海が、キラキラと夕暮れの太陽の光を黄金色にして跳ね返すのを俺はずっと見ていた。
海からの風は、塩の香りを運んではいたが、冷たさも同時に運んできて、刺すように冷たい。

秋の終わり。冬の始まり。そんな時期の事だった。


砂浜に打ち寄せる波の音が、不規則なリズムを刻んでいたが、なぜだか心なごむ音だ。
海から生まれた生物ならば、その音にも懐かしさを感じるのかもしれない。
ほうっと息を吐くと、白く変わる暇もないのか、少し強めの海風にさらわれていく。

「‥‥‥‥」

言葉もなく、俺はそんな打ち寄せる波を見ていた。
いつもは居る筈のサーファーの影もまばらだ。
確か、あの時もこんな感じだったのかもしれない。

きらめき高校の卒業式の日。

詩織から告げられた想いに応えた日から、どれくらい年月が経っただろう。
どれくらい、一緒の時を過ごしただろうか‥‥
この海に来る度に、そんな事をふと思い出す。

ずっと続いていた恋が、終わったこの場所だからだ。

あの時、俺から別れを告げた。
詩織もそれに応えてくれた。
それさえも、何年も前の事なのに、波の音を聞く度に、海からの風を感じる度に、その事が、まるで昨日の事のように胸の中に蘇ってくる。
あの時までの詩織、今はどうしているだろう。
すごく近くに居るような気もするし、もう手の届かない所へ行ってしまったような気もする。
不意に冷えた頬に手を当ててみた。
自分の手の冷たさに驚けないほどに、頬は冷たかった。
思わず苦笑が漏れる。


「‥‥‥お父さん。何を黄昏てるの?」

いきなり後ろから声がかかった。
同時に、痛いくらいに熱い物が頬に付けられた。

「あちっ!」

熱さにびっくりして振り向くと、そこには香織の笑顔があった。

「はい。コーヒー」

目を細めて、ニッコリと笑った。

「あ、ああ‥‥さんきゅ」
「じゃ、あたしまだ遊んでくるねっ」

香織はそう言って、波打ち際で波から逃げている紗織の所へ駆けていった。
やれやれ‥‥この寒いのに元気だな。若い証拠って奴か。

「あなた」

また後ろから声がかかった。
香織と一緒にジュースを買いに行った詩織の声だ。
振り向けば、寒い風を柔らかく吹き飛ばしてくれるような笑顔が待っていた。

「どうしたの? なに黄昏てるの?」

香織と同じ風に言ってから、可笑しそうに笑う。

「いや‥‥ちょっと思い出してね」
「なにを?」

詩織は、俺のすぐ横に腰掛けた。
あの時と変わらない、海風に遊ばせていた髪にすっと指を通しながら。

「あの時の事だよ」
「‥‥‥これの事?」

詩織が、左手をあげて、薬指をくいくいと動かした。
薬指にはまったリングが、暮れゆく空気の中でキラキラと輝く。
俺は答える代わりに、詩織から目を逸らして頭を人指し指で掻いてみせた。
それが、俺なりの照れくささの行為であると知っている詩織の前だからこそ、通用する答えだ。

「もう何年になるのかしらね」
「香織も高校生になったしな‥‥もう十数年ってところかな」
「懐かしいわね‥‥」
「ああ‥‥」

あの時も、こうやって二人して座っていた。
ふと、今波打ち際で遊んでいる二人の影が、うっすらと消えていく。


「‥‥詩織。これ」

俺はセピア色に褪せた思い出の世界で、詩織に小さい箱を渡した。

「‥‥‥これ‥‥」

詩織の表情が、驚きへと変わっていく。
なんの箱だか、詩織にはすでに察しがついているのかもしれなかった。
詩織の言葉に、俺は、頭を人指し指で掻いて答えた。

「開けていい?」
「ああ‥‥」

箱を開けた詩織の顔が、わずかづつ変わっていくのだけを、じっと見ていた。
泣き顔に変わっていくのを。その中に、笑顔が混じっていくのを。


その表情が、少し歳を重ねた詩織の表情の中に、溶け込むように消えていく。
同時に、波打ち際で遊ぶ二人の姿が、また浮かび上がってきた。
思い出の時間へ旅をしたのは、何年ぶりだろう。
ふと、身体を縮こませている事に気づいた。

「さ、もう帰ろうか」

着ていたコートを脱いで詩織にかけてから、俺は立ち上がった。
さっき香織から受け取ったコーヒーは、すっかりさめている。

「うん」


あの時、恋人同士である事に別れを告げた。
その時から、また別の時間が始まった。

今、あの頃の詩織はどうしているだろう。
もしかしたら、あの娘達の中に居るのかもしれない。
ふとそんな風に思った。

「ほら、帰るぞ」

波打ち際の二人に声をかけると、元気な返事が返ってくる。

「帰りに、なんか食っていくか」
「そうね」

あの時と、変わらない事を言ったのに気づいたのか、詩織はくすくすと笑った。

Fin

後書き

恋の終わり。
でも、それはまた、始まり。
主人公と詩織は、恋を終わらせて、新しい恋に似た愛を始めました。
恋は娘達にたくして。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル56:恋の終わり
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数282
感想投稿最終日時2019年04月09日 21時36分39秒

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  • [★★★★☆☆] しあわせ〜
  • [★★★★★☆] ここで、書くのはいかがかと思いますが、みれないページがあります。
  • [★★★★★☆] 「恋の終わり」は「愛の始まり」か・・・ロマンティックですね。(^^♪
  • [★★★★★★] だぁっ!やられた・・・。「え!?別れ話!?」とか思ったのに。