「おはよう」
門を出ると、いきなりそう声がした。
「あ、詩織………」

特別な朝。
特別な日。

そんな日に、少し早起きできたのは、昨日の夜に詩織と約束したからだった。
桜の木には、まだ蕾すらついていないが、その中では確実に「春」が育っているのだろう。

三月一日。
俺達がきらめき高校を巣立つ最後の日…………

「おはよう」
特に高校生活最後の挨拶という意識はなかった。言うまでは。
言ってから、ふと気が付いて、少し寂しい気持ちになる。
「うん……おはよう」
詩織が、二度目の挨拶を、ニッコリと笑いながら言った。
「いよいよ……か」
「いよいよね」
空を見上げてみた。
朝の空気は、まだ少しだけひんやりしていたが、雲ひとつない透き通るような空が広がっている。
この制服を着て、朝の空を見上げるのは最後かもしれない。
詩織は、空を見上げながら、誰にともなく小さくつぶやいた。
「三年間……今思うと、あっという間だったね」
「確かに……」
俺も空を見ていた。
入学してからの事が、雰囲気だけを残して頭の中を駆け抜けていく。
詳しく思い出す時間はなかった。
ふと俺の方を見ている視線に気づいたから。
「……ん?」
俺が詩織の方を向くと、詩織は慌てて俺から目線を逸らした。
「なに? どしたの?」
「え? ……あ、なんでもないの。なんでも……」
「そっか……」
詩織の頬の紅みが気になった。
「んじゃ、そろそろ行こうか」
「……うん」
そう言って歩きだしてから、すぐに詩織は急に立ち止まった。
そのせいで、俺は三歩ほど先を進んでしまった。
「ん?」
振り返ろうとした俺を、言葉が止めた。
「あ……ごめんなさい。ちょっと」
「どしたの?」
「通学路で、…の背中って一度も見た事なかったから」
その言葉に、いつもは騒がしい俺の心臓が、小さく縮んだような気がする。
卒業式の朝だからだろうか。
「……いままで、あんまり気にして見てなかったんだけど。おっきいね。背中」
「そ、そう?」
さすがに、そう言われると照れくさい。
「どんどん遠くに行っちゃうみたい……」
「え?」
「な、なんでもない。さ、早く行きましょう」
あわてた風に、詩織は走り出して、俺の横を通りすぎた。
ふと、俺の知らない香りが、ふわっとした風に混ざって、微かに鼻をくすぐる。
なんだろうこの匂い……今までかいだ事の無い匂いだ……すごく柔らかくていい匂いだな……
気を抜くと、風の匂いかと思えるくらいの、微かな……本当に微かな匂いだ。
はっと我に返ると、俺が匂いに気を取られている間に、詩織は軽く弾むような足取りでどんどん先に行っている。
「あ、おい。ちょっと待ってくれよ」


微かな柔らかい匂いを追いかけながら、俺も詩織の背中を見ていた。
匂いよりも微かな予感に、小さく胸高鳴らせながら。

Fin

後書き

卒業式。
朝。

わたしは、卒業式の朝の事は覚えてません。
もう随分昔なので。
でも、今思うと、こんな感じだったかな。と思うわけです。
となりには、そんな事を一緒に思ってくれる人はいませんでしたけど。
もし居てくれたら………
そんな事を考えて書いてみました。

TOKIシリーズにしては短いですね。
長いばかりの物よりも、たまには小さい物をスっと書いてみてもいいかな。
最初はそうしてたんだし。
そう思って、短くなりました。
長くする理由もなかったので。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル29:最後のあいさつ
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数279
感想投稿最終日時2019年04月09日 11時09分07秒

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  • [★★★★★★] この作品を読んだ後に、ゲームのエンディングを見てしまいました。(笑) 短くても、しっかり作者の方の気持ちが伝わって来ました。こんなのも良い物ですね!(^^♪