街を行けば、聞こえてくるのは、ジングルベル。
目にはいる物は、ショーウィンドウの中の、赤と緑。銀の星(シルバースター)。
感じるのは、クリスマスの影に隠れた年末という名の冷えきった空気。
思いっきり吸い込めば、明日が見えてくるかもしれない。

そう思って、俺は普段より多めに、それでも静かにゆっくりと街の空気を吸い込んだ。
詩織に気づかれないように。


「クリスマス‥‥今年も、華やかね」
詩織のいきなりの言葉に、俺は息を吸い込む途中でやめて、身体の中に『年末』の文字だけ取り込んで、空気を空に帰してやった。
「そうだな。毎年毎年派手になって行く気がするよ」
俺も詩織も学生服のままだ。しかし、二人ともコートを着ているだけに、パっと見では、それとわからないだけに、街を行くのに都合がいい。
とはいえ、スカートの下は素足の詩織だ。学生だと宣伝しているような物だ。
別に、それが悪い事でもなんでもない。フケている訳でもなく、れっきとした下校途中だからだ。
まあ、伊集院に言わせれば『君ら庶民はさっさと帰って来るべきクリスマスと年末の準備でもしたまえ』と高笑いをするだろうがな。
「今年は、レイさんの所へ行くの?」
「俺? う‥‥ん、どうしようかな」
「招待されているんでしょう?」
「あ、ああ。まあね」
昨日届いた、妙に白くて綺麗な郵便物の事が頭に浮かんだ。
あんな物学校で配り歩けばいいだろうに。
「料理も豪華だし、それなりに楽しいって言えば楽しいけど、こうも毎年ってなるとさすがに飽きない?」
「そうね‥‥まあ、飽きないって言えば嘘になるけど、楽しい事は楽しいから」
「そりゃ、まあ‥‥そうだけど」
パーティードレスが見れるなんて一年でその日くらいな物だし、俺としてもそんなに悪いという気はしないが、それとこれとは話が別だ。
「今年、俺どうしようかなぁ‥‥」
詩織に聞かせたのか、あるいは年末を迎えようとする空に言ったのか、自分でも良くわからない。
それでも、言わずには居られなかった。
「行かないの?」
なぜ? と言う純粋な疑問の感じと、少しだけ不安そうな、気にしていてくれているという感じ。
この二つの感じのどちらが多いのか、よく分からないような声で聞いてきた。
不安そうに‥‥と思っていてくれていると信じてはいたい。
「行きたくないって訳じゃないけど、どうしてもって訳でもないから、どうしようかな‥‥ってね」
「そうなの‥‥」
「詩織はどうするの?」
俺は、ある事を期待しながら訊いてみた。
「わたし? わたしは行くけど」
「あ、そ、そうなの」
「うん‥‥」
俺の期待は見事に消え去った。
とはいえ、ダイレクトに『貴方が行かないなら、わたしもどうしようかな』なんていう、都合の良い答えが返ってくる筈もないか。
期待した俺が馬鹿という物だ。
「友達とも約束してるし」
「そ、そっか‥‥」
内心、その『友達』の性別が気にならなくもなかったが、それを聞いてもどうしようも無い事もわかっていた。
女であれば、胸を撫で下ろすだろう。男であったなら‥‥‥
「メグとか、千夏とか‥‥クラスの友達とかと団体なの」
それがいかにも楽しそうに、ニコニコと微笑んでいる。
俺は、心にモヤっと湧いた気分を、小さく息に乗せて吐き出した。
「せっかく、高校生最後のクリスマスなんだから、みんなで行こうって事になったから‥‥」
「なるほどね」
「だから、…も行かない? せっかくだし‥‥‥」
笑顔を崩さずに、そう言ってきた。
「あ、うん‥‥まあ、別にいいけど」
「ほんとに? それじゃ行きましょう。約束ね」
一瞬、俺の鼓動が跳ね上がった。嬉しそうな返事に嬉しそうな笑顔。
今日見た中で、どれもが一番だったからだ。
変に気持ちを引き出そうとするより、素直に最初から行くと言っていれば、もっと早くこの笑顔に会えたかもしれない。

街を過ぎれば、俺達の生活している町の中だ。
クリスマスに活気づくのは街の役目。俺達の町の中は、年末準備の色が濃い。
「もう明後日から冬休みなのね」
冬休みという響きが嬉しくないのか、どこか寂しそうに空を見上げた。
日も暮れ始めて、詩織の表情同様に、どこか寂しげだ。
「これで最後だもんなぁ‥‥俺達の長期休みって」
「でも、あまりのんびりはしてられないね」
「まあね。いろいろあるし‥‥」
いろいろある。本当にいろいろだ‥‥‥
「でも、最後のお休みなんだし、やっぱりのんびりしたいかな‥‥」
「うーん、俺もそうしたいけどね」
実際、のんびりしても良かった。
日頃の努力の賜か、進路については油断するなの一言だけを言われている。
油断しているつもりは全然無いが、気をつけていれば大丈夫だろう。


「ねえ、さっきのクリスマスパーティーの話なんだけど‥‥」
いきなり話が変わってきた。
「え? なに?」
「パーティー行ったら‥‥あまり食べたり飲んだりしないで、それで‥‥」
「うん」
「すぐに帰って、うちでパーティーとか‥‥しない?」
俺は、一瞬目が点になりそうだった。いや、なっていたかもしれない。
「え?」
詩織の頬の赤さの意味さえわからずに、俺は内心ポカンとしながら答えた。
「詩織んとこで?」
「うん」
どこか、苦笑めいた微笑みを浮かべる詩織の姿に、ようやく俺の頭のが元に戻ってきた。
「でも、あんまり大人数じゃ、おじさんとおばさんも‥‥」
「ううん。みんなは呼ばないわ」
「え? そなの?」
自分でも、素っ頓狂な声を出したとわかった。
「…と、おじさまおばさまもなんだけど」
「なに、父さん達も誘ったの?」
「うん。せっかくお隣同士なんだし‥‥」
「でもなぁ‥‥パーティーって言ったって‥‥」
だいたい、俺もそんな話はまったく聞いてない。
寝耳に水とはこの事かもしれない。
「パーティーって言ったって、そんな『メリークリスマス』っていう感じじゃなくて、忘年会みたいな物かな?
 レイさんとこみたいに、豪華料理じゃないけど、お寿司とか注文するみたい」
「へぇ‥‥そうなんだ」
頭の中から、『テーブルの上に乗ったチキンとかをナイフフォークで食べる』というイメージが消えて、代わりに『鍋や寿司をつまむ』和風団欒が浮かんできた。
「実は、もう友達には言ってあるの。
 わたし、ちょっと用があるから早く帰るって」
「あ、そうなんだ」
「‥‥‥ごめんなさいね。こんな勝手ばかり言っちゃって」
不意に、心底申し訳なさそうになった詩織の表情に、俺は思わず慌てて。
「い、いいって。
 別に、クリスマスだからって予定あった訳じゃないし。
 それにパーティーの方、いいの? 早く帰っちゃって。楽しめないよ?」
「ううん。いいの。
 高校生活の最後くらい、うちでのんびり会食するっていうのもいいと思うし」
うちでのんびり。という単語が、妙に心地よく聞こえた。
もう毎年迎えてきたクリスマスと年末だ。
クリスマスは毎年それなりの気分ではしゃいできたし、今さらそれをどうしても毎年味わいたいという気分でもない。こんなクリスマスの日があったっていいじゃないかという気分だ。
「それに‥‥ホント言うとね。
 さっき、…がクリスマスのパーティーに、行こうかどうか悩んでたでしょ?
 あれで‥‥‥‥」
途切れた言葉が気になって、俺は聞き返した。
「あれで?」
「‥‥う、ううん。なんでもないの、ごめんなさい。たいした事じゃないから」
「って言われると、余計気になるんだけどなぁ」
いつもこういう時に、俺は詩織をずるいと思う。
詩織のこんな言葉が何度俺の心を波立たせてきたか‥‥‥
「いいじゃない。
 男の子は細かい事気にしない方がいいと思うし」
そう言って、悪戯っぽく笑った。
「男だって、気になる時は気になるんだぞ。
 気になる事なんか、それこそ俺と詩織の全部の指を足した以上だよ」
俺も笑いで返した。

気になる時は気になる。
それを詩織に伝えたら‥‥詩織が気になっている事を詩織に伝えたら、どんな答えが返ってくるだろう。

「足の指とかも足すの?」
可笑しそうに笑ってくる。
「当たり前だよ。
 おまけに、向かいに住んでるミャン助の足の数もつけていい」

うちの蓮向かいの家に居る猫の事だ。いつも門の上で寝ている猫で、俺達が小学生の上級生あたりになった頃からずっと居る猫だけに、俺達にもよくなついてくれている。
「でも、そんなに気になる事ばっかりなの?」
「そう言う詩織は? 少ない?」
聞くと、真面目な顔をして数秒考えてから、
「ううん。…の気になる事にプラスして、ミャン助の尻尾も入れちゃおうかな」
「なんだよそれ」
俺がそう言うと、詩織は可笑しそうに笑いながら、
「女の子の方が、男の子よりも、いっつも一つは気になる事が多いものなの」
「そうなん?」
「ウソ」
チロっと舌を出してから笑った。
「よくも純情な男心を弄んだな」
俺は笑いながら軽く手をあげた。
「きゃあっ、ごめんなさい。ふふふっ」
「ったく、意地悪星人になってきたよなぁ‥‥詩織も」
「誰かさんに似たのかも」
じっと俺の方を見ながら言った。名指ししているような物だ。
「あ〜、はいはい。どうせ俺は意地悪星から来た宇宙人だよ」
「それじゃ、わたしたちは仲間なのね」
臨機応変にノってきてくれるあたりは心地良い。
「そうかもね」
それから、ふと目が合った。
なぜだか可笑しくて笑いが自然にこぼれる。
こんな時、何も話さなくても、思っている事が全部通じるような気がした。
気のせいだとしても、今詩織の目に写っているのは、俺だけだと思うと冬の冷たい空気も、火照った頬に心地良く感じた。

Fin

後書き

クリスマス近いので、なんとなく。
早い物で、もうこーいうのを書き始めてから、一年以上経ってしまいました。
で、作品の数も数えてみれば55本以上‥‥
よくぞここまで書いたもんだと、我ながら呆れるやら‥‥(^^;


読んでくれている人なんて、もはや片手の指+ミャン助の尻尾(本文参照)の数くらいも居ないのでは‥‥という気さえしますけどね(笑
それでも、わたしは書き続けます。
自分の弱さに負けないように。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル53:ミャン助の尻尾
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数280
感想投稿最終日時2019年04月13日 19時51分02秒

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  • [★★★★☆☆] ここにも読者が一人。負けないで頑張ってください。
  • [★★★★★☆] 「幼馴染」と言う感じが良くでてますね。結構好きです、こう言うの。(^^♪