取り締まりをやっているんだって。
この前来たときも、万引きで困っていることや、いろんな万引きの手口を話してくれたもん。
やっぱり、中高校生に多いって…………」
詩織はその時のことを公と好雄に話し始めた。
「CDですか?」
部員の一人が浦田に尋ねた。
「あぁ、最近、スーパーのCD売場でよくCDがやられるんだ」
「でも、あれって確か防犯のタグが…………」
詩織が尋ねた。
最近のスーパーのCD売場では、防犯用の磁気タグを取り付けている。持ちだそうとするとゲートの警報が鳴るのだ。
「うん、そうなんだ…………でも無くなるんだ…………不思議なことに…………」
浦田はお手上げと言った話をした。
「お前達はそんなことするなよ」
「当たり前です」
優美が元気よく言った。
「優美達はそんなこと絶対にしませんから…………」
「早乙女は大丈夫だろうな」
浦田は笑っていった。
「この前、捕まえた中学生には参った。
ブザーが鳴ったので別室に連れていってチェックしたんだが持っていないんだ。
その後の凄みようといったら、ヤクザも顔負けだったぞ」
「不思議な話ですね」
「結局平謝りさ。
念のために帰り際に、それとなく別のゲートを通してみたんだが、ブザーは鳴らなかった。一体どうなっているのか…………」
「まさか…………」
詩織の説明を聞いて、好雄が言った。
「優美はそれを参考に万引きをやっているんじゃないだろうか…………」
「考え過ぎよ、早乙女君」
「いや、そうに違いない。
そして自分の欲しい物以外に盗ってきた物は売りさばいて小遣いに…………あぁ、優美ぃぃ〜!!」
「好雄、お前ドラマの見過ぎたぞ。優美ちゃんに限ってそんなこと…………」
公も慰めるが、好雄は完全に落ち込んでしまっている。
しばらくして公が顔を上げた。
「よし、調べてみるか……」
「公……」
「公くん」
好雄と詩織が公を見る。
「任せろ、優美ちゃんの潔白を証明してやる。じっちゃんの名に賭けて!」
「ここか…………その浦田先輩がいるってスーパーは?」
スーパーの駐輪場で公が詩織と好雄と共に建物を見上げていた。
「うん、ここ以外にもいくつかの店で警備をやっているけれども、浦田先輩はたいていこの店だって…………」
詩織が答えた。
「とりあえず、中でその先輩を捜すか…………」
公はそう言うとスーパーの中へと入っていった。好雄と詩織も後に続いた。
スーパーの中は夕方の買い物をする主婦らしき人たちと、学校帰りの中学生や高校生達で賑わっていた。
「これじゃ、その先輩がどこにいるかわかんねぇぞ」
好雄がぼやいた。
「だって…………」
詩織がすまなそうに言った。
「しっ!」
公がそんな二人を制した。
「どうしたの、公くん?」
詩織が尋ねると、公は無言で通路の反対側を指さした。
「あれ…………優美ちゃん?」
「優美じゃねぇか…………まさか…………」
公が指さした先には、私服でCD売場を歩き回る優美の姿があった。
「あいつ、なにやっているんだ」
好雄が怪訝に思うのも無理はない。優美は回りをキョロキョロと見ながら棚に陳列されたCDを物色している。
その時だった。
「あ!」
詩織が声を上げるまもなく、優美は棚のCDを手に取ると素早く自分の鞄に入れた。
「優美!」
好雄が駆け寄ろうとするのを公が制した。
「公、何するんだ!」
「黙って見ているんだ」
公は好雄の肩を掴んで離さなかった。
「あなた! 何やっているの!」
女性店員らしき人が優美の手首を掴んだ。
「その鞄に入れたCDを出しなさい!」
同時に優美の鞄が床に落ち、弾みで鞄が開いた。
中から売場の警備タグをつけたままのCDが2枚転がり出てきた。
「ふぇ…………ふぇ〜ん」
優美は床にペタンと座り込むと大声で泣き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさ〜い。もうしないから許して〜」
「だめよ、こっちに来なさい! 警察に連絡しますから!」
警備員は泣き叫びながら許しを請う優美を引きずっていった。
「優美!」
好雄が叫んだ。
「なるほど…………そうか……そういうことか」
公がつぶやいた。
「そういうことだったのか……よかった」
「何がよかったんだ!
お前、どういう意味だ! 優美が万引で捕まってよかったって言うのか!」
好雄が逆上する。
「ま、待てって。……すぐに説明してやるさ……」
公は逆上する好雄と、キョトンとしている詩織に向かって言った。
「謎はすべて解けた…………」
「おいおい、ここは従業員用の通路じゃねぇのか?」
先に立って歩いていく公について、好雄と詩織が歩く。
公は“関係者以外の立ち入りをお断りします”の札のついたドアを開け、従業員用のスペースに入り込んでいった。
「失礼ですが、どちらさまでしょう?」
廊下を歩いていくと、従業員らしき人が公たちに話しかけてきた。
「ここに警備に入っている浦田さんに会いに来たんですけれども……」
公が言った。
「浦田先輩の高校の後輩なんです、僕たち」
「そうですか。警備員の詰所なら、この廊下の突き当たりを右です」
と、その男は教えてくれた。
公たちは、言われたとおりに廊下を歩くと、“警備員詰所”と書かれたドアの前に立った。
『キャハハ…………そうなんですかぁ?』
「?」
中から優美の笑い声が聞こえる。
「どういうこと? 優美ちゃんが笑っている」
詩織が不審そうに言った。
妙な顔つきの好雄と詩織を無視して、公はドアをノックした。
『はい、どうぞ』
返事を確認して公はドアを開ける。
「浦田先輩はいらっしゃいますか?」
「私が浦田ですが…………あなたは?」
中にいた人物はそこまで言って、後ろの詩織に気づいた。
「えっと……バスケ部の……藤崎さんだったかな?」
「はい……そうです」
詩織は恐る恐る中に入ってきた。
「どうしたんですか? 主田一先輩に藤崎先輩……あ、お兄ちゃん!」
優美が好雄を見付けて言った。
「優美ぃぃぃぃ!!!
無事か? 心配しなくても大丈夫だぞ、お兄ちゃんはお前の味方だからな」
「どうしたのよ、お兄ちゃん…………」
いきなりすがりつく好雄に優美は迷惑そうだった。
「しかし、さっきのお芝居は見事だったよ」
公が優美に向かって言った。
「え? 見てたんですか? 恥ずかしいなぁ」
優美が照れながら言った。
「お芝居?」
詩織と好雄が同時に声を上げた。
「そういうこと。さっきの優美ちゃんのはお芝居。
店員さんと打ち合わせて、万引犯が捕まるところの修羅場を演じたんだろ?」
公は優美と浦田に確認するような口調で言った。
「ほぉ……よくわかりましたね」
「優美ちゃんの嘘泣きには慣れているからね」
公は笑いながら言った。そして、
「それに、あんな修羅場を実際に今まで見たことがあるか?」
好雄と詩織に言った。
「…………」
二人は黙って首を左右に振った。
「だろ?
普通は万引犯を見付けても、『お客様、申し訳ございませんがちょっとこちらへ』って別室に連れて行ってから問いつめるのがマニュアルさ。
店頭であんな逮捕劇は起きないよ」
「よくご存じですね」
浦田が感心するように公に言った。
「つまり、一連の優美ちゃんの行動は浦田さんと店員さんと申し合わせてのお芝居だった」
「なんでそんなこと…………」
詩織が尋ねた。
「多分、先日浦田さんの話を聞いてからのことだと思うけど?」
公が優美に尋ねた。
「ええ、そうなんです」
優美が説明を始めた。
「浦田先輩の話を聞いて、万引きってどうしてなくなんないんだろ、って優美思ったんです。
でもね、多分みんな、捕まったらどうなるか解らないからだと思うんです。
自分は捕まらない、捕まっても大したことはない、ってそんな風に思ってるからだと思うんです」
「それで、優美ちゃんが『私が見せしめに捕まって上げます』って言い出してね。
驚いたよ」
浦田が説明を引き継いだ。
「で、試しに駅前の百貨店でやってみたら、効果覿面で万引きの件数が減ったんだ。
それで、俺が警備に入っているあちこちの店でお願いしていたんだ」
「なんだ、そういうことかよ…………俺はてっきり…………」
好雄が安言った。
「てっきり何よ?」
優美が腕まくりする。
「いや…………それはその…………」
「あぁ! お兄ちゃん、優美を疑ってたなぁ!」
「優美、待て! 話せば解る!」
腕を振り回す優美に好雄が慌てた。
「まぁまぁ、優美ちゃん。お兄さんも優美ちゃんを心配してくれていたんだから」
浦田がなだめた。
「優美ちゃんはボランティアでいいって言ってくれたんだけどね。
あまりに効果が大きいので店の支配人に頼んで、特別にアルバイト料を出してもらっていたんだ」
「そういうことだったの…………
優美ちゃんも、それならそうとはっきり言えばいいのに……」
「だってぇ……」
詩織の言葉に優美が言った。
「お芝居とはいえ、捕まるんだもん。やっぱ、格好悪いし…………」
「まぁ、いいじゃないか。こうして優美ちゃんの疑いも晴れたんだし」
「疑っていたのはお兄ちゃんだけでしょ」
公の言葉に優美が反論した。一斉に笑いがおこった。
「さて、それじゃついでに例の謎も解いておきましょうか」
公が浦田に向かって言った。
「例の謎?」
「ほら、言っていたでしょ。
CDが無くなる。防犯ゲートが鳴っているのに何も持っていない中学生」
「あぁ…………あの件ですか? わかるんですか?」
「ええ」
公が自信たっぷりに言った。
「ぜひ、ご教授下さい」
「つまりですね…………」
公は説明を始めた。
「その中学生は何も持っていなかったんですよ」
「でも、実際に防犯ベルが…………」
浦田が反論する。
「だから、“その中学生”は持っていなかったんですよ」
「でも、一緒に出て行った人なんていませんでしたよ」
「ええ、出て行った人はいなかったでしょうね」
公はニヤニヤと笑って言う。
「入ってきた人?」
詩織が尋ねた。
「でも、入ってきた人がいたって、防犯ブザーは関係ないでしょう」
浦田が反論した。
「ほらね、プロの浦田さんがそう思うくらいだから、入ってきた人物と言うのは盲点になるんですよ」
公が説明を続けた。
「この手のCD売場って、結構機械警備の盲点になる場所があるんじゃないですか?」
「あぁ、確かに。
売場の配置とかゲートの設定の仕方にもよるが盲点は生じる。
というかわざと作っている部分がある。店員が商品の搬出をするときのためのもあるが…………」
浦田は公の言葉に大きく頷いた。
「恐らく、最初は店員が防犯タグを取り忘れて客に商品を渡してしまったんでしょうね。
客は知らずにゲートをくぐって売場を出る。
驚いたでしょうね。タグがついているのに鳴らなかったんだから。
それで、その客は『盲点の存在』に考えが至った」
唖然とする浦田や詩織や好雄、優美を尻目に公は説明を続ける。
「そこで手にいれたタグを持って売場に入るという方法で警備の盲点を探し始めたんでしょうね。
ただ入っただけではブザーが鳴って怪しまれる。
そこでこのすれ違いというトリックを用いた」
「ってことは…………あの捕まえた少女は…………」
浦田の言葉に公は大きく頷いた。
「恐らくグルでしょう。
すれ違う相手は誰でもいい。はっきり言えば見ず知らずの他の客とすれ違って確認してもいいんです。
けれども、その少女がすごんでいるところを見ると、仲間がわざと捕まって警備員をからかったんでしょうね」
「そんな……まるでゲームの攻略じゃない」
詩織が許せないといった表情で言った。
「そうさ、彼女たちにとってはゲームさ。
これで、警備の盲点を見つければいくらでもCDが持ち出せる。つまり……ゲームクリア」
「許せないですね」
優美も怒り心頭だった。
「ありがとう、主田一君。礼を言うよ」
浦田は公に頭を下げた。
「ねぇ、公くん」
帰り道、詩織が公に尋ねた。
「ここに10個の袋があります。
それぞれの袋には1個5グラムのおはじきがぎっしりと詰まっています。
その中で、一袋だけ、おはじきの重さが他のおはじきとは1グラム重いおはじきを詰めてある袋があります。
秤を使ってこの袋を見つけだすとして…………秤を使うのは最低何回でしょう?」
「なんだよ、島岡先生みたいに…………」
「いいから答えて」
詩織が公に向かって真剣に言った。
「1回だろ」
「え? どうして??」
詩織はキョトンとしている。
「いいか?
まず、袋に1から10の番号をつける。
そしてそれぞれの袋から番号と同じ数だけのおはじきを取り出す。
それをまとめて秤に乗せるんだ」
「?」
「全部正しい5グラムのおはじきならば5グラムのおはじきが55個で275グラムになるはずだ。
仮にこれが280グラムになったとしよう」
公が説明をする。
「間違っているおはじきは1グラムだけ重いんだから5グラム超過という事は、重いおはじきが5個混じっていることになる。
ということは5個取り出した5番の袋が正解」
「あ…………」
詩織が感心したように言った。
「それがどうかしたのか?」
「ううん、なんでもないの」
詩織はにっこり笑って歩き始めた。
(そっか…………公くんは天才か…………)
数日後、浦田が公と詩織を訪ねてきた。
「さっそく、防犯ゲートの位置をそれとなく変えてみたんだ」
浦田は開口一番切り出した。
「で、どうでした?」
詩織が尋ねる。
「あっという間に中学生が捕まった。
問いつめてみると、主田一くんの言ったとおりのことが行われていた」
「そうでしたか…………」
公は頷いたが、その表情は暗かった。
「どうしたの、公くん」
詩織が心配そうに尋ねる。
「ん? 別に………ただ、自分が欲しいわけでもなく、ただゲーム感覚で万引きをするって……空しいなって思っただけさ」
「そうよね……」
詩織は頷いた。
「彼女たちにしてみれば、単にゲームオーバーになっただけ……リセットすればまた始められる」
「そうならないように、俺達警備員がきちんと事後処理をしないといけないんだ」
浦田が言った。
「さてと…………」
浦田が腰を上げた。
「それじゃ、俺は仕事中だから帰るよ。それと……」
浦田はそう言いながら鞄から封筒を取り出した。
「これは店の支配人から主田一君へ」
「俺……ですか?」
公が封筒を開けた。
「うわ! ディスティニーランドのペア入場券!」
封筒から公が取り出したチケットを見て詩織が声を上げた。
「お礼だそうだ。彼女と楽しんできてくれ」
浦田はパチンとウインクすると立ち上がって出ていった。
「ねぇ、公くん!」
詩織が目を輝かせる。
「ん、じゃ行くか?」
「今度の日曜日! 約束だからね!」
公と詩織の笑顔が残った。
作品情報
作者名 | ハマムラ |
---|---|
タイトル | ときめきメモリアル短編集 |
サブタイトル | 主田一少年の事件簿 |
タグ | ときめきメモリアル, 藤崎詩織, 主人公, 他 |
感想投稿数 | 165 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月13日 12時51分38秒 |
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- [★★★★★☆] 私の名前も主田です。
- [★★★★☆☆] 殺人事件なんかをやってくれれば面白いと思う