校門を出る時に、二人できらめき高校の校舎を眺めていた。
長い時間だったような気もするし、短い時間だったような気もする。
そんな生活を送った校舎、校庭などの思い出の場所を名残惜しそうに見つめていた。
いずれ、切なさを覚え胸を痛めるであろう過去に変わる場所を。
そんな場所と時間には、もう二度と戻れないのを、俺は実感していた。
手に持っている卒業証書が、学校との決別を促しているような気がして少し憎らしくさえ思えた。

「いろいろ‥‥‥あったよね‥‥‥」
詩織が、校舎を見つめながら、小さくつぶやいた。
「そうだな‥‥いろいろあった‥‥」
俺も校舎を見ながら、そう答えた。
あの窓から、四季に変わる街を見下ろした事もある。
あの場所で、寝ころんで空を見上げた事もある。
その隣には、いつも一緒に居てくれた人がいた。
今横に居てくれる人がそうだ。
俺は横に居る詩織を見た。
詩織はいつのまにか俺を見ていた。
目と目が合うその瞬間、言葉はいらなかった。
詩織は小さく笑った。
涙の跡が、俺にはとてもいとおしく感じられた。
「俺達さ‥‥‥‥」
「なに?」
「忘れないよな。ここを。ここでの事を」
「‥‥‥うん、忘れないよ。いつまでも」
再び、俺達は校舎を見つめた。
どちらからともなく、手を求め合い、握りあっていた。
雪の降る聖夜に、寒い手が温もりを求めようとした事もある。
熱かった夏の夜に、かすかに小指が触れ合って、ドキっとした事もある。
いつも俺達の手は遠かった。触れ合うほどに近くにあったのに。
だけど、今は違う‥‥

「詩織。帰ろう」
「うん」

俺達は、春風に後押しされるように、学校に背を向けた。
決して戻らない過去へと別れを告げて。
背を向ける瞬間、俺達は見た。
緑が溢れる伝説の樹を。
陽の光を浴びて綺麗だった事は、俺は忘れない。

「ただいま」
「あら、おかえりなさい。卒業式、良かったわよ‥‥‥あ、詩織ちゃん」
「おばさま。こんにちは」
俺の後ろに居た詩織は、軽く頭を下げた。
「あらあら、今日は一段と綺麗ね。詩織ちゃん‥‥それより卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
詩織は幾分照れたように笑いながら、深々と頭をさげた。
「あなたも、うちのと同じ大学なのよね」
「はい。これからもよろしくお願いします」
「何言ってるのよ。うちの馬鹿息子の方こそよろしくね。いろいろ大変でしょうけど‥‥‥」
そういって、母さんは笑った。
ふん、どうせ俺は馬鹿息子だよ。
「い、いえ‥‥‥そんな」
詩織は慌てて首と手を振った。
やり場の無い状況で、俺がたたずんでいると、
「ほらほら、せっかく詩織ちゃんが来てくれたのに、何ボーっとしてんの。
早くあがってもらいなさい」
「あ、ああ‥‥」
ボーっとしていたせいで、反応が遅れてしまった。
「おばさま。そんな気を使わないでください‥‥」
そう言いつつ、どこか楽しそうであった。
前に詩織から聞いた事がある。俺と母さんを見ているだけで楽しくなるって。
そんなもんなのかな。俺にはよくわからないけど。
俺にしてみれば、詩織と詩織の母さんの方も、一緒に買い物行ったりと楽しそうだ。
「あ‥‥でも、詩織ちゃんがうちに上がるなんて、何年ぶりかしらね」
どこかうれしそうに母さんが言うと、
「あ、ほんとご無沙汰しちゃって‥‥‥」
「いいのよ〜、詩織ちゃんだって、こんな所来るくらいだったら彼氏の所にでも行ってた方が楽しいでしょうしね」
と、悪戯っぽく笑った。
嫌味に聞こえないのは、心底楽しそうに言うからだ。
詩織がチラっと俺を見て赤くなる。
「い、いいじゃないかそんな事、ささ、早くあがってあがって。
お茶とか持っていくから先に俺の部屋行ってて」
その場をごまかすようにせかして、詩織を促した。
「お邪魔します」
改めて丁寧に挨拶するあたり、さすがだと思う。
俺なんかを好きになってくれるなんて、もったいなような気もする。


俺が台所でいろいろと茶と菓子をそろえていると、
「あんた。詩織ちゃんに何したの?」
ちょっとだけ真剣な顔をして、母さんが訊いてきた。
「な、何って‥‥。別になんでも無いってば」
「嘘おっしゃい。詩織ちゃん、ちょっとだけ目が赤かったわよ」
ぎく。と胸から音が出たような気さえした。
「正直に言いなさい」
「だから俺は何にもしてないってば、詩織が‥‥」
「詩織ちゃんが?」
言ってから、しまった!と思ったが遅かった。
「‥‥‥ま、いいか。
だてに母さんも小さいころからあんたと詩織ちゃん見て来た訳じゃないから。
細かい事はいわないけど、詩織ちゃん泣かせたら許さないわよ」
「だから違うんだってば」
「‥‥‥あわてなくたっていいわよ。
詩織ちゃん見れば、いまどーいう心境なのかわからないほどトロくないわ。
伊達に結婚して子供なんて産んでないわよ」
からかわれていたのがわかって、俺は撫然とした。
「いいじゃないかそんな事」
「ま、いいけど‥‥しっかりやんなさい。詩織ちゃん泣かせたら許さないっていうのは本当だからね」
「わかったよっ」
口調とは裏腹に、なぜか俺は嬉しかった。

「詩織、お待たせ」
俺が自室へ戻ると、詩織が机の上を見ていた。
とっさに、やばい!と思ったが、遅かったようだ。
「あ、そ、それは‥‥‥」
振り返った詩織の頬は、さっきにもまして赤い。
「うれしい‥‥」
見られてしまった。
机の上に、高校に入学する時に、俺と詩織の両親が自宅前に俺と詩織を並ばせて撮った写真がある事を。
たがいにぎこちない表情しているけど、大きくなってから詩織とツーショットの写真はこれしかなかったから仕方ない。
「あ、いや、ほら‥‥ね」
俺はなんて言ったらいいかわからずに、戸惑っていた。
いくら告白しあったからと言っても、さすがにこれは恥ずかしい状況だ。
なんて言っていいかわからなくて、どうしようと思っているとき、
「大学の入学式の時‥‥‥また一緒に撮ってもらいましょう‥‥」
詩織は、そう言ってから、照れてうつむいてしまった。
もしかしたら、詩織も美樹原さん並に恥ずかしがりやなのかもしれない。
「う、うん‥‥‥ま、とりあえず、座って」
机の椅子を進めて、俺はベットに座り込んだ。
この照れくささが、とても心地よかった。
椅子に座った詩織は、落ち着きを取り戻したのか、俺の部屋を見回した。
「変わったね。
昔は普通の子供部屋って感じだったのに、今じゃすっかり男の子の部屋って感じよね‥‥
でも、やっぱり照れくさいね」
それでも、嬉しそうに笑ってくれると、こっちも嬉しくなってくる。
「汚い部屋でさ。片付けておけばよかったよ」
ばつがわるそうに、鼻の頭を掻いた。
「ううん、いいのよそんな事」
「ここから見える詩織の部屋なんて、いつも綺麗だし。俺なんか恥ずかしくて‥‥‥」
言ってから、あっ!と思った。
「ご、ごめん。覗き見なんてするつもりじゃなかったんだけど‥‥‥」
慌てて立ち上がった。
「ううん、いいの‥‥‥私だって‥‥」
「え?」
「あ、なんでもないの‥‥‥」
俺は、詩織と幼なじみで居られた事を、そしてこれからも一緒に居られる事を、誰かに感謝したい気分になっていた。

Fin

後書き

一応続き物です。
告白後、学校を去る二人の心境みたいなのはどんなかな。と思って書いたのがコレです。

私が高校卒業する時は、特に感慨もなく学校を去ったんですが、今思うと、もう戻れなかった時間を過ごした場所だっただけに、もうちょっと校舎とか見ておけばよかったと思いながら‥‥そんな想いが少しだけこもってます。
その後は、とりあえず主人公の家に帰るところです。

詩織も、大きくなってからは主人公の家に足をあまり運ばなくなったせいもあり、主人公の母親とはご無沙汰となっているのでは。と思っていたのでちょどここらへんも書いてみたい。という事で仕上げた物です。
詩織自身、主人公の部屋に入るのはきっと久しぶりなんでしょう。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル03:二人の写真
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数284
感想投稿最終日時2019年04月09日 23時59分17秒

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  • [★★★★☆☆] 甘い感じが中々なものだと思う
  • [★★★★★★] 奥さんのお漏らし
  • [★★★★★★] いやー良いですね〜(^^♪ これこれ!こんなのが読みたかったんですよ!何しろ、今頃になってWin95版ときメを入手して、やっと詩織ちゃんをクリアしたばっかりなので、リアルに感激できます!(^^)! さあ!頑張って続きを読もうっと。(笑)
  • [★★★★★☆] なんか懐かしいような、胸がドキドキ・・・
  • [★★★★★★] マンコ