「お母さん‥‥‥」

わたしは、小さいわたしは、目の前で微笑んでいるお母さんに泣きながら膝に抱きついた。

「あらあら、どうしたの‥‥詩織」

優しい眼差しで、わたしを見つめている。

「…ちゃんがね。居なくなっちゃったの。どこにも居ないの」
「探したの?」

わたしを優しく引き離してから、お母さんはしゃがみこんでわたしの目線に合せてくれた。

「うん‥‥。でも、どこにも居ないの‥‥どうしよう」

いつも一緒だった。
困った時にも、嬉しい時にもいつも側にいてくれた。

ずっとずっと一緒に遊んでくれていた…が、どこを探してもいない。
胸の中が空っぽになってしまったような気がした。

「大丈夫よ‥‥きっとみつかるわ。詩織になら」
「だって‥‥」
「それじゃ、お母さんがおまじないを教えてあげる。目を閉じてごらんなさい」

わたしは、言われるまま目を閉じた。優しい声のせいかもしれない。

「大好きな人に向かって心の中で‥‥‥」

そこから先が、なぜかお母さんの口だけが動いて、声が届いてこなかった。

「どうしたの。お母さん? ねえ‥‥」

わたしがいくら問いかけても、優しい微笑みを浮かべているだけで、なにも答えてはくれない。

「ねえ、お母さん‥‥お母さん‥‥‥」

だんだん、あたりが暗くなってきて、誰の姿も見えなくなった。

「お母さん‥‥? どこ行ったの?」

暗闇の中で、何度も何度もお母さんを呼んだ。
でも、声が全部吸い込まれて行くような気がした。

「詩織‥‥詩織」

そう呼ぶ声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声。
懐かしい気持ちになるその声がだんだん強くなってきたとき明るい光がとたんにやってきて、わたしは目を覚ました。

「良かった‥‥‥」

目を開けると、わたしをのぞき込んでいる顔があった。
ずっと見ていた、懐かしい顔。
さっきまで一緒だったはずだった…の顔。

「わたし‥‥」
「詩織、さっきいきなり倒れたから、俺が保健室まで運んで来たんだよ」

…が、ほっと息をついて、肩を落としている。
頭の中を整理した時、いきなり記憶がポッカリ抜けているのがわかった。
保健室まで俺が運んだという言葉を思いだして、心臓が一気に高鳴った。
なんとなく気恥ずかしくて、布団を口元まであげる。

「あ、ありがとう‥‥」

うまく言葉が出てこない。
運ばれている自分を想像しただけで、どうしようもないほど恥ずかしくなって‥‥でも‥‥‥

「詩織が倒れるなんて、初めてだから、スゴイびっくりしたよ」

安心したように微笑む…の顔。あの時と同じ顔。
小さい時に、わたしが風邪を引いた時にお見舞いに来てくれた時の顔。
あの時から全然変わってないね。

「‥‥ごめんね」
「いいって、それより本当にもう大丈夫?」
「うん‥‥大丈夫」
「詩織の大丈夫は、あてにならないからなぁ」

笑いながら、それでも優しい笑顔で言ってくれた。
鼓動を抑えるために、その笑顔から少し視線を反らした。
このまま見つめていたら、どうにかなってしまいそう。

「あなたが倒れるなんて、初めてね」

保健室の先生が、苦笑しながらわたしをみている。
わたしも、まさか倒れるとは思わなかった。

「先生、詩織、大丈夫なんですか?」
「‥‥‥‥う〜ん、そうね。ちょっと外に出ててくれる?」

先生がちょっと考えたあと、…に外に出るように言った。

「え? なんでですか?」
「なんでもいいから。あなたには関係無い事だから‥‥ね」
「え、そんな。
 俺だって詩織をここまで運んで来たんだから、関係ありますよ」
「そういう意味じゃなくて‥‥」

先生は苦笑している。
わたしは、恥ずかしさで布団を完全にかぶった。
自分でも頬が熱くなるのを感じる。
鼓動がさらに高鳴って、このままでいたら、息ができなくなりそう。

「じゃ‥‥外で待ってるから」

布団をかぶったわたしに、心配そうな声をかけて、…は出て行った。
困った時には、いつもいてくれたよね。ありがとう。

「藤崎さん‥‥‥あなたはもう今日は帰っていいわよ」
「え‥‥わたし、大丈夫ですから」
「大丈夫な人が倒れますか‥‥‥つらいんでしょ?」
「え、ええ‥‥‥」

外に居る…に聞こえるんじゃないかと、気が気じゃない。

「だったら‥‥もう今日は帰っていいから。
 先生には私から言っておくわ」
「そうですか‥‥‥」
「帰ったら、ゆっくり寝て、しっかり食べないと駄目よ。
 特にあなたたちの年頃はね」
「はい‥‥‥」

わたしが返事をすると、先生がおかしそうに笑った。

「どうしたんですか?」
「ごめんなさい。
 さっきあなたが運び込まれた時、あの子、物凄くあわてて、もうたいへんだったのよ」
「え‥‥‥」

ベットから上半身だけを起こして、ドアの外にいるはずの…の方を見た。

そうなんだ‥‥

不思議と鼓動が落ち着いてきていた。
変わりに、胸が暖かくなっていくのがわかる。

いっつも助けてもらってばかりだね。
ほんとうにごめんなさい。
でも‥‥‥すごく嬉しい。

「あの子に心配かけちゃ悪いわよ。
 だから‥‥今日は帰ってゆっくり休みなさい。ね?」
「はい、それじゃ帰ります」

ベットから起き上がると、まだフラフラするけど、心配してくれた…の為にも、しっかりしないと駄目ね。
わたしは、全身に力を入れた。

「それじゃ、お大事にね」
「はい、お世話になりました」

そのまま保健室のドアをあけると、…が待っていた。

「詩織、いったいなんの話だったの?」
「う、うん‥‥‥なんでもないの」
「なんでも無いって‥‥」
「そんなに心配しないで。本当になんでもない事なんだから」

心配そうな表情を見るだけでもつらい。
でも‥‥ありがとう。
ずっと見守って欲しい。そんな笑顔がわたしはずっと‥‥
だからそんな心配そうな顔をするのはやめて。

「でも、わたし今日はもう帰るの」
「え? やっぱり‥‥」
「ううん‥‥違うの。
 そ、そう‥‥風邪よ。だから‥‥」

本当の事知られるのが、たまらなく恥ずかしい。
でも、いつか本当の事を…に隠さずに言えるような時が来るのかな。
でも、…の気持ち、まだわからない‥‥‥

「そうなんだ‥‥それじゃ、送っていこうか?」
「ううん‥‥そこまでしてもらわなくて平気」

どうしてそんなに優しいの?
その優しさ信じていいの?

そう思う気持ちは、心の中だけで空回りしてる。
この気持ちの答え、いつか聞かせてくれるかな‥‥

「そう‥‥それじゃ、カバンとか持ってきてあげるよ」
「ありがとう」

わたしにも、…にも笑顔が戻ってきている。
わたしの笑顔、いつか…に届くかな。
でも、今は笑い合えるだけでいい。
それだけでいいよね。
自分にそう言い聞かせた。

あの頃みたいに、これからもずっとずっと笑い合っていけたらいいね‥‥

その言葉は、まだ胸の中にしまっておくことにした。
いつか言える日が来ると信じて。

好き。

カバンを取りに行ってくれた…の消えた方向を見ながら、胸の奥でそっとつぶやいた。
さっき夢の中で、お母さんが言ってたのは、これかもしれない。
受け止めてくれるかな。この気持ちも‥‥
窓から見える青空。いつかわたしに勇気をくれるかな‥‥
そしたら‥‥


見ていてね青空。いつかきっと‥‥‥

Fin

後書き

いままで手を出さなかった禁断の領域に踏み込んでしまいました。
主人公、香織、紗織、の心情表現には手をつけたんですが詩織の心情表現をやるのは、初めてです。
絶対やるまいと思っていたんですが、なんかついつい‥‥
100作目までやれるだろうか‥‥という不安からか、ついつい禁断の領域へ。


もともと、いままでの暴走の反対側(詩織側)の物語っていうのを考えていたんですが、最初にやらんと決めていただけにやらなかったんですが、今回、ついに禁を破ってしまいました。
だから、逆パターンなんてのもやってみたいと思います。
真の暴走かもしれない(^^;
もう暴走じゃなくて、壊走かもしれない。
壊れながら走る暴走列車という感じ。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル55:いつかきっと
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数280
感想投稿最終日時2019年04月09日 09時14分26秒

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コメント一覧(クリックで開閉します)

  • [★★★★★☆] 100作までということですが今は休養中なんでしょうか?
  • [★★★★★★] 詩織ちゃん側から見た心理描写ですね。新鮮な感じで、良い感じだと思います。(^^)v でも、男の子に聞かせられない「倒れた理由」って・・・無粋な詮索は止めておきましょう。(汗) 男には分からない事も色々あるんでしょうからね。