大学生活になじんでから、もう半年が経った。
しかし、今でも高校時代が昨日の事のように思える。
朝起きたら、高校の通学路を思い出してしまう事もしばしばあった。
門の前で、友人達とかわす挨拶。
遅刻しそうになって、走り込んできた時の息苦しさ。
そんな何気ない一つ一つが、鮮やかに甦って、そしてふっと色あせる。
心の中の風景の色は褪せていないのに、なぜか褪せて見えていた。
あいつ、元気かな。
友人の一人一人の顔が浮かんでは消えていく。

ふと、ポンと肩を叩かれ、一時期の過去への旅行は中断された。
「ん?」
「どうしたの。ボーっとしちゃって?」
詩織が俺の顔をのぞき込んでいた。
高校の時と変わらないままの詩織がそこに居た。
俺はまだ過去へと戻っているのだろうかという錯覚にすら陥っっていた。
「あ、ああ‥‥なんでもないよ」
この時、たぶん口元は緩んでいたと思う。
俺と高校とを強く結び付けている人が、そこに居るからだ。
「ね、この講義が終わったら、今日はもう予定ないでしょ?」
「そうだな‥‥うん、特にもう今日はなにもないよ」
「そう。良かった。それだったら、一緒に買い物にでも行かない?」
嬉しそうに聞いてくる詩織の顔を見るたびに、俺はいまだにあの卒業の時の事を思いだす。
世界中の誰よりも‥‥‥
その言葉は、いまでも胸の奥に残っている。
しかし、順調な大学生活をしていると、ふと、あれは幻ではなかったかと思う時がある。
そんな時に、いつも詩織が横に居てくれた。
詩織の笑顔が、俺のそんな心を吹き消してくれた。
しかし‥‥‥‥

「ね、どこに行こうか?」
「あ、詩織‥‥‥ちょっときらめき公園に行かないか?」
ショッピング街に向かおうとしていた俺は、ふと足を止めた。
「え?‥‥どうしたの?」
「いや‥‥ただなんとなく‥‥‥」
日が落ちつつある空を見上げて、ポツリと洩らした。
「‥‥‥うん、別にいいわ」
嫌な顔一つせずに、微笑みを浮かべながら詩織は頷いてくれた。
「ごめんな。今度一緒に買い物に行こう」
「いいのよ‥‥べつに。ただ一緒に歩きたかっただけだから」
そう言って、俺の前に回り込んだ。
「さ、早くいきましょう」
にっこり笑って、右手を俺に差し出した。
「行こうか」
その手を握って、俺達は歩き出した。


「ここの池。いつみても綺麗よね」
詩織の言う通り、あのころからちっとも変わっていなかった。
それに、夕方の空の色が写り込んで、幻想的な雰囲気があった。
「詩織‥‥‥」
「なに?」
ベンチで一緒に座っている詩織に、俺はふと言った。
なぜ名前を呼んだのかわからない。
何か話したい事が特にあった訳じゃなかった。自然に呼んでしまっていた。
「いや‥‥‥別に」
「‥‥そう」
それ以上は、聞いてこようとはしなかった。
「ねえ‥‥思い出さない?」
ふと、勢いを取り戻したように、俺の方を向いた。
「なにを?」
「ここが桜で一杯になった時の事」
「覚えてるよ」
「桜が散ってたよね。きれいだったけど寂しかったな‥‥」
詩織は、足元をみつめて、足元にあった小さな石をポーンと蹴った。
その表情が、なぜかとても辛そうだったので、思わず声をかけた。
「‥‥‥詩織?」
「わたしたち‥‥‥わたしたちって、大丈夫だよね」
少し思い詰めたような瞳で見つめられて、胸が苦しくなった。
それに、いきなり問い詰められたせいもある。
「‥‥‥どうしたんだ?詩織」
「私、不安なの。とっても不安なの!」
堰を切ったように、言葉が流れ出してきた。
「‥‥‥不安って‥‥なにが‥‥」
俺は、わけもわからないという風に答えたが、内心ドキドキしていた。
俺の心の中にある物にも「不安」の二文字があったからだ。
「‥‥あ、あなたが‥‥私から離れていってしまうんじゃないかって。
 いつも昨日の事のように、あなたの気持ちを聞いた時の事を思いだすの。
 でも、その気持ちをいつか忘れてしまうんじゃないかって!
 そしたら‥‥あなたも私から離れちゃうんじゃないかって‥‥‥だから‥‥」
夕暮れの闇が近い中でも、詩織の目に涙が浮かんだのは分かった。
「だから‥‥」
その後は、言葉ではなかった。俺の胸に頭を飛び込ませてきていた。
「あなたの気持ちがいつか変わってしまうんじゃないかって不安なの
 すごく不安なの‥‥‥」
「詩織‥‥‥‥」
「私は忘れない。忘れたくない。だけど‥‥」
そこまで言ってから、次の言葉は涙に変わっていた。
時たま聞こえる小さな嗚咽に、なぜか俺はホッとしていた。
「‥‥‥俺さ、あの時からずっと思ってたんだ。あれはやっぱり夢じゃなかったのかなって。
 だって、まさか俺なんかに詩織が言ってくれるなんて思ってもみなかったしさ‥‥」
頭に軽く手をそえながらつぶやいた。
「だから、いままで毎日思ってたよ。いつか俺が詩織に忘れられてしまうんじゃないかって‥‥‥」
そのつぶやきを聞いてか聞かずか、詩織の嗚咽は次第に小さくなっていた。
「俺なんかにはもったいないと思っているくらいだから」
冗談交じりの口調で言った。
「で、まあそんな不安とかがあって、結構つらかったんだけど。
 今日詩織の気持ち聞いて、すっごい安心したよ」
その言葉に、詩織は顔をあげた。涙で赤くなった目で、俺をじっとみつめている。
「詩織もそれだけ俺の事本気で思っていてくれたってだけで、なんかスゴイ嬉しいよ」
「本当‥‥?」
「うん」
まっすぐ俺の瞳を見つめてきた。
「ごめんな。詩織にそんな思いさせてたなんて知らなかった」
「‥‥‥ううん、いいの。私だって‥‥」
詩織の顔にも、笑顔が戻ってきはじめた。
「俺、あの時誓ったんだ。あの樹に。絶対詩織の事忘れたりしないって」
「‥‥‥私も‥‥私だって絶対忘れないって、そう思った」
言い合ってから、お互いにしばらく沈黙した後、笑いあった。
笑顔だけでも、なにか伝わるもんだな。と関心する余裕さえあった。
「詩織、帰ろう」
「うん」
立ち上がった時、詩織がふっとよろめいて、俺に身体を預ける形になってしまった。
詩織を抱き止めた俺の心臓が一瞬止まりそうになった。
「‥‥‥‥‥」
夜の帳が、ゆっくりと東の空から降りてくる中、互いの目が相手の姿を写した。
俺の目の中に詩織が居て、詩織の目の中には俺が居た。
自然に唇が寄せあい、近づきあって、軽く触れ合った。
互いの唇の感触だけが伝わるような、小さなキスだった。
長いような短いような一瞬がすぎて、唇は離れた。
「さ‥‥帰ろう」
「うん」
少ない言葉だけで、俺達は一杯何かを話したような気がする。
もう迷う事はないだろう。と、俺は思った。
永遠を信じられる。そう思う。
夜の闇に追い立てられるように、俺達は早々に公園を出た。
お互いの手はしっかりと握りしめられたまま。

Fin

後書き

永遠に幸せになれる。
この伝説にある日ふと疑問をもった二人が居る訳です。
今の二人の間には、とくになにもなく、むしろ幸せな時間が流れていますが、
いつかこの時間に終わりがくるのではないか、そんな不安をやはりどこかもつのでしょう。
その事を再確認、そしてまたそれを解り合う事で一層強く結び付いて行く。
そんな感じで書いてみました。
あの樹は、そんな二人の道標なのかもしれません。
何かを見失った時に、思い出せる道標。
それが伝説となっているのかもしれませんね。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル06:二人の不安
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数282
感想投稿最終日時2019年04月09日 03時00分47秒

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