「ねえ、なにしてるの?」
「ん?」
休み時間になって、教室の窓から外を見ていた俺は、呼ばれて振り返った。
「あ、詩織か」
「どうしたの? こんなところでボーっとしちゃって」
窓から入ってくる夏の匂いの濃い空気の心地よさのせいだろうか、柔らかな微笑みを浮かべている。
窓から差し込む光が、詩織の夏服の白さを輝かせていた。
笑顔も‥‥‥まぶしい。
「いや、別に‥‥‥ただなんとなくね」
とくに何という訳ではなかった。
ただ、なんとなく日差しが強くて、それで見ていただけだ。
校門の横のあの樹も、大きくて黒い影を落としている。
そんな風景がすごく気持ち良かった。
「ね、横‥‥‥いい?」
「え?」
詩織の頬が少し紅いような気がする。
それを見て、俺の心臓が跳ね上がった。
「あ、ああ‥‥いいよ」
俺は少し移動して、場所を開ける。
「ありがとう」
嬉しそうに微笑みながら、俺の横にすっと並んだ。
なぜだろう。
一人で外を見ていた時よりも、妙に落ち着かない。
心臓の動きが邪魔をしている様な気がする。
でも‥‥‥どこか気持ち良い。
詩織と居るだけで、こんな気分になるようになったのはいつごろからだっただろう‥‥‥?
それでも、幼なじみという言葉が、その気持ちを覆いかくしていた。
共有しているものが、沢山ある。
それは嬉しい事と同時に、壁でもあった。
思い出は、今でも心にしまってある。
詩織が居てくれたからこそ仕舞える物だった。
いなくなってしまったら‥‥‥と思うと、不安になる。
思い出はどこに行くのだろう‥‥‥と。
そんな不安が、大きな壁になって、俺の前にいつでもある。
だから、昔から一緒だった詩織が、今でもこうして近くに居る事が、信じられないような気がした。
あの頃に知り合った友達は、今はみんな別々の生き方へと散っている。
そんな中で、一人詩織だけが近くに居てくれた。
「ほんとにいい天気ね」
「あ、ああ‥‥‥」
日差しを目一杯身体に浴びながら、心地よさそうにしている詩織を見るだけで、夢の中にいるようだ。
思えば、いつでもこんな風に近くに居てくれたような気がする。
「もうすっかり夏だなぁ‥‥‥」
俺は窓の枠に肘をついて、空気をいっぱいに吸い込んだ。
暖かい空気が、するりと身体に中に入ってくるようだ。
高鳴った鼓動が、少し収まったような気がする。
「うん」
心地よさそうに目を細める詩織も、やはり空気を胸一杯に吸い込んでいるのかもしれない。
ふと思う。
いつからこんな会話をするようになったのだろう。
もっと素直に。もっと明るく。
そんな風に話していた日には、もう戻れないのだろうか‥‥‥
「詩織‥‥ちょっと聞いてもいいかな」
「なに?」
「今‥‥‥今さ、誰か気になる人って、居る?」
ほんの軽い気持ちのつもりだった。
そういう気持ちで言えると思った。
言ってみるまでは。
「えっ?」
詩織は、少し驚いたふうな声をあげた。
「あ‥‥‥べ、べつにそういう意味じゃなくて‥‥そういう意味でもべつにいいんだけど」
自分で何を言おうとしていたのか、すっかり忘れてしまった。
「ご、ごめん。俺何言ってんだかな。なんでもない。忘れて」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「詩織?」
じっと俺の方を見ている詩織の視線が気になって、変な事を口走った事を後悔した。
「いろんな意味で気になる人‥‥‥居るよ」
「えっ!?」
正直、こんな事を聞く気は全然なかった。
聞いたのは、陽気にゆるんだせいもあったのかもしれない。
その答えは、もちろん期待とかは全然していなかった。
まさか返ってくるとは‥‥‥
「‥‥‥誰?」
予想もしていなかった答えが返ってきたおかげで、俺は軽いショックを受けながら、それでも茫然となりそうになるのを必死でこらえる。
「聞きたい?」
俺はつばを飲み込んで、ひとつ頷いた。
すると、小さく笑ってから「内緒」と、小さな声で言った。
なぜか頬が紅く染まっている。
一番聞きたかったような一番聞きたくなかったような事だっただけに、その言葉を聞いて、俺は力が抜けていくのを感じた。
「ちぇっ‥‥‥ま、いいけどね」
それでも、安心のせいで、口元が自分でもゆるんでいるのがわかる。
「ほんとはね‥‥‥その人、…が一番良く知ってるかも」
「!」
束の間の安心から、一気に不安に叩き落とされたような気がした。
「え? ‥‥俺が一番良く知ってる人‥‥‥?」
俺が良く知っている人。
つまり‥‥‥‥‥‥俺じゃないという事だろう。
目の前が真っ暗になりそうだった。
「ま、まさか‥‥‥好雄?」
詩織は首を横に振った。
俺は、学校で知っていると思う人、男女問わずに名前を言うと、そのどれにも詩織の首は横に振られていた。
女の子の名前を入れた事は、俺の聞きたい方向とは別の方向の気になる人‥‥‥という意味での予防線みたいな物だった。
しかし、気になる奴は、俺以外の誰かであることは間違いない。
俺が良く知っている奴といったら、男友達がほとんどだ。
だんだん力が抜けてきた。
さっきまでの心地よい気分は、もうすでに遥か彼方へ行ってしまったような気がする。
この笑顔が心底向けられる相手が俺ではない。
そう思うだけで、何かポッカリ穴が空いてしまったような感じになった。
なにも考える事が出来ない。
「そうか‥‥‥そうだよな‥‥」
意識もせずに、笑うつもりも無いのに、口が勝手に苦笑を浮かべている。
休み時間の教室のざわめきも、日の光の暖かさもなにも感じない‥‥‥
なにか、もう二度と詩織と笑い合って話したり出来ないような気がした。
自分がなんでここに居るのかわからなりそうだ。
もともと、俺は詩織にとっては、ただの幼なじみにすぎなかったのかもしれない‥‥‥
そんな俺に気づいてか気づかずか、詩織は言葉を続けた。
少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら。
「その人の事‥‥‥なんでかな‥‥すごく気になるの」
外の景色に向かって話かけているように、そっとつぶやいた。
「横を見ると、いつも居てくれる‥‥‥っていうのかな‥‥
どんな時でも、居てくれるような感じにさせてくれるの」
そう言って、俺を見た。
照れをそっと隠すように微笑みながら。
「え?」
空っぽな気持ちでも、なぜか胸がドキっとするのはなぜだろう。
まてよ‥‥‥‥‥
俺が一番知っている奴‥‥‥‥‥‥‥‥
茫然とした頭の中で、ある人物の顔が浮かんだ。
俺が一番知っている奴の顔。
見飽きるくらい見たそいつの顔。
そいつの考えている事は、俺にしかわからないくらい良く知ったやつ。
忘れてた。そいつを。
産まれてから、ずっと一緒にいるそいつの事を。
「そいつって‥‥‥どんな奴?」
それでも、なんとなく聞いてみた。
「わたしに聞くより、その人に聞いた方がいいかもね」
おかしそうに言っている。
もしかしたら、俺はからかわれたのかもしれない。
今の笑顔を見たらそう思った。
そう思うと、ふとさっきまでのどん底まで落ちていたような気分が嘘のように感じる。
われながら、現金な奴だな。と思う。
詩織の言葉一つで、楽しくなったり嬉しくなったり落ち込んだり。
「どんな奴なんだろうなぁ‥‥‥」
「わたしも‥‥‥その人の事、一番良く知ってる」
まっすぐにこっちを見ている。
柔らかい笑顔と一緒に。
確信がある訳じゃなかったが、笑顔を信じていいような気がした。
俺が、「そいつ」よりも、もっともっと気になる存在になれれば‥‥‥
そう思いながら、ゆっくり視線を反らして、外をみつめた。
もう俺の言った事を深く聞く気はない。
いずれ‥‥‥いずれハッキリと分かる日がくる。
その時まで、今のこの時間を満喫していたい。
「そうだ。帰りにどこか寄って帰ろうよ」
「そうね。こんないい天気だし、一緒にどこか行きましょうか」
ニコリと笑う笑顔と同時に、休み時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
今日一日、この笑顔と一緒に居る事はできそうだ。
スゥっと入ってきた暖かい南風は、詩織の髪を優しく乱してから、
教室に夏を運んできたような気がした。
もうじき─────夏。
後書き
不調です。
「ここのこーいうシーンを書きたい!」という部分が、ちょっと薄くなってきてしまいました。
毎日進めているので、そろそろ息切れなのか‥‥と思います。
でも、習慣になっちゃったので、そうそうは止めておけない‥‥‥(^^;
TOKI38.TXT(第23話)
学校の休み時間の一幕。
なんか主人公の心中が慌ただしい話になってしまいました。
もっと、ほわ〜っと、ただ外を一緒に見るだけの話にしたかったんですが、波風が少し欲しかったので。
高校ん時に、好きだった女の子と一緒に外見ながら、他愛も無い事を話したりしたかった‥‥‥という願望がちょっとだけ入ってます。
今回みたいなシチュエーションは、当時は恥ずかしく思っていたのかもしれない。
いまごろあの子は何をしているかな‥‥とか、ふと思ったり。
センチメートルな気分。
そろそろ、イメージイラストも同梱出来ればいいかな。とか思います。
部屋が片付いて絵を落ち着いて描けそうなスペースもあいたので。
作品情報
作者名 | じんざ |
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タイトル | あの時の詩 |
サブタイトル | 23:気になるアイツ |
タグ | ときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織 |
感想投稿数 | 279 |
感想投稿最終日時 | 2019年04月09日 09時29分35秒 |
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- [★★★★★☆] 主人公のにぶさが良い味出てます(^^) う〜ん、もう一捻り入れて欲しい所ですね。