第3章

『主人公、入団拒否』
『大学進学へ 有力候補に「早稲田大学」・「一流大学」』
『主人公 大学進学でシドニーオリンピック出場か?』
『主人公、一浪?』
翌日の各紙の見出しは公一色だった。入団を拒否する公の発言が予想以上に反響を広げた。
「もしもし? 主人か? 貴様何様のつもりじゃ!」
「ダイエーに入団しないんなら野球やめちまえ!」
公の家やきらめき高校に嫌がらせの電話が相次いだ。しかし公は頑なに口を閉ざしたままだった。
苦悩する公の真意を知らない沙希は、公は「本当に関東の球団が好きだから拒否しているのだ」と思っていた。だから、
「まわりの雑音は気にしちゃダメよ。
 私は…コウ君にすぐにプロに行ってもらいたいけど…でも、コウ君にも入りたい球団があるわよね。
 だから、大学に行くのも一つの選択肢だと思うわ。頑張れば4年後、逆指名で希望球団に入れるわよ」
と明るく言う。その笑顔がなおさら、コウには辛かった。

『ダイエー 主人説得に王監督・中内オーナー出馬』
『契約金は規定最大の1億5千万円(含出来高)』
『年俸も高卒新人としては破格の3000万円 レギュラー扱い』
『希望する背番号が有れば、秋山の1番であっても譲る』
『秋山1番譲渡を了承』
『将来の監督候補確約!』
『10年後のFA宣言時も快く送り出すことを確約』
さらに各紙の見出しは現実味を帯びてきた。そんな騒ぎの中、依然として公はダイエー関係者と一切会わずにいた。

そして運命のドラフトから2週間が過ぎたある日のこと。
「沙希ちゃん、ちょっとお話があるんですけど…いいでしょうか?」
下校時に沙希に声をかけたのは沙希の親友・如月未緒だった。
「ちょっと喫茶店にでも行きませんか?」
「あ、ええ、いいわよ」
そう言うと二人は、駅前の喫茶店へと入っていった。
店に入ってきた二人に手を挙げて場所を知らせる男がいた。未緒は真っ直ぐその男のいるテーブルへと向かった。
「お待たせしてすいません」
未緒が謝る。
「かまわねぇよ、今来たとこだから」
待っていたのは早乙女好雄だった。未緒が沙希とテーブルにつくとウエイトレスが注文を取りに来る。
「では、私はアップルタルトのセットをお願いします」
「お飲物はコーヒーになさいますか?紅茶になさいますか?」
「紅茶でお願いします」
「じゃ、私もアップルタルトのセット。紅茶で」
「あ、オレはホットね」
注文を終えるとしばしの沈黙。
「ふ…二人ともどうしたの?」
沙希はわけが分からず思わず尋ねた。
「あのね、沙希ちゃん。主人さんのことなんですけど…」
未緒が話し始めた。
「彼がダイエーに行かない本当の理由、沙希ちゃんは知っているんですか?」
「え? 何のこと? 私は…」
「隠したって無駄だよ。
 沙希ちゃんと主人の関係を知らない、そんなきらめき高校の生徒がいると思っているのか?」
好雄が沙希を問いつめる。
「あ、でも。
 コウ君は関東の球団に入りたいからって…多分、巨人やヤクルトが好きなんじゃないかな?」
「やっぱり、わかってなかったよ、如月さん」
未緒もあきれたという表情だ。
「そうみたいですね…。
 沙希ちゃん、ちょっとこれ読んでみてください」
そう言って未緒が鞄から取り出したのは一冊の文集だった。
「文集?
 『将来の夢』夢ヶ岡中学1年A組。
 …夢ヶ岡中ってコウ君の母校の夢ヶ岡中?」
「そうです。文芸部の同級生が持ってたんです。
 そこに主人さんの中学時代の作文がのってます」
沙希は頁を開くと公の作文を捜した。
「え〜と、あ、これだ。『僕の夢 1年A組 主人公』」

僕の夢はプロ野球選手になることだ。
僕はプロ野球選手になってたくさんのホームランを打ちたい。
球団はダイエーだ。ダイエーが今造ってる福岡ドームは日本一広い球場だ。だから僕はそこで場外ホームランを打つ。
ダイエーはプロ野球の中でも一番好きな球団だが、この球場の話を聞いて、僕は絶対にダイエーに入ると決めた。
ダイエーは僕のために日本一広い球場をつくって待っているから…

「…コウ君…」
沙希は顔をあげた。その沙希に好雄が話す。
「2年半前、丁度コウ君が野球部に入ったばかりの頃、優美と一緒に球場に行ったんだ。
 その時偶然あいつにあったんだけど、ダイエーのジャンパーを着て、ダイエーの帽子をかぶって、ダイエーの応援をしていたんだ。
 声をかけたら、なんて言ったと思う?
 『中3の時、膝を痛めて、野球はもうできないと思っていた。
  でも本当に自分は野球が好きだと言うことを教えてくれた女の子がいる』
 って言っんだぜ」
「まさか…コウ君…」
「そのまさかだな。公は沙希ちゃんと離ればなれになりたくない。
 その一心で関東の球団に入ろうとしている。自分の好きなダイエーの指名を断ってでも」
「わ、私…どうすれば…」
「これ以上は私たちがどうこう言う問題では無いと思います。沙希ちゃん、あなたが決めることです」
未緒が沙希に言う。沙希はうつむいていた。そして…
「お金ここにおくね」
そう言うとお金をおいて店を飛び出した。
「あれで、良かったんでしょうか?」
「僕たち外野が命令することはできないさ。二人が決める問題だ」

公は沙希から呼び出され近所の公園にやってきた。
「コウ君、どうしてダイエーに行かないの?」
沙希は涙顔で公を問いつめた。
「どうしたんだよ。沙希ちゃん。
 …オレはダイエー嫌いだから。
 やっぱり、野球をするならセリーグだよな。できれば巨人かヤクルトか…」
「嘘!!」
「どうしたんだよ。沙希ちゃん」
「これは何?」
沙希は文集を公に突きつけた。
「あ、これは…どうしたんだよ、こんな物。
 昔の話だよ。今はダイエーなんて…」
「それも嘘!」
「沙希ちゃん…」
「赤井さんにさっき電話したの。
 赤井さんは本当のことを教えてくれたわ。コウ君は私のためにダイエーに行かないって」
「赤井さんが…そんなことを?」
その時、後ろから声がした。
「その方がお前達のためにいいと思ったからだ」
二人が声のした方を見ると赤井が公園に入ってくるところだった。
「オレは沙希ちゃんに本当のことを言うべきか考えた。
 でもな、やっぱり今回のことは、公、お前が悪いよ」
「どうしてですか? 沙希ちゃんと、好きな女の子と一緒にいたいから、と言う理由はダメですか?」
「バカヤロー!」
そう言うと赤井は公を殴りつけた。公は殴られた頬を押さえながら言った。
「赤井さん…そりゃ赤井さんは真弓さんと…」
「違うよ、公。沙希ちゃんはどう思ってるかという事が大事なんだ」
「え?」
「沙希ちゃんは、野球をやってるお前を応援するのが好きなんだ。
 野球を放っておいて女の子のケツを追っかける公なんかには愛想が尽きるというもんだ」
「赤井さん、そこまで言わなくても…」
沙希が赤井を止めようとする。
「いいんだ、沙希ちゃん。
 おい、公。沙希ちゃんが高々5年や10年待ってくれないとでも思ってるのか?」
「私、決めたから。
 コウ君はプロ野球選手になる。
 でも、私は…コウ君が私を好きでいてくれる限り、たとえ遠く離れていても、コウ君を応援する。
 10年でも、20年でも帰ってきてくれるのを待つから…」
「沙希ちゃん…」
「私ね、きらめき高校の近くに喫茶店を開くのが夢なの」
「それは、何回も聞いたよ」
「だからね、そこできらめき高校の後輩達にコウ先輩の活躍を話しながら、あなたが帰ってきてくれるのを待つ。そう決めたの」
「沙希ちゃん…ありがとう」
「だからね。コウ君は自分の好きな球団に行って。
 ダイエーが好きなんでしょ。だったら…」
沙希は泣きながら公に話し続ける。
「沙希ちゃん…ありがとう。オレ…オレ…」
「公、ダイエーで大活躍しろ。
 そうしてFAで胸を張って沙希ちゃんの所へ帰ってこい」
「赤井さん…オレ決めました。
 誰のためでもなく、自分のために…プロに…ダイエーに行きます」
「日本シリーズで会おうぜ、公」
「そうですね。ダイエーと阪神…盛り上がるでしょうね」
そう言うと、公は走って公園を後にした。そしてその日の最終便で、福岡へ飛んだ。

福岡市内にあるダイエーの球団事務所では、東京に行っていた王監督や中内オーナーが集まって主人公対策を相談していた。その時…
「オーナー、あの…」
秘書が会議室に入ってきた。
「なんだ?」
「お客様です。その…」
「誰だ?」
「主人公です」
王監督と中内オーナーはお互いに見合った。そして会議室を飛び出した。
そこには主人が立っていた。会議室に入ると公は二人に向かって言った。
「ご迷惑をおかけしました。
 あの…もし監督やオーナーが僕を怒っていないなら…今からでも、入団させてもらえませんか?」
「ほ、本当かね? 主人君」
「ええ。色々ありましたが…ダイエーに入ることに決めました」
「私は嬉しいよ。君が来てくれたら…おい、契約書を持ってこい」
中内オーナーは契約書を持ってこさせると、説明しだした。契約金、年俸…諸条件…しかし…、
「高い評価をしていただいて、申し訳ありませんが…契約金はいりません」
「どうしたんだね?」
「ご迷惑をおかけしましたので。年俸も高卒新人の常識額で結構です。ただ…」
「ただ、なんだね?」
「一つお願いがあるんです。実は…ある物をもらいたいんです」

エピローグ

冬が過ぎて春が来た。オープン戦も終わり、いよいよ球春到来である。
『3番、ファースト 主人 背番号05』
場内アナウンスに紹介されて公が打席に入った。
高卒新人として開幕戦にスタメン起用されただけでなくクリーンアップの一角を占めていた。
ここは神戸グリーンスタジアム、対オリックスがダイエーの今年の開幕カードである。
マウンド上には開幕投手の野田が上がっていた。
野田は新人の初打席、ということで真っ向から真っ直ぐで勝負に出た。その初球。

カーン!!!!!!!!

快音を残して打球は本塁打となってレストスタンドに飛び込んだ。
ガッツポーズをする公をTVカメラが捉えていた。

その風景を沙希は衛星放送で見ていた。
「コウ君、やったね」
独り言を言う沙希に客の声がかかる。
「コーヒーおかわりください。それとハムサンドを追加で」
「はい、かしこまりました」
沙希はコーヒーのおかわりを注ぎ、ハムサンドの支度にかかった。
(コウ君、ありがとね。私、コウ君が契約金の替わりにもらってプレゼントしてくれたこのお店で…ずっとコウ君を待ってるからね。)
TVを見ながら涙を流す沙希を客の数人が奇妙な目で見ていた。
店の入り口には可愛い文字で店名が

〜Over the Rainbow〜

と書かれていた。
カウンターの後ろには、きらめき高校のユニフォームを着た公とダイエーのユニフォームを着た公の写真がそれぞれ特大のパネルになって飾られていた。

カランコロンカランコロン

入り口から春休み中にもかかわらず、部活を終えたきらめき高校生が入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
沙希の声が店中に響いた。

Fin

作品情報

作者名 ハマムラ
タイトル誓いのホームラン
サブタイトル第3章
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/誓いのホームラン, 虹野沙紀, 主人公, 他
感想投稿数22
感想投稿最終日時2019年04月11日 17時18分35秒

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