十二月二十九日。
高校生活最後の冬休み。


特に感慨深いという事はなかった。
そんな事を毎日思ってもいられないし、思った所で、高校生活が伸びる訳でもない。
ただ‥‥

冬の空から、白い贈り物が届いた。


それがわかったのは、窓から見える庭木の黒い部分をずっと見ていたからだ。

「あ、雪‥‥」
詩織が小さくつぶやく。心の中で思った事が、そっとこぼれ出たようなそんな小さなつぶやきだった。
「どうりで冷えると思ったら‥‥」
俺は、こたつ布団の中に手を突っ込んだ。
「もうそんな季節なのね」
俺の向かいで、こたつに入っている詩織が、窓から俺の方に目を向けてきた。
今、俺達はこたつの中に居た。
場所は、藤崎家の居間だ。
冬休みに入ってから出かける予定だったのだが、雲行きが怪しいという事で急きょ取り止めの連絡をしたところ、お互い暇になるという事で話が進み、俺が詩織の家に遊びに行く事になった。
ちょうど、前日に借りたまま見ていないビデオがあったのが幸いした。
「そろそろビデオでも見ようか」
「うん‥‥‥あ、その前に」
何かを思い出したように手をポンと打ち合わせてから、ゆっくりとこたつから出た。
「ん?」
「何かあったかい飲物とか持ってくるけど‥‥なにがいい?」
「あ、いいよ。そんな気使わなくても」
「遠慮しないで。何にする?」
俺が気にするのを、どうして? と言わんばかりに柔らかい微笑みを浮かべている。
こういう時は、素直に甘えるに限る。
「え‥‥それじゃ、コーヒーとかあったら‥‥」
「うん。それじゃ用意してくるね」
唇の両端をつっと釣り上げて、目を細めながら頷いてから、居間を出ていった。
俺はそれを見届けてから、視線を窓の外に移した。
さっきより雪の降りが激しくなっている。
この分だと積もりそうだ。
そういえば、こんな雪が降ってた日に、詩織ん所に遊びに来た事があったな。
二人して、雪だ雪だとはしゃいでたっけ。
「雪ダルマつくる」俺はそう言って「雪合戦がいい」と詩織は言った。
結局雪はすぐに止んで、積もるまでには至らなかった。当然、雪ダルマも雪合戦もどっちもパーだ。
「ふぅ‥‥」
ごろんと畳の上に寝転がった。
下半身だけはこたつで暖かいが、畳の上は意外に冷たい。
藤崎家の居間の天井が目に入った。
照明のすぐ脇にある、木目模様の中に小さくある『節』の部分に目が吸い付けられる。

懐かしいよな‥‥この天井。
あの木の節のところなんか、小さい頃は良く気になってずっと見てたっけ‥‥

そのまんま寝ちゃって、よく迷惑をかけていた事もあった。
もっとも、おふくろさん曰く「いいのよ。…君が来ると詩織も喜ぶみたいだし、それに、男の子が出来たみたいで楽しいから」という事らしい。
母さんづてに聞いた話だが、その後母さんにちょっと叱られたのは言うまでもない。
なにか、昨日の事のような気がする。
こうやってくつろいでしまうのも、そのせいかもしれない。


その後、しばらく窓の外を眺めていた。
大雨がそのまんま雪に変わったような凄い勢いの降りを見ていて、今日は出かけなくて良かったと心底思う。
きっと、今年一番の積雪量になるんじゃないだろうか。
「お待たせ‥‥‥あら」
詩織が、お盆に湯気の立つカップを二つ乗せて、部屋に入ってくるなり小さく声を上げた。
「あ‥‥ご、ごめん。堂々とくつろいじゃって」
慌てて上体を起こした。
小さい時とは勝手が違う。詩織を見たら、ふとそれが強烈に感じられるようになったからだ。
「ううん。うちに来た時は遠慮しないで。
 それに‥‥今さらって訳でもないでしょ?」
可笑しそうに微笑みながら、お盆をこたつの上に置いた。コーヒーの良い香りが俺の鼻に届いて、心地よくくすぐった。
「よくそうやって寝てたよね」
微笑みがくすくすという笑いに変わった。
その度に鼓動と気持ちが乱れるというのを、詩織に伝えたらどうなるだろう‥‥
「その事はもういいよ。
 小さい頃は迷惑ばっかりかけちゃってたからさ」
「ううん‥‥そんな事ないわよ」
そう言いながらこたつに入って、
「うちなんか、わたし一人だったでしょ。
 だから…が遊びに来ると、うちの中が賑やかになって‥‥ふふっ」
どんな事を思い出して笑っているのだろうか。
あの事だろうか。それとも‥‥‥いや、あの事かもしれない。
「だからいいってば‥‥それよか、ビデオ見よう」
「あ‥‥うん、そうね。うふふっ」
「なんだよ。いい加減思い出すのやめてくれよ」
「ご、ごめんなさい。でも‥‥」
そう言ってから、また笑った。
俺がどんな笑われるような事をしたのかは覚えてなかったが、笑顔を浮かべさせる事をしたのなら、それはそれで良かったのかもしれない。


「お砂糖どれくらい入れる?」
「ちょっとでいいや。後はミルクで」
「うん」
その通りにしてくれたコーヒーを引き寄せて、一度匂いを味わってから、一口だけ飲んだ。

うん、いい匂いだ。

「うまいね」
「ありがと」
嬉しそうだ。礼を言いたいのはこっちの方なのに。
「‥‥と、それじゃそろそろ見ようか」
「そうね。それじゃ‥‥」
またこたつから抜け出た詩織が、カーテンを閉め始めた。
「部屋もあったまるし、それに‥‥
 見終わったあと、どれくらい雪が積もってるか、楽しみでしょ?」
そう言いながら、ゆっくりカーテンを閉めている。
どこか楽しそうな声だ。
こっちを見てないからわからないが、きっと微笑んでいるに違いない。

カーテンが閉まると、居間がかなり暗くなった。
暗くなるだけで、こんなに雰囲気が変わるとは思ってなかった。
良く、体育館や教室で暗くなると、回りがなぜか騒がしくなるのと似た感覚なのかもしれない。
「それじゃ、始めるよ」
リモコンの再生ボタンを押そうと思った手が、一瞬止まった。
詩織が、差し向かいの場所ではなく、俺の斜め前の所に入ってきたからだ。
確かに、その場所なら首をなるべく曲げないで済むには違いないが‥‥
一瞬だけ、俺の膝に詩織の膝が触れた。
ほんとに一瞬だが、鼓動を乱すには十分過ぎた。
それに、近くに来たせいか、柔らかい香りまでしたせいもある。
「あ、ごめん」
「え‥‥ううん」
薄暗い中で、微かに首を横に振ってくれているのはわかったが、表情が見えない。
もっとも、俺が少し目を逸らしたせいもあるが‥‥
「それじゃ行くよ」
再生ボタンを押した。
早めにこたつに手を入れて、慌てた気持ちを押えたかったのかもしれない。

ビデオの最後に入っている、著作権に関する警告文が出るまで、時間という物を俺は忘れていた。
薄暗い部屋の中だけに、外の明るさがほとんどわからない。
もしかしたらいつのまにか夜になっているのでは‥‥という気さえした。
それほど、ビデオに見入っていたような気がする。

しばらく言葉が無かった。

別段、そんなにあっと驚くほど感動したせいだ‥‥とか、そういう類じゃないが、なぜだか言葉がなかった。
映画館やコンサート会場とは違い、身近な場所で二人無言でこんな長時間居た事がなかったせいかもしれない。
このシーンではどういう反応をしているだろう。
などと時たま考えてはチラっと詩織を見たしていたのだが、詩織はずっと画面を見ていただけだった。
一度だけ、チラっと見た時に目が合ってしまった事があった。その後十分くらいは、映画の内容はよく覚えていなかった。
目が合った事よりも、なぜこっちを見ていたのか‥‥という意味を考えていたからだ。
だが、どうしたって答えなんか出てくるはずがない。
答えはいつでも詩織の胸の内だ。

「‥‥‥結構良かったね」
それなりに感動も出来たし、なによりも面白かった。
ときどき詩織と小さな笑い声を重ねてしまったほどだ。
「うん。面白かったね。
 わたし、こういうの結構好き」
薄暗いのにすっかり慣れた目には、そう言ってニッコリと笑う詩織の表情がはっきりと見えた。
「借りるのに苦労した甲斐があったよ。いつも貸出中でさ‥‥」
元々は一人で見ようと思った映画だ。が、こうやって喜んでくれるならば借りてきて良かったとも思う。
映画館の大画面にはかなわないが、二人だけという空間は映画館には絶対に無いものだ。
「こうやって見るってすごくいいね。
 今度はわたしがなんか借りてくるから、もしよかったら、またこうやって見ましょうよ」
その言葉より、同じ雰囲気を同じ風に思っていてくれた事が、何より胸に響いてきた。
「そうだな。今度は二本くらい連続ってのはどう?」
「うんっ、それでもいいわ」
もし、家が隣同士でなかったら、こんな風にはならなかったに違いない。
雪の降る日は、普通の冬休みを過ごしていたかもしれない。
藤崎詩織という女の子が居る事も知らずに。
その時、他の誰かと居るという事は、今の俺には考え付かない。
もし、今詩織が居なくなったら、ごっそり心の半分くらいは持っていかれてしまうかもしれない。

それほどまでに、思い出の中に詩織がたくさん居る。


ふと、雪の事が気になった。
「それよかさ、雪、どうなってるかな?」
「あ、そうよね」
詩織も気になっていたのか、うぅんと小さい伸びをしてから、すっと立ち上がってカーテンを勢い良く開いた。
「あっ‥‥」
俺は、窓の外ではなくて、詩織の表情をずっと見ていた。

表情は外の景色が映る鏡に違いない。
小さく声を上げた詩織の表情で、俺は外の様子がわかった様な気がする。

「見て見て。ほら、こんなに」
詩織がカーテンを全部開けると、そこには期待した以上の物があった。
「え‥‥凄いな‥‥」
まだ降り続いて、うっすらと白い程度だと思っていた。
しかし、窓から見えた藤崎家の庭は、冬の空からの贈り物で真っ白になっていた。
その下に何があったのかわからないほど。
それでも、まださっきより降りの勢いが増している。

「なんだおい、凄いな。もう真っ白じゃないか」
「ほんと‥‥‥でも、なんだかわくわくしちゃうね」
舞い落ちるという雰囲気とはほど遠い、不粋なほどに、どかどかと降る雪を見ながら、子供のような笑顔を見せている。
子供に返っているのは、詩織の表情だけじゃなかった。俺も内心どうにも押え切れないほどのワクワクで一杯だ。
一人で子供に戻るより、二人の方が絶対にいい。
ましてや、お互い子供の頃を知っているのだから。
「TVでなんか予報やってないなかな」
リモコンを切り替えて、TVで天気予報を探した。
すぐに放送している局番が見つかった。
「降り続いている雪は、今夜未明まで振り続けて、多いところで四十センチの積雪になる見込みです。
 山沿いの地域では五十センチから六十センチにもなる予想です」
アナウンサーの女性が淡々と説明していた。
「すごいぞ、なんかまだ降るって。
 この天気図見た限りじゃ、まだ当分降りそうだよ」
電脳部の部室の気象コンピューターを使えば、もっと正確に割り出せるだろう。
俺の予想だと、ここらへんでも五十センチは降りそうだ。もちろん、期待込みでだ。
「へえ‥‥そうなんだ」
「たまに電脳部に行って、気象情報とか調べたりするから、これくらいは俺にもわかるよ」
「さすがよね。
 わたし、あの機械だけはよくわからなくて」
「わかると便利だよ。
 今度教えてあげるから、使ってみれば?
 紐緒さんも俺達になら、自由に使ってもらっていいって言ってるし」
科学部の部長副部長という理由にしてはこの使用許可は安直すぎる気もするが、まあ紐緒さんの事だ、どういう事を考えているか、俺にはよくわからない。
「うん。それじゃ今度教えてね」
飲み込みが早い詩織の事だ、すぐに覚えるだろう。
「いいよ。それよか‥‥」
TVを消してから外を見ると、大丈夫かと心配するくらい遠慮無しに降っている。
「なんか洒落にならない降りだな‥‥」
「今日、でかけなくて良かったね」
「ああ、正解だったよ」
「そうね。それに‥‥たまにはこういうのもいいと思わない?」
「え?」
「…がうちに来て、こうやってるっていうの、なんだか凄く懐かしくて‥‥」
暖かい物を守るようにして、片手をそっと胸にあてながら、遠く過ぎた日を思っているのか、目をそっと伏せている。
「詩織‥‥」

すると、ふと目をあげて、俺に視線を合せてきた。
逸らす事を許してくれないような視線だった。

「昔、こんな日があったよね。
 覚えてる? あの時もおんなじ風にはしゃいで‥‥‥
 でも、結局すぐ雨に変わっちゃって、積もらなくて‥‥‥」
「そうそう、雪ダルマとか雪合戦とかやろうって言ってたのになぁ」
俺がそう言うと、一瞬だけ驚いた表情になって、それが次第に笑顔へと変わっていった。
目を逸らさずに、ずっとその変化を見てしまった。

笑顔は頭に焼き付いていく。


ふとした時に、こんな笑顔をいつも思い出す。
いつかこの笑顔が、本当に近く感じられる日は来るのだろうか。

ただの幼なじみ。
同級生。

それだけで終わってしまうのは絶対にイヤだ。
笑顔を見る度に、いつもそう思う。しかし、その思いはいつも胸の奥深く。決して出る事のない所だ。


「覚えててくれたんだ‥‥」
「え、ま、まあね。伊達に幼なじみやってないよ」
笑ってみせた。
「うん‥‥」
頬が、ほんのり赤く染まって見えるのは、寒さのせいだろうか。それとも‥‥
「そ、それより、ちょっと窓開けてもいいかな」
染まった頬と笑顔を見ていたら、自分で何を言い出すかわかったもんじゃない。
俺は目を逸らしながら、窓に手をかけた。
「うん、開けてみて」
言い終わる前には、すでに開けていた。
とたんに、冷たい空気が入り込んでくる。
暖めてきた部屋の温度と雰囲気が、冷たい空気に連れ去られていった。

なに、構わないさ。
すぐにあったまる事くらい出来る。なにしろ一人じゃないのだから。

「うわっ、さすがに寒いな‥‥」
言葉が白く変わって、雪降る空へと消えていった。
「ほんと‥‥でも、なんだか空気が綺麗な感じがするね」
「確かに」
吸い込むと、胸のあたりが清々しくなってくる。
「そういや、おばさん達大丈夫かな」
ふと、来る時に行き違った詩織んとこのおふくろさんと親父さんの事が気になった。
「電車使うような場所に行った訳じゃないから、多分大丈夫だと思うけど‥‥」
詩織の言葉は、白く変わって雪にかき消されていった。
大丈夫だとは言ったが、少しだけ不安そうに空を見上げている。
まあ、徒歩ならば問題はないだろう。‥‥たぶん。
俺は小さく息を吐いてみた。当たり前のように白く変わっていく。
その時、居間にある電話が鳴り出した。
今までが静かな時間だっただけに、電子音が妙に不粋な音に聞こえる。
「あ、ちょっと待っててね」
俺に笑顔を残してから、詩織は電話の所に行って受話器を取り上げた。
「はい、藤崎ですけど」
俺は、ちょっとだけ不安になって、外に目を向けた。
誰が誰あてにかけて来た電話かわからないが、もし詩織宛てだったとしたら、俺がこの場に居るのは良くないような気がした。
聞かれて困る話があるかもしれない。もし、俺が居たらまずいような話で、俺を残して他の部屋へ言って話をするのかもしれない。
そうされたら‥‥という不安があった。

俺は俺。詩織は詩織。
わかっている。わかってはいるが‥‥

「あ、お母さん?」
その言葉に、不安が呆気なく弾けて消えた。
「どうしたの?
 ‥‥え? こっちは大丈夫だけど‥‥うん‥‥うん」
表情から察するに、特に重大な電話ではなさそうだ。
電話の話口を押えた詩織が、
「お母さん達、ちょっと雪が落ち着くまで動き取れないから遅くなるって」
と言ってきた。
すぐに受話器から手を離して、
「あ‥‥ううん。なんでもない。
 ちょうど今、…とお母さん達の事心配してたから‥‥
 うん‥‥そう‥‥大丈夫よ。別に慌てなくたっていいから、ゆっくりしてくれば」
俺は窓を閉めて、こたつに入り直した。
纏わりついていた寒さが、ゆっくりとほぐれていく。
「うん‥‥わかったわ。それじゃ」
そう言ってから、受話器を置いた。
「まだゆっくりしてくるって」
苦笑して立ち上がり、詩織もこたつに入ってきた。
さっきのビデオを見ていた時と同じ場所だ。
俺のすぐ隣。手を伸ばせば、肩ぐらいまでは届きそうな位置。
今俺が手を伸ばしたら、それに応えてくれるだろうか‥‥‥
「そ、そっか‥‥」
「暇になっちゃったね」
詩織が苦笑した。頬がどこか紅い。
さっきから熱い俺の頬も、きっと同じだろう。

なにしろ、照れくさい。

小さい時は、こんな距離に詩織が居ても、全然こんな気持ちにはならなかった。
いつからだろう。こんな気持ちになったのは。
笑顔に胸が高鳴りだしたのは‥‥


「あ、あのさ‥‥」
「なに?」

声を出したはいいが、なにを言っていいのかまでは考えていなかった。
学校の事。
部活の事。
趣味の事。
などなど、聞きたい事や話したい事は山盛りあった筈だ。

それなのに、なぜか出てこない。

なにしろ、普段学校とかに居る時とは、まるで勝手が違う。
「こたつ、あったかいよね」
馬鹿。何を言ってるんだ。
「うん、わたし、こたつって大好き。あったかいし」
「でもさ、入ってると眠くならない?」
「うん‥‥ちょっとだけね」
照れくさそうに笑う所を見ると、どうもこたつに入って寝てしまった事があるようだ。
それよりも、その笑顔に、ぎこちない時間がゆっくり溶けていくような感じがした。
なんとなく張り詰めていた心のどこかが、小さく音を立てて弾け飛ぶ。
「つい寝ちゃうとか?」
やっぱり図星なのか、言葉をつまらせたあと、うんと一つ頷いた。頬が真っ赤だ。
「そういえば‥‥‥
 あの時、あの雪が積もらなかった日‥‥‥一緒にこたつで寝ちゃったんだよね」
今度は俺が頬を紅くさせられる番だった。
秘密を分かちあう事が嬉しそうな、そんな言葉だ。
内心はどうしようもなく心地いいくせに、俺の頬と言葉は素直じゃなかった。いや、素直に言えないだけか。
「そ、そうだっけ」
覚えていないフリは通用しそうになかった。
「二人で、残念がってて‥‥
 そしたらお母さんがあったかい物を持ってきてくれて‥‥
 それを飲んで、しばらくしたらすっかり眠くなっちゃって」
思い出の糸をたぐるように、一言一言紡ぎだす感じで言った。
いつのまにか、俺の思い出の糸にまで絡みついている。
詩織がひとつ思い出を手繰る度に、俺からも引き出されていく。
同じ思い出を重ねているのが、嬉しくもあり、不思議でもあった。
「おかしいよね」
可笑しいという割には、ふかふかの布団のような、心地いい柔らかい笑みだ。
「確かに。
 それにしても、ほんと小さい頃は俺も世話んなりっぱなしだったな‥‥」
「だから言ったでしょ。
 お父さんとかお母さんなんて、男の子が出来たみたいとかって言って、喜んでたんだから。
 わたしだって‥‥」
言葉が消えていった。もしかしたら、外の雪が言葉を吸い取ってしまったのかもしれない。
俺が母さんづてに聞いた話と一致したのは確かだった。
ただ、今詩織が言っているのは、「昔」だけの話だろうか。

もし、今もならば‥‥

いや、そんな訳は‥‥‥と思う自分が情けない。


「あ‥‥えと、詩織、外出る気ある?」
話を逸らす自分。イヤな自分かもしれない。
「え? 今から?」
「ちょっとビデオとか返しに行こうかと思ってさ。
 それと、なんとなく外を歩きたいし」
積もった雪は、それほどまでに俺を外に呼んでいた。
実はさっきからウズウズしている。
「‥‥あ、いや、別にいいよ」
俺から窓の外へ視線を移し、降る雪を黙って見ている詩織。
さすがにこんな日に出る気はなさそうに見えた。
言ってから、少し後悔した。
なんとなく、『もう帰るよ』と言ったような気になったからだ。
そんな事を言わずに、しばらくこうしてた方が良かった。後悔先に立たず。
この言葉の隙の無さが、少し恨めしい。
「行こ。外」
「え?」
俺の方に向けてきたのは、微笑みだった。
「せっかくこうやって一緒なんだから、あの時みたいに‥‥
 あの時出来なかった事、やりましょうよ」
一番欲しかった言葉だった。
「ほんとに?」
「うん」
さっきまでの後悔は、今降っている雪が溶けるより早く消えてなくなった。
溶かしたのは、返事をした詩織の笑顔だ。

Fin

後書き

冬は寒いです。
でも、寒いと、暖かい事が暖かく感じられるんですよね。
…と詩織の二人の、いい意味でのなれあい。
こんなのをちょっと書いてみたくなりました。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル52:白い贈り物
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感想投稿数279
感想投稿最終日時2019年04月15日 01時56分18秒

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  • [★★★★★★] 50センチも雪が積もったら、太平洋側の方々はパニックになるんだろうなあ〜なんて、雪国に住んでいる私は、無粋な事を考えながら読んでしまいました。(汗) たまに降るから良いんでしょうね。(笑) この雰囲気は、日本海側の住人には、絶対に出せないと思いますよ。何しろ、冬は雪が降るのが当然なので・・・。