「そういえば、もうそろそろ詩織の誕生日だよね」
「うん‥‥‥覚えていてくれてうれしいな」
きらめき高校卒業から2年。
誕生日の事をこちらから言うと、いつも詩織は嬉しそうにほほえむ。
「何がいい?」
俺は、初めてそう聞いた。
今まで、そんな事を聞いた事がなかった。
全部自分で考えてプレゼントしたものだ。
「えっ‥‥‥そんな、別になんでも‥‥」
さすがに、戸惑っているようだ。
「もう今年で俺達も二十歳になるから。特別にプレゼントしようと思って」
「うれしいけど、あまり無理はしないでね」
「無理なんてしてないよ。ただ、節目だからさ」
「‥‥‥ううん、いいの。本当に‥‥でも嬉しいな」
「そうか。じゃ、なんかあったら遠慮無く言ってくれ。
 といっても、やっぱりあんまりとんでもないのは勘弁してくれよ」
「ふふふふ‥‥やっぱり無理してるじゃない」
おかしそうに笑った。
「そうかもな」
照れ笑いでごまかした。
本当ならば、大概の無理は聞いてやりたいところだ。それに、詩織はそんなに無い物ねだりな方ではないから、安心して言える事なのだが‥‥‥
「初めてプレゼントもらってから、もう何年経つのかしら‥‥‥」
ふとつぶやくように言ったのを俺はしっかり聞いていた。
「俺が初めてプレゼントしたのって、いつだったっけ」
「覚えてないの? あの玩具の指輪だったじゃない」
「あ、ああ、そうか。あれがそうか」
「そうよね‥‥昔だものね。忘れていて当然よね」
少しさびしそうに微笑んだ。
「ごめん」
「ううん、いいの。変な事言ってごめんなさい」
「‥‥‥‥」
俺の覚えていない俺は、その時になんて言って詩織に指輪を渡したんだろう。
昔の自分のやった事に興味があったが、記憶の倉庫の中に埋もれた埃まみれの部分に隠れているのか、浮かんでこない。
「それじゃ、また明日‥‥‥」
俺の家の前で、詩織と別れた。
詩織が門をくぐる時、俺がまだ見守っているのを見て、軽く手を振ってくれた。
「それじゃ」
俺も手を振り返して、家の中に入った。
「ただいま〜」
「あら。おかえりなさい。早かったのね」
母さんがエプロンで手を拭いながら玄関口までやってきた。
「まあね」
「あ、そうだ。そういえばもうすぐ詩織ちゃんの誕生日じゃない?」
「ああ、そうだよ」
息子の誕生日だけでなく、詩織の誕生日までキッチリ覚えているとは。
まあ、小さいころから知っているわけだし、当然か。
「もう二十歳なんでしょ。早いわね。
 あんたが最初に詩織ちゃんにあってからもう13年近くにもなるのかしら」
なんで女ってのは、こうも良く覚えているのだろうか。
「まだ二人とも小さかったのにね。早いもんだわ」
そう言いながら、再び台所へと戻っていった。
「そうか。もう13年にもなるのか‥‥‥」
なんだか、もっとずっとずっと前から一緒だったような気がしてきた。
幼なじみじゃなかったら‥‥という事は、もう考える気もしない。
俺は自室へと戻っていった。
夕飯を食べた後、ベットに寝ころぶと、睡魔が突然やってきた。
逆らう理由も無いので、なすがままになり、俺は眠りの世界へと落ちていった。

- Sepia Dreaming -

「はい。詩織。これあげる」
目の前には、なぜか小さいころの詩織がいた。
俺は、今の20歳の俺のままだった。
俺の手には、なぜかあの玩具の指輪があった。
「お兄ちゃん、誰?」
小さい詩織が、怪訝そうに聞いた。
「え? 俺だよ俺。…」
「お兄ちゃんも…っていう名前なの? わたしの友達も…っていう名前なんだ」
「だから、それは俺だって」
「嘘。…ちゃんはそんなに大きくないもん」
「困ったな‥‥でも、俺は俺だしな‥‥それより、なんで詩織が小さいんだ?」
「そんなの知らない。
 わたし、今…ちゃん待ってる所だから。
 一緒にお誕生日会やることにしてるの」
「そうなんだ‥‥‥」
「でも、まだ来てくれないの‥‥‥」
ちょっとだけ泣きそうな顔になる。
「あ、おい、詩織‥‥困ったな‥‥‥」
うろたえていると、俺は背後に気配を感じて振り返った。
「‥‥‥‥!」
そこには、俺がいた。‥‥ただし小さい俺が。
身長は今居た詩織とほとんど変わらない。
写真で見た小さいころの俺そのままだ。
「お兄ちゃん。指輪みなかった?」
「え? ‥‥指輪って?」
「詩織ちゃんへのプレゼントなんだ」
「プレゼント?」
「うん‥‥でも、なくしちゃって‥‥‥」
小さい俺まで泣きそうになっている。
「指輪ね。はいはい。指輪ならここに‥‥‥」と手を見たところ、指輪はどこにもなかった。
ずっと握りしめていた筈なのに、開いてみたらきれいさっぱり消えていた。
「あ、あれ?」
「お兄ちゃん。やっぱり無いの?」
「おかしいなぁ‥‥‥確かさっきまで俺が」
地面をみたり、ポケットを探ってみたりしたが、やはりどこにもない。
すると、ふいに声をかけられた。
「…」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには詩織が居た。
さっきまで居た小さい詩織はどこにも居なかった。
「あ、し、詩織‥‥‥なんだ? あれ? ‥‥小さい詩織は?」
「指輪はみつかった?」
「あ、い、いや‥‥無くしちゃったんだ」

「そう‥‥‥無くしちゃったの」
目の前の大きな詩織が寂しそうな顔をする。
「待って。
 さっきまで持ってたのに‥‥‥大事な指輪だっていうのに‥‥
 詩織にあげるために、少ないおこづかいを叩いてかった‥‥‥」
と、そこで俺は目を開けた。

真っ暗な部屋の天井が見える。
「ゆ‥‥‥‥め?」
首筋を触ると、じんわり汗がにじんでいた。
「夢‥‥‥か」
ぼんやりした頭の中で、夢での事をリピートした。
悲しそうな小さな詩織と泣きそうな小さな俺。そして寂しそうな大きな詩織。
この3人の顔が焼き付いている。
「指輪か‥‥‥そうか‥‥」
俺は記憶博物館の倉庫の奥にたどり着いたような心地で居た。
「そうか。あの指輪は‥‥‥」
倉庫の奥から引っ張りだした色褪せた思い出は、今鮮明な色を取り戻しつつあった。


- Happy birthday to you -

数日後

「こんばんわ」
「あら…君」
俺を出迎えたのは詩織の母親だった。
「どうも」
「詩織なら部屋に居るから、勝手にあがってちょうだいな。
 あとでお茶でも入れさせておくから」
「あ、いえ。おかまいなく」
「そういえば、あなたも先月20歳になったのよね。
 本当に早いわね。あんなに小さかったのにねぇ…」
うちの母親と同じ事を言う。
「手のかかる娘だけど、これからも‥‥‥よろしくね。…君」
「手のかかるだなんて、そんな。むしろ僕の方が手のかかる奴ですよ」
苦笑まじりで言った。
「あなたもうちの息子みたいな物だから、そうかもしれないわねぇ」
わるびれもせず言うのを聞いて、むしろ清々しい。
「うちの人も、…君二十歳になったからって、今度一緒に飲もうか。なんて言ってたわよ」
「はぁ‥‥‥じゃいずれ御相伴に預かります」
「やっぱり男の子っていいわねぇ。詩織も男の子だったら良かったのに」
「そ、それはちょっと困りますが」
「冗談よ。冗談。男の子は…君が居るからもういいわよ」
「はぁ‥‥」
「ささ、詩織待ってるから。早く行ってあげてちょうだい」
「はい。それじゃお邪魔します」


「詩織。入るぞ」
ドアをノックすると、
「うん」
中から声がした。
詩織の部屋のドアを開けると、ケーキを用意していた詩織が待っていた。
「お‥‥‥うまそうなケーキだな」
「まだ駄目」
クリームに延ばそうとした手をペチンと叩かれる。
「ちぇっ、いいじゃないか」
「だーめ」
ニッコリと微笑みながら言った。
「‥‥‥それよか、成人式、懐かしかったな。きらめきのみんなに結構会えたし」
「うん‥‥みんな元気そうだったね」
「好雄なんて、大学、あいつ優美ちゃんと同級生なんだってよ」
「あら、優美ちゃんは早乙女君と同じ大学だったのね」
「ぼやいてたよ。もっと勉強してれば良かったって。
 あいつ、高校ん時は、ナンパばっかりしてたからなぁ。成功したためしないくせに」
「でも、…も早乙女君と良く遊んでたじゃない。ナンパもしてたのかしら」
「お、おれはやってないよ。うん」
「ほんとかしら」
「な、なんだよその目は」
「ふふっ‥‥冗談よ」
「でも、俺はちゃんと勉強してただろ。
 詩織を追い抜いて試験トップになったときは結構嬉しかったぜ」
「そうだったの」
穏やかに笑う詩織は、あのころとちっとも変わっていない。
若干大人っぽくなったとはいえ、ずっと一緒だった俺からすれば、何にも変わっていないように思える。
「あ、それより‥‥‥詩織。誕生日おめでとう」
あらたまって、詩織におめでとうを告げた。
「ありがとう」
照れくさそうに笑いながら言った。
「じゃ、さっそくケーキくれ」
「いつからそんなにいじきたなくなったのかしら」
笑いながらも、ケーキを切りわけてくれた。
「いやぁ、今日ちょっと走りまわったおかげで、腹へっちゃってさ」
「ふーん」
「お、こりゃうまいな」
「そう‥‥‥良かった。手作りなの」
今日見た笑顔の中では、今のところ一番嬉しそうだ。
「詩織なら、虹野さんと料理学校行っても大丈夫だったかもな」
「沙希ちゃんにはかなわないわよ」
嘘偽りの無い言葉が、俺をなごませる。
俺はそう思っていないが詩織がそう言うなら、そう思っているのだろう。
「あ、そうだ」
俺はカバンの中をごそごそと漁り、細長い包みを取り出した。
「はい。プレゼント」
「わあ、嬉しい」
「開けてごらん」
「うん」
丁寧に包装を解くと、細長い箱が出てきた。
それを開けた詩織の表情が驚きとも感動ともとれる表情に変わっていった。
「綺麗なネックレス‥‥‥ありがとう」
詩織顔を赤らめながら、俺の方を向いた。
買ったのは、細く小さい鎖で繋がった金のネックレスだ。
なに、本番はこれからだ。
「詩織、アクセサリーの入った箱持ってたよな?」
「え? ‥‥‥う、うん。そこにあるけど」
詩織は机の上を指さした。
突然の事に、わけがわからずと言った感じに答える。
俺はアクセサリー箱を取り出して、蓋を開けた。
アクセサリー箱の中の仕切りに、一つだけ他のと混ざらず置いてあるそれを見つけて、「あった」と、心の中でつぶやいた。
「詩織。そのネックレスちょっと貸して」
「う、うん‥‥‥」
ネックレスを箱から取り出して、俺に渡した。
俺は、ネックレスの止め金を外して、アクセサリー箱の中から取り出した物を、その鎖の中に通した。
詩織の指にはもう小さすぎて入らないそれが、金の鎖をすべり落ちてゆく。
「あっ‥‥‥」
小さな驚きの声が詩織から漏れる。
「はい。誕生日おめでとう。昔の俺と今の俺からの合同プレゼント」
そう言って、玩具の指輪を釣り下げたネックレスを詩織に差し出した。
何が起こったのか、理解しているようだが、受け取ってもなぜか茫然としているみたいだ。
「え‥‥‥」
「これ、この指輪。宝物って言ってくれたよな」
「う‥‥‥うん」
「あの時の俺が渡した物が、まさかそんな風になってるとは思わなくて‥‥
 今まで忘れてたんだけど、思い出したから、昔の俺に花でもそえてやろうと思って‥‥‥」
それでも、詩織がまだ固まっているので、不安になってきた。
「や、やっぱりおかしかったかな。そうだよな。そんな玩具なんてぶらさげてたらやっぱりみっともな‥‥」
とそこまで言った時、
「ううん。そんな事ない! 嬉しい。すごく嬉しい」
そういう大きな声で俺の言葉を止めた
「詩織‥‥‥」
「私にとって、これは大事な宝物なの。
 だから、ダイヤの指輪と取り替えてくれって言われても、絶対に‥‥‥いや」
受け取った指輪付きネックレスを、抱き締めるようにしている。
籠った想いを一つ足りとも離さないとするように。
「どんなに笑われたって全然構わないわ。これは私の大切な物‥‥」
「良かった。よろこんでもらえたみたいで」
「うん‥‥‥ありがとう。素敵なプレゼントありがとう」
目尻に涙がにじんだ顔に、俺はふと小さい詩織の顔が見えたような気がした。
その小さい詩織も、なぜだかとても嬉しそうにしていた。
昔の俺もやるもんだな‥‥
今よりも、もっと素直に純粋にあの指輪渡したんだろうな。きっと。
ただ、今の気持ちだけは昔の俺に負けてはいないつもりだ。
「貸して。つけてあげるよ」
「‥‥‥うん」
受け取ったネックレスを持って詩織の背後に回って、そっとネックレスをつけた。
つける時にかきわけた髪からはふんわりと柔らかい良い匂いがして、俺の鼻をくすぐった。
積もった雪のような滑らかなうなじが、俺の鼓動を昂らせた。
「ねえ、この指輪をくれた時に言った事覚えてる?」
指輪をつまみあげ、それを懐かしむように見つめながら詩織が言った。
「あ‥‥そ、それは、まだちょっと思い出せなくて」
「そう‥‥‥」
しかし、詩織に寂しそうな表情は無かった。
むしろ、ちょっと嬉しそうだ。
もしかしたら、俺の心を読まれているのかもしれない。
そう思った。
嘘をついた事を。
「大きくなったら、詩織ちゃんお嫁さんにするんだ」
そう言った事を思い出したなんて、とても恥ずかしくて言えない。という事を‥‥‥

「良く似合うよ」
「ありがとう‥‥あっ‥‥」
「な、なに?」
スッっと俺の口元に詩織の指が伸びてきた。
「クリーム弁当つけてどこ行くのかしら」
「え?」
驚く暇もなく、指が俺の口元についていたクリームを取り去った。
「ふふっ‥‥おいし」
詩織は、照れくさそうに頬を真っ赤にしながら、クリームのついた自分の指をペロっと舐めとっていた。
突然の事に硬直しつつも、俺は、自分の頬だけでなく脳の中までが熱くなるのを実感していた。
頬なんておそらく真っ赤だろう。
同時に、今までクリームつけたままカッコつけてた自分が、とてつもなく恥ずかしくなった。


「はい。詩織ちゃん。これプレゼント」
玩具の指輪を差し出した。
一応金色をしたリングに、輝きはあまり無いプラスチックの宝石。
高い本物の指輪には、何一つ及ばない。
「わあ、うれしい。ありがとう」
「僕、大きくなったら、詩織ちゃんお嫁さんにしたいんだ」
「うん‥‥‥いいよ。早く大きくなるといいね」
詩織は、生まれて初めてした指輪をずっと見ていた。
本物の指輪には、何一つ及ばない。
しかし、ただ一つ、どんな指輪も及ばない物が、この玩具にはあった。


想い、未来へと 想い、永遠に‥‥‥

Fin

後書き

同じ誕生日という設定は完全無視(^^;
あれはあれでいいんですが、そうそうあるような状況じゃないので。
まあ作られた設定という事で、ちょっと割り切り。
あの指輪のエピソードは、かなり気に入ったので、何年後かの話を勝手に作ってみました。

月並みな事ですが、人の想いほど強い物はないです。
大金をはたいて買った真珠のネックレスよりも、海で拾ってあげた貝殻の方が、その人にとっては宝だったりするわけです。
おもちゃの指輪だろうと、その人の中ではダイヤモンドよりも強くて硬くて美しいものではないかと。
逆に言えば、思いのこもってない物品には、本当の価値はないと思ってます。
いくらそれが大粒のダイヤだろうと。
人間、忘れて行くのが仕事みたいなもので、どんどん忘れて、籠った思いすらも忘れてしまう事だってあるんですが、それを忘れまいとして一生懸命なのも思いに応える思いでもあるような気がします。
って、自分で何言ってるんだかわからないんですが‥‥(^^;


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル12:小さな指輪
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数284
感想投稿最終日時2019年04月09日 03時30分42秒

旧コンテンツでの感想投稿(クリックで開閉します)

評価一覧(クリックで開閉します)

評価得票数(票率)グラフ
6: 素晴らしい。最高!100票(35.21%)
5: かなり良い。好感触!80票(28.17%)
4: 良い方だと思う。57票(20.07%)
3: まぁ、それなりにおもしろかった25票(8.8%)
2: 可もなく不可もなし8票(2.82%)
1: やや不満もあるが……6票(2.11%)
0: 不満だらけ8票(2.82%)
平均評価4.67

要望一覧(クリックで開閉します)

要望得票数(比率)
読みたい!268(94.37%)
この作品の直接の続編0(0.0%)
同じシリーズで次の話0(0.0%)
同じ世界観・原作での別の作品0(0.0%)
この作者の作品なら何でも268(94.37%)
ここで完結すべき0(0.0%)
読む気が起きない0(0.0%)
特に意見無し16(5.63%)
(注) 要望は各投票において「要望無し」あり、「複数要望」ありで入力してもらっているので、合計値は一致しません。

コメント一覧(クリックで開閉します)

  • [★★★★★☆] 良いですね〜。でも二人とももう二十歳なんだから(^^;
  • [★★★★☆☆] おもちゃの指輪、それは一生の宝物…
  • [★★★★★★] とてもよかった
  • [★★★★★★] 良いお話ですね〜(^^♪ 二十歳の誕生日編か・・・有りそうで無いSSですね。とっても良かったです!
  • [★★★☆☆☆]
  • [★★★☆☆☆]