「お誕生会?」
廊下でゆかりに声をかけられた公は思わず聞き返した。

「はい、もしご迷惑でなかったら……
 今度の私のお誕生日を一緒にお祝いしていただけないでしょうか?」
ゆかりは繰り返した。
「そりゃ……古式さんのお誕生日だから、いいけれども……
 どこでやるの? そのパーティ」
公の言葉を聞いてゆかりの表情がパッと明るくなった。
「はい、私の家で……と思うのですが……よろしいでしょうか?」
「古式さんの家?」
公は再度聞き返した。
ゆかりと出会って、もう2年になるが未だゆかりの家に行ったことがない。
何でも凄いお屋敷だという噂は聞いているが……
「別に構わないけど……」
「そうですか……それでは当日、私と一緒に家に来ていただけますか。
 学校から直接でよろしいですよね?」
「うん、わかった。それじゃ当日にね」
公は返事をした。

数日後、ゆかりの誕生日当日。
公は授業が終わると、ゆかりの教室に向かった。
「古式さん……」
廊下から呼びかけると、ゆかりは鞄に教科書をしまっているところだった。
「公くん!」
背後から呼びかけられて振り返ると、朝日奈夕子が公の後ろに立っていた。
「なんだ、朝日奈さんか」
「なんだ朝日奈さんか……じゃないよ。
 今日、ゆかりの誕生会に行くんだって?」
「うん、そうだけど……どうして?
 ……って、そうか、古式さんから聞いたんだ」
「…………公くん……無事に帰ってこれると良いね」
「え?」
「あはは……なんでもない。
 じゃ、気をつけてね!」
それだけ言うと夕子は廊下を走っていった。
「なんだ? 何を気をつけるんだ?」
公が首を捻っていると、ゆかりが廊下に出てきた。
「お待たせいたしました……それでは参りましょうか」
「うん、じゃ行こうか」
二人は一緒に並んで歩き始めた。


「あのう……」
ゆかりの家への道を歩いていると、ゆかりが公に話しかけた。
「なんだい?」
「いえ……その……驚かないでくださいね……」
「何を?」
公はゆかりの言っている意味をあまり深く考えていなかった。
「その……私の家……」
ゆかりが下を向いて言った。
(そういえば……大きな家だって噂だしな……それを気にしているのかな?)
「別に関係ないじゃない。古式さんの家に行けるの楽しみにしていたんだ」
公はそう言った。
丁度その時だった。

「あの……ここです」
ゆかりが立ち止まった。
「…………
 あの…………
 …………ここ…………ここが……古式さんの……家?」
「はい」
ゆかりはそう言って玄関横の木戸を開けた。
(これって……家と言うよりは…………)
公が目を丸くしたのも無理はない。
『関東きらめき一家・古式組』
と時代がかった木の看板に驚いてしまったのだ。
「お帰りなさいませ。お嬢さん」
中から声がしてきた。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
公が怖ず怖ずとゆかりの後から入ろうとすると、
「お前、何の用じゃ」
の額に大きな傷跡のある男がぐっと首を突きだしてきた。
「あの……いえ……今日は……ゆかりさんに……」
後半の公の声は半分うわずっていた。
「ヒデ、そのお方は私のお友達です。
 私のお誕生日のお祝いに来てくださっているのですよ。控えなさい!」
ゆかりの叱責が飛んだ。
「こ、これは、失礼いたしました」
そう言うとヒデと呼ばれた男は頭を下げた。
「あ、いえ……こちらこそ……」
圧倒されながら、公は木戸を潜ろうとした。ふと門柱に目をやる。
「あ、気づかれましたか」
ヒデと呼ばれた男が言った。
「素人さんには、気になりますよね。そこの刀傷。
 3年前の出入りの時の傷なんですけど……
 下にシミがあるでしょ。血なんですけどね……」
「あ、いえ……おじゃまします!」
慌てて、公は中へと入っていった。

「ゆかりお嬢さんがご学友を連れてこられた?」
若い衆に報告を受けた男が言った。
「ゆかりお嬢さんのご学友と言えば……朝日奈夕子さんか?」
「それが……男なんです。
 ……どうします、若頭? ……じゃない専務?」
「!!!???」
若頭はすぐに指示を出した。
「組長……じゃない、社長は今日は?」
「えっと……伊集院の旦那とゴルフだと思いますが……
 ゆかりお嬢さんのお誕生日なんで早めに切り上げてくると思いますよ」
「いかん、社長を足止めしろ!」
「へ?」
「早くしろ! お嬢さんが男を連れてきたと知ったら……社長のことだ、相手の男を斬り殺しかねない……
 そうなったら古式組は終わりだぞ! 急げ!」
若頭の言葉に組員は慌てて走り始めた。

長い廊下を歩いて、公はゆかりの部屋に入った。
「ここが、古式さんの部屋なんだ」
「はい、ちょっとお待ちくださいね。今、お茶を入れますので……」
そう言ってゆかりは部屋を出ていった。
「しかし……ヤクザ屋さんだったんだ……凄いなぁ……」
公は今歩いてきた屋敷の中を思い出していた。
「でも、ここはふつうの女の子の部屋だよな……」
時代がかった屋敷とは一変して、ゆかりの部屋は極普通の女の子の部屋だった。
もっとも、柱に刀傷があるのが気になると言えば気になるのだが……。

「お待たせいたしました」
声がして、ふすまが開いた。
ゆかりがお盆に紅茶のポットとティーカップを載せて現れた。
しずしずと公に紅茶を入れる。
「どうぞ」
紅茶を勧められて、公は正座すると一口飲んだ。
「そんなに緊張なさらなくても……」
ゆかりは微笑んだ。
その時、
「ゆかりさん……ケーキを忘れていますよ」
そう声がして、ふすまが開いた。
「あら、お母様。どうも恐れ入ります」
「いいえ、お客様にお菓子も出さないで、うっかりしてはいけませんよ」
「はい、申し訳ありません」
そう言いながらゆかりは公の前にケーキを置いた。
「あ、いえ、お構いなく」
公はゆかりの母に頭を下げた。
「ゆかりさんが殿方のお客様を連れてくるなんて……初めてですね」
「あら、やだ、お母様……恥ずかしいですわ」
母親の言葉にゆかりが真っ赤になる。
「ま、臆することなくここまで入ってこれる殿方なら、心配はないでしょう」
その言葉にゆかりは父のことを思いだした。
「あのう……今日はお父様は?」
「大丈夫ですよ。
 今日は夜遅くなるように、清司たちが手を回していますから」
「そうですか……それでは安心いたしました。
 でも……お父様に内緒というのは……少々気が引けますが……」
ゆかりが寂しそうに言った。
「お父様にはまた後日紹介すると言うことで……よろしいのではないでしょうか?」
母親が答える。そしてゆかりの耳元に口を近づけ囁いた。
「あの……伝説通り、うまくいったらね……」
「お母様……」
ゆかりは真っ赤になっていた。
「?? どうしたの古式さん?」
公の言葉に母親がにっこりと笑っていた。

あっという間に楽しい時は過ぎていった。
公のプレゼントした観葉植物の鉢植えをゆかりはとても気に入ったようだ。
早速窓際に飾っていた。
ゆかりの母親の手料理で夕食を一緒にし、食後のお茶を飲み終わる頃には夜も遅くなっていた。
「それじゃ、そろそろ……失礼します」
そう言って公はゆかりの家を後にした。


古式は家から二百メートルほど離れたところで車を降り、歩いて家に帰るのが習慣になっていた。
車で屋敷に乗り付けるとどうしても目に付く。ゆかりが成人するまでは死ぬわけにはいかない。
鉄砲玉のような連中から身を守るために数年前から始めた習慣だ。
門も正面門は使わず、裏門を使っている。
「ふ〜、遅くなってしまったわい。ゆかりの誕生日だというのに……
 お前が悪いんだぞ、清司。亜矢をゴルフ場に連れてくるから……
 あそこで亜矢が来たら店に顔を出さないわけにはいかんじゃないか……」
ほろ酔い気分で古式は若頭の清司を叱った。
「申し訳ございません」
清司は素直に頭を下げる。
「まぁ、いい。ゆかりの誕生日だからな、急ごう」
そう言って古式が歩き始めたときだった。
走ってきたバイクが古式のすぐそばを走り抜けていった。
「うわぁ!」
声を上げて古式が倒れた。
「待ちやがれ!」
清司は慌ててバイクを追っていった。

「あいてててて……」
古式が地面に倒れていると、一人の少年が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!」
「う……大丈夫だ……あててて……」
少年は古式の足を見た。
「捻挫はしていないようですけど……あ、擦りむいてますね。ちょっと待ってください」
そう言うと少年はポケットから真っ白なハンカチを出すと傷口を縛った。
「はい、これでいいでしょう。
 擦りむいただけみたいですけど、帰ったら消毒しておいた方がいいですね」
「こ、これはすまんかったな」
古式は立ち上がり少年を見た。
(しっかりした若者だ……こんな息子なら……いても良かったかもな……)
「名前を聞いておこうか」
「いえ、大したことじゃありませんから」
「あ、でもこのハンカチは……」
「捨ててくださって結構です。それじゃ!」
そう言うとその少年は走っていった。

「ただいま」
ゆかりは父の声を聞いて出迎えに出た。
「お帰りなさいませ……あら……どうなさったのですか?」
泥だらけの父を見て言った。
「うん……そこでちょっとな……それより、誕生日なのに遅くなって済まなかったな」
「いえ……お友達と今日は楽しく過ごせましたから……」
「ほう、あの朝日奈さんとかいう子が来ておったのか?」
古式は娘に尋ねた。
「いえ……違いますよ」
母親が足の治療をしながら言った。
「誰じゃ?」
「ゆかりの学校の殿方です」
「何! 男だと! 許さん! ワシは許さんぞ!」
暴れる古式をなだめながら、母親が言った。
「ほら……傷に障りますよ。でもどうしたのですか? この怪我……」
「ふん……実はな……」
古式は今、表であったことを話した。
「ゆかりもつき合うのならば、ああいう男でないといかん。
 繊細なようでいて、結構体つきもしっかりしていた。あれが男の中の男だ!」
「その方にこのハンカチを頂いたのですか?」
ハンカチを解いてゆかりが言った。
「あぁ……誰かわからないんだ。名前も言わなかったし……」
「まぁ……そうですか……
 このような方ですと……お父様は許してくださるのでしょうか?」
「う……ま、まぁ……あの男なら……ゆかりとつき合うと言っても反対はせんだろう……」
古式はそう答えた。
「そうですか……そう……それはよかった……」
ゆかりはそう言いながらハンカチを畳んだ。
「どうしたんだ? ゆかり」
怪訝そうに古式が尋ねる。
「いえ……よかったと……」
ゆかりは手元のハンカチを見ながら言った。
そのハンカチには名前が縫い取られていた。
『K.NUSHIHITO』


翌年三月。

……古式の父は、再びその少年と会うことになるが……

それはまた、別の話。

Fin

作品情報

作者名 ハマムラ
タイトルときめきメモリアル短編集
サブタイトル彼女の父
タグときめきメモリアル, 藤崎詩織, 主人公, 他
感想投稿数162
感想投稿最終日時2019年04月09日 06時01分44秒

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  • [★★★★★★] 古式さんがヤクザ組の娘さんなんてビックリしたけど、新鮮でとても面白かった!今度は公くんと古式さんのお父さんが対面した所などを書いていただけると嬉しい限りです!