−2月12日− 放課後

「あの‥‥‥詩織ちゃん」
「あ、メグ。どうしたの?」
美樹原愛の呼び止めに、藤崎詩織は振り向いた。
「あ、あのね‥‥‥詩織ちゃん」
「なに?」
せかす感じではない、詩織は愛の恥ずかしがり屋であることを良く知っている。
その彼女が、自分にすら顔を赤らめながら話しかけてくるとなると、それなりの事があるのだろう。
「詩織ちゃん、あの‥‥‥ …君の事なんだけど‥‥」
「えっ?」
詩織の表情が一瞬だけ、固まった。
「詩織ちゃん、…君の事良く知っているのよね?」
「え‥‥う、うん。良くってほどじゃないけど、家も隣だし小さい時から一緒だったし」
「そうなの‥‥‥」
「そ、それだけよ。別にそれだけなんだから」
−嘘−と、詩織の心のどこかで誰かが言った。
「べ、べつにそうじゃないけど‥‥‥それでね、詩織ちゃんにお願いがあるの」
よほど恥ずかしい事を言おうとしているのか、顔が真っ赤だ。
「今度のバレンタインに、…君にチョコレートを渡したいんだけど。
 みんなの前じゃ渡せそうもないから‥‥‥紹介して欲しいの‥‥」
「え‥‥‥」
「駄目‥‥?」
うつむき加減からの上目使いでみつめられて、詩織は困っていた。
「駄目‥‥って、別に反対する理由なんて無いし、全然構わないけど」
「そう、良かった」
愛の嬉しそうな笑顔を見たとたん、−嘘−とまた誰かが言った。
「ありがとう。詩織ちゃん」
「え、ううん‥‥‥」
笑顔を作って愛に答えた。

−嘘−

その言葉を、心深く沈めようと、必死になっていた。
作った笑顔が、透けるほど薄い仮面であることは、詩織自身にはわかっていた。

−2月14日−

「あ、…。ちょっと校舎裏に来て欲しいんだけど」
詩織はそう言って…を呼び出した。
校舎裏で待っていると、…がやってきた。
その姿を見ると、また誰かが−嘘−と言う。
詩織は木陰に隠れている愛をチラっと見た。チョコレートを大事そうに抱えている。
「紹介したい子がいるの」
…にそう言って、木陰に居る愛のところに行った。
「やっぱり恥ずかしい‥‥‥」
「そんな事いわないで。せっかくのチャンスじゃない」
「でも‥‥」
「ほら、メグっ」
それでも、半ば強引に愛を促した。
愛は、…の前に出た。
「あ、あの‥‥私、美樹原愛っていいます‥‥‥これを」
愛は、チョコレートを差し出した。
…が受け取る。
それを見た詩織の胸が、キュっと痛む。
−そんなに笑わないで−
−そんなにうれしそうにしないで−
そう誰かが言う。
「あ、あの‥‥‥それじゃ」
愛は駆け出して行ってしまった。
「ごめんなさいね。あの子とっても照れ屋なの。待ってぇメグ」
茫然としている…にそう告げて、愛を追いかけた。


「ありがとう。詩織ちゃん」
「ううん、いいのよ」
「ところで、詩織ちゃんは今日、誰にチョコレートをあげたの?」
「えっ‥‥‥わ、わたしは‥‥あげる人居ないし」
「そう‥‥‥」
「や、やあね。そんな顔しないでよ」
友人が誰にもあげていないのに、自分だけがあげてしまったという思いからか複雑な表情をしている愛に、詩織は別に気にしてないという風に笑いながら手を振った。
「…君にはあげなかったの?」
この質問に答えるのに、詩織の心の中で、ほんのちょっとだけ時間があった。
しかし、それは愛にもわからないほどの、長くて短い瞬間だった。
「わたしは‥‥別に…には‥‥‥
 でも、そうね。義理チョコくらいならあとであげようかなって思うけど」
詩織は心の中で、カバンの中にあるチョコレートに謝った。
昨日、ある顔を思いながら作ったそれに。
特別な想いをこめたそれに。


「それじゃ、今日はありがとう。詩織ちゃん」
嬉しそうに言いながら、別れ道で右に進む愛に手を振った詩織はその背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
−あなたって馬鹿ね−
そう言ったのは、間違いなく自分とは違う自分だった。

−2月14日− 自宅前

「あ、‥‥‥これ、形が悪いかもしれないけど」
…は信じられないという風に受け取った。
「学校ではちょっと渡せなかったの。特別な想いをこめたチョコだから」
…は茫然としている。
−ごめん、メグ。私ってイヤな女よね−
茫然から嬉しそうな表情に変わりつつある…を見ながら。
今度は詩織自身でそう思った。
どうする事も出来ない感情に、身をまかせていた。

Fin

後書き

バレンタインの時に詩織が美樹原さんを主人公に紹介する事が多くなったので、その時の詩織の心境たるやどんなものかいな。と思って、ちょっと書いてみました。

3月14日に、きっと詩織は主人公が愛にあげたお返しよりも大きい自分へのお返しに、嬉しく思う反面、自己嫌悪に陥る事でしょう。
友情と恋の板挟み苦悩が、ゲームではほとんど再現されていなかっただけに、ちょっと物足りなかったです。
雨降って地固まるではないですが、波乱の一つや二つくらいないと結び付きが強くならないような気もしますが、ゲームの最終目的が、ある意味で足枷になっている部分もあるので波乱過ぎた後のサポートで、「好き」という事を匂わせてしまえないのがつらいのかと。そう思う訳です。
なにしろ、好きで無いなら波乱は起こりようもないから。

高校生って事で、周囲の噂とかがやはり恐い時期なんでしょうか?
他の子に好かれるとか優しい主人公に対して好意を寄せて、周囲の噂が良くなくなると、好意が減少するという感じなのかもしれませんが、噂じゃなくて本当に自分の目で見て、自分の頭で考えられて、自分で信じられる。
しっかりと自分を持っているのを求めてしまうのは、やはり理想追求のしすぎでしょうか。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル11:- 嘘 -
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数280
感想投稿最終日時2019年04月09日 06時33分01秒

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コメント一覧(クリックで開閉します)

  • [★★★★☆☆] 友情と恋愛、どっちを取る?
  • [★★★★★☆] 詩織ストとしては、もう一捻り入れて欲しいですね。詩織が手作りチョコを渡す所を、美樹原さんに見られて・・・とか。 う〜ん、ときメモって、本当に奥が深いですね〜。(汗)