ピンポーン。
と、チャイムが鳴り、10秒後にドアが開いた。
「あ、…。こんばんわぁ」
エプロン姿の詩織が出迎えた。
髪を後ろで束ねて、邪魔にならないようにしているところをみると料理の手伝いをしていたのだろう。
「よっ、詩織。こんばんわ」
「外は寒かったでしょ‥‥さ、早く入って。お父さん待ってるわ」
「ああ、今日はスゴイ寒かったよ」
詩織の家の玄関をくぐると、あったかい空気に混じって、いい匂いが漂ってきた。
「おおっ、うまそうな匂いだ」
「ふふっ、そうでしょ。今日はお母さん張り切っちゃって」
いたずらっぽく笑った。
「いやぁ、悪いなぁ。夕飯呼ばれちゃって」
「いいのよ。…のご両親、おでかけなんでしょ」
「まったく、あの歳で結構な事だよな。水入らずで旅行〜なんて。よくやるよ」
「でも‥‥いいよね」
うらやましそうな瞳で、ちょっとだけ遠くを見ているような気がした。
遠い未来でも見ているのかもしれない。
「そう‥‥かもな」
「あ、‥‥そんな事より、早くあがって」
「お邪魔しま〜す」
そう言って、俺は出してくれたスリッパを履いた。


「やあ、良く来たね」
「あ、どうも。今日は夕飯ごちそうになります」
テーブルに座っていた詩織の父親に深々と挨拶をした。
小さい頃は、もう一人の親父と思って慕っていた人だ。
「はい、それ貸して」
俺が脱いで手に持っていたコートとマフラーを詩織が持っていってしまった。
「さあさあ、早く座って。まま、一杯」
座るなり、目の前のコップにビールが並々とつがれた。泡がこぼれそうになる瞬間に口をつけた。
「そ、それじゃいただきます」
喉が乾いていたせいもあって、俺は一気にそれを飲み干した。
「いやぁ、いい飲みっぷりだね」
「はぁ」
「ちょっとお父さん、まだご飯始まってないんだから。そんなにお酒進めないでね」
「固い事言うんじゃない。せっかく…君が来てくれたっていうのに」
「えと‥‥じゃ、俺もちょっと台所手伝ってきます」
「こらこら、客はそんな事する必要は無いんだよ」
「そうそう。ちょっと待っててちょうだいね。もうじきだから」
「詩織の言う通りだ。ところでもう一杯‥‥」
「お父さん!」
どうも一人娘には弱いのか、つぎかけたビール瓶を戻してしまう。
「じゃ、もうじきだから待っててね」
そう言って台所へ行ってしまった。
どうも、張り切っているのは詩織の方らしいな‥‥
「どうだね。小さいころとは違って、よく気がつくようになっただろう」
小さい声で言った。
「え、ええ、まあ‥‥」
「君もそう思うか。ささ、もう一杯」
親父さんは、回りを気にしながら、俺にビールをついでくれた。
親バカの見本のような気もするが、無理もない‥‥
心を俺に向けてくれているなんて本当にもったいないよ。


ほどなく、詩織が大きな鍋を持ってきた。
「あ、ほら。手伝うよ」
「あ、ありがとう‥‥」
布巾で支えながら、卓上コンロまで慎重に誘導していった。
「それにしても、豪勢な鍋だなぁ」
「そうなのよ。お母さん張り切っちゃって」
「誰が張り切っちゃったですって?」
詩織の背後で、ボソっと詩織の母親がつぶやいた。
「お、お母さん」
ビクッと身体を震わせて振り向いた。
「今日は楽だったわ〜。詩織が一人でほとんどやったんですものね〜」
わざとらしく抑揚をつけて言った。
「お、お母さんたらっ」
困ったように照れている。
ははは、やっぱりそうか。
「あ、どうも。こんばんわ。今日は夕飯ごちそうになります」
俺は立ち上がって、頭をさげた。
「いいのよいいのよ。…君のご両親、御旅行ですってね。うちも行きたいわね‥‥」
おふくろさんは、親父さんをチラリと見た。
「う、ウォホン」
わざとらしい咳払いで、視線をそらした。
「さ、食べましょう」
湯気をたてている炊き立てらしいご飯が俺の前におかれた。
うん、いい匂いだ。空きっ腹に最高に応える匂いだ。
全員が着席したところで、
「それじゃ、まあ今日は…君も一緒ってことで、乾杯」
親父さんが持っていたビールグラスを掲げた。
なんかパーティーみたいになってきたな。
俺のとなりには、詩織が腰掛けた。
「あ、ども」
そのグラスにカチンと自分のグラスをあてた。
「…」
詩織も、ビールグラスを俺に差し出した。
カチンと小さくあてた。
お互い、顔を見合わせて微笑んだ。
俺にしてみても、やっぱりどこか照れくさい。
次におふくろさんのグラスだ。さすがにぎこちなさを思わせる歳でもなく
ニコっと唇の端をつり上げる笑いで答えてくれた。
「うん、良く煮えているわ」
鍋の蓋を布巾で持ち上げた詩織が、満足そうに言った。
もあっと立ち上がる湯気が、おいしさをそのまま鼻に伝えてくる。
「おお、すごいな。豪華だ」
白菜、椎茸、人参、豆腐、各種野菜、豚肉、河豚などなど
見栄え鮮やかな食材が、美しく配置されていた。
「はい」
鍋から取った料理を、皿に取り分けて俺に出してくれた。
「ありがとう。それじゃいただきま〜す」
熱い豆腐をふぅふぅと冷ましながら、口に入れた。
はふはふ。やっぱりまだ熱い。
「うーん、うまい。汁のダシが良く染み込んでてうまいよ」
「そう。良かった」
うれしそうに詩織がよろこぶ。
「詩織ったら、すっかり張り切っちゃって、今日の買い物から何まで全部自分でやってたのよ」
「だから、今日早く帰ったのか」
講義が終わるなり、ちょっと色々と‥‥と言って帰ったのはこの為だったのか。
「お母さんったら」
「いいじゃないの。本当良くできてるわ。私の教え方がいいのかしら」
「は、はははは‥‥」
俺は苦笑するしかなかった。
「…君。さあさあどんどん飲んで」
ちょっと疎外感を味わっていたのか、親父さんが再びビールを俺のグラスに注ぎだした。
「あ、ども」
「しかしなんだね。大学の方はどうかね」
「え、ええまあ今の所なんとか」
「そうか、それならばよかった。今は不況の折だから、よっぽど色々学んでおかないと、駄目というし」
「僕はともかく、詩織なら卒業しても大丈夫ですよ」
「うそ。うかうかしていると駄目なのはわたしの方だわ」
笑いながら詩織が言った。
「そうか。それじゃ頑張らねばならんな。二人とも」
そうだな。頑張らないと‥‥
俺は詩織の横顔を見た。
頑張らないと守ってやれないな。
「…君。おかわりはどう?」
おふくろさんが、俺の茶碗が空になっているのに気づいた。
「あ、それじゃお願いします」
すぐに詩織が俺の茶碗を取って、ほかほかご飯のおかわりを持ってきてくれた。

「ふう、食った食った」
俺はダイニングルームのすぐ横にある応接間で、お茶を飲んでいた。
詩織とおふくろさんは、後片付けに回っている。
俺も手伝おうかと言ったら、二人に駄目と言われた。
「いやぁ、いいね。男の子っていうのは」
「そうですか」
向かいでお茶を飲んでいた親父さんが、満足そうにお茶を飲みながら言った。
「何しろ、うちは一人娘だから、男は私だけだ」
それでも、幸せそうな顔を見ていればわかる。
その笑顔につつまれて詩織は育っていたのだろう。
「逆に、君のところなんかたいへんだろう。男二人の面倒を見ているのはおふくろさんなんだろうから」
「いや、うちのおふくろなんか、いつでも元気一杯でまいっちゃいますよ」
「ははは、そうかね。そのうち、私らが旅行に行く時には詩織を頼むよ」
「はい。よろこんで」
その時、詩織が応接間のドアをあけて、入ってきた。
氷とグラスをお盆に乗せて持っていた。
「それじゃ、まだ片付けが残ってるから。終わったら来るね」
氷とグラスを置いて、また戻ってしまった。
「詩織も本当に大きくなったな‥‥」
ふと、親父さんの顔にさびしそうな表情がよぎった。
「そのうち、嫁いで行ってしまうなんて信じられないよ」
「ええ、そうですね‥‥」
どういう答えを言っていいのかわからなかった。
「いかんいかん。どうもこの歳になるとロクな事を考えなくてイカン」
そう言って立ち上がり、棚からウィスキーを持ってきた。
「今日はとことん飲もうじゃないか。もう君も二十歳を過ぎた事だし」
「いいですね」
お互い、ニヤっと笑った。
俺もそうだが、男はいつまでたってもガキだな。というのがわかったような気がする。
そのガキな自分が、時たま物凄く好きになれる。
男をやっていると、それがたまらなく面白い。


「あらあら、お父さんたら。すっかり潰れちゃって‥‥
 よっぽど嬉しかったのね。一緒に飲める相手が居て」
おふくろさんが、微笑みながら、ソファで寝コケている親父さんに毛布をかけていた。
そういう俺も、ほんの少しだけフラフラだった。
ついつい親父さんの誘いに乗ってウィスキーを1本開けてしまった。
いつもより、酒の回りが良かった。
「大丈夫?」
詩織が心配そうに、俺に問いかけてきた。
「あ、うん‥‥大丈夫大丈夫」
あんまり大丈夫じゃなかった。舌がちょっとだけ回らない。
俺は、酒には弱くないが、それほど強くもなかった。
「詩織。お部屋に連れていってあげたら?」
「うん」
「いや、本当に大丈夫だって」
「いいから。さ、行きましょう」
「あ、そう。悪いね‥‥」
詩織に連れていかれるまま、俺は詩織の部屋に入った。
入るなり、床に腰を下ろしてグッタリしてしまった。
われながら情けない。
情けないとわかっていても、身体がフラフラでよく動かない。
「そんなとこで寝ちゃ駄目よ」
やさしく俺を揺り起こした。
「ううーん‥‥‥」
「私のベットで寝てていいから‥‥お水持ってくるね」
俺を抱えおこそうとした詩織に、俺は抱きついてしまった。
「詩織‥‥‥」
「えっ‥‥‥‥‥‥?」
突然の事に、驚いて抱きしまられるままになっている。
「きっと詩織を守るから‥‥だから頑張るから‥‥」
親父さんと話していてわかった。親父さんも必死におふくろさんと詩織を守ってきたという事を。
その事があって、俺は思わず言ってしまった。
酔っていたせいなのだろうか‥‥‥
「‥‥‥うん」
詩織は、嬉しそうに目を細めて頷いた。
そこで力が抜けて、俺だけベットへバタリと倒れてしまった。
布団からは、微かに甘い香りを感じたが、今の俺の頭はそれが心地よい子守歌のように感じた。
「寝ちゃったの?」
そういう声が聞こえたような気がしたが、
引きずられるように俺は意識が無くなっていった。
「ありがとう‥‥うれしかった‥‥ふふっ」
寝てさえいなければ、俺の頬にそっと触れた柔らかい感触に気づけたのに。
酔ってさえいなければ、気づけたのに‥‥‥
「それじゃ‥‥‥おやすみなさい‥‥」
そう言って部屋の電気を消して、詩織はゆっくりと部屋のドアを閉じた。
かけられた布団の温もりに気づくのが次の朝だとも知らずに、俺は心地よい眠りに落ちていた。

Fin

後書き

アルバムモードの時の「ねちゃったの?」とか「おやすみなさい。また今度」っていうあの台詞を使って暴走しよう。と思って書いたのが今回のTOKI29(編注:第14話のことです)(笑
でも、その台詞を使うまで、ずいぶんと長い話が付属されてしまったであることよ(^^;
なんかやたら現実感あふれるアットホームな感じになっちゃって、すっかりゲームから離れてしまったような気がする。
気がするじゃなくて、完ぺきに離れてるなぁ‥‥
もはや、詩織という文字だけを借りた別の物語という気がしないでもない(^^;
いや、しかし。それでこそ暴走!(オイ
その意気やよし。(不明)
(↑この言葉(?)、すごい好き。イカス(笑))

(しかし、もう29作目かぁ‥‥‥‥
思えばよくこんな暴走したもんだ(^^;
いままでで、少しばかりでもこんな暴走につき合ってくれる方々が居るのはわかったんですが、自己満足大暴走川崎連合文章みたいな感じだし、いまだに信じられないんです(^^;)
罠かハメかもしれない。

家が隣同士だと、まあこーいう家族的な付き合いもわりとほのぼのしてていいかな〜って思ったんです。
あとゲーム中で主人公が病気になるとお見舞いに来る女の子が何人か来ますが、詩織の時だけ母親が「詩織ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」って言うんですがあそこらへんの当たり前的に細かい演出が大好きです。
さすが隣同士〜って感じで。
隣同士という素材を自分なりに料理すると、今回の暴走的な感じになります(^^;
今度は詩織が逆に主人公側に来る話かな‥‥(^^;

今日のテーマはっ!
「家が隣同士っ!」
ってね〜(^^;
暴走の鉄人 毎週金曜日夜11時から・・・・ヤッテネー(^^;


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル14:おやすみなさい…
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数283
感想投稿最終日時2019年04月09日 12時35分52秒

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  • [★★★★★★] 甘いお話ですが落ち着いていてとてもよいです。詩織のお父さんのうれしさが伝わってきますな。
  • [★★★★★☆] 男として守るべきもの、それは…
  • [★★★★★★] 男同士で酒を酌み交わす・・・良いですね〜(^^) この手の話なら、結婚した後編も面白そうかも。
  • [★★★★☆☆] 金持ち父さんになれば守るのも楽なのに・・・詩織ちゃんなら金持ち母さんか?
  • [★★★☆☆☆] 金23時は昔はニュースステーションをやっていた時間じゃないか