朝になった。
部屋に充満するゆるやかな陽の光で目をさました俺は、天井をみつめていた。
 カーテンにあたる光の強さでわかる。今日はものすごく良い天気だ。
 「ふぅ‥‥‥」
 今日は学校へ行く必要はなかった。
 高校には二度と通う必要はなかった。
 俺は昨日、きらめき高校を卒業したんだ‥‥‥
「ほら、早く起きなさい。ご飯ができてるわよ」
 部屋のドアを開けて、母さんが顔をだした。
 「うーん、なんだよぉ。今日はいいじゃないか‥‥‥」
 夕べは、少し遅くまで起きていたせいで、今はすごく寝ていたい気分だ。
 その事を思いだして、暖かい気持ちになった。
 「よくない。早く食べちゃわないなら、もう片付けちゃうからね」
 せっかくの気分が台無しだ。
 「‥‥‥わかったよ。行けばいいんでしょ」
 「そうそう。いくら卒業したからって、ゆっくりしてていいってもんじゃないのよ。
  それより、詩織ちゃんでも誘ってどっか行ってきなさい」
 昨日までと、その名前を聞く事による反応が違う事に自分で気づいた。
 「‥‥‥な、なんだよ。別にいいじゃないか」
 あわてながらも、あの時の詩織の告白が響いてくる。
 「いいから、早くおきなさいよ」
 そう言い残して、母さんはパタパタと忙しそうに行ってしまった。
 なんか照れくさいな。
 仕方なくベットから抜け出た俺は、カーテンを勢い良く開けた。
 強烈な日差しが俺の目を焼く。
 「ふぅ‥‥いい天気だな‥‥」
 目が慣れるまで、少し時間がかかったが、慣れてしまってから見る空は青く澄み渡っていた。
 窓を開けると、緑が微かに匂う春の風が吹き込んできた。
 しかし、その気持ちよさを感じる俺の目が向いている方向は一つ。
 隣の家の窓。
 昨日までとは違う。
 心を通わせあった人の姿が存る窓を。
 「おはよう」
 俺が言った。
 「‥‥‥おはよう」
 詩織が応えた。
 偶然の神に感謝する事を、俺は忘れていた。
「じゃ、行ってきまーす」
飯を食い終えた俺は、身支度を済ませてさっさと家を出た。
 門を出て、すぐ右に曲がり10歩ほど行ったところをまた右に曲がる。
 すると、すぐに門の前にたつ。
 『藤崎』
 その家の表札には、そうかかれていた。
 初めてこの表札を見てから、もう何年経つのだろう。
 初めてこの名前を持つ人に想いをよせてから、もう何年経つのだろう。
 今思えば、とても短かった。
 昨日からは、また別の時間が動き始めているのを実感すると、余計今までが短く感じる。
 おっと、感傷にひたっている場合じゃないな。
 門をくぐりぬけて、俺はインターホンのボタンを押した。
「なんか、ちょっと恥ずかしいね」
 一緒に歩いている詩織が照れくさそうに微笑んだ。
 「昨日、あれから寝て、朝起きたら‥‥すごく恥ずかしくて‥‥でも、うれしかった‥なって」
 真っ赤になりながら、俺と目が合っては反らしの繰り返しだった。
 昨日までとは俺達は違うのだと、その度に実感できた。
 俺はなにも言葉がなかった。
 何を言っていいのかわからないが言わなくても伝わる。そんな気がする。
 それからしばらくは、会話らしい会話は無かった。
 その変わり、俺の手にやわらかい手が触れた。触れたと思った時には互いの指と指とが絡まっていた。
 詩織を見ると、照れくさそうに、しかし嬉しそうに微かに頬を染めてほほえんでいた。
俺はなにもいわずに、微笑みで答えた。
 心を許し合うという事は、こういう事だろうか。と思う。
 昨日までとは、何がどう違うのだろう。
 そんな事を考えていると、ふと立ち止まりそうにさえなる。
 そのまま歩いていて思う。
 話さなくても、話はできるんだな。
 お互いの目をみなくても、見つめ合えるんだな。
 互いの温度さえ感じていれば‥‥‥
 「そうだ。公園に行かないか?」
 「そうね。今日はすごく天気良いから気持ちよさそう」
 本当はどこでも良かった。このままずっと宛ても無く歩いていても構いはしない。
 そう思っていたのだが、ふと公園の気持ちの良い芝生の上が頭に浮かんで、それが言葉になっただけの事だった。
 「それじゃ、行こう」
 少しだけ、あの頃に戻ったように、調子が出てきた。
 お互いの距離がわからなかったあのころのように。
「本当、気持ちいいね」
詩織が気持ちよさそうに空を見上げた。
 芝生からは、春の萌える息吹がたちこめて、俺の心を軽くしていた。
 身体の細胞という細胞に、なんとなく力がみなぎっていくようだ。
 時たま吹く暖かな春の風が、詩織の髪をふわっと梳かしてまた空に帰っていく。
 そんな風の心地よさに目を細めている姿が、俺には夢のように思える。
 もし夢なら、このまま目が醒めてしまったら、全部嘘になってしまうのだろうか。
 そんな思いに駆られて、俺は芝生についている詩織の手の上に自分の手を乗せた。
 どうしたの?という表情で、俺を見つめる。
 高校の時だったら、手さえ触れられたかどうか‥‥‥。
 それを許してくれたかどうか‥‥‥
 今は、手を退けるどころか、逆に手を返して握り返してくれるほどだ。
 「あ、いや、なんでも‥‥‥ない」
 「そう‥‥」
 そう言って詩織はニコっと笑った。
 手の暖かさを感じるだけで、夢でもこのまま続くなら構わないと思った。
 「おかしいよね‥‥‥」
 「え? なにが?」
 今度は詩織のつぶやきに俺が聞いた。
 「だって‥‥去年の今頃ってまだ高校生で、それに…とこんな風になってなかったし」
 俺の方は見ずに、公園の緑に目を向けながら言った。
 「そうだね」
 「勇気出して良かったな‥‥って」
 「え?」
 小さいつぶやきに、俺は聞き返した。
 「いいの。なんでもないの」
 そう言う顔が嬉しそうならば、何も聞く気はない。
「あ、詩織ちゃんと…じゃないか」
 そう言われて、俺達は振り向いた。
 ジョギングウェアに身を包んだ清川望が軽く息を弾ませながらたっていた。
 「あ、清川さんじゃないか」
 「二人してなにやってるの?こんなところで」
 「ああ、散歩だよ散歩」
 去年までなら、思わず詩織の手の上に乗せた手をどけてしまう所だったが今は違う。
 「こんにちは。望ちゃん」
 「‥‥‥ふ〜ん」
 清川さんはニヤっと笑った。
 笑うついでに、こちらに向かってきた。
 「今日はいい天気だよな」
 晴れた空を見上げながら、気持ちよさそうだ。
 「清川さんは、今日は練習?」
 「ああ、高校を卒業したからって、のんびりもしてられないんだ。
  すぐに大学でまた水泳を始めないといけないし」
 「望ちゃん、頑張ってるのね」
 「うん、わたしの夢だからね」
 「夢か‥‥‥‥」
 しっかりとした眼差しで見つめる夢がある清川さんを見ていて、俺はふと思う。
 夢か。
 今の俺の夢はなんだろう。
 詩織も夢はあるのだろうか。
 昨日まで一緒だったあいつらも、夢はしっかりあったのだろうか。
 「それじゃ、私はまだトレーニング途中だから」
 そう言って、手を振り、駆け出して行った。
 「望ちゃん頑張ってるのね」
 「そうだね。あれだけ頑張ってるんだ。そのうち全国が清川さんの名前を知るようになるよ」
 「そうよね」
 「夢があるっていいよな」
 「夢か‥‥‥わたしの夢は‥‥」
 「詩織の夢ってなんなの?」
 「えっとね‥‥昨日まではあったんだけど、今日からは別なの。
  探して目標にしなくちゃ‥‥って」
 「え? どういうこと?」
 「こういう事」
 スルリと俺の腕に巻き付いてきた腕。
 つつましげに、優しく‥‥‥
 不思議な事に、鼓動は落ち着いた物だったが、かわりに今の陽射しみたいに暖かい血が心臓に流れ込んでくるような感じになった。
 「これが夢だったなんて、望ちゃんに笑われそうね」
 苦笑まじりだが、それでも、嬉しそうだ。
 「…の夢はあるの?」
 「俺か‥‥俺は‥‥‥」
 本当は、答えられるほど明確な物は無かった。
 「俺も、これから探さないといけないな」
 「そう‥‥頑張ってね。いつでも応援してるから」
 「それは俺もおんなじだよ」
 「‥‥ふふっ」
 「‥‥‥ははは」
 顔を見合わせて笑った。
「今日はとっても楽しかった」
 夕焼けの空のした、家の前で、詩織がそう言った。
 「俺もだよ」
 「それじゃ‥‥‥また」
 「ああ」
 俺の手から詩織の手が離れるまで、中指と中指の先が離れるその瞬間までがやたらと長く感じた。
 そのまま、詩織は振り返って歩いていった。
 詩織の長く伸びた影法師の頭が俺の足元に来たあたりで、詩織が再び振り返った。
 夕日を背にしているから、表情はちょっとわからない。
 「明日‥‥また明日ね」
 きっと笑っているのだろう。
 「ああ、それじゃまた明日」
 そう言ってから、無言で向かい合ったままだった。
 十秒くらいそうしていただろうか。
 背中を見せるタイミングがわからないまま、ふと、いつかTVで見たドラマの真似をしたくなった。
 「なあ、せーので背中見せて帰ろう」
 「うん」
 すぐ答えが返ってくるところをみると、俺と同じだったらしい。
 「せーのっ!」
 声をそろえて言ったあと、俺は背中を見せなかった。
 「あ、ずるい」
 詩織が言った。
 「詩織こそ」
 お互い、ずっと向かい合ったままだった。
 もうすっかり空には一番星が出ている。
 俺は、フッと息を抜いた。少し張り詰めていた何かがスウっと抜ける。
 「それじゃ‥‥」
 「うん‥‥それじゃ」
 今度は、すうっと背中を自然に見せられた。
 振り返って確認はしなかったけど、詩織はどうしていただろう。
 そう思いながら、家の門をくぐった。
 「明日か‥‥‥」
 そうだな。夢はいつだって明日にある。
 焦る事はない。
後書き
TOKI7.TXT(編者注:『04:眠れぬときは、羊を数えて』の事です)の続きを書いておいて、途中で止まってしまったやつがあったので、とりあえず完成させてみました。
告白一日後の、昨日とは違う何かっていう雰囲気がうまく表現できていたらいいんですが、その雰囲気に少し戸惑う感じが、いまひとつ出なかったかもしれません。
   恋人以前、恋人以後。この違いは一体なんだろう。って思います。
   「好き」と「愛してる」の違いってのも、結構謎ですね。
   個人的には、いつまでたっても「好き」っていう方が好きですけどね(笑
   だから、ゲームの中の「世界中の誰よりも‥‥」っていうあの台詞。
   結構ジワーっときましたね(^^;
   最上級ライクなら、ラブより心地が良いかな〜って。
言葉は区切りでしかありません。
   広くて形の無い心の中を整理するために言葉は、きっと必要な事なのでしょう。
   その中で、もっとも思いがこもっているならば、言葉の意味によるランクはあまり関係無いかな‥‥って思うところであります。
   つきつめていけば、言葉は必要なくなるかもしれませんね。
ああ、次はもっとライトな奴書こう(^^;
   暴走文章バカverとかでもいいかな。ギャグノリで。
   キラメーキ王国、王女シオリーナ姫と小さいころから一緒だった親衛隊の主人公のラブストーリーで世界征服をたくらむ魔道技師ヒモーと戦うために機械都市カガークブに行き、伝説の世界征服ロボを奪い、ヒモーの真世界征服ロボと闘う。ファンタジーメカ物。
   という、訳のわからん内容でもエエかな(^^;
しょせん、私の地なんてこんなもんです(笑
作品情報
| 作者名 | じんざ | 
|---|---|
| タイトル | あの時の詩 | 
| サブタイトル | 09:昨日と違う夢、昨日と違う何か | 
| タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織 | 
| 感想投稿数 | 281 | 
| 感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 03時44分36秒 | 
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- [★★★★★☆] 恋人と幼馴染…
- [★★★★★★] ほのぼのした感じで、とっても良いです(^^) 清川さんも、いい味出てますね!
