(1)

吐く息が白く変わり、空へと帰っていく12月。
年が明ければ、高校生活の終わりも近い。
思いだせば、この3年間いろいろあったな。
布団の中で、温もりを感じつつぼうっとそんな事を考えていた。
休日の朝、がらにもなく早くに眼が覚めてしまったおかげでいろいろ考える事ができた。
学校の事、勉強の事、遊びの事、趣味の事、体調の事、そして詩織の事‥‥


「ふぅ‥‥」
眠くもないが、起きたくも無い状況にだけは飽きて、声を出してため息をついてしまった。
かといって、布団から抜け出すにはまだ早い。
雀の声が無くなるまでは、寝ていようと思ったが、今日はいつになく雀達は早々に姿を消していた。
あー、そういえば今日は俺の誕生日だっけか。
とくに、自分の誕生日を意識してはいなかった。
17年間、毎年当たり前のように来ていたものだし、まあ今日18になったからといって、どこがどう変わる訳でもない。
でも、18になった実感ってのはあった。
「18か‥‥あとこの倍生きれば36だし、その倍で72か‥‥‥はえーよな」
と、くだらない事を考えていたとき、部屋の電話が突然鳴りだした。
電話が鳴るのに前ぶれなんかないか‥‥と思いつつ、
布団から出るのもイヤだったが、放っておくとうるさいのでしぶしぶ受話器を取って通話ボタンを押した。
「はい‥‥‥もしもし…ですけど」
「藤崎と申しますが」
と、そこまで聞いた時には、もう俺は返事をしていた。
「ん?もしかして詩織?」
「あ、おはよう‥‥‥ごめんね。まだ寝てた?」
「い、いや‥‥もう早くから目ぇ覚めちゃってたから」
少しだけあわててしまった。
寝起きって、これだから始末が悪い。ろくに準備できてない精神状態だし。
「そう。よかった‥‥」
「そういう詩織こそ早起きだね‥‥‥で、ところで何?」
いかん、起きていたとはいえ、なんとなくまだ頭が完全には回りきってないようだ。
返事がそっけなくなってる。と実感だけはできた。
「あ‥‥ほんとにごめんなさい。今日ちょっとでかけようと思って。
 ‥‥‥それで、電話してみたんだけど‥‥‥」
申し訳なさそうに言うのを聞いて、俺はこめかみの部分を軽くたたいた。
「いや、いいって。ほんと、もう起きてたんだから。それで、でかけるって?」
詩織の出かけと俺のところへの電話と、なんの関係があるんだろう?と考えていた。
「あっ‥‥だからその、一緒にでかけない?って思って‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「駄目ならいいけど‥‥‥」
少し残念そうな声が聞こえてきた時、頭の中は完全に大あわてだった。
「いや、駄目なんてそんな事ないって。行くよ行く!」
「‥‥よかった」
「え?」
つぶやくような声は、俺には聞き取れなかった。
「ううん、なんでもないの」
「‥‥‥で、どこに行くの?」
「別にあてとか無いんだけど、休日だし、私も今日はやることなくて‥‥そういうのじゃ駄目?」
「え?全然駄目じゃないって」
内心、なんだ暇つぶしの相手か‥‥と、残念に思わなくもなかったが、そこはそれ、誘ってくれただけでもうれしいってものだ。
「じゃ、どこ行くかまだ決めてないんだ」
「うん‥‥‥どこかいいところある?」
「そーだなー、こんな早い時間だし、今年海に行けなかったから海でも見に行かない?」
「海?」
「あ、いいんだ。別に。こんな寒い時期だし、行っても楽しいところって訳でもないし」
「ううん、全然そんな事ないから‥‥‥」
「そう?じゃ決定ね。朝飯食ったらすぐそっちに行くから‥‥‥そうだな‥あと30分後くらいで?」
「うん、わかったわ。じゃ、待ってるから」
詩織の声が若干うれしそうなのはなぜだろう?と考えるよりも先に腹が鳴った。
起きていれば、身体のほうはどんどん目を覚ましていくもんだ。
「さーて飯飯っと」
肌寒い事は、いつのまにかすっかり忘れていた。

(2)

着替えを済ませ、朝食を済ませ、ちょっと念入りな身だしなみが済んだころには
もう30分経っていたが、待ち合わせが隣だから余裕はあった。
玄関を出て、すぐに右を向くと、そこにはすでに詩織が立っていた。
白いふわふわのセーターに、ジーンズ地のロングスカート、首には見慣れない
ちょっと落ち着いた色のマフラーをして、こっちを見ていた。
まあ、そんなに詩織の冬服なんて見慣れるほど見てないので、どれも新鮮には違いなかったが‥‥‥
「あ、ごめんごめん。待った?」
「ううん」
「隣同士だと、楽だよね。待ち合わせ」
笑いながら言うと、
「そうよね」
と笑い返してくれた。
うむ、朝から天気はあまり良くないけど、気分がいい。
「あったかそうだね。それ」
「これ?」
詩織は自分でしているマフラーを指さした。
「そうそう。やっぱりマフラーあるとあったかくていいよね。
 特に今日みたいに寒い日なんかはさ。首がスースーしちゃうと寒くて」
そう言った時、詩織はふと何かを考えているように黙っていた。
「どうしたの?」
「あ、ううん。別になんでもない‥‥‥」
困ったような、でも笑いながら言った。
「それじゃ、行きましょう」
詩織は俺を促した。


電車で40分くらい乗ったところで、駅をおりると、海はすぐ前に広がっていた。
電車での40分は、部活の事とか友達の事とかのごく普通の話題で盛り上がっていただけだ。
この3年間、詩織と行動をともにする機会があったときはまあだいたいこんな物だった。
それ以前の小さい時も、だいたい同じだ。

「わぁ‥‥‥冬の海って、ちょっとさびしいけど、すごくきれいね」
夏に来るような場所だけに、それを思い出しているのか、若干楽しそうだ。
「ちょっと天気良くないけど、なんとなく雰囲気あるよね。
 なんかこう演歌でもうたいたくなるようなさ」
こぶしを握りしめて、演歌の歌真似をする。
空は灰色に近く、海も沈んだ色だったが、それなりの雰囲気があってとても綺麗だった。
「夏だともっと綺麗なんでしょうね。来年になったら来たいな‥‥‥」
人気の無い、重い雰囲気のある砂浜の海岸にくりだしながら、詩織はひとり言のように誰にともなく言った。
俺に言っているかなんて、そんなのはわからない。
俺の知らない誰かに言ってるのかもしれない。
本心は詩織の胸の内だ。
「ん、そうだね‥‥」と便乗するように、さりげなく答える。
それにしても、来年か‥‥‥俺は一体何をしてるだろうか。その時は。
「ね、座らない?」
海岸に流れついた流木を指さして詩織が言った。
「そうしようか」
俺達は、流木のところまでゆっくりと歩いていった。
一歩近づくごとに、潮の匂いと波の音が大きくなっていくような気がする。
座るには手ごろな流木だった。おあつらえむきのベンチだ。
俺が最初に座った。座るとき「よっこらしょ」と言ってしまった時はちょっとオッサンくさいかな。と思ってしまったが‥‥
詩織は、一瞬だけためらったように見えた。どこに座ろうかとか考えていたのかもしれないが、それは俺の考え過ぎだろうか。
座った場所は、俺から三十センチくらい離れたところだった。
微妙な間のような気がした。
あと五センチでも近づけば‥‥‥と、思った。
少しだけ腰をずらせばそれも可能だ。と、思った。
でも、腰は流木に根を張ったかのように動かない‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「あ、やっぱり退屈だった?」
じっと海をみつめて何も言わないので、少し心配になった。
なんとなく、見ていたのは海じゃないような気がした。
「ううん‥‥そんな事ない。それに誘ったのはわたしだし」
「ん、それならよかったよ」
詩織の微笑みに、安心感が押し寄せてきて、ようやくなんとなく落ち着かなかった気持ちがなごんできた。
数分が過ぎ、思い出したように俺はしゃべりだした。
「あ、そうだ。詩織は○○大学狙いなんだって?」
「えっ?‥‥‥」
返ってきた反応は、遅かった。
「どしたのさっきから?」
どことなくうわの空のような気がして、さっきまでの安心感はどこへやら。一転して不安になった。
やっぱり詩織にはこーいう所は向いてなかったのかな‥‥と。
「ご、ごめんなさい‥‥‥」
うーん、やっぱりどうも乗ってないな。こりゃ早々に場所でも変えるか‥‥‥
と思って立ち上がろうとして腰を浮かせた時、
「怒ったの?」
という声に引き留められた。
「あ、いや。もっとどこか他へ行こうと思ってさ」
「ほんとにいいの。私ここがいい」
「だって、なんかさっきからちょっとうわの空だから‥‥‥
 俺もそれじゃちょっと手持ちぶたさだし‥‥やっぱり俺相手じゃ暇だったかな」
皮肉を少しだけ込めてしまった。自己嫌悪があった。
「そ、そんな事‥‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」
「ほんと、どうしたの?今日はなんか詩織らしくないけど」
「えっとね‥‥‥あ、あのね。今日は…の誕生日だったでしょ?」
正直、俺は驚いた。自分でもあまり気にしていない誕生日を親以外の人間がしっかり覚えていてくれるとは思わなかった。
去年も、そういえば詩織は俺の誕生日を覚えていてくれたような気がするが、「そういえば、誕生日だよね。おめでとう」というくらいだった。
好雄の場合は女の子の誕生日を覚えているやつだが、俺の誕生日はたぶん覚えてないだろう。
「良く覚えてるね」
うれしさ三割、感心七割の感情をこめた。
「うん‥‥‥だから、今日はちょっと渡したいものがあって‥‥それで」
「え?」
俺はすでに浮かせた腰を流木の上に戻していた。
そのかわり、詩織が立ち上がった。同時に、自分の首に巻いていたマフラーをスルスルと外していた。
「‥‥‥これ、渡そうと思って」
丁寧におりたたんで、両手で持っている。
冷たい潮風が吹く中、詩織の頬がなんとなく赤くなっているような気がした。
「え?‥‥それ俺に?‥‥‥もしかして、手編み?」
あまりの事に茫然としている俺に、詩織は無言で頷いた。
してやられた。と思った。
「このマフラー気に入ってくれなかったらどうしよう‥‥って思って、一応つけておいたの。
 どんな反応してくれるかなって‥‥‥でもやりかたがイヤよね」
詩織も自己嫌悪に陥っているようだ。もし俺が無反応だったらどうするつもりだったんだろう。
言う訳は無いが、そのマフラー、地味すぎるね。とか言ってしまったら‥‥‥と、考えてしまう。
「それで、さっきから渡していいかどうか考えちゃってて‥‥‥」
「‥‥‥はっはっは」
やりかたよりなにより、笑いがこみ上げてきた。
おかしくてたまらない。
自分でもなんでおかしくて笑っているのかわからないが、そうなってしまったものは仕方無い。
「お、おかしい?」
俺の意表をついた反応に戸惑っているようだ。
「‥‥‥だってさ、詩織がまさかそんな事してるなんて‥‥ククク」
「ひどい、随分悩んだんだから‥‥‥」
「ひどいのは詩織のほうだよ。俺を試すなんてさ」
言葉こそきついが、言ったのは笑いながらだった。
「ごめんなさい‥‥‥」
肩をすくめた姿は小さく見えた。
「はははは‥‥‥ごめんごめん。もういいってそんな事。
 それよか、そのマフラーどうするつもりなの?」
「え、その‥‥‥」
「すごいうれしいよ」
「じゃあ‥‥‥」
良くない天気の変わりに、詩織の顔に太陽が戻った。
「うん」
俺は立ち上がろうとしたとき、詩織が手で制した。
「待って‥‥‥わ、わたしが‥‥巻いていい?」
美樹原さん並に顔を赤くしながら、気弱に言った。
俺の方は、とっくに舞い上がっていた。
「‥‥‥いいよ」
頷く自分の頬も、たぶん真っ赤になっていたと思う。
詩織は、ゆっくりと俺の首にマフラーを巻いてくれた。
接近した身体に、心臓が破裂しそうになった。
温もりと一緒に、フワっと良い匂いが微かに届いた。
「すごくあったかい」
「よかった」
嬉しそうな表情だけで、俺は十分満足した。


「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
互いの上気した頬を見て、お互いに照れくさそうに笑った。
再び詩織は俺の横に座ったが、さっきより二十センチほど俺の近くだった。

Fin

後書き

誕生日のネタです。
PCエンジン版の時は、主人公が誕生日プレゼントをもらうとき文字だけなのが
どうにもさびしくて、書いてみたんですけど、PS版やったら、家に来てくれてたので、
ああ、やっぱり文字だけじゃさびしいって事を感じてたのは自分だけじゃなかった
んだな〜とか思ってたんですが、ただ、それでもやはりどこか物足りなかったです。
もうちょっと特殊な物が欲しかったです。イベント的グラフィックでもなんでも。

やはり手編みマフラーは良いということで(^^)
私なんか、特にマフラー好きなので、手編みなんかもらったら暑くてもしてそうです(笑


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル07:冬の海と誕生日
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数280
感想投稿最終日時2019年04月09日 05時03分41秒

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