プロローグ

『さぁ、9回裏ツーアウトフルベース、決勝戦は大詰めです。
 甲子園切符を手にするのはきらめき高校か? それとも鬼ヶ島高校か?
 1点を追うきらめき高校は一打サヨナラのチャンス。ここでバッターは主砲の赤井。ここまで実に、7割の打率に9本のホームラン』
甲子園をかけた地区大会の決勝は大詰めを迎えていた。ここで、ヒットが出れば一気にサヨナラ、そして甲子園だ。
2年生の主人公もベンチで15番の背番号をつけ、赤井の打席を見守っていた。

『さぁ、ピッチャーセットポジションから、投げた! あーーーー!!!!』
バッターボックスで赤井が手首を押さえて倒れた。ピッチャーの投球は赤井の手首を直撃するデッドボールになった。
ベンチにいた沙希が救急箱を持って飛び出した。
「キャプテン大丈夫ですか?」
沙希が赤井に声をかける。赤井の顔は青ざめていた。
「だめです…担架をお願いします」
沙希の声を聞いて、ベンチにいた公は担架を持って飛び出した。
「主人! 担架は他のものに任せろ」
「え?」
監督に言われて公は立ち止まった。
「代走だ。行け!」
あわてて公は審判に告げると1塁へと走った。
赤井は担架に乗せられて退場していった。ついていったのはもう一人のマネージャーの真弓だけだった。

デッドボールに動揺した相手投手はもろかった。
きらめき高校がサヨナラ勝ちで甲子園切符を手にしたのはその5分後だった。


翌日、腕を吊ったまま3年生のマネージャー・岡田真弓に支えられて赤井が部室に現れた。
「みんな、昨日はよくやってくれた。キャプテンとしてお礼を言う」
赤井は部員全員に声をかけた。
「キャプテン、腕の方は大丈夫なんですか?」
「うん、そのことで今監督と話してきたんだが…」
そのとき監督が部室に入ってきた。
「主人!」
監督が公を呼んだ。
「はい!」
「甲子園ではお前がサードを守れ。打順は赤井の代わりだから当然4番だ」
「え????」
「聞こえなかったのか?」
「あ…でも…」
「手首の骨折は大会中は治らないそうだ。だから、俺が推薦したんだ」
赤井が公に声をかける。
「ど…どうして俺が?」
「さぁ…どうしてだろう…ま、強いて言うなら、俺の勘かな。お前なら俺の代わりがつとまる、そう思ったんだ」

第1章

ガキッ

鈍い音がして、つまった打球が投手前に転がった。ボールは投手の前にあるゲージに当たって止まった。
ここは兵庫県私立ときめき高校のグラウンド。この夏、初の甲子園に駒を進めたきらめき高校の姉妹校だ。そして練習をしているのはきらめき高校野球部。しかしその中で不振に喘ぐ男がいた。キャプテンの怪我により急遽サードに抜擢された背番号5、主人公だ。
「重傷ですね…」
右腕を吊ったままキャプテンの赤井が監督に声をかけた。
「う〜ん…お前の替わりという事で逆にプレッシャーがかかっているようだな」
「いい素質を持っているんですがね」
「お前の怪我が無くても、この夏の甲子園大会は主人を使うつもりだったんだがな」
「それは初耳ですね」
「ああ、誰にもいってなかったがな。
 お前が怪我をしなくてもオレはお前を1塁に廻し、3塁は主人にするつもりだった。3番・主人、4番・赤井、のつもりだった」
「でも、これでは…」
ガキッ
またどんづまりの打球は力無く1塁線に転がる。
「監督、ちょっといいですか?」
後ろから声をかけたのはマネージャーの岡田真弓と虹野沙希だった。
「主人に関しては私たちに任せてもらえませんか?」
「お前達がか? どうやるんだ?」
「ですから任せて欲しいんです。必ず彼のプレッシャーを取り除きます」
監督はしばらく二人の目を見ていた。そして…
「わかった、任せよう。ただし明日は1回戦素鬼高戦だ。時間は無いぞ」


「え? 秘密のバット?」
公は思わず大声を上げた。
「何だいそりゃ?」
「それは…」
「私が作ったのよ」
沙希が説明しようとしたその時後ろから声がした。
「ひ、紐緒さん!」
紐緒結奈。きらめき高校の誇る(?)天才科学者だ。
「私が彼女に頼まれて作った特製バットよ。名付けて『紐緒結奈特製スペシャルスーパーデラックスウルトラバットver.2.03β』よ」
「だからなんだい? その紐緒なんとかバットって?」
「だから『紐緒結奈特製スペシャルスーパーデラックスウルトラバットver.2.03β』だって言ってるでしょ。ちゃんと覚えなさい!」
「紐緒さんいいから続けて」
沙希が話を進める。
「このバットは私の計算によると反発力・強度・ミートポイントの広さが通常のバットの4.5倍、当社比、になっているわ。
 つまりこれを使うとあなたは一躍甲子園のヒーロー、というわけね」
「でも、そんなバットを使ってもしばれたら…」
「ばれないわ。
 どう科学的に分析しても、通常の市販バットと同じになるように計算してあるの。
 私の計算に狂いは無いわ」
「私ね、コウ君に打ってもらいたいの。だから…だから…」
「わかった、じゃ、試しにこのバットで打ってみる。使うかどうかはそれからだ」

翌日…

カッキーン!

快音を残して打球は甲子園のスタンドに消えていった。
開会式直後の第一試合、きらめき高校対素鬼高校の1回の表、きらめき高校は1塁に四球のランナーを置いて4番の公の初打席初ホームランで2点を先制した。
「公、ナイスバッティング!」
赤井がベンチで出迎え、公に声をかける。
「打って当然ですから…」
「そうか? そんなに甘い球じゃなかったぞ?」
「いえ、バットのお陰ですから」
公は浮かない顔をしていた。


初戦で勢いづいた公はその後も打ち続けた。
そのバットからは面白いように快音が飛び出す。
勝ち進む毎に公は時の人となっていった。
『主人連発!』
『驚異の4番、高校野球界のスーパースター・主人(きらめき高)』
『主人、ただいま打率6割!』
しかし、公の心はさえなかった。
(こんなことしていていいのか…これは間違いなく不正行為じゃないか…)
「公!」
「あ、井上か」
「凄いな、お前! 明日の決勝も一発頼むぜ」
「あぁ…」
「どうした…元気が無いぞ…」
「いや…なんでもない…」


決勝戦、優勝候補の超明訓高校対きらめき高校の試合は始まった。
試合は緊迫した投手戦となった。
特に大会ナンバーワンと言われる強打者・公と超山田は共に両先発の超里中・堀内を打てずにいた。
しかし…9回表。

グァラグァラグァキィーーーーーーーン

快音を残して、超明訓高校の超岩鬼が堀内のワンバウンドになるフォークをすくい上げてバックスクリーンにソロホームランを放った。
1−0。超明訓高校全国制覇に王手だ。
そしてきらめき高校最後の攻撃…
『さぁ、最後の攻撃になるのかきらめき高校、土壇場2アウトから井上が四球で一塁に出た。
 バッターは4番の主人、ここまで3打数ノーヒット、超里中に完全に押さえ込まれています。
 準決勝まで4本塁打6割のバットも超里中の前に沈黙したまま…』
「頑張って〜!!! 根性よ〜!!!!」
聞き覚えのある声に公はベンチを見た。ベンチの前に沙希がいた。
「頑張って! ホームランなら優勝よ!」
(そうだ、沙希ちゃんの喜ぶ顔を見たいんだ。)
右腕を高々と突き上げて、公が打席に入った。
『さぁ、超里中、第1球のモーションから投げた』

ガキッ

鈍い音がした。打球は3塁ベンチ前に転がるファールである。しかし…
(折れちまった…)
公の快音を生んでいた『紐緒結奈特製スペシャルスーパーデラックスウルトラバットver.2.03β』は真っ二つに折れていた。
(ダメだ〜もう打てない…)
肩を落としてベンチに戻る公。赤井が自分のバットを差し出した。
「公、オレの分まで頼むぞ!」
(だめです、先輩…あのバットがないと…オレ…)
「公君、あなたには根性があるわ。だからきっと打てるわ」
沙希がベンチから声をかける。
「でも…バットが…」
「あなた、まだあんな話を信じていたの?」
ベンチの真上のスタンドに立っていたのは結奈だった。
「あのバットには何の細工もしていないわ。どこにでも売ってるごく普通のバットよ。
 これまで、あなたが打っていたのはあなたの実力よ」
「え?」
「虹野さんに頼まれたのよ。
 特製のバットという事にしてくれ。そうすればプレッシャーで実力を出し切れずにいるあなたを救うことになるって」
「紐緒さん…」
「別に勝ち負けなんてどうでもいいのよ。
 『特定条件下における、人間の心理状態と運動能力の相関関係について』。なかなか面白い研究テーマだったわ」
「沙希ちゃんから相談を受けたとき、どうしようかと迷ったわ。
 でもあんな真剣な目をした沙希ちゃんを見るとね…つい私も片棒を担いだの」
真弓も結奈の隣で公に声をかける。
「ゴメンなさい、余計な事して…。でもあなたが苦しんでいるから…私…」
沙希の目からは涙がこぼれそうになった。
「紐緒さん…沙希ちゃん…オレ…オレ…」
(ここで打てなかったら沙希ちゃんの心に傷が残る。絶対に…絶対に…打つ!)
振りかえると公は赤井のバットを大きく一回振り打席に向かった。

カキーン!!!!!!!

打球はどこまでもどこまでも遠くまで飛んでいった。
ナインの夢を乗せて、甲子園の空高く舞い上がった打球はスコアボードの遥か上を越え場外に消えていった。
ベンチで見守る青い髪をした少女の大きな瞳からこぼれる涙は、いつのまにか嬉し涙に変わっていた。

to be continued...

作品情報

作者名 ハマムラ
タイトル誓いのホームラン
サブタイトル第1章
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/誓いのホームラン, 虹野沙紀, 主人公, 他
感想投稿数19
感想投稿最終日時2019年04月10日 05時33分14秒

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